人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
今回のエピソードは……阿良々木君が男前です(えっ?

一応、タグにもあるラブコメパートなんですが……
阿良々木君、思い切り羽川さんに”禁じ手(タブー)”を使います。
もう、この時点で「それを言ったら、確実にルートフラグが立つ」レベルの。

小さな、でも大きな平行世界(げんさく)からの乖離を楽しんでいただければ嬉しいです。




[009] ”家族語(偽)”

 

 

 

4月29日土曜日、ゴールデンウィークの初日の昼近く。

僕こと阿良々木暦は、春休みに縁が出来た天然記念物級文学少女(もしくは委員長)ルックの羽川翼に街中でエンカウントした。

 

春休みは1本だった三つ編みお下げは今は2本に増えていたが、これはこれで新学年開始から1ヶ月が経とうとしている今は見慣れた姿だ。

ついでに私立直江津高校指定の女子制服姿。今日は休日なので特に着用する理由は無いだろうが、逆に言えば制服を着用して出かけてはいけないという理由も無いので無問題。

 

鞘に入れた贋作【絶刀”鉋”】を吊り下げたシンプルなデザインの帯剣ベルト。うん、これも何時もどおりだ。

本物(現存してればだが)/贋作を問わず完成形以上の変体刀の主なら、常識の範疇に納まるスタイルではある。

 

だが、問題だったのは左頬に張られた大きなガーゼだった。

羽川は見た目どおりに知力は高いが、見た目に反して武力も高い。

伊達や酔狂で完成形変体刀の主をやっていないということだろう。

 

春休みの出来事……あの「伝説の吸血鬼と三人のバンパイアハンター」を巡る、何の救いも求められない御伽噺の中でただの人間でありながら僕にとって、羽川は同じ死線を潜り抜けた”戦友”とも呼べる存在だった。

プロのハンターの放つ一撃を、片手平突きの一閃で弾き飛ばす技量の持ち主……少なくとも今のクラスの中で、僕だけが知る”()()()()()()()()姿()”だった。

 

しかし、その羽川が怪我を負うなんてどんな手練(てだれ)と戦ったと思いきや……

 

「えっ? 父親に殴られた……?」

 

 

 

僕がガーゼの理由を聞いたとき、なんとなく羽川は話しづらそうにしていたので、場所をショッピングモールと比べれば人通りが少ない海辺の公園沿いの遊歩道に移した。

 

その時に聞いたのが、上記の理由だった。

最初、羽川は誰に手傷を負わされたのか言おうとしなかった。

だけど僕が、

 

『羽川ほどの腕を持つ使い手がそうそう遅れを取るとは思えない。どこの凄腕と()り合ったんだっ!?』

 

と至極当然の問いかけをしたら、羽川は一瞬きょとんとしてからプッと噴き出し、

 

『阿良々木君って私を、特に私の武を過大評価しすぎだよ』

 

そう笑って羽川は自分の生い立ちを話してくれた。

実の父親が誰だかわからず、生みの母親は自殺……羽川にとっては、この二人は既に過去の登場人物であり、遺伝子提供者以上の意味が無いように、どこか他人事のように語った。

 

僕は羽川の家庭事情、その複雑怪奇に歪んだ彼女を取り巻く環境を聞くことになる。

 

 

 

壮絶……彼女の歩んできた道はそう評していいだろう。

父親不明の連れ子である自分を抱えたまま実の母親は結婚、その1年後に自殺。

今の母親はその自殺した母親の結婚相手が再婚した女性。

だが、その時の父親も過労死し、その再婚した女性の再婚相手が今の父親……頭も感情もこんがらがりそうになる。

 

「だから戸籍上は父親と母親ってだけで血は繋がってないんだよね。私には両親や兄弟姉妹に祖父母……家族って呼べる人はいないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

「つまりね、阿良々木……これは『家庭内暴力で父親が娘を殴った』って話じゃないんだよ。『40歳くらいの男性が、見ず知らずの女子校生に知ったようなことを言われてついカッとして殴った』って話なんだよ」

 

「いや、それはそれで十分に問題だろ? ()()に考えて」

 

まあ、”過去の元凶”を排除するために両目を切り裂いた僕が言えた義理じゃないのは、重々承知してるけどね。

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「大体の事情はわかったよ」

 

そりゃもう嫌ってほどに。

 

「だけどさ、やはり納得できないな。羽川の意見をまとめると、感情論を抜きにしても『戸籍上の父親というだけで、たまたま同居してる中年男性に羽川は顔面殴打された』ってことになる。それでいいのかな?」

 

「うん。まあ、その認識で合ってると思う」

 

「んでさ、僕がその話を聞いて黙ってると思う?」

 

「!? あ、阿良々木君! この事は誰にも言わないでくださいっ!!」

 

いきなり頭を下げる羽川。

やっぱり、行動が不自然な気がする。

 

 

 

「羽川そこは安心していいよ。別に僕はこの件を誰かに言いふらす気はないから」

 

「あ、ありがとう」

 

「だけど理解できない。納得も出来ない。羽川はその中年を一般的な意味で父親と認識して無いんだろ?」

 

「うん……昔は、それなりに努力はしたよ? 血が繋がってなくても家族だって、そう言える様になろうって自分なりに、自分でできる限り努力した……つもりだよ」

 

羽川は自嘲的な寂しい笑みで続けた。

 

「でも、ままならないものだね? それでも、一般的な意味で不幸な環境ではあったと思うけど、だけどそんな環境に、境遇に負けたくないって……そう思った。だから普通で、私は普通で、普通の娘であろうとしたんだけどね」

 

()()、ね……

 

「羽川、いくつか質問があるんだけど……いいか?」

 

「うん。私で答えられることなら」

 

「答えられないなら、Yes/Noだけでいい」

 

「うん」

 

「羽川の意見を聞く限り、羽川家は家族でも家庭でもない。そして冷め切ってる」

 

「Yes」

 

羽川は頷いた。

 

「羽川は戸籍上の両親を、語義通りの両親とは思ってない」

 

「Yes. もうそれは諦めてるよ」

 

「わかった。僕が何に納得してないかが」

 

「えっ?」

 

「羽川、お前にとってその中年が父親で無いのなら、どうして庇おうとする?」

 

 

 

***

 

 

 

そう、なのだ。

冷め切った、父母への思いが、娘への思いが皆無の家庭なら……どうして羽川は守ろうとする? 庇おうとするんだ?

 

ぶっちゃけてしまえば、僕は家庭崩壊の現場に遭遇したのはこれが初めてではない。

他の誰でもない、育の家がまさにその典型だったからだ。

 

育の前例がなければ、僕はきっともっと取り乱していただろう。

ここまで冷静じゃいられなかったはずだ。

家庭崩壊の理由なんて、それこそ十人十色千差万別、ケース・バイ・ケースだ。

だが、羽川の感情の動きが僕には酷く不自然に思えた。

 

「えっ? それは、誰にだって間違いはあるし……それに1回くらいいいじゃない!」

 

「羽川らしくないな? 全然、反論が論理的じゃないぞ?」

 

「わ、私だって論理的思考ができないときだってあるよ! 感情的になる時だって……」

 

「あのさ……じゃあ聞くけど、両親の前で感情的になったことはあるか? 今の僕にそうしてるように」

 

「それは……」

 

「無いだろ? いや、無いはずだ。僕の予想が正しいなら」

 

 

 

なんとなく見えてきた。

羽川の”()()()”の片鱗が。

 

「ど、どうして阿良々木君はそう思うの……?」

 

「ん? そう難しい話じゃない。”羽川の行動原理”を考えてみたら、そうなんじゃないかなってさ」

 

「私の……行動原理?」

 

「羽川はもしかしたら、理由を問わず『罪を犯した父親を娘が庇うのが()()であり()()()』とか思ってるんじゃないかってさ」

 

「!?」

 

「図星か……よかった羽川の前で見当違いのこと言って、恥をかかずに済んだみたいだよ」

 

 

***

 

 

 

「阿良々木君は怖いね……どうしてそういう結論に至れるのかな?」

 

「これでも一応は”剣士”の端くれだからな。相手をある程度読めなきゃ話にならない」

 

他に理由を挙げるとすれば、

 

「それに羽川の考える”正しさ”と”普通”が世間一般のそれとズレ過ぎてんだよ」

 

「ズレてるの……? わたし」

 

ここで嘘を言う意味は無い。

羽川を傷つけるかもしれないが、それで嫌われるなら望むところだ。

 

「もっと言えば、羽川の考える普通や正しさは『理想と一致しすぎる』んだよ。人にはそれぞれ『こうであるべき』や『こうするべき』って理想像がある。だが、普通の人間はそれがまっとうできることは先ず無い。僕なんかその筆頭だな」

 

「そんなこと……阿良々木君は、いつだって自由で何者にもとらわれなくって、その()()()()の姿を生きてるよ……」

 

急に羽川は声をかすらせ、しぼませていった。

 

「そんなことはないぜ? 理想的な行動も完全な自由も、到底人間に手に入るものじゃない。だから()()()()()は不自由極まりない世界の中で破片のような仮初(かりそめ)の自由を見つけてそれを謳歌し、理想と現実との間に適当な妥協点を見つけて何とかそこにアジャストさせるもんさ。理想も自由もどれほど求めても、現実って壁にいつも邪魔されて、地団駄踏んでそれでももがき苦しんで、それでも諦めようとしても諦めきれず、足掻いたところでどうにもならないのはわかっていても行こうとする。だけど辿り着けない……まあ、そんなもんだ」

 

羽川の場合、”普通”と”正しさ”が同一直線上に並んでいて、同じものとして語れること自体がもうまずいのかもしれない。

普通と正しさは、本来は別物だ。

 

「阿良々木君も……?」

 

「だから僕はその代表格さ。足掻くのももがくのも嫌いじゃないし、無いものねだりはむしろ得意技だ」

 

「それじゃあ、阿良々木君……私は、私はなんなのっ!?」

 

何故だろう?

その時の僕は、涙なんて一粒も流して無いのに羽川が泣いているように見えたんだ……

まるで泣いている、小さな迷子の子供のように……

 

だから、どうかそっと羽川の頭に手を乗せ、まだ幼かった頃の妹達にそうしたようにそっと撫でるのを許して欲しい。

 

「あっ……」

 

一瞬、驚いたような顔をしたけど、まるで猫がそうするように気持ちよさそうに羽川は目を細めた……

 

「羽川はさ、ほんのちょっとだけ人より強かったんだよ。どうしようもない環境の中で、自分の正しさや普通を求められるくらい。正しさと普通を同じものとして認識してしまえるぐらいに」

 

「わたしは……つよくなんかない……それしかしらない、だけ。それしかできないだけ、だよ……」

 

 

 

ああ、そういうことか。そういうことだったのか。

羽川の『何でもは知らないわよ。知ってることだけ』は、こんな言葉が裏に隠れていたのか……

 

「僕もまだまだ修行が足りないな……本当に」

 

羽川を元気付ける、勇気付ける言葉一つかけられないなんて、我ながら情けなくなる。

 

(春休みにあれだけ助けてもらったのにな……)

 

「羽川、僕は羽川を勇気付けることもできないし、元気にさせる言葉も持たない……そんな情け無い奴だ」

 

羽川は撫でられながら首を小さく横に振ったけど、

 

「だから、わかりきったことしか言えない」

 

だから、今はこれだけを伝えよう。

命の恩人に対する代償としてはあまりに小さく、気になる女の子にかける言葉としてはあまりに不躾だけど、

 

「羽川……殴られたのに、よく”鉋”を抜かなかったよ。よく我慢した。頑張ったんだな? 偉いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
一気にお気に入り登録が増えて、作者的にも驚くと同時に心から嬉しく感じています。
他に応援/ご支援も含め本当にありがとうございます。

いや~、それにしても阿良々木君、やらかしてしまいましたね~(^^
羽川さんの胸に、撤退不可能なところまで踏み込んでしまったようです。非物理/非背蝕的な意味で。

これで平行世界(げんさく)同様に某ガハラさんとくっついた日には、おそらく史上最強最悪の怪異が生まれそうです。
それこそワルプルギス級の(汗

”吸血鬼にまつわるエピソード”は同じでも、原作とはまた違う生き方をしてきて、故に異なる価値観を持つ阿良々木暦と、またそうであるが故に暦と違う関係性を築きそうな、築けそうな羽川翼……

果たして二人はどんな物語を魅せてくれるのでしょう?
扇ちゃんならずとも気になるところです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!




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