箒とセシリアが仲良くなった後、千冬お姉ちゃんが入ってきて、ホームルームが始まり、授業が開始する。
いつも通り授業を終え、昼休みになる。
さて、今日は鈴と食べる日だね!
セシリアと簪は自分たちの友人と食べる約束をしている。
これはもちろん私が提案したことである。恋人だから別にずっと一緒にいてもいいけど、二人にだって交友があるはず。
なので、昼はこのようにしている。
「あっ、詩織!」
学園の端っこにある庭に着くと私を見つけた鈴が弁当を二つ持ってこちらに駆けて来た。
「鈴」
私が名前を呼ぶと鈴は頬を綻ばせる。
可愛すぎる。これ、私に気があるって勘違いしちゃうレベル! というか、本当にあるんじゃないの?
そう思わざるを得ない。
「詩織、弁当とかって持ってきていないわよね?」
「ええ。鈴が言ったとおり、持って来てないわ」
「よかった。その、もう見て分かると思うけど、弁当を作ったんだけど。た、食べてくれる?」
「もちろん!」
大歓迎である。
いやあ、まさか鈴が弁当を作ってくれるなんて! 一応、予想はしていたが、やっぱりこうして弁当を見るとそのうれしさというのは予想していたときよりもはるかに大きい。
私は早速鈴から弁当を受け取る。
鈴には私の食べる量を言ってあるので、弁当のほうも大きかった。
この子、できる!
「鈴はいいお嫁さんになれるわね」
つい私はそう言ってしまう。
もちろん鈴の相手は私だけどね!
鈴の反応とは言うと顔を真っ赤にさせていた。
私は鈴がどのような相手を想像したのか気になった。
もちろん、鈴からは一夏が好きだと聞いているが、最近は何だか一夏とは仲が悪いみたいだし、放課後はできるだけ鈴と一緒にいる。ちょっとぐらい私への好意があるはずだ。
「そ、そう?」
「ええ」
だから、ちょっとだけ冗談交じりに言う。
「鈴のようなお嫁さんなら私が欲しいわね」
「ば、バカじゃないの!?」
言葉はきついが、その反応からは嫌がっているわけじゃないというのが分かる。
あれ? も、もしかしてこれは……私にもチャンスあり?
どう考えても鈴のこの反応は脈ありの反応だ。もしかしたら告白すれば成功する可能性が高い。
そう考えるとすぐにでも告白してしまいたいが、ここは我慢する。鈴には少なくとも一夏という想い人がいる。数年も想ってきたのだから、きっとすぐには返事ができないだろう。もしかしたら気まずくなる可能性だってある。
そうならないためにも私にも鈴に好意があると言動で少しずつ伝えたほうがいいに決まっている。
まあ、言動というか、放課後に抱き合っていたりするんだけど。
ごほん、あれは慰めるという意味もあったけど、今度からするものは恋人がするようなことである。例えばキスとか。もちろん唇にするわけではない。頬とか額とか。
「そんなことよりも、食べるわよ!」
鈴は私の手を引いて庭の端っこのあるベンチへと向かった。
周りには誰もいなくて、二人きりと言っていいほどである。
「二人きりね」
私が感想を言う。
「そ、そそそ、そうね!」
鈴の反応は本当に私に気があるのではと思ってしまうものだ。
やっぱり私の気があるのかな?
それをもっと確かめたいが、今は昼食だ。
弁当の蓋を開けるとそこにはたくさんのおかずが。鈴の祖国の料理と私の国の料理が組み合わさった料理だ。どれもおいしそうである。
こ、これでセシリアのときみたいなオチはないよね?
セシリアの件があるせいか、少し疑心暗鬼になっている。
「ど、どうしたの? な、何か苦手なものあった?」
鈴が不安になって聞いてきた。
しまった。変に疑心暗鬼になってぼーっとしていたせいで、鈴を不安がらせてしまった。
「いいえ、違うわ」
そうだ。鈴の両親は確か料理屋をやっていたんだっけ。鈴もその手伝いをしていて、鈴が私に慰められたきっかけは料理関係だった。セシリアみたいなことを疑う必要は全くない。
「いただきます」
さっそく食べてみる。
「!! 美味しいわ」
やっぱり鈴の料理は美味しかった。
私は次々と料理を口へ運んで行く。鈴の祖国の国の料理の中には初めて食べるものがいくつかあったが、私の口に合った。
本当は鈴と楽しくおしゃべりでもしながら食べるつもりだったが、鈴の料理が美味しくてつい夢中になり、食べることに集中してしまった。
それに気づいたのは最期の一口を口に運んだときだった。
飲み込んだ後、鈴を見ると食べている途中だった。
私が鈴に話しかけたのは鈴が食べ終わってからだった。
「えっと、ごめんなさい」
まず謝る。
「なんで謝るの?」
「その、鈴は楽しく団欒しながら食べたいと思っていたからよ。けれど、私、食べるのに夢中だったから」
私がそう言うと鈴は微笑んだ。
「どうしたの?」
「詩織ってば誰かのために弁当とか作ったことある?」
「ないわ。でもどうして?」
「あのね、作った側としては、自分が作ったもの、それもその人のために作った料理を美味しそうに食べているのをみるとね、結構うれしいのよね。話をするなんかよりもうれしいわ」
そう言いながら微笑む鈴はその幼い容姿と裏腹に大人びていた。
こ、これはもう誰だって惚れるのでは? なに、この子。めっちゃ大人なんだけど! 一夏のやつ、こんな良い子に悲しい思いをさせるなんて!
いや、そのおかげでこうして仲良くなれたんだけどね。
そんな大人びた鈴を見た私は思わず抱きしめていた。
「し、詩織!?」
鈴が戸惑った声を出す。
実は私も戸惑っている。なぜならば抱きついたのは自分の意思ではなく、無意識だったからだ。
し、しまった。つい、可愛すぎて抱きしめてしまった!
いつも抱きしめているが、これはそのときとは状況が違う。緊張に違いがある。
私はすぐに離れた。
鈴の顔は赤くてまだ戸惑っているようだった。
でも、嫌がっている様子はない。
「ご、ごめんなさいね。つい抱きしめてしまったわ」
「だ、大丈夫よ! た、ただびっくりしただけだから!」
き、気まずい……。別に悪い意味ではないのだけど、顔を合わせることができない。
このまま時間が過ぎる。私達は何かをすることもなく、俯いて顔を合わせなかった。
「し、詩織、きょ、今日、部屋に行ってもいい?」
突然鈴がこの空気を打ち破るためか、いきなりそう言ってきた。しかも、さらに私の服を掴んで。
だ、大胆!
きっとこの鈴の誘いに乗れば、放課後の私の部屋では良い雰囲気になっている可能性がある! だけど、私はこの誘いに乗ることはできなかった。
なぜならば今日も千冬お姉ちゃんの部屋で料理を作るからである。買物があるから少しの時間も無理である。
く、くっ、ど、どっちを選ぶべきなの!? すでに恋人の千冬お姉ちゃんか、まだ恋人ではない、しかもまだ一夏に想いを抱いている鈴か。
実に悩ましいことである。
だが、今日の予定を思い出し、すぐに決断した。
「ごめんなさい。今日は用事があるの」
選んだのは千冬お姉ちゃんの用事である。鈴を選べば鈴を手に入れるきっかけの一つになるかもしれないが、すでに千冬お姉ちゃんとの約束がある。やっぱり約束は守るべきだ。
ううっ、鈴のせっかくの誘いなのに……。き、きっとそういう意味で誘ったんだよね? そうだよね?
そうだと思うと少々思うところがあるが。
「……そっか。残念だわ」
本当に残念そうだ。
それを見ると私はつい、
「買い物をして、料理を作るのよ。鈴も来る?」
そう言っていた。
な、何をやっているの、私!! これだと食事も一緒に食べるってことで、それはつまり千冬お姉ちゃん、私、鈴の三人で食べるってことで、私と千冬お姉ちゃんの関係をしゃべらないといけないってことで! ううっ、何か色々と失敗した!
「い、いいの?」
鈴は一転してうれしそうだ。
これはもう何も言えない。
「ええ、もちろんよ」
そうとしか言えない。
「よかったわ! 詩織、放課後、あたしの教室の前に来てくれる? その、詩織の教室は一夏がいるから」
本来ならば想い人がいる教室に行くことはうれしいはずなのだが、例の一件以来、関係がぎくしゃくしている鈴には想い人と会うことはうれしいことではないのだろう。
ふふ、これはやっぱり私にほうが好きなのかな?
ともかく、放課後はまずいことに鈴と一緒に行動することになった。しかも、夕食まで。
どうしようかと思いながら、午後の授業を受けたけど、結局悩むばかりで何のいい案はでなかった。
というわけで、単純に千冬お姉ちゃんに鈴も含めて食べることになったと報告することになった。
いつものように誰もいない部屋でちょっとだけいちゃついたあと、それを報告すると千冬お姉ちゃんは少々拗ねてしまった。そして、少しの間、自分がどれだけ楽しみだったかと説かれた。
「詩織! 遅いわよ!」
少々疲労した私は鈴の教室へと向かったが、教室の前にすでに鈴が仁王立ちしていて、そう言ってきた。
うっ、こっちはこっちで怒ってるし!
「ごめんなさいね。ちょっと用事があって。さあ、行きましょうか」
「ええ」
私達はそれからモノレールに乗った。
今日は平日ということもあって、誰も乗っていない。私達だけである。
ちなみにすぐ隣には鈴。
まあ、離れるっておかしいからね。どうしてもこのように近くになる。
肩と肩はくっついていて、手と手に至っては触れるどころか、握り合っている。
も、もちろん私の意思じゃないよ! 鈴からやってきたことである。
鈴は俯いているが、顔が真っ赤であるのは確認済み。
前はよく抱き合っていて、そのときはこんなに顔を真っ赤にならなかった。
それはこれが別の意味だから? 私をそのように思っているから?
どちらか分からないが、そういう意味で意識している、またはし掛けているに違いないので、このままどんどん意識させていきたい。
うん、やっぱり今日ちょっと頑張ってみようかな。
そんな風なことを考えながら、本土に着いて、近くの大きさなスーパーへ行く。
「ねえ、何の料理を作るの?」
私と手を繋いでいる鈴が聞く。
この時点でもう顔は戻っている。慣れたようだ。
「とりあえず肉料理にしようかと思っているのだけど、どうかしら?」
「いいわね! じゃあ、酢豚作っていい?」
「いいわよ。じゃあ、鈴が酢豚を作って、私はその間にサラダでも用意するわ」
もちろん私が作るサラダはすでに切られているサラダとかではない。ちゃんと自分で最初から最後まで作る。
というわけで、早速買物を始める。
ちなみにお米は食堂のすでに炊いてあるご飯を使う予定。ご飯はすぐにできないからね。
「詩織、そういえばお金はどうなの? あたし、その、あまり持ってなくて」
「心配しなくてもいいわ。私が持っているから」
自由にできるお金は少ないけど、別に全くお金がないわけではない。ただ単に使いすぎないようにと制限をかけてあるだけである。
「だから、心配しなくてもいいわ」
「そうなの? だったら後で返すわね」
「それも別にいいわ。今日は一緒に食べるのでしょう? それに作ってくれるのでしょう? お金は返さなくていいわ」
ここで私に経済力があると見せ付けたいというのもあるけど。
いや、まあ、たった一食程度の食費を見せてもねえ。あまり私の経済力があるとはいえない。
「そ、そう?」
「ええ。ただ、量は三人分にしてちょうだい」
「三人分? あたしと詩織以外にもいるの?」
「ええ。でも、鈴も知っている人だから」
「ええ!? あ、あたしも知っている人!?」
鈴と千冬お姉ちゃんたちの関係はもちろんのこと把握済み。一夏だけではなく、千冬お姉ちゃんとも交流があったから問題はないだろう。
「だ、誰?」
「ふふ、会ってからのお楽しみよ。まあ、鈴と私の知り合いなんて相当少ないけどね」
正直、答えなんて簡単に出てしまう。
だって、鈴はこのIS学園に来たばかりで、知り合いと呼べるのは少なくとも千冬お姉ちゃんと一夏の二人であり、もし他にもいても私も知っている人物だからやっぱり残るのはかなり高い確率で二人だろう。
「う~ん、誰かしら?」
首を傾げながら鈴は考えていた。