人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
今回のエピソードは、一端本筋から離れちょっと閑話休題的な話になります。

強いてテーマをつけるなら……「名前」と言ったところでしょうか?




[006] ”新名語”

 

 

 

「やあ、阿良々木君。差し入れを待ちかねたよ。今日はまだ夕食を摂ってなかったんだ。いや、実にいいタイミングじゃないか」

 

とあるゴールデンウィーク明けの5月の夜、巨大樹木が看板代わりの学習塾跡の廃ビルに羽川を連れ立って訪れた僕を、そんな言葉で忍野は迎えた。

 

ここまではいい。いや、男子高校生の差し入れ(デリバリー)を期待する三十路の不良中年って構図は、色々人として駄目な気もするがとりあえずはいい。

だけど、

 

「委員長ちゃんと仲睦まじそうで何よりだよ」

 

コノヤロー……。

完全に蛇足だが、僕は何故か左側に陣取る羽川と好対照を織り成すように右側に陣取る金髪幼女の吸血鬼に僕は足を踏まれていた。

なぜに?

 

「はっはー。阿良々木君は本当に罪作りだね? いや、それとも本当に罪作りなのは鈍感ってところかな? まあ、いいけどさ。でも、」

 

忍野は急に目線を鋭くして、

 

「委員長ちゃんにせよ”()”ちゃんにせよ、今となっては”()()()()”ってのが、()()()()()()()にしかないってのは自覚したほうがいいね?」

 

「…………」

 

正直に言おう。

忍野から唐突に切り出された言葉に、僕は返す言葉を失った。

いや、確かに羽川とは恋人同士になれたけど……

 

「困惑か……どうやら、わかってないって顔だね? でも、これ以上はボクが言っていい台詞じゃないし、言うべき台詞じゃないし、言うだけ野暮って台詞でもある。まあ、それはおいおい理解すればいいか……だろ?」

 

「はい♪」

 

”ぎゅ”

 

忍野の言葉に羽川は胸の谷間の僕の腕を挟むように抱きつき、

 

”こく”

 

元キスショットの”彼女”はきゅっと僕の右手を小さな手で握った。

 

「えっと……その……この情況は何事?」

 

我ながら情けないことに、僕の困惑は増すばかりだった。

いや嬉しいけど。幸せだけど……

戸惑いの方が先に来るって感じだ。

 

「はっはー。今は気付かなくていいよ、阿良々木君。阿良々木君が二人と付き合い続ければ……別れなければ、いずれ嫌でも気付くから。きっとね」

 

「その仮定法はちょっと気に入らない。二人が僕に愛想を尽かすならともかく、僕が二人と別れられるわけないだろ?」

 

依存してるのは……甘えてるのは、僕の方だから。

 

だけど、後から考えてみれば……忍野には僕の位置からは見えなかった二人の顔が見えていたのだろう。

ニヤニヤしながら忍野はこう言いやがった。

 

()()()ってのも悪くないもんだね。そうは思わないかい? 阿良々木君」

 

いや、だから忍野……お前が何を言いたいのかわからないんだって。

 

 

 

***

 

 

 

「阿良々木君、委員長ちゃんを連れ立ってきたってことは、ボクに何か用事があるんだろうけど……せっかくの差し入れだ。冷めないうちに食べてしまいたいんだけどね?」

 

「羽川、時間とか大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。だって……まだ退院してないから」

 

そこに両親とか、父母とか、それに該当する言葉を入れられないあたり、羽川の持つ(ごう)は深い。

深い闇色の瞳が、それを物語るように。

でも、それを一緒に背負うって決めたから。

 

「そっか。じゃあ今日は()()一緒にいられるな」

 

「うん!」

 

『気にするな』なんて軽々しい言葉はかけちゃいけない。

それは事情と事象を知らない人間が、所詮は()()()として切り離すから言っていい言葉だ。

少なくとも、今の羽川が『切り離すことが出来ない』ことを知っている人間が言っていい言葉じゃない。

 

”くいくい”

 

と”彼女”が僕のズボンのポケットの部分を引っ張った。

 

「ああ。そうだね」

 

僕は床に胡坐をかくと、

 

「♪」

 

”ぴょん”

 

ちっちゃなお尻からダイブするように今となっては定位置になってしまった場所に着地。

 

”あーん”

 

「はいはい」

 

僕はペーパーボックスからドーナッツを一つ取り出し、

 

「最初はゴールデンチョコレートでいい?」

 

”こくこく”

 

口元へもってくと、

 

”ぱくり”

 

すっかり日常に溶け込んでしまった平和な食事風景が始まった。

 

 

 

「にゃ、にゃにごとっ!?」

 

おーい羽川、猫語が顕著になってるぞ?

って、あれ?

そういえば羽川って最近、”彼女”がドーナツにはまってること知らなかったっけ?

 

「羽川、もしかして”彼女”の最近の嗜好が、僕の血液だけじゃなくてミスドのドーナツだって知らなかったっけ?」

 

食べっぷりを考えると、特にお気に入りはゴールデンチョコレートらしい。

 

「え、えっとそういうことじゃにゃくて……あ~、もう!」

 

「???」

 

羽川は何をテンパってるんだ?

 

 

 

***

 

 

 

「あー、阿良々木君。そういえば元ハートアンダーブレードだった旧吸血鬼ちゃんだけどさ、この間、委員長ちゃんを人間の姿に戻したご褒美に名前つけたんだよ」

 

『にゃ~、う~』と頭を抱えて呻ってる羽川を尻目に、

 

「えっ? 初耳なんだけど」

 

「そりゃそうさ。お披露目するのも今日が初めてだから」

 

そういえば、さっき忍野は耳慣れない単語を言っていた様な?

 

「名前がないと先ず不便だし、何より名無しじゃ吸血鬼ちゃんはいつまで経っても”()()()()()()()”からね」

 

「誰にも……なれない、ですか?」

 

そう返したのは、食いついたのはどういうわけか羽川だった。

 

「そうだ。委員長ちゃんの名前は、確か……”羽川翼”だったね?」

 

「はい」

 

「正直に言えば、僕は君が苦手だったんだよ。いや、警戒していたと言ってもいい。『()()()()()()()()()()()()()()』君の能力が、とても怖かったのさ。僕の知ってる先輩になんだか似ててね」

 

それは忍野がその先輩を恐れているって解釈でいいのか?

 

「それは……なんとなく気付いてました」

 

「でもさ、今の君はそんなに苦手でもないし、怖くもない。何故だかわかるかい?」

 

「いえ……正直、わかりません。忍野さんの中で私の印象が変わったっていうのは想像できますけど」

 

忍野は火の点いていないタバコをくねらせながら、

 

「羽川翼……実に不安定な名前だね?」

 

「……自分でもそう思います」

 

羽川は何度か名字が変わってるっていうけど……

でもきっと、言いたいのはそういうことじゃないだろう。

 

 

 

「重複してる……羽も、翼も本質的には同じ物なのにね。乱れてる。同じ物なのに異なる二つの漢字を重ねることにより、自由の象徴である羽も翼も互いを乱雑に、あえて飛べる程度にゆるく縛り付けてるのさ」

 

「はい……」

 

「ねえ、阿良々木君……翼っていうのは、どういう字を書くんだい?」

 

僕は確かに羽川や戦場ヶ原に比べれば誉められた成績じゃないけど、いくらなんでもその程度は答えられるぞ?

 

「”()()なる”だろ?」

 

「そうだ。これもまた象徴的なのさ。委員長ちゃんはとっくに判ってるだろうけど」

 

「”異形の羽”……?」

 

僕は思わず考えたことをそのまま呟くと、

 

「はっはー。本質的には……いや大本としては正しいけど、解釈がほんの少し違う。阿良々木君はじっくり”翼”という文字の由来と成り立ち調べてみることを進めるよ? 実は鬼や仮面と繋がる漢字でもあるしね」

 

僕と羽川を交互に見て意味深長な表情を浮かべる忍野は、

 

「でも、”異形の羽”か……うん。悪くない表現だね。これはこれでまた別の意味で本質を上手く表現している。委員長ちゃんもそう思わないかい?」

 

「そうですね……うん。阿良々木君らしい、綺麗で真っ直ぐな解釈だよ」

 

そう苦笑気味の笑顔を向ける羽川……

何がどうなってるんだ?

 

「偶然、本質を言い当ててしまう、あるいは正解を引き当ててしまう。無意識で理解してしまう、か……やれやれ。必ず答えに至る委員長ちゃんとは、それこそ異なる意味で難儀だよ。阿良々木君は」

 

ぼやくような忍野に今度はおかしそうにクスクス笑う羽川……

どうしよう?

さっぱり流れがわからん。

 

「いや、実際に大した話じゃないんだよ。そんな阿良々木君だから、自由の羽と自分を守る異形の羽……矛盾で雁字搦(がんじがら)めの中で飛ぶ委員長ちゃんの、()()()()()()()()()()()()……ただ、それだけの話だよ」

 

というか忍野の言い回しで顔を赤らめ、優しい表情を僕に向ける羽川……でも、笑顔の意味がわからない。

 

(まあ、でもこういう時は……)

 

よくわからないけど、

 

「羽川、おいで」

 

「うん」

 

僕の横に女の子座りする羽川の、思ったよりずっと細い肩を抱き寄せた。

 

「ほら、こうやって無意識に無自覚なまま、また正解を引き当てた」

 

笑う忍野……誰かお馬鹿な僕に解説プリーズ。

 

「委員長ちゃん、きっとこれから凄く、今までと違う意味での()()()な苦労を多くする思うけど……阿良々木君を絶対に逃がしちゃ駄目だよ?」

 

「はいっ!」

 

もう何がなんだか……

 

「それでいい。そうやって委員長ちゃんはもっと世俗に汚れて堕ちて、阿良々木君に甘えて溺れて、()()になっていけばいいさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********************************

 

 

 

 

 

”ピシッ”

 

「あいたー!」

 

と羽川論(?)を語っていた忍野の額に、唐突に紙礫が命中する。

どうやら僕の膝の上の”彼女”が放ったらしいけど、

 

「あー、はいはい。吸血鬼ちゃんの新しい名前のお披露目だったね」

 

”こくこく”

 

額を赤くし、いつものニヒルさが幾分減少させた忍野は、

 

「吸血鬼ちゃんの新たな名は、”忍野忍(おしの・しのぶ)”。いい名だろ?」

 

「えっと……もしかして、旧名の一部”ハートアンダーブレード”を漢字に直したんですか?」

 

早速、正解らしき解答をを出した羽川。

なるほど、『()()()あり』で”忍”ね。

 

「名字は僕の名字を流用したんだ。存在を安定し、固定するために音で縛るか文字で縛るか考えたんだけどね。結局、文字にしたのさ。僕の名字にも幸い”忍”が入っているから、二重の意味を成し二重は螺旋を描き三重の意味を織り成すってね」

 

羽川翼と同じ意味で、同じ種類の縛りか。

羽川翼は縛っているのに不安定で矛盾してるから飛べ、忍野忍は前後から存在を二重三重に縛り、不安定な存在を固定化させる……

 

「”言霊縛り”か。古神道、あるいは陰陽師の技法か。まあ、一種の呪詛だな」

 

僕が何気なく行った言葉に忍野はぎょっとした顔をして、

 

「阿良々木君、君には時たま本当に驚かされるよ。委員長ちゃんならともかく君にしては随分、変なこと知ってるんだね?」

 

はあ? 忍野は何を言ってるんだ?

 

「こんなの常識の範疇だろ? 文字はそもそも森羅万象を、世の理を文字として刻み示すものだ。象形文字を由来とする漢字は特にその要素が強いからな。示すことで存在を固定化し、縛る。文字と名と呪詛は密接に関係してる……だろ?」

 

昔は人も物も本当の名を隠したり、名を頻繁に変えたりするのは呪詛を防ぐって意味もあったし。

 

「はっはー。こりゃまいったね」

 

なんで忍野がそこで天を仰ぐのかが気になるといえば気になるが、

 

「そっか。”忍”か」

 

”ふんす!”

 

『良き名じゃろう♪』と言いたげにドヤ顔で平たい胸を張る”彼女”、改め”忍野忍”の柔らかい金髪を撫で、

 

「長い付き合いになるかもしれないけど、よろしくな”忍”」

 

「♪」

 

”ふにゃ”

 

今、忍が笑顔を浮かべてるのがなんとなくわかった。

 

 

 

***

 

 

 

「さて阿良々木君、忍ちゃんの新名披露も終わったことだし、そろそろ本題に入ろうか?」

 

忍野はスッと目を細め、

 

「一体、何があったんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
だれでもなかった”彼女”が、一人の『忍野忍』になったエピソードはいかがだったでしょうか?
”彼女”改め忍は、どうやら平行世界(げんさく)同様に、あるいはそれ以上に気に入ってくれたようでなによりです(笑

本文に出てきた原作の”異形の羽”という表現の由来、翼という文字には一般的な意味以外にも”敬い助ける”という意味があったり、あるいは”異”という文字はもともと『鬼払い/厄払いのために仮面をつけ両腕を掲げる姿』を現した象形文字だそうです。

そう考えてみると、羽川翼という名にもまた違った意味や解釈が加わりそうです(^^

さて、次回は忍野の説明パートですが、またまた原作と似て非なる見解が出るような……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

もしご感想をいただければ、とても励みになります。



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