人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。
今回のエピソードから、いよいよ原作との乖離が激しくなります。

例えばそれは原作と明らかに違う意味で”怖い”阿良々木君だったり……
そして羽川さんにはやはり原作と違う”アビリティ(能力)”が追加されていたり……

きっと、多分、色々と血腥くなり始めるかもしれませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。




[008] ”刃傷語”

 

 

 

4月29日土曜日、午前10時ごろ。

 

『兄ちゃん、風呂用意してくれた礼だぜ♪』

 

と火憐ちゃんからもキスを貰い僕、阿良々木暦は家を出た。

ちなみに月火ちゃんが選んでくれたのはデザイナーズのコーデュロイ・パンツとブライトグリーン(若草色)のマウンテンパーカーの組み合わせ。

これにボールチェーンの先で小さな三つ一組の銀のペンダントヘッドがゆれるトリンケッツ・ペンダントを添えている。

吸血鬼に銀のアクセサリーはどうかとも思うが、僕みたいな()()()には日光同様に特に影響は無い。

 

『せっかくのゴールデンウィーク初日なんだし、ちょっと明るめのコーディネートだよ♪ こっちの方が可愛いしお兄ちゃんに似合うと思うよ?』

 

ところで伊達眼鏡に何か意味はあるのかな?と思ったけど、

 

『眼鏡の意味、大有りだよ! お兄ちゃん、ふとした瞬間に目つき鋭くなったりするからそれをカバーする必須アイテムだよ!』

 

ということらしい。

我が妹ながら良く観察してるなーと感心して、思わず頭を撫でてしまった。

僕自身、強いて言うなら動き易いカジュアルな服装が好きだから、普段着てるそれと大差ないと言えば無いが、そこは組み合わせの妙というべきか?

確かに僕には無い色のイントネーションとセンスだった。

きっと月火ちゃんには僕よりも世界が鮮やかに見えてるのだろう。

もっとも火憐ちゃんに言わせると、

 

『”ちょっと無理して悪ぶってるお坊ちゃま風”。ワタシならもうちょっと兄ちゃんにはワイルドな服着せるなー』

 

と揶揄されてしまったが。

とりあえず僕がファッション談義なんかしても虚しいだけなので、早速街中へGo A Headだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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とその前に少しだけ閑話を挟んでおこう。

それは住宅地をマウンテンバイクで抜けようとしたとき、ちょうど育が一人暮らしをしているアパートの前を通りかかろうとしたときだ。

 

寝起きに見たメールの通り、育は今頃渓流に向かってるか着いてるかしてる頃だろうから当然、不在だ。

なので本来なら僕が自転車を止める必要はない筈なのだが……

 

「……」

 

僕はその時、”大凶”というのが人の姿を取るのだと初めて知った。

その中年男性……よれよれの身なりでだらしなく、どこか酔っ払ったふらつく足取りでその男は僕に近づいてきた。

 

「よお、兄ちゃん。この近所の人間か?」

 

「ああ。そうだ」

 

僕の声は自分でも驚くほどに平坦な物だった。

 

「じゃあ、”老倉育”って女のこと知らねぇか? 俺はその女の親父でよぉ」

 

「生憎、聞き覚えないな」

 

”ぺきん”

 

僕は気が付くと塀の上から道まで伸びた()を一本手折っていた。

それのグリップを確かめ、

 

「ちっ! じゃあもう用は……」

 

”ヒュン!”

 

”ざくっ!”

 

「ぎゃぁぁぁぁーーーーっ!!」

 

枝を振り抜き、躊躇なく中年男の両目を……二つの眼球を切り裂いた。

 

 

 

顔を抑え転げまわる中年男に、僕は死にかけの虫を見るほどの温かさも感じぬ視線を向けていたと思う。

心が冴え冴えと、冷え冷えとしていくのがわかった。

 

「命だけは取らないでおいてやる。二度とこの街に来るな」

 

そう告げた後、両耳も跳ね飛ばした。

言いたいことは言ったし、これ以上聞かせる言葉も無い。

 

確認しなくても返り血を浴びるようなへまはしない。

僕は小枝を圧し折り、ドブへと押し込み流す。

そして何事も無かったようにマウンテンバイクのペダルを踏んだ。

 

そう、「何も無かった」のだ。

あの男が何者であろうと、育にはもう()()()()()()()ただの酔っ払いなのだから。

どこでのたれ死のうが知ったことではない。

 

 

 

後日、身元不明の轢死体が発見されたことが新聞の片隅に載ったらしい。

それを聞いても、僕は何の感慨もわかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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というわけで僕は愛用のマウンテンバイクに跨り、市街へとやってきた。

 

「さて、どうするか……」

 

月火ちゃんからは羽川をデートに誘うようにうながされてはいるが、

 

(確かに電話番号をキープしてはあるんだけど……)

 

()()()()()()”以来、僕の携帯電話に消されないまま残ってる羽川の電話番号とアドレス……

 

「これを有効利用すべしと言われてもなぁ」

 

チキンの僕には難易度が高すぎるミッションだ。

 

「アドレスの画面を凝視しながら、どうして固まってるの?」

 

「う~ん……電話すべきかすまいか迷ってる最中」

 

あれ? 僕は一体誰と話してるんだ?

 

「そっかそっか♪ 電話で済む用件なら本人に直接言っても問題ないよね?」

 

「どわっ!?」

 

吐息がかかりそうなその位置に、羽川翼(想い人)がニコニコと微笑んでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「予想通りの大きなリアクション、ありがとうかな?」

 

「は、は、羽川翼!?」

 

「阿良々木君、とりあえず落ち着こっか?」

 

いやそう言われても。

正直、気配を悟らせずここまで接近されること自体も驚きだけど、好意を寄せてる気になる娘がキスできる距離にいきなり現れた僕の身にもなってほしい。

 

「はい息を吸ってー」

 

「すぅー」

 

「吐いてー」

 

「はぁー」

 

「はい。ここで、”ひっ、ひっ、ふぅー”」

 

「”ひっ、ひっ、ふぅー”……ってそれはラマーズ法だっ! 僕にいきなり出産させようとするんじゃないっ!」

 

「ふふっ♪ 落ち着いたでしょ?」

 

コロコロと楽しそうに笑う羽川。

三つ編みお下げに眼鏡という今や天然記念物的なチャームポイントを持つ、クラス委員長の女の子。ついでにお胸が立派。

もちろん、僕の想い人。

 

でもその委員長ルックに反して、けっこうお茶目。なんとなく”()()()()()()”のような放埓さと危うさがあることを僕は知っていた。

 

 

 

「んっ?」

 

その時、僕はふと違和感を覚えた。

服装はいつもの制服姿、私立直江津高校指定の女子用制服だ。

今日はゴールデンウィーク、つまり休日だから私服でもいいはずなんだけど……

 

(いや、まあそれは今日に限った話じゃないか……)

 

考えてみれば、春休みも羽川はいつも制服だったような気がする。

 

(よほど僕に私服を見せたくないとか?)

 

いや、このエンカウントは確実に偶然だからそれはないか。

いや、私服じゃないこと、あるいは制服であることはさほど重要じゃない。

そこからは違和感は感じないからだ。

 

なら鞘に入れた【絶刀”鉋”】を吊るす帯剣ベルトもいつもどおりのはずで、そこも問題はない。

 

(あっ!)

 

僕の視線がそこに行き着いたことに気が付いたことを察した羽川が、咄嗟に左頬を押さえた。

そう、そこには頬に貼り付けられた真新しいガーゼがあったのだから……

 

 

 

「羽川……その怪我、誰にやられた?」

 

僕は驚きのあまり一瞬呼吸が止まったことを自覚した。

 

 

 

***

 

 

 

羽川翼。

成績最優秀。しっかり者の完璧超人。

そう……羽川は少なくとも表面的には欠点や弱点がこれといって存在しない完璧超人、つまり”文()両道”なのだ。

 

今、世の中に出回っている完成形変体刀のほとんどが贋作(レプリカ)といわれている。

だが、それは未来が見えていたといわれる異能の刀鍛治”四季崎記紀”が打った『本物ではない』というだけで、それは即ち『偽物が本物に劣る』ということにはイコールで結ばれない。

たとえオリジナルを模倣/模写/模造したものであっても()()()()()()()()()()()()のなら、やはりそれは骨董的価値や古美術的な価値を省き、実際に使う武器として考えるのならそれもやはり変体刀なのだと……

”専門家”に言わせるとそういうことになるらしい。

 

そして刀は斬る()()を選ばない代わりに主を選ぶ。

そして、羽川は贋作【絶刀”鉋”】の主に相応しい人物だった。

 

羽川の人としての在り方と”鉋”の変体刀としての特質の近似性もそうだろう。

何より羽川が……このどこからどう見ても絶滅危惧種の文学少女然とした委員長気質(かたぎ)の少女が秘めた才能としていた、本人を含む誰も存在を感知できなかった”武力”を刀の本性と本質から見出していたのだ。

 

正直に言えば僕も羽川の武の全てを知ってるわけじゃない。

だけどあれは忘れもしない春休みのことだ……

 

 

 

***

 

 

 

『報復絶刀!!』

 

僕に戦術的なアドバイスをした羽川は、”伝説の吸血鬼”を追いこの街に現れたバンパイア・ハンターの一人、バンパイア・ハーフの”エピソード”の攻撃を受けた。

 

文字通り人外の力で羽川に向け投擲されたのは、人の背丈より大きな……どこかゴルゴダの丘で使われただろうそれを彷彿させる大きさの、重さ数百kgはあるだろう「銀の十字架」だった。

 

だが、羽川は自分に投擲された「高速回転しながら迫り来る凶器」に冷静に対処した。

普通に考えれば、エピソードの巨大十字架に人の身で対処しようと思ったら「避ける」か、あるいは”鉋”の頑丈さを信じて「受ける」かの二通りだろう。

そしてどっちも正解ではない。

 

あの投擲武器の大きさと速度なら()()()()のはかなりの難易度で、避けきれずにかすっただけでも人間ならかなりのダメージを受けるだろう。

 

また受けるにしても”鉋”が壊れるリスクもあれば、よしんば”鉋”がもったとしても羽川の体重(ウエイト)を考えれば、体ごと弾き飛ばされこちらもダメージは免れない。

 

それを瞬時に判断した羽川は”鉋”を抜き放つと自ら一歩踏み込み、「全体重を乗せた渾身の片手平突き」を投擲された十字架に放ち、見事にその軌道を逸らせて魅せたのだ!

 

別の言い方をすれば巨大質量の高速回転飛翔体に対し、突きという手法で一点加重をかけて弾いたのだ。

 

恐るべはその果断という言葉じゃとても言い表せない……まるで最初から最適解が判ってるような刹那の的確な判断力、加えて見切りや反射神経のよさ。そしてそれらを十全に生かせる筋力だけに頼らない肉体のスペックだ。

肉体のスペックは、もしかしたら”鉋”でブーストされてるかもしれないが、他の要素は紛れも無く先天的にあるいは後天的に得た『()()()()()()()』だ。

 

 

 

(そんなハイスペックの、あるいはウルトラスペックの羽川に手傷を負わせるなんて……)

 

語弊を恐れず言うなら、羽川は”剣豪”と称していい戦闘力があってもおかしくない。

だから、僕は聞かなくちゃならない。

 

「お前が怪我を負うなんて只事じゃないぞ……お前に怪我を負わせるなんて只者じゃない」

 

「あっ、あのね! 阿良々木君!」

 

「おっ、おう!」

 

急に顔を近づけた羽川に、僕の心臓が跳ねそうになる。

やっぱり僕はチキンハートなのだろう。

 

「このことは内緒にして欲しいんだけど……」

 

と囁くように小さな羽川の声。

僕はこの後、驚嘆の事実を知ることになるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
原作とズレが大きくなってきた阿良々木君と羽川さんが出てくるエピソードは楽しんでいただけたでしょうか?

いや、本当に”エピソード”の話題が出てきましたが(^^

実は怪異になる前から、デフォ設定で武力値が高かった羽川さん(笑)
贋作とはいえ完成形変体刀に主として選ばれる器は伊達ではなかったようです。

そして原作とは違う意味での危険人物である阿良々木暦。
「日常を踏み荒らすものには一切容赦しない」スタンスも、小枝で眼球を切り裂くスキルもある理由に絡んでいたりします。
もしかしたら、彼が一番”刀語”寄りのキャラかもしれませんね?

この二人が原作と”異なる存在”となった以上、物語もまた異質な方向へ流れてゆくのでしょう。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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