買い物を終えた私達はすぐに学園へ帰る。料理する時間を入れると食べるのが遅くなるからだ。
「ねえ、そういえばどこで食べんの?」
鈴が聞いてくる。
「三人目の部屋よ」
「三人目、ね。誰よ? 一夏じゃ……ないわよね。あいつ、もう一人の幼馴染のご飯が美味いって自慢していたし」
そう言う鈴は悲しみと怒りがあった。
きっと、自分の好きな人が自分の料理ではなく、他の女性のを食べて喜んでいたことに悲しんで、そして、同時に自分よりも別の女がいいのかという怒りがあるのだろう。
むむむ、やっぱり一夏、許さない。鈴にこんなに想われるなんて!
「鈴、一夏のことは一先ず置いておきなさい。今は私との夕食のことを考えて」
そう言って、私は鈴の手をちょっとだけぎゅっと握った。
「わ、分かったわ」
鈴は握り返す。
さて、それから寮へ入って行く。鈴は寮の廊下を歩いている間、ちょっとそわそわしていたが、段々と向かっている先が教師のいる寮だと気づくと別の意味でそわそわし出した。
「ね、ねえ、この先って教師の寮じゃないの? あたしたちが勝手に入っていい場所じゃないわよ」
さすがの鈴も教師相手にはそんなに強気になれないようだ。
可愛すぎる。
「ええ、知っているわ。でも、私の目的地はこっちなのよ」
「ええ!? そうなの!? って、待って。あたしたちが会うのって、ま、まさか千冬さん?」
なぜか恐れるように鈴は言う。
なるほど。これが普通の生徒と鈴たちのような千冬お姉ちゃんと親しい人の違いか。
まあ、私はその二つとは違うんだけどね!
「そうよ」
「うう……、最悪……」
「嫌いなの?」
何か、めちゃくちゃ嫌そうだったので、聞いてみる。
「違うわよ。ただ、千冬さんに怒られてばっかりの記憶がインパクト強すぎて何だか苦手なのよね」
「そんなに怒られるようなことをしたの?」
「べ、別にあたしが悪い訳じゃないわよ! ほとんどが一夏よ! あいつ、あたしも立派な女の子なのに男の子がするようなことに付き合わせられたのよ」
何だかその光景が思い浮かぶ。
うん、鈴が男の子の遊びをしても何も違和感がない。むしろ女の子がするような遊びをしているほうが違和感がある。
これは心に仕舞っておこう。さすがにこれを言ったら鈴は傷つくのは目に見えている。
「けれど、楽しかったんでしょう?」
「ま、まあ。誘ったのは一夏だったけど、結局はあたしが選んだもの。で、でも、それでも千冬さんは苦手。詩織はどうなのよ」
「私は好きよ」
もちろんそういう意味だけどね。
「そうなんだ。やっぱり詩織も千冬さんのファンとか?」
「そうね。昔はそうだったわ。でも、今は違うわね」
だって、恋人だもん。もちろんのこと違う。
「そう。あっ、そういえば詩織と千冬さんってどんな関係? 千冬さんとご飯を食べるって普通の関係じゃできないわよね?」
しばらく考える鈴。
「まさかとは思うけど、詩織、一夏と付き合っていて、将来義理の姉妹になるから、って答えじゃないわよね?」
その答えを聞いた私はつい、思わず鈴の頭を殴っていた。
「い、いったっ!? な、何すんのよ!」
涙目の鈴がこちらを睨む。
それではっと我に返った。
どうも嫌な言葉を聞いたせいで、無意識に殴っていたみたいだ。
「ご、ごめん。つい鈴の冗談に手が出てしまったわ」
「ついで殴らないでほしいわ。めちゃくちゃ痛いじゃないの」
私はすぐに殴った部分を撫でてその痛みを誤魔化せさせる。
涙目の鈴はそれを抵抗せずに受け、少々機嫌が直ったようだ。
「ねえ、それでどうやって千冬さんの部屋に行くのよ。確かカメラがあったわよね?」
「ええ。でも問題ないわ。あの程度のセキュリティなら簡単よ」
「いや、ここのセキュリティ、相当固いと思うんだけど」
私からしたらそんなに固くない。
今度、私が改良しておこうか。ここは各国にとって大切な場所。テロリストも狙っているはずだし。うん、ここにはあと二年と半年以上いるから強化しておこう。恋人を危険な目に会わせるような要因は少なくしたい。
「あっ、か、カメラ!」
ちょうど教師のいる寮の扉の前に着いて、まずドアの前にあるカメラが目に入り、鈴がそれを言う。
「ど、どうすんのよ」
「こうするのよ」
私は何も見なかったかのように普通に入って行った。
「ちょ、ちょっと!」
鈴が慌てて追いかけてくる。
「大丈夫よ。私たちが入ってくる映像は書き換えられているわ」
あらかじめタブレット端末にそういうプログラムを入れているからである。これを持って出れば、データを改ざんできるのである。
もちろんのこと、これはネットワークのある施設じゃないとできないことである。つまり、ネットワークを使っていないような施設では私の技術は全く役に立たないということである。
まあ、今どきの時代、そんな施設は滅多にないけどね。
「……それ、大丈夫じゃないわよね? 犯罪なんじゃあ……」
「ばれるようなヘマはしないわ」
「そ、そう。あっ、あとで、あんたと千冬さんの関係、教えなさいよ」
「ええ。来たら説明するわ」
もう鈴には説明しておこうと思う。
今日だけでも何だかいい雰囲気だったしね。あわよくば告白までいきたい。もちろん、その告白ですぐに返事を得るつもりはない。私に好意があるのは確かだけど、完全に自覚しているわけではないので、きっとすぐに答えを出すことはできないはずだ。
それに鈴には想い人がいる。すぐに私に乗り換えられるほど、鈴の一夏への想いは軽くないだろう。
私としてはそっちだといいのだが。
そして、ついに千冬お姉ちゃんの部屋の前に来る。鍵は合鍵を貰っているので、開けることができる。
「こ、ここが千冬さんの部屋……」
隣で鈴が呟く。
一方の私は簪とセシリアからの罰があるので、メイド服に着替えなければならない。
「鈴、私、ちょっと着替えるから先に作っててちょうだい」
「え? 着替えるって?」
私は少々恥ずかしながら、メイド服を出す。
すると鈴は目を見開いて驚く。
「え? 詩織ってもしかしてコスプレの趣味があったの?」
鈴はやや引いているようだった。
「べ、別に私の趣味じゃないわ。ただ、罰ゲームよ」
「……その、言っておくけど、別にそういう趣味があってもあたし、いつも通りの関係だから」
そう言っているが、私と距離が開いてある。
私が一歩近づくと鈴が一歩下がる。
おい。
「と、ともかく、罰ゲームだから私、これに着替えるわ」
「そ、そう」
どうしてか、気まずい空気になってしまった。
私はさっそく着替える。
鏡を見て、悪いところがないか見て周り、ないことを確認して鈴の手伝いへ向かう。
メイド服を着た私を見て、鈴はボーっと見続ける。
「? どうしたの?」
「な、なんでもないわ! た、ただ、綺麗よ」
「ふふ、ありがとう」
どうやら私のメイド服姿に見惚れていたようだ。
「さあ、作りましょうか」
私はさっと作る。
私のはサラダなので、ポテトサラダやキャベツを微塵切りにしたサラダを作るだけだ。なので、私のはすぐに終わる。
私、サラダだけは手伝いでよく作っていたので、その手際もいいのだ。
え? なんでサラダだけ? それは母の手際のほうが良すぎて、私が手伝い暇がなかったからだ。私もいつでも手伝えるという訳ではなかったのもあるが。
で、一方の鈴のほうだが、こちらは酢豚やそのほかのおかずや汁物を同時進行して作っていた。すでにほぼ終わりかけである。
ぐっ、これが私との違いか!
おかげで手伝えることがない。むしろ、手伝ってしまえば足手まといになる。
「そういえばさ」
鈴が料理をしながら言う。
「なんで千冬さんの部屋に詩織のメイド服があんの? ここって、詩織の部屋じゃないわよね?」
「……そうよ」
「本当にどういう関係?」
「まだ秘密よ。織斑先生が来てから話すわ」
「とても気になるわね」
さて、作り始めてそろそろ終わりかけという時間に千冬お姉ちゃんが帰ってきた。
私はさっそく迎えに行く。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
今の私はメイドなので、こういうのももちろんする。昨日は千冬お姉ちゃんがすでにいたからこれ、できなかったからね。今日はすでに部屋に私がいたので、することができた。
予告なしの私のお帰りなさいに、千冬お姉ちゃんが私に抱きついてきた。
「にゃっ!?」
「全く詩織。お前は私に襲って欲しいのか? そんな姿でそんなことを言われたら私が我慢できなくなる」
千冬お姉ちゃんは私を抱きしめ、私の体を弄る。
その部分は私の胸やお尻も含まれていた。
「ま、待ってください。鈴がキッチンにいるんです。ば、ばれたら……」
小声で千冬お姉ちゃんに言う。
だけど、千冬お姉ちゃんは全く止めてくれない。
「ばれてもいいかもしれないな。私だって独占欲があるんだ。それでお前の恋人が一人減るのならばちょうどいい」
「うう~、だ、だとしてもです! 鈴には好きな人がいるんですから、友人のままで終わるかもしれないじゃないですか!」
これから鈴に全てを打ち明けるのだが、それは今は置いておく。
今はとりあえず千冬お姉ちゃんを引き剥がそう。
「というわけで離れてください!」
もう物理的に離れさせる。
引き剥がされた千冬お姉ちゃんは名残惜しそうだったが、それは私だって同じである。鈴がいなければもうちょっとそうしていたかった。
「ほら、千冬お姉ちゃん、料理もできていますから、一緒に食べましょう?」
「私は二人きりがよかった」
拗ねたように千冬お姉ちゃんがそう言う。
「うぐっ、ご、ごめんなさい。明日は二人きりですから」
「だといいが」
拗ねているせいか、優しさがない……。
ともかく、千冬お姉ちゃんと二人でリビングに当たる部屋へ入る。
そこにはすでに鈴が料理を盛り付け終わって、並べ終えていた。
「ち、千冬さん、お帰りなさい!」
鈴はどこぞの軍隊を思わせるかのようにびしっと背筋を伸ばし、深く頭を下げてそう言った。
なんだか、誤解されそうな光景である。
「ん、ただいま」
千冬さんは鈴を見て返事をした。
その様子を見る私なのだが、何だか不思議な気分である。
私の記憶の中の千冬お姉ちゃんは主に恋人としての千冬お姉ちゃんでいっぱいなので、このような他人行儀な千冬お姉ちゃんは新鮮なのだ。
まあ、それも仕方ない。教師としての千冬お姉ちゃんと話す機会なんてそもそもなかったからね。それに比べて恋人になってからは結構スキンシップするようになったのだ。思い出の質としても恋人としてのほうが高い。
これが……普通の人の距離なんだろうな。
一応、鈴と千冬お姉ちゃんは鈴が小学生にいるときに交流があったって聞いたけど、この様子だと千冬お姉ちゃんは、鈴の親しくしているお姉ちゃんではなく、鈴の保護者的な立場であったんだろうなと分かる。
まあ、普通に考えてそうだよね。友達の姉と仲良くなるってなんだ。普通に考えて意味が分かんない。というか、接点があまりない。というか、というか、年の差があるし。
そんなことを考えていると鈴が千冬お姉ちゃんにペコペコ頭を下げながら私に近づいてきた。
「ちょ、ちょっと! なんであたしばっかり対応してんの!? あたし、千冬さん苦手なの! 詩織もさっさと来なさいよ!」
「はいはい」
私は二人の輪に入る。
「さあ、食べようか」
千冬お姉ちゃんがそう言い出して、私達三人はテーブルの席に着いた。
こうして改めて見ると、うん、どれも美味しそうだ。しかも、鈴が料理に手馴れているせいか、思わず母の料理を思い出す。
で、食べてみるとやっぱり美味しかった。特に酢豚は一夏にプロポーズの言葉にするだけあって、とても美味しい。
「ふむ、鈴も腕を上げたようだな」
食べていた千冬お姉ちゃんが感想を言う。
千冬お姉ちゃんはプライベートでは名前で呼ぶんだね。しかも、鈴って。
「そ、そうですか」
評価をいただいたほうの鈴はまだ緊張しているようだった。
「ああ。鈴はいいお嫁さんになるな」
「そうですか!」
それを聞いた鈴はうれしそうに言う。
だって、一夏のお姉さんに認められたってことだもんね。
今、私、鈴に嫉妬している。
だって、千冬お姉ちゃんにいいお嫁さんになれるなんて言われたんだもん。それ、私が言ってもらいたい言葉なのに!!
幸いにも隣に千冬お姉ちゃんが座っていたので、こっそりと足を踏む。
軽く踏まれた千冬お姉ちゃんは僅かに顔を歪め、私に顔を向ける。
何をすると言っているような顔で、どうやら私の行動の原因を理解していない。なので、ぷいっと顔を背けて不機嫌アピールをする。