鎮守府に到着したジェナスは叢雲に案内されて執務室へ足を踏み入れる。
「ジェナス・ディラです!」
「やぁ、よく来たね。私がここの提督だ」
執務室にいたのは老年の男性。
白い軍服を纏っているがその表情は柔和なもので厳つい雰囲気は感じられない。
「これからよろしくお願いします」
頭を下げたジェナスへ提督は笑いながら立ち上がる。
「これから色々と大変だろうが頑張ってくれたまえ、叢雲」
「はい」
「すまないが、ディラ君にこの鎮守府を案内してやってほしい」
「…わかったわ」
むすっとした表情で叢雲が頷いた。
提督の笑顔に見送られてジェナスと叢雲は外に出る。
「えっと、叢雲さん」
「叢雲でいいわ。私もアンタのことはジェナスと呼ばせてもらうから」
「あ、あぁ」
少しとげとげしい態度に困惑しつつもジェナスは叢雲に鎮守府内を案内してもらう。
「ここが工廠よ。ここで艦娘の艤装の整備がされるわ」
「へぇ」
「中に入るわよ。設備についても」
ギィィィと叢雲が扉を開けた瞬間。
大量の白い綿のようなものが飛び出した。
「うわぁぁぁぁ!?」
綿の大群に叢雲とジェナスはもみくちゃにされる。
「だ、大丈夫?」
「あれ、叢雲ちゃん」
しばらくしてオレンジ色のツナギを着た少女とセーラー服を着た少女が慌てて出てくる。
「な、なんなのよぉ、これは!」
「うわっ、口の中にまで入った」
ぺっぺっ、とジェナスは口の中から綿を吐き出しながら顔を上げる。
「あら、貴方は?」
「コイツは新人少尉としてやってきたジェナス・ディラよ。ジェナス。この人は夕張さん、工廠の整備を任されているわ。一緒にいるのは……朧?アンタなんで」
「暇だから夕張さんの手伝い」
茶色い髪の白いセーラー服を着た少女、朧は小さく首を傾げる。
「朧だよ。駆逐艦、よろしく」
「あぁ、よろしく。ジェナス・ディラだ」
朧へ手を差し出す。
「その手は?」
「え、握手だけど」
「………貴方、良い人ね」
「え?」
「よろしく」
朧は小さく微笑むとその手を掴む。
小さく、柔らかい手だった。
「コホン、私は夕張よ。よろしくね」
「あぁ、よろしく」
夕張とも挨拶を済ませてジェナスは工廠の中に入る。
工廠の中は様々な機材が並んでいた。
ジェナスはアムドライバーの頃に色々な機械を見てきたが、見知らぬものばかりだったので驚きの声を漏らす。
「凄いなぁ」
「この程度で驚いているなんてアンタモグリね」
叢雲がやれやれと肩をすくめる。
様々な施設の説明を夕張から受けていたジェナスは隅に置かれているものを見て目を見開いた。
「あれ?何の音だろう」
夕張へ置いてあるものについて訊ねようとした時、朧がぽつりと声を漏らす。
「え?」
ジェナスが顔を上げた瞬間、建物が大きく揺れた。
「何だ!?」
「地震?」
「違うわ!この音…まさか」
驚きの叢雲が外へ出ようとした時、工廠の壁を砕いて巨大な黒い塊が現れる。
「これは!?」
「嘘、深海棲艦!」
深海棲艦と聞いてジェナスの頭に情報が流れ込む。
深海棲艦、それは海の底に沈んだ船が怨霊となった存在。
海を汚す者や人間を激しく憎んでいる。
深海棲艦に通常兵器は一切通用しない。
彼らと対抗できるのは艦娘と。
「何で…」
「とにかく、ジェナス、ここから逃げるって、アンタ!?」
ジェナスは軍服を脱ぎ捨てたと思うと傍に置かれている機械に体を当てていた。
突然の事に叢雲は呆然としてしまう。
夕張も目を見開いている。
彼女がこの工廠へやってきたときから、白と赤の機械は置かれていた。
どんな機械なのか調べようとしたがうんともすんともいわない。
妖精の話によると時が来るまで動かないということだ。
その機械が動いていることに夕張は目を見開いていた。
夕張へ侵入してきた深海棲艦が口を開けて迫る。
「しまっ」
彼女達は艤装を纏えない。
纏うためにはゲートをくぐらないといけないのだ。
ゲートなしでも人間を超える力を発揮できるが深海棲艦と戦うには無理がある。
反応が遅れた夕張に待っているのは死。
しかし、彼はそれを許さない。
「うらぁ!」
夕張が捉えたのは青い光。
気づいた時、目の前にいた深海棲艦は外へ吹きとばされている。
代わりに夕張の前に立っていたのは人だった。
多分、人だろう。しかし、全身を覆う白い鎧のようなものは何か?
「大丈夫か?夕張」
「え、その声って、少尉さん!?」
夕張の前にいた者、それは新人少尉として鎮守府へやってきたジェナス・ディラだった。
「その姿は……」
「これは」
ジェナス・ディラは少し間をおいてから決意を込めた声で話す。
「俺は、アムドライバーだ!」
何故、鎮守府にアムジャケットがあったのか。
ジェナスは疑問を抱きながらも外へ追い出した深海棲艦を追うために飛び出す。
「(アムドライバー…か)」
夕張へ問われて名乗った時、不思議と自分の中で“懐かしい”気持ちと“悲しさ”があった。
“アムドライバー”。
それはジェナスが元々いた世界に存在したヒーローの名称。
最後の戦いでアムドライバーの存在はなくなった。
必要なくなったのだ。
ならば、どうして異世界に、この世界にアムジャケットがあったのか?
その疑問を残しながらもみんなを守る為、ジェナスは再びジャケットを纏い、アムドライバーとなった。
纏ったジャケットは初期の物、つまりジェナスがはじめてアムドライバーとなったころに使用していたもの。
ボードは見つからなかったが150ソードはあった。
ソードを構えて目の前の深海棲艦を睨む。
果たしてアムエネルギーが通用するのか。
そんな疑問を考える暇もなくジェナスは駆ける。
唸りながら深海棲艦が砲撃をする。
アムドライバーとなったジェナスにとってそのような攻撃は通用しない。
アムエネルギーを戦闘用に流用して作られたアムジャケット。それは普通の人を一種の超人へ変える。
車の衝撃を受けても死ぬことがない。
駆け抜けながら150ソードを振り下ろす。
普通の攻撃だったなら深海棲艦の皮膚に刃は突き刺さることがない。
ジェナスは気づかないが150ソードの刃がうっすらとエネルギーを纏う。
刃が深海棲艦の体を切り裂く。
「嘘!?」
夕張が息を飲む。
傍にいた朧や叢雲も同様だ。
彼女達の艤装でしか深海棲艦へダメージを与えることが出来ない。
しかし、目の前の事態はそれを覆していた。
艦娘しか倒せない筈の深海棲艦を男が、それも見たことのない装備を使って撃退するという。
事実を彼女達は受け入れることが難しかった。
「夕張さん!叢雲達、大丈夫か!?」
駆け寄ってくるジェナス・ディラをみてようやく彼女達の意識は現実へ戻される。
「わ、私達は大丈夫!」
「朧も…」
「………」
「叢雲?」
「大丈夫よ!それよりも、その、装備は何!?」
「えっと、俺もわからないんだけど……この姿は」
ジェナスが説明をしようとした時、再び大きな揺れが襲う。
「どうやらまだ、敵がいるみたいだ…とにかく、提督の所へ向かおう」
ヘルメットを外す。
ジェナスの提案に彼女達は頷いた。
アムジャケットを纏ったジェナスは疑問を抱いたまま、走り出す。
この時、運命という名の歯車が再び回りだしたという事を、ジェナスは思いもしていなかった。
この日、異世界でアムドライバーが復活した。
はやくもジェナスはアムジャケットを纏いました。
今回の装備は105ソードとアムジャケット初期。
腕や胸部にアーマーはなし状態。