今回のエピソードは、老倉のモノローグで終始します。
その一端が自身の口から語られるようですよ?
4月29日土曜日、午前4時半。
私、こと”老倉育”は暦とお揃いの愛用のマウンテンバイクに跨り、
「よしっ!」
と頬を叩いて気合を入れる。
サイクルシャツにサイクルパンツ、ピンディングシューズにメットにゴーグルって自転車乗りの格好だけど、ところがぎっちょん。
バックパックにはパックロッド仕様の天龍のフライロッドと釣具一式、自転車には簡易キャンプ用の荷物一式。
おっと、これは忘れてはいけないダミーのロッドケースにしまい込んだ【王刀”鋸”】。
見た目はただの木刀、でも完了形変体刀の一つ。
でも、多分、きっと偽物。
でも、それでかまわなかった。
これも一種のブラシーボ効果なのだろうか?
暦の家、阿良々木家に引き取られた……保護されたばかりの私は、暦たち兄妹がとても眩しく見えた。
目が潰れそうなくらい眩しくて……だから、ただ睨んでることしかできなかった。
でも、ある時に暦が一振りの木刀を持って私の目の前にやってきた。
私は子供の体との対比で異常に長く見える木刀で殴られるかと思った。
実の家族……特に男親から絶え間ない陰湿な家庭内暴力を受けて育った私には、それが当然の行動であり、帰結であり、予想できた未来だった。
だから体が恐怖で硬直した。
でも、頭の片隅で「あれで殴られたらきっと私はきっと死んじゃうんだろうな」と冷静に考えていた。そしてどこか
(怖いな……)
それが育が初めて暦の顔を真正面から見たときの感想だった。
彼は微笑んでいた。
育は、「この火とは嗤いながら人を殴り倒すんだ……」と素直に思っていた。
だが、
『なあ、育……』
この時はもしかしたら名字を呼ばれたのかもしれない。
でも、あの忌々しい男親の姓を思い出したくないので、ここは名を呼ばれたということにしておこう。
記憶の改竄など誰でもやってることだ。
『こいつは【王刀”鋸”】って木刀だ。持てば王様のように心大らかにいられるらしい』
『……』
無視したわけじゃない。
ただ、どうリアクションしていいか判らなかっただけだ。
というより、いきなり「心おおらじゃになれる木刀」なんて文字にするだけで怪しさ満点のアイテム持ってこられて、即座に愉快なリアクション取れるほど当時の私は人間として成熟していない。
いや、それはいまもかもしれないけど。
『もちろん、これはその”鋸”の
『……?』
『ただ、少しでも育の気が楽になって、僕達と話してもらえるきっかけになればいい』
『……えっ?』
『例え偽物でも、本物じゃなくてもそのぐらいは期待していいだろ? 育には両親がいて、僕達は同じ家に住んでるだけで本物の家族にはなれないけれども、』
そして暦は微笑んだ。
『例え偽物でも、家族って呼べるようになれたのなら僕はそれでいいと思う』
***
「”
それは私のお気に入りの言葉。
私の本物の家族は、既に過去形でしかない。
阿良々木家に引き取られてほどなく、協議離婚が成立した。
家庭内暴力が日常化し、私という証拠もあった。
そして中学を卒業する頃、私には少しまとまったお金が入った。
母親の生命保険だ。
そう、母は私が高校に入学する前後に死去した。
詳しい死因は聞いて無いし、聞く気も無いけど事件性はなくちゃんと病院のベッドで息を引き取ったらしい。
正直、手遅れの状態で母が病院に担ぎ込まれたと知ったとき、見舞いにでもいこうかと思ったが、結局は行かなかった。
どうやら、母は自分でも思った以上に「過去の人」になってたらしい。
阿良々木のおじさんやおばさんも無理に行けとは言わなかったし、暦に至っては、
『もし育が父さんや母さん、世話になってる阿良々木家に申し訳ないとかそういう気持ちで会わないなら会いにいけと言うかもしれないけど……単に会う気が無いなら、会いたくないなら育の好きにすればいいと思う。そして育が自分で出した判断や結論なら、僕はそれを支持するし味方もする』
だった。素直に嬉しかった。
保険金の受取人が私になっていたのは、「最後の最後に罪滅ぼし」のつもりだったのか、あるいは男親の私に対する暴力をとめず、自分が殴られた腹いせに自ら私を殴るような母親だったけど、少しでも自分をマシな人間と思いたかったのか……
正直なところは私にもわからない。
でも、予想外にまとまったお金が入ったし、阿良々木のおじさんとおばさんに相談して後見人になってもらい私は高校入学を契機に自活することにした。
もちろん、阿良々木の家を出るのは嫌だったからじゃない。
むしろその逆だ。
最初に来たときには何を見せ付けられたのかと思った。
他の家庭を知ることで、自分の家庭が不幸であることをしってしまった。
もし、あの時に暦が声をかけてくれなかったら、私はその眩しさに耐えかねて逃げ出してしまっていたかもしれない。
でも、すぐにじゃない。急にでもない。
少しずつ私は阿良々木の家に馴染めたし、家族というのはちょっとおこがましいけど、家の一員にはなれたとおもう。
でも、だからこそ思ってしまったのだ。
実は、阿良々木のおじさんとおばさんから「養女にならないか?」と誘われたこともある。
私を必要としてもらえて、家族として向かえてくれようとしたことが嬉しくてたまらなかった。
でも、だからこそ私はその話を受けるわけにはいかなかった。
私は弱い人間だ。
この居心地のいい阿良々木家にいれば、いればいるほど私は好意に甘えてしまう。
甘えて甘えて自分を甘やかして駄目にしてしまう。
それに老倉、私の親権は問題のありすぎた男親ではなく母親のほうになっていたから、保険金と同じく受け継いだ姓を失うのが少しだけ惜しかった。
未練と言われればその通りかもしれないけど、今にしてみれば母親も考えてみれば哀れな女だったと思う。
ロクでもない男に引っかかり、結婚して子供……私まで生んだのに、暴力に怯えた夫婦生活を送り、それも破綻し娘にも過去の登場人物とみなされ、短い生涯を終えた女……
完全に自己満足なのは判っているけど、それでもその女が……母が”生きた証”を持って生きたいと私は思った。
だって、お金はいずれ無くなるじゃない?
私、老倉育は大した人間じゃない。
一応、特別奨学生として奨学金をゲットできてるくらいだから、成績は良いほうだけどそれ以上のものでは無い。
そういえば、
「フライフィッシングを始めたのって、おじさんの影響だっけ」
そう、阿良々木の家に居候してから二年目の夏、私はファミリーキャンプに連れて行ってもらった。
もし、家族の思い出という物があるとすれば、あれが最初だったのだろう。
私はフライフィッシングに魅了され、今に至る。
もちろん、今となっては手ほどきを受けた当時より格段に腕は上がり、
存外、私がフライフィッシングにのめりこんでる理由の一つは、”家族の絆”を感じているのかもしれない。
(私のお古だけど、暦にフライロッド贈ったのもそれが理由かもね)
とはいえ、一緒に釣りにいくということは滅多に無いけど。
フライフィッシングをデートの口実や理由にしたくないっていうのもあるけど、私はどちらかと言えばみんなでわいわい楽しく釣りを楽しむより、フライやロッドを通じて山女や岩魚と戯れたいクチだ。
格好つけた言い方をすれば、一人のフライフィッシャーでいる時は人間より川と、大きく言えば自然と語り合いたい。
それに暦は基本的に釣れない、あるいは釣ることが難しい自然の川より、簡単に釣れるし行き易い管理釣り場の方が好みらしい。
「あっ、暦にもメールを入れておくかな?」
アイツはあれで家族愛が強いから、何も言わずに姿を消すと山の中の名も知れぬ渓流にいるだろう私を探しかねない。
まあ、その家族愛の枠組みの中に私がいるのは、こそばゆいけどもちろん悪い気がするわけはない。
では、行くとしよう。
「いざ渓流へ!」
ここはどうということもない地方都市、いわゆる田舎街だけど自転車で乗り付けられる距離にいい渓流があるのはありがたかった。
皆様、御愛読ありがとうございました。
老倉の一人語はいかがだったでしょうか?
実はシリーズ初期に原作とまったく異なる生き方をしている老倉、その理由を書いておきたかったんですよ(^^
「暦との出会いと、原作と違う暦の選択により運命が変更された少女」のベンチマークが、まさに老倉ですから。
次回は再び舞台は阿良々木家のリビングに戻る予定です。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!