人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
さて、今回のエピソードは……ガハラさんの口から、彼女の体重にまつわる”もう一つの謎”が語られます。

というか、阿良々木君だけでなく羽川さんもいるせいか、若干ガハラさんの毒っ気が薄いかも?

なので、ちょっと(?)だけ平行世界(げんさく)と開示される情報や展開が違ってたりします。




[005] ”相対語”

 

 

 

さて、ここで数学というほどでもない。小学生のレベルの算数の話をしよう。

戦場ヶ原ひたぎという少女が保有している、そして肉体と同化していた怪変刀【双刀”鎚”】の重量は、オリジナル”鎚”の百貫(約375kg)に対し、その半分の五十貫(約187.5kg)。

逆に言えば重量半分であるが、()異化()()化した際に獲得した特性として刀の主(マスター)と融合して、自らの重さを加算する代わりに任意に体の一部ないし全身に”鎚”の硬さや強靭さを持たせるようだ。

 

まさに「我こそ刀、刀こそ我」であり、実は変体刀が怪異化するパターンとしては割とメジャーである。

特に直江津市では”不要鞘(さやいらず)”と称され、実際に古い郷土史にもその名を確認できる。

 

それはさておき、廊下での遭遇戦で戦場ヶ原ひたぎをカウンターで蹴ったときの感触は、ざっと「180kg以上/200kg未満」だった。

精密な重さは出せないが、そう的外れでもないはずだ。

なんせ同じような重量の敵対者とは、人間やそれ以外も含め何度か()り合ってる。

だから僕、阿良々木暦と羽川翼はこう思ってしまうのだ。

 

 

「……戦場ヶ原さん、貴女の”()()”は一体どこにいったの?」

 

「だな。僕の感じた重さに極端な誤差がなければ戦場ヶ原の体重は重くても12.5kg以下ってことになるが……」

 

実測すると、もう少し軽いかもしれない。

 

「羽川、女の子の体重は僕にはよく判らないが……戦場ヶ原の体格で、体重10kg程度ってのは病気の可能性も込みでありえるか?」

 

「ないよ。そもそもあれだけのアクションができるのなら、健常体かそれに近いコンディションだろうし……その状態を維持しようとすれば、某公的機関の資料によれば成人女性で平均身長の159cmの場合、臓器重量だけで32kg強もあるんだよ?」

 

「羽川は、本当に何でも知ってるな」

 

「何でもは知らないよ。知ってることだけ……って、それはいいとして。ともかく戦場ヶ原さんの身長とプロポーションで体重12.5kg以下は成立するはずないよ」

 

「本当に厄介な二人にばれてしまったわね……恫喝も実力行使も利かないなんて」

 

あー、戦場ヶ原は実力行使したって自覚はあるのか。一応は。

 

「戦場ヶ原……お前、体重何kgなんだ?」

 

「女に体重を聞くなんて、どこまで失礼な男なのよ? 鬼畜外道の所業ね」

 

「僕が失礼なのは生まれつきだ。今更直せないし直す気もない。鬼畜外道? 大いに結構さ。むしろ僕の今までの所業を考えれば足りないくらいだ」

 

一体、僕が今まで何人、あるいは何体斬ったと思ってるんだ?

 

「それに戦場ヶ原……どうやらお前の謎は、”鎚”だけってわけでもないようだしな?」

 

すると戦場ヶ原は溜息を突いて、

 

「……蟹に出会ったのよ」

 

「蟹? 蟹コロッケの中身の蟹ってことで合ってるのか?」

 

「その例えはどうかと思うけど、その蟹で合ってるわ。ただし私が出会ったのは道路で、その大きさも蟹って種類の生物学的限界を超えたものだったけど」

 

そして彼女は不自然に真っ直ぐな視線で僕を見て、

 

「その蟹に体重をほとんど持っていかれたのよ。”鎚”を除いた私自身の今の体重は……5kgしかないわ」

 

ある程度予想はしていたが、中々ショッキングな告白だった。

 

 

 

***

 

 

 

「怪異だな。そりゃ間違いなく」

 

「怪異?」

 

戦場ヶ原から抽象的な……というか説明する気があまり感じられない説明を聞いた後の結論がそれだった。

 

戦場ヶ原の説明を要約すれば、『歩いてるときにデカい蟹に出会い体重を持っていかれ、それを補うように”鎚”が出現した』ということだった。

 

「物理的に存在するわけないけど存在している”()()”。人によっては見れる、或いは感じられる程度の話半分な曖昧な存在、広義にはそれらが引き起こす現象も含む……古くは神話や昔話に御伽噺(おとぎばなし)、現代なら噂、都市伝説、街談巷説、道聴塗説の登場キャラクター達ってとこだ」

 

僕は戦場ヶ原を真っ直ぐ見ると、

 

「目の前に実例が居るだろ? 戦場ヶ原、おかしいと思わないか? お前を受け止めたとき、僕の両腕はポッキリ折れてたのに、放課後どころかお前が去ったときにはもう治ってたんだ」

 

「あら、そうなの? 頼んでもいないのに助けて……正確には抱きとめるの失敗して骨折したんだからって、慰謝料払えとか治療費請求されるのが嫌だから口先で煙に巻いて足早に去っただけなんだけど」

 

「つまり、阿良々木君が普通の人で両腕を骨折して痛みで蹲っていたとしても、放置して去ったって解釈でいいのかな?」

 

「そうね。そうなっていたと思うわ。もっとも両腕を折ったのは判ってたったけど……全然痛くなさそうだったから正直、気にも留めてなかったわ。でも高速治癒するなら結果的に私の対応は間違ってなかったってことでしょ?」

 

「貴女ね……!」

 

憤る羽川の肩に僕はポンと手を置き、

 

「いい。大体、戦場ヶ原の()()()な性格は把握できたから」

 

「でも、阿良々木君……」

 

「羽川、僕の為に怒ってくれてありがとうな」

 

「……うん」

 

僕はさわり心地のいい羽川の髪を撫でながら戦場ヶ原を再び見やり、

 

「確かに僕の()()()を考えるなら、戦場ヶ原……確かにお前の対応は間違っていなかったよ。ただ問題は、どうして僕がそんな瞬時治癒ができるかってことさ」

 

「言われれば、そうね……阿良々木君って何者なの?」

 

ストレートに聞かれるのは、むしろ好感が持てる。

そっちの方がまどいろっこしくなくていい。

 

「かつて”怪異の王”と呼ばれた吸血鬼の元()()。今はただの吸血鬼とも人間ともいえない”()()()”だよ」

 

「……流石に予想の斜め上の答えね。阿良々木君ってけっこうファンタジックな存在だったのね? もしくは中二病?」

 

視線に訝しげなものが混じってるように感じるのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

「僕が中二病だと言うなら否定はしないけど、ファンタジックな存在だって言うなら否定する。生憎、僕にとっては幻想じゃなくて現実だから」

 

「そうなんだ……ふーん」

 

 

 

僕と戦場ヶ原の視線が交錯する。

 

「戦場ヶ原、教えてくれてありがとう」

 

「ふん……屋上まで連行して尋問しておいて、今更?」

 

「ああ。だが今更ついでに最後に一つ聞きたい」

 

「なによ? ”毒喰らわば皿まで”という心境で答えてあげるわ」

 

「失った重さ、取り戻したいか?」

 

「……阿良々木君、私は今まで五人の詐欺師に騙されたわ。この件で」

 

「もしも六度目を心配しているのなら……いいさ。詐欺被害は僕が担当しよう」

 

「何を言ってるの?」

 

「その程度の金額は、僕が請け負ってやるって言ってるんだ。戦場ヶ原は一銭も出す必要はない」

 

「だから、阿良々木君に何の得があってそこまでするのかって聞いてるんだけど? 私は五人の詐欺師に騙されたって言ったでしょ? 上手い話には必ず裏があるって思うのよ」

 

「ああ。裏は当然ある」

 

「それを聞かせて欲しいんだけど? それが嫌なら……」

 

『関わるな』と戦場ヶ原は言うつもりなんだろうけど、最後まで言わせる義理はない。

 

「変体刀が関わってるからな」

 

「はぁ?」

 

「僕は怪異の専門家(プロ)ってわけじゃないけど、変体刀に関しては……ってことだ。今回は偶々(たまたま)、こんな形になったけどもしかしたいずれ正式な依頼になったかもしれない案件さ」

 

ただ、犯罪性がないから優先度が低いってだけで。

 

 

 

「怪異まで絡んでるとなれば、先んじて片付けてしまいたい。本当に銭金で解決付かない面倒ごとになる前にだ」

 

『怪異に憑かれた少女が、実は怪異化した変体刀の持ち主』ってケースは最悪に近い事例だ。

今は犯罪性がなくても、いざその性質を持ち始めれば際限なく被害が角田資する可能性がある。

過去にはそのような事例があるのだ。

 

(しかも、二つは本来は別種の怪異なのに、密接に関係性と連動性を持っている……)

 

『失った重さを補うために、”重さ”を象徴する怪変刀が現れる』というのは強い意味をもってしまってる。

 

「この案件、早期解決が”()()”にとっての利益になる以上……戦場ヶ原に損はさせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

 

その後、戦場ヶ原を先に帰した。

ちなみに彼女の去り際の台詞は、

 

『好きにしたらいいじゃない』

 

だった。

僕はそれを肯定と判断し、昭和の残り香がするバイク屋”オートショップ大丸”に羽川と一緒に立ち寄り、トレイルの”CRF250Lカスタム”を受け取りに行った。

 

タンデムシートに女の子乗り(バイクを跨ぐのではなく、片方に足を揃えて横座りで乗る)する羽川と一緒に向かったのは、ミスタードーナッツと吉野家。

 

正確に言うと、ミスタードーナッツで羽川と軽く腹ごしらえをし、ドーナッツをボックスでテイクアウト。

道すがらに吉野家へ寄り、お持ち帰り用の牛丼をゲット。

もちろん、”彼女”と忍野への差し入れだ。

代わり映えはしないけど、好物みたいだから問題はないだろう。

 

また、テイクアウトの待ち時間を利用して月火ちゃんに電話を入れ、ちょっとした”調()()()”を頼んでおいた。

依頼料は「費用が全額僕負担でデート1回」だった。妥当なところだろう。

 

そしてバイクの進路を最後に向けたのは、当然のように学習塾跡の廃ビルだった。

 

 

 

***

 

 

 

階段を上っていくと、いつもの階に忍野はいた。

だけど忍野と話す前に、僕の姿を見つけてトテトテと走りよってくる金色の髪の幼い姿……

 

「はい。いつも同じ物で悪いけど、お土産だよ」

 

「♪」

 

僕からドーナッツボックスを受け取り満面の笑顔を浮かべる”彼女”……元キスショットの姿がなんとなく嬉しくて、つい僕は頭を撫でてしまう。

気持ちよさそうに目を細める姿が、なんとなく猫を思わせる。

羽川が猫だとすれば、”彼女”は仔猫だろうか?

って、あれ?

 

”じぃ~~~”

 

いつもと少し違うリアクション。

”彼女”がなんとなくムスゥ~とした雰囲気で僕の隣に立つ羽川を見上げていた。

 

「こんばんわ。この間は、私を人の姿に戻してくれてありがとう」

 

羽川が体を曲げて目線を合わせ、お礼を言おうとしたけど……

 

”ぷいっ”

 

と”彼女”はそっぽを向いて、羽川と反対側に回って腕の袖を引っ張った。

 

「ん? いつもの?」

 

”こくこく”

 

「んじゃあ、忍野に差し入れ渡してからでいい?」

 

”こく”

 

なんかこんな感じのやり取りも最近ではすっかり定番化してるな~。

そして、

 

「やあ、阿良々木君。差し入れを待ちかねたよ。今日はまだ夕食を摂ってなかったんだ。いや、実にいいタイミングじゃないか」

 

相並べた机の上で相変わらずだらけた感じでリラックスしてる忍野に、

 

「忍野、僕の差し入れ(デリバリー)を期待するのは、普通に人間として駄目な気がするぞ?」

 

「そうかい?」

 

そして僕が中身が零れない程度に緩く投げた牛丼を、ほとんど衝撃を感じさせないようにキャッチして、

 

「それにしても……」

 

忍野はニヤニヤ笑い。

 

「委員長ちゃんと仲睦まじそうで何よりだよ」

 

”ぎゅむ”

 

あれ?

何で僕、”彼女”に足を踏まれてるんだろ?

いや、痛くはないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
実は()()()のため金欠気味のガハラさんに代わって、阿良々木君が費用全額負担になったエピソードはいかがだったでしょうか?

別に格好つけたいわけじゃなくって、本文で語られるように阿良々木君にとって銭金の問題以上に、「蟹と変体刀、二つの怪異が絡んでる以上、相乗効果でどう転ぶかわからないので早急に片付けたい」問題みたいです。

それにしても……どこがなにがというわけではないですが、羽川の存在は偉大だ(^^

そして衝撃の事実! 餌付けされてるのは忍ちゃんだけでなく忍野もだった(笑
押しのギャグだと思いますが、「高校生の差し入れに晩飯を期待する不良中年」がガチだったらぱない駄目臭ガガガ……

忍ちゃんの反応込みで、なんとなく同じようで異なる流れの情況……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

もしご感想をいただけたら、とても励みになります。



追伸
御心配いただいた皆様、ありがとうございました。
個々のご感想にも返させてもらいましたが、現状は「練られない胃痛が常時続く」から「時折、胃が強く痛む」程度まで回復できました。
まだ本調子ではないので執筆速度は少々遅くなりますが、気長にお持ちいただければ幸いです。





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