人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。
いよいよこのシリーズも40話に達しました。
本当に応援ありがとうございました!

その記念すべき40話は……平行世界(げんさく)と本格的に乖離します。
おそらく、より厄介な方向へ進む公算が大きいでしょう。

また阿良々木君が、ある分野において原作と大きく異なるパフォーマンスを見せるかもしれません。



[007] ”蟹鋏語”

 

 

 

「その障られたって娘を直接見ないと、本当の意味で確定はできないんだけどさ、」

 

僕と羽川が同級生の少女、”蟹”の怪異と怪異化変体刀【双刀”(かなづち)”】という二重の怪異の『()()()()()()』障りを受けた「戦場ヶ原ひたぎ」の知る限りの話を伝えた後、忍野は徐に……

 

「十中八九”おもし蟹”だろうね」

 

そう言い切った。

 

 

 

***

 

 

 

おもし蟹

忍野によれば九州の山間あたりでの民間伝承で地域によって「おもし蟹」だったり「重いし蟹」、「重石蟹」だったりするらしい。

呼ばれ方は様々だが、「人の重みを失わせる」という特性は共通しているそうだ。

 

「阿良々木君の言っていた言霊の概念で言えば、”想い”/”重い”/”思い”は音で繋がる。言葉遊びのように聞こえるかもしれないけどね、この蟹は『重い重い/重い想い』を持ってる人間の前にしか姿を現さないんだよ。基本的には、ね」

 

いや、忍野……それって、

 

「行き遭ってしまうと……下手な行き遭い方をしてしまうと、その人間は存在感が希薄になるとも言う。さてお立会いだ。重さを奪い取ると同時に存在感を希薄にする。何故、希薄になるかって? 物理的な重さじゃなくて重い想いを持っていってしまうからさ。いや本来は逆で重い想いを持っていってしまう……言い方を変えれば、肩代わりする副作用で物理的な重さを持っていってしまうということなんじゃないかな? ”()()()”にはさ。どっちも重さだからね」

 

「待て、忍野……その行動っていわゆる”妖怪”に該当する怪異じゃないだろ? 明らかに”神格”に該当するそれだ」

 

忍野はにんまり笑い、

 

「正解だよ。阿良々木君、おもし蟹は”おもし()”と書くことがあるのさ。それが転じて”()()()()”……『人の重すぎる思いを、その人物が持つ『全ての重さ』と一緒に肩代わりしてくれる神様』って意味になってくる」

 

 

 

なんてこった……

 

「阿良々木君、戦場ヶ原さんは障られたのでもなく、呪われたのでもなく……」

 

羽川の顔色が変わった。

 

「ああ、おそらく……」

 

僕はゴクリと生唾を飲み込み、

 

「戦場ヶ原自身が出会って、自ら”()()()”しまったんだ……神様に『重さを消してくれ』ってさ」

 

クソ! これじゃあ話が全く変わってくるじゃないか!

何しろ前提条件が既に違うのだから……

 

 

 

***

 

 

 

(それにしても”蟹の神様”か……)

 

蟹で幻想と言えば、専門家ではない昔話の”猿蟹合戦”やヘラクレスに踏み潰された”カルキノス”くらいしかすぐに思いつかないけど……

 

「蟹ってのはさ、”()ったような()”って書くだろ? 解体する虫って意味にもとれるしさ。いずれ水辺を往来する生物ってのはそういう特性を持ちやすいしね。しかも奴さんたち、大きな鋏を二つももってやがるし」

 

なおも続く押野の薀蓄の中で、僕の頭にチクリと痛みに似た引っかかる感覚があった。

 

(蟹……鋏……)

 

あっ……

 

畜生(ダム)ッ! そういうことかよ……!!」

 

全部、繋がってしまった……

 

「あ、阿良々木君……?」

 

羽川は驚いたような目で僕を見るけど、

 

「羽川、忍野……なぜ、戦場ヶ原の元に怪異化した”鎚”が出現したか凡そ見当がついたぞ」

 

「えっ? ”怪異に一度でも触れた者は再び怪異に遭遇し易くなる”って特質と、重さを失った戦場ヶ原さんが”重さを望んだ”からじゃないの?」

 

きょとんとする羽川に、

 

「どうやらその前提が狂ってたらしい。戦場ヶ原が道すがらに遭遇した()に重さを消して欲しいと願っただけなら、そう簡単に怪変刀が現れるわけないんだ。特に怪異化した変体刀が主を選ぶにはいくつかの条件がある。何より『失った重さを取り戻したいから来てください』って想いじゃまず現れないよ。いくら戦場ヶ原が蟹に出会い、怪異に遭遇し易くなっていてもさ」

 

それに懸念すべきは、

 

「多分だけど、戦場ヶ原が本当に取り戻したかったのは、物理的な重さじゃなかったのかもしれない」

 

 

 

思い出せ……羽川は、教室で()()()()()()()()()()戦場ヶ原を、なんて表現していた?

 

『なんていうか……雰囲気は儚いのに、不思議と存在感が増してるような……』

 

そうだ。

戦場ヶ原が”鎚”で()()に取り戻したのは、物理的な重さじゃない。”()()()()()”もだ。

だから僕はある結論に至る。

 

「忍野の言うとおり、蟹に鋏は付き物だ。羽川、よく思い出してくれ? 【双刀”鎚”】はどんな形状をしていた?」

 

「えっ? ()()の刀で、()()()()()()()()()()()……まるで鈍器のような刀? あっ!?」

 

「”鎚”は、蟹の鋏に強い()()()をもってるんだよ」

 

 

 

僕は慌て気味に思考をまとめる。

 

「忍野の見解と、僕の私見を組み合わせると……憶測になるけど、蟹の神様と遭遇した戦場ヶ原は広義な重さを担ってもらえるように願った。だけど失った()()()()()に後悔し、取り戻したいと願った。そこで現れたのが……」

 

「怪変刀”鎚”……だね?」

 

「ああ。戦場ヶ原の後悔と取り戻したいという願い、その大前提になっていたのが『()()()()()の蟹の神様との邂逅』……つまり、失った重みの補填を兼ねて、単純な刀じゃなく蟹つながりで鋏という概念的に”()()()()()()()”を得て顕現したってことだ」

 

その事象を突き詰めると、

 

「つまり怪変刀【双刀”鎚”】は、戦場ヶ原だけじゃなく、半分は戦場ヶ原と”()()()()()()()()()”はずの【おもし蟹】をも霊的触媒にしてるってことかよ……」

 

おもし蟹が、”想いし神”として神格として顕現してるというのなら、

 

(神は遍在する……世界のどこにも存在し、同時に存在しない……まてっ!)

 

だとすると……まずい!

 

「忍野……これは想ったよりまずいぞ。怪異”おもし蟹”と怪変刀”鎚”、本来は関連のない怪異が『戦場ヶ原ひたぎって()()』を軸に、連動し融合するかもしれない」

 

「はっはー。そりゃゴキゲンな情況じゃないか?」

 

あえて軽薄に言う忍野に僕は頷き、

 

「ああ、まったくご機嫌だ。なにしろ蟹と刀がミックスした『()()()()()()()』が生まれるかもしれないんだからな。下手をすれば比喩でなく()()()の、な」

 

 

 

神は必ずしも人にとって善の存在じゃない。

特に日本の神はそうだ。

 

でなければ、”祟神(たたりがみ)”や”荒魂(あらみたま)”なんて言葉や概念が在るはずないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

 

 

ほどなく、僕は羽川を送り帰宅する。

結局、結論として出たのは……

 

『阿良々木君、君が明日すべきことは先ず説得して”その娘”をボクの前に連れてくること。そこで最終的に判断する。いいね?』

 

『ああ。異論はない』

 

『一応、実際にその娘を見てから決めるけど……状況証拠だけで、ほぼ間違いないと思う。だからさ、いざ”禊祓(みそぎはらえ)”をやる時になったら、阿良々木君にも参加して欲しいんだよね』

 

忍野はニヤリと笑い、

 

『はっはー。恥ずかしながら、変体刀なんて物が出てきたら、どうにもボク一人じゃ力不足だって”ブラック羽川”の一件で思い知っちゃってさー』

 

だから僕はこう返した。

 

『いいさ。怪異対策の相場は知らないから、依頼料は忍野が設定してくれ』

 

『それでいいのかい?』

 

『ああ』

 

『じゃあボクへの依頼料と相殺だ。いいかい?』

 

『妥当だと思う』

 

少々茶番じみていたけど、様式美的なやり取りで僕と忍野の契約成立すると羽川が挙手し、

 

『あの私は……』

 

『委員長ちゃんは参加しないほうがいいな。今回は特にだ』

 

『えっ?』

 

『言ってしまえば”()()”の場で儀式を行うわけだからね。属性的に”化け猫”、立派な()()を委員長ちゃんは身に宿してるから、どんなダメージが出るかわからないし、相手は一応とはいえ神様だからね。下手をすれば、その娘そっちのけで委員長ちゃんに襲い掛かってくるかもしれない』

 

『……わかりました』

 

別にだからフォローってわけじゃないけどさ、

 

『羽川』

 

『ん?』

 

『良かったら、羽川の【絶刀”(かんな)”】、貸してくれないかな?』

 

『えっ? でも……』

 

チラリと羽川が見た先には忍野が居て、小さく苦笑していた。

 

『そのくらいはかまわないさ。日本の神様ってのは元々、刀剣と抜群に相性がいいんだ。”三種の神器”にも入ってるし、そもそも刀剣が神格化した「建御雷神(たけみかづちのかみ)」や「経津主神(ふつぬしのかみ)」なんてメジャーな神様が神道にいるくらいだからね』

 

『いいよ。”鉋”』

 

羽川は慈しむように”鉋”の柄を撫で、

 

『明日は、私に代わってどうか阿良々木君を守ってね……』

 

『阿良々木君は愛されてるね~』

 

 

 

***

 

 

 

そんなやり取りを思い出しながら帰宅。

新たな相棒であるトレイル・バイク、”CRF250Lカスタム”を車庫に止めて玄関を潜る。

すると、

 

「お兄ちゃん、お帰り~♪」

 

廊下を走ってきたままの勢いで飛びついてきた月火ちゃんをしっかりキャッチ。

 

「ただいま。月火ちゃん」

 

「んー♪」

 

僕の腕の中で唇を突き出す月火ちゃんに、

 

”CHU”

 

抱きしめたまま靴を脱ぐ間もなくただいまのキス。

 

”ぺちゃ……くちゃ……”

 

と舌を絡めるのも忘れない。

最近は”ベロチュー”とかって新しいポケモンみたいな名前で呼ばれてるらしいけど、僕と月火ちゃんのキスではこれが標準(デフォ)だ。

というか最近はマウス・トゥ・マウスのキスで唇だけの触れ合いだと、月火ちゃんが拗ねてしまう。

いや、まあそれは火憐ちゃんも一緒だけど。

そして一端唇を離して、

 

「そろそろ靴を脱ぎたいんだけど、いいかな?」

 

「うん♪」

 

 

 

***

 

 

 

さて夕食後、僕の部屋に月火ちゃんは紙束片手にやってきた。

 

「お兄ちゃん、これが頼まれてた『戦場ヶ原ひたぎさんの時間内で調()()()()()()()()()()』だよ☆」

 

そう、例の学習塾跡に向かう前に月火ちゃんに入れた電話の内容は、戦場ヶ原の調査依頼だった。

流石は”栂の木二中のファイヤーシスターズ”の参謀担当。実際に月火ちゃんの情報収集能力は驚くほどに高いし、おまけに怪異関係や変体刀関連も恐ろしく詳しい。

この短時間でも、きっと満足いく資料に仕上がってるはずだ。

 

”誉めて誉めてオーラ”全開の月火ちゃんをギュッと抱きしめて、

 

「ありがとう」

 

「えへへ♪」

 

蕩けたように笑う月火ちゃんは、本当に可愛い。

 

「お兄ちゃん、ご褒美の少しだけ前払いおねだりしていい?」

 

「いいよ」

 

今回の報酬は、「僕の費用全額持ちデート」のはずだったけど。

 

「一緒にお風呂入ろ♪」

 

「そのくらいなら喜んで」

 

その微笑ましい要求に僕の頬が思わず緩む。

 

「お姫様抱っこ~」

 

「仰せのままに。お姫様」

 

僕は月火ちゃんを要望どおりひょいと抱き上げ、そのまま風呂場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
おもし蟹と”鎚”の繋がりを、阿良々木君が導き出してみせたエピソードは如何だったでしょうか?

今回の事例、原作より厄介でややこしくなったのは、”おもし蟹”と”鎚”という二つの怪異が存在していること、そしてガハラさんを触媒に二つが連動し融合する可能性があることです。

羽川が切れ者でいじらしいのはもうデフォですが、阿良々木君が原作とはまたベクトルの異なるパフォーマンスを発揮しました。
意外とまだまだ謎の多い主人公?

とまあシリアスな側面がいよいよ強くなってきましたが……最後で美味しいとこもっていったのは、久しぶりの登場な月火ちゃんという罠(^^
この娘は、いっそ感心するくらいブラコンをぶれさせませんです(笑
というかお兄ちゃんに彼女ができたことを嘆くのではなく、喜んでいるという噂もあり……今は色々画策中?

”ひたぎハンマー”もいよいよ佳境に入ってきましたが……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

もしご感想をいただければ、とても嬉しいです。




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