精神もTSしました   作:謎の旅人

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第9話 私の新しい道と危機

「やってみたいけど……ずっと、これ……だったから。たぶん……やらない」

「そう。まあ、仕方ないわね」

 

 きっと似合わないわけではないだろうが、初めてやる髪型で本人は気に入らない場合だってあるのだ。だから私が見たいというだけで簪の意思に背いてさせるのは、この子の恋人になろうとしている者としても最低だ。

 再び無言になる。

 簪は丁寧に私の髪を洗い流している。

 その丁寧さがとてもうれしい。

 

「ん、きれいになった……」

「ありがとう。じゃあ、次をお願い」

「背中……だったよね?」

「ええ、あと腕もね」

「分かって……る」

「もちろんのことそのほかもやってもいいわよ」

「!! や、やら……ない!」

「いたっ」

 

 ぺちんという音とともにちょっとした痛みが走った。

 どうやら簪が私の濡れた背中を手で叩いたらしい。

 うう~痛い~。

 私は思わず涙目になりかけた。

 濡れた肌に衝撃が走るときって結構痛いんだよね~。

 前世が男だったからされたこともあるし、したこともある。学生(男子)の中では汗をかいた体育のあとなどによくされる戯れの一つだ。そして、赤い手形の付いた背中を見て笑うのだ。

 私を叩いた簪は何もなかったかのように手にボディソープを手に付けて、泡立たせた。そして、私の背中にその手を当てた。

 

「ひゃうっ!」

 

 初めての感覚に驚き思わず声を上げた。

 な、なに? こ、これ? や、やっぱり人に触られるのって、へ、へんな気分。簪があんなふうになるのも理解できる。ただ触れただけでこんなになるなら、私がやったみたいに触ったらあんな風になっちゃうよ!

 私はちょっと反省した。

 

「ど、どうした、の?」

「な、なんでもない、わよ!」

「ほ、本当……に?」

「え、ええ、本当によ」

 

 簪は私の背中を洗い始めた。

 その手は乱暴ではなくて、やはり丁寧なのだが、逆にその丁寧さが私になんとも変な感じ(思い切って言えば快感)をさせるのだ。

 

「ん、んん!」

 

 その感じをなんとか声に出さないため、何とか声を抑える。

 くぐもった声がやや響く。

 た、ただ洗われるだけなのにこんなに感じるなんて……。こ、これも簪が感じてたものと同じなんだ……。

 またも私は反省した。

 まあ、反省はするけど、またやらないわけじゃないけどね! 今はただそういう関係じゃないのにやったからという理由で反省しているわけであって、そういう関係になったら遠慮なくやるつもりだ。うん、遠慮なくね。反省なんてしないからね!

 

「んあっ……ん……」

 

 うう~どうしても声が出る。

 とても恥ずかしい。だってきっと簪に聞かれているはずだもん。他人にそういう無防備なところを見られるのはやはり恥ずかしいのだ。

 

「へ、変な声……出さない、で!」

「し、仕方ないじゃない。簪だって出していたじゃない」

「………………だ、出して……ない」

「絶対に出していたわよ」

「だ、出してない!」

「なら、もう一回私が洗おうか?」

「やらなくて……いい。と、とにかく……洗う、から」

 

 あっ、逸らした。

 再び簪は私の体を洗うことに集中した。

 おかげでまた私は簪から与えられる快感に声を押し殺すことに集中することとなった。

 あうっ、ま、また、触れられて……。

 声を出さないようにと最終手段、口を手で塞いだ。

 これで声は出ない。が、周りから見ると胃の中身を吐き出しそうな人だ。

 ちょっとすぐに止めたいが、これ以上恥ずかしい声を聞かれたくはないのでこのままだ。それに簪からは見えないしね。

 

「……詩織」

「ん……な、なに?」

「声、抑えないで」

 

 お、おかしいな。声を出すなと言った簪が声を出せと言っている様に聞こえるよ。

 私は耳を疑うが私の耳は正常。聞き間違いはない。

 

「な、なんで?」

 

 理由が分からなくてはどうしようもないので、質問した。

 

「そうすると……な、なんだか……余計に……い、いやらしい」

「…………」

 

 ……ちょっと傷ついた。

 うう……ちょっと泣きそう。私、そんないやらしい子じゃないのに……。

 私は手を口から離した。

 声が出て簪に聞かれることとなるのだが、簪にいやらしいなんて言われてショックを受けるよりはマシだろう。私の心の耐久力は高くはないのだ。

 

「……分かったわ」

 

 やや心にダメージを受けた私は背中に続き、腕も洗われたがダメージにより声が出ることはなかった。

 はあ……せっかく簪に洗われているのにさっきのダメージで……。

 私はすっかり楽しむことができなくなっていた。

 その状態で簪からの奉仕は終了した。

 

「じゃあ、流す……から」

「……うん」

 

 だから返事もどこか覇気のないものとなっている。

 簪に言われたたった一言でこのざまだ。それはまるで子どものようにも見える。

 いや、きっと私はまだ子どもなのだろう。

 いくら前世があるとはいえ、その私と今の私ではやはり別人。あっちは男でこっちは女なのだ。だから、前世の大人の経験や記憶は関係あっても、大人の精神は関係がないのだ。

 というか、それでもちょっとこの心の弱さはどうなのだろうか。弱すぎるのでは? やっぱりそれは私がまだ精神的に子どもなのだからか、それとも女だからだろうか。

 どちらなのか私には分からない。

 そう考えている間に簪は私を洗い流し終わっていた。

 

「詩織、終わった」

「ええ、そうね」

 

 時間もちょっと経ったのである程度、心の耐久度は回復していた。

 私たちはしっかりと水を落として浴室を出た。

 私たちはそれぞれバスタオルを手に取り、濡れた体を拭いていく。

 う~ん! このバスタオルって結構フカフカだよね~! いつも使って思うけど、私はこのフカフカが大好きだ。これを布団代わりにしてもいいと思うほど。

 私は心地よいフカフカに包まれながら体に付いた水滴を拭き続けた。

 

「ちゃんと拭けている?」

「子ども扱い……しない、で。ちゃんと拭け……る」

「そう言っているけど、ほら、まだ拭けてないわよ」

「!!」

 

 私は簪の体に残っている水滴を拭いた。

 

「……自分で……拭けた」

 

 恥ずかしながらそう言った。

 やや顔が赤い。

 

「いいじゃない。仲を深めるためよ」

「…………」

 

 そう言われた簪はなぜかさらに顔を赤くした。

 どうしたのだろうか? 風邪かな? 風呂には結構長い時間入っていたからな~。ありえる。

 風邪を引かせないためにもすぐに着替えさせよう。

 

「ほらすぐに服を着なさい」

「えっ? う、うん」

 

 用意していた下着とパジャマを着る。

 私のパジャマも簪のパジャマも可愛らしいものだ。どちらのパジャマも子どもっぽいが、可愛いから問題なしだ。

 私たちはドライヤーでしっかりと髪を乾かして脱衣所を出た。

 

「もうこんな時間」

「結構入っていたみたいね。まあ、楽しかったからいいけど。簪はどう? 楽しかった?」

「……うん。楽し……かった」

「よかった。それにちょっとは仲良くはなれたと思うしね」

「私も……思う」

 

 簪のその顔には嘘はない。本心からそう思っているようだ。

 私はそれを確認してうれしくなる。

 まだそういう関係にはなれないだろうが、仲良くなることはできたのだ。今はそれで十分だ。

 私は火照った体を少し冷やしながら自分のベッドに腰掛けた。そして、しばらくして上半身をベッドの上に投げ出した。

 

「んん~!」

「はしたない」

「そう言わないで。だって唯一ここがくつろげる場所なのよ」

 

 私はそう言うのだが、生徒会長モードではない時点でくつろいでいるとは言えない。

 私が完全にくつろぐ時はきっと簪とそういう関係になってからではないだろうか。なぜならば完全にくつろぐということは無防備の姿を曝け出すということで素の自分を見せるということだからだ。

 いや、別に簪のことを警戒しているとかではないのだ。でも、素の自分とは女の子大好きの自分を見せるということなのだ。だから無理なのだ。

 

「簪だってそうでしょう? 自分の部屋はくつろげる場所でしょう?」

「……うん」

「ならいいじゃない。ほら、簪もやってみなさい」

 

 私は隣を手で叩いて誘う。

 簪はそれに頷いて私の思惑通り隣に来てくれた。そして、同じように上半身をベッドの上へ。

 簪が私のすぐ隣にいる。それもわずかな距離で。

 本当に今日はなんて日だろうか。

 一夏という私を不幸にする奴がいて最悪な日かと思えば、セシリアと簪という私を幸福にしてくれる日だった。さらに今から簪とアニメの観賞をするのだ。もはや天国。

 私はちらりと簪を見る。

 簪はメガネをかけているのだが、今はかけていない。

 かけているのはメガネの形をした携帯用ディスプレイで、別に目が悪いからかけているわけではない。なので、かけなくても問題はないのだ。

 

「そろそろ、見る?」

「……なにを?」

「ほら、言ったでしょう? 私にアニメを見せてくれるって」

 

 私からこれを切り出したのはアニメに興味があるというのもあるが、簪の趣味だからというのもあるからだ。

 

「あっ」

「忘れていたの?」

「……うん。忘れて……た。で、でも本当に……見る気、なの?」

「ええ。言ったでしょう? 私も興味あるって」

(本気……だったんだ)

 

 なにやら小さく簪がつぶやいたが、私には聞こえなかった。

 簪は起き上がってバッグから一つのDVDを取り出した。

 

「それは?」

「初心者には……お勧めの……アニメ」

「へえ」

 

 それを手に取る。

 あらすじを見る限りでは似たようなものだ。

 私にはなぜ初心者にお勧めなのかは分からない。

 

「じゃあ、さっそく」

 

 簪がテレビの電源を入れ、テレビに繋がれたDVDプレイヤーにDVDを挿入する。そして、リモコンを操作して画面を切り替えた。

 

「これで……いい」

 

 簪はリモコンを持ったまま、ベッドへダイブし、寝そべってテレビに向き合う。

 どうやらこの姿が簪のアニメを見るときの格好らしい。

 私も簪の隣に同じような格好になる。

 

「ねえ、簪。これは――」

「静かに。見るときは……何もしゃべら……ない」

「…………」

 

 どうやらアニメを見るときは結構変わるらしい。

 仕方ない。私も大人しくこれを見るとしよう。

 画面ではおそらくプロローグが始まっており、主人公がどんな人物であるかを流していた。まだヒロインは出ていない。

 で、ここまでで分かったことは主人公は特別に頭が良いわけではなく、運動神経はまあまあというものだった。スペックにしてもひどいものだ。思わず本当に主人公なのかと思うほど。

 そこから話が流れてアイキャッチの前にヒロインが出てきた。別世界から来たという流れで。

 そこからなんか色々とあった。

 ヒロインと主人公が色んな事情で一人暮らしをしている主人公の家に住むことに。しばらくは幸せな暮らしが続く。が、ヒロインを追ってきた強力な敵がやってきて二人を追う。そして、その敵を倒すためにヒロインが主人公に一か八かで敵の目的である、力が込められた玉を渡す。

 まあ、そこからは王道で異世界の強力な力をただの人間が受け入れて強力な敵を倒した。

 なんともまあ、王道な話だったが、私は完全にこのアニメに嵌っていた。

 その数時間後に全話を見終わった。もちろんのことハッピーエンドで終わって。

 

「どう……だった?」

「うん! 面白かった! はあ~こんなに面白いのって初めて見たよ! なんで見なかったんだろうって思っちゃったくらい!」

 

 これがまだ初めてのアニメになるが、私がほかのアニメも見たいと思うには十分なものであった。

 私はこんなに面白いものをなぜ知らなかったのだろうかと思うが、知らないおかげで簪と仲良くできたのだと思って前向きに考えた。

 簪はこういうジャンルばかりのアニメが好きみたいだけど、ほかのジャンルを見てみるのもいいかもしれない。

 ああ、これって多分オタクというやつのなり始めだよね。ちょっとやばいかもしれないが、簪と同じ道ならば後悔はしない!

 まあ、私は夢を叶えないとダメだからなることはもっと後の話だろうけど!

 

「し、詩織?」

「うん? どうしたの? 何かあった?」

「え、えっと……そ、その」

「あっ、それよりも次! 次、見よ! まだあるんでしょう?」

「ま、待って! そ、それより……も」

「どうしたの?」

 

 どうも簪の様子がおかしい。

 顔を見るに何かに困惑しているようだ。何を見てそうなったのだろうか。

 ちょっと考えてみるが何事もなかったはずなので分からなかった。

 

「く」

「く?」

「口調! 雰囲気! い、いつもと……違う」

「え? あっ!」

 

 私は思わず口を抑えた。

 し、しまった! ついアニメを見ていて忘れてしまった! な、なんてことだ! 素の口調をさらすのはそういう関係になってからと決めていたのに!

 だ、だが! ま、まだ間に合うはずだ!

 私は一旦咳をして切り替える。

 

「な、何のことかしら?」

「……戻った」

「何が?」

「詩織、正直に……言って。どっちが……本当の……詩織?」

「何を言っているの? 私は私よ」

 

 や、やばい! 今、確実に疑われている!

 これはどうするべきだろうか? ここで全てを言うわけではないが、口調については言うべきだろうか?

 私は迷う。


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