人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。

さて、今回のエピソードは……平行世界(げんさく)と同じ戦場ヶ原さんの襲撃から始まったエンカウントバトルですが、どうやら明らかに違うベクトルに進むようですよ?





[004] "屋上語"

 

 

 

5月、ゴールデンウィーク明けのとある日の放課後。

僕こと阿良々木君は、どういうわけか三年連続でクラスメートだったらしい戦場ヶ原という少女に、教室から廊下に出た瞬間に襲撃され、切っ先を向けられていた。

 

既にその情況からして只事じゃない……というよりはっきり異常事態なのだが、どうもそれだけじゃない。

 

「”()異化()体刀”か……」

 

向けられているのは、普通(ただ)の刀じゃなかった。

 

「そう。怪変刀【双刀”(かなづち)”】よ」

 

 

不意に()()した、音叉を思い切り悪意を込めて改造したような雰囲気の、重厚な”双叉の刀”……

ただし、刀身と呼べる部分は刃というよりむしろ鈍器というような拵えのそれの銘を、彼女はそう告げたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「いいよ。目的はわからないけど……相手してやるよ」

 

()商売柄、こと変体刀……それも怪異化したそれともなれば、放っておくわけにもいかない。

ただ、

 

「戦場ヶ原、一つ言っておきたいことがある」

 

「なによ?」

 

「そこ、危ないぞ?」

 

 

 

「報復絶刀!!」

 

”ズヴァァァァァン!!”

 

「っ!?」

 

唐突に前触れなく教室のドアを()()()()、羽川翼の豪快な登場だった。

 

 

 

***

 

 

 

”ギィン!”

 

羽川の渾身の片手平突き……”報復絶刀・壱の型”から放たれた贋作【絶刀”鉋”】の切っ先が、”鎚”の銃口かつ曖昧な刀身に衝突し、比喩でなく激しく火花をあげる。

 

「くっ!!」

 

しかし、咄嗟に防御姿勢をとって羽川の右手平突きを止めた戦場ヶ原も、中々どうして素人にしては大したものだ。

偶然そういう形になったんだろうけど……二叉の刀身の間に”鉋”を挟みこみ、一種のソードブレイカーとしての役割を担わせていたのだ。

ただ、羽川に押し負けてないのは純粋に戦場ヶ原の”()()”だろう。

 

「飛んでけっ!」

 

いや、押し負けないどころか戦場ヶ原は強引に”鎚”を振り回し、遠心力で羽川を引き剥がそうとするが、

 

「にゃんのっ!」

 

羽川は特に持続的にパワー負けしてることを悟り、遠心力を加速に逆利用し()()()()()戦場ヶ原の間合いから逃れた。

 

そして着地したのは僕のすぐ横で、

 

「阿良々木君、大丈夫っ!?」

 

「ああ。この通り掠り傷一つなくピンピンしてる。助かった、羽川」

 

緊迫した情況なのに、つい手が伸びて頭をナデナデと。

 

「ふにゃあぁぁ……」

 

気持ちよさそうに目を細める羽川。この異常事態に言うべき言葉じゃないかもしれないが……可愛すぎだ。

 

 

 

「何この”調教済み”って感じの風景?」

 

そうのたもうたのは崩れた体勢を立て直し、油断なく両手で”鎚”を構える戦場ヶ原だった。

 

「失敬な。調教と呼ばれるようなことは、何一つしてないぞ? まだ」

 

まだ羽川は処女だっての。多分だけど。

 

「羽川さんって猫っぽいかと思ってたけど、存外に犬っぽいのね? 阿良々木君の()()って意味で。それとも”牝犬”の方かしら?」

 

お~お。戦場ヶ原さんってば、挑発全開ですな。

命知らずなことで。

 

「強いて言うなら”()()()”、だよ。阿良々木君の」

 

ちょっと待て羽川。

 

「羽川さん羽川さん、その扱いでいいの?」

 

ちなみに僕は未だ羽川の頭を撫でたままだったりする。

 

「うん♪ 私にしては上出来な立脚点かな?」

 

そう微笑んだのは、もちろん僕に好き放題撫でられたままの羽川である。

レンズ越しの潤んだ瞳に、軽く上気し赤みを増した頬の組み合わせが、妙に色っぽい。

 

果てさて、僕の人間性同様に薄っぺらい理性がどこまで持つか大いに疑問だ。

 

 

 

それはともかく……

羽川はスチャッと”鉋”を構えなおし、

 

「私の、か、彼氏にどういうつもりで手を出すのかな? 戦場ヶ原さん」

 

羽川、大丈夫だ。噛まなきゃ完璧だった。

 

「どうもこうも……ただの交渉よ? ただ、場で自分が有利に交渉を進めるには、ある程度の武力提示は必要でしょ? よく言うじゃない。『まずぶん殴る。話はそれから聞いてやる』って」

 

「それ、どんな恫喝外交!? というか、どこの高町家!?」

 

それを最も実践してるのが、末っ子の魔法少女→魔法少女(笑)→マジカル軍人(笑)なのが皮肉だ。

 

「それに実際に武力を行使したら、恫喝外交でも砲艦外交でもなくていきなり”戦争”だよ?」

 

「あらあら。学年首席の羽川さんともあろうお方がらしくこと言うわね? 戦争は政治の一部でしょ?」

 

バチリと空中でぶつかり火花を散らす二人の視線……

 

「そう……なら、いいよ。その挑発に乗ってあげる。ただし無条件降伏以外は認めてあげないからね?」

 

「羽川さん、随分優しいわね? 私はそんな温いところで止める気はないけど?」

 

 

 

***

 

 

 

「じゃあ、」

 

「いざ尋常に……」

 

「やめれ」

 

”ぎゅっ”

 

「にゃうっ!?」

 

僕は後ろから羽川の腰の辺りを抱きしめて、軽く持ち上げた。

 

「あ、阿良々木君っ!? 放して! じゃないと戦場ヶ原さんを倒せないよ!」

 

いや、倒してどうする。

 

「やれやれ。戦場ヶ原はともかく、羽川も意外と熱くなり易いんだな?」

 

典型的な委員長ルックに反して、羽川はけっこうな激情家だ。

いや、学習塾跡の戦いでなんとなくわかってたけどさ。

 

「”熱いトタン屋根の猫”って映画ならあったけど、”熱い鉄火場の中の猫”ってのは少なくとも校舎内じゃいただけないぞ?」

 

「うぐぅ」

 

「それと戦場ヶ原、ここで派手に戦争(ドンパチ)やるのがお前の本意なのか? 廊下なんて人目につきやすいところで()り合って教師に見つかりでもしたら、今まで築き上げてきた優等生イメージが台無しになるぞ?」

 

「くっ……なら場所を変えましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて、生徒同士のバイオレンスからエロ方面まで色々と広義な意味を含む”()()()()()()”といえば、体育倉庫に校舎裏などがあるが……屋上というのもその有力なイベント・スポットの一つだろう。

 

最近は屋上に出られない学校も多いが、直江津高校はにそういうとこには割と緩い。

もっとも鍵がかかっていたとしても、羽川なら容易に開錠(ピッキング)してしまうような気がするのはなんでだろう?

 

ちなみに僕が到着したのは羽川と戦場ヶ原の少し後だった。

理由は?と聞かれれば簡単で、単に羽川が打ち抜いたドアの一件を報告がてらに僕が罪をを被りにいったのだ。

 

もちろん、羽川は反対したが……”委員長の中の委員長、優等生の中の優等生”という不動の評価を得ている羽川がドアをぶっ壊しましたというより、「学校始まって以来の問題児」として悪評が売れてる僕がでむいたほうが、遥かに教師陣のショックが低く問題が小さく、結論の時間が短くて済むという切り口で押し切った。

 

時間は貴重だ。今の情況なら特に。

実際、問題は既に解決している。結果から言えば、羽川はもちろん僕へのペナルティ(おとがめ)も無かった。

 

 

 

無罪放免の理由は……ただちょっと教頭が”とある会員制秘密クラブ”の会員だったり、生徒指導の教諭がとある生徒と()()()()()にあることをほのめかしただけだ。

きっとその話題を気に入ってくれたのだろう。

 

()()()()()”から得た僕の教訓は、『地位や立場のある人間と対峙するならば、足元を崩す弱味を握れ』だ。

人間は欲望や衝動にに弱く、叩けば埃の出てこない人間はこの世に居ない。そして地位や立場のある人間は、その立ち位置を守りたがるものだ。

そういう意味では忍野のように守るべき何かの無い人間っていうのはある意味、強い。

 

実際、羽川を職員室に連れて行けなかった理由もこれだ。

羽川の性格上、こういう搦め手を使うダーティーな取引にはあまり向いていないからな。

 

 

 

***

 

 

 

さて、僕が屋上に辿り着いたとき予想に反して和やかな空気が流れていた……ということはなかった。

ピーンと張り詰めた空気とピリピリと緊張した雰囲気がミックスされ、まさに一触即発という表現がぴったりの場が醸成されていたのだ。

 

いや、まあ制服姿の女子高生が抜き身の”()()()()”をぶら下げて静かに……されど、互いを視界から外さぬように対峙してるんだから、一体どんな学園異能バトルだよ?って感じだ。

 

「阿良々木君、大丈夫だった……?」

 

「職員室サイドは示談成立」

 

交渉材料は、どうしようもないくらい俗物の醜聞だったけど。

 

「ありがとう。それにごめんね」

 

「気にしなくていいさ。僕を助けてくれようとしたこと自体が、とても嬉しいんだから」

 

「私を屋上に隔離して、一体何をするつもりかしら?」

 

とは、敵愾心を隠そうともしない戦場ヶ原。

そういえば、場所を変えると言い出した彼女に対し、屋上を指定したのは僕だったっけ。

 

「なに……武力行使って選択肢をとる前に、現状を把握したくてね」

 

僕は真っ直ぐ、睨まないように戦場ヶ原を見つめ、

 

「何故、僕を襲撃した?」

 

うん。まずはここからだな。

 

 

 

「何故って……警告よ。私にこれ以上、深入りするな。興味も持つなっていうね」

 

事も無げに発言する戦場ヶ原に、僕は思わず呆れてしまう。

 

「逆効果だ。馬鹿」

 

「……なんですって?」

 

戦場ヶ原は凄むが、正直この程度なら怖くもなんとも無い。

僕とてまがいなりにも、”()()”の人間を何度も相手にして()()してきたわけだし。

 

「戦場ヶ原、お前が僕を襲撃なんてしなければ、逃げ場の無い屋上に隔離されることも無く時間を浪費することも無かったって話だ」

 

「ここで私が大声上げたらどうなるのかしら?」

 

「僕だけだったら強姦未遂をでっち上げることくらい楽勝かもしれないけどな……お前以上に教師陣に受けが良い学年首席の羽川がいるのに、その計略は成立するのか?」

 

「嫌な奴ね」

 

「この場合は誉め言葉だな」

 

そして僕は一呼吸おいて、

 

「そろそろちゃんと答えてくれないか? 襲撃理由を、さ」

 

 

 

***

 

 

 

「さっきも言ったけど警告が全てよ。阿良々木君、私の体重気付いたんでしょ?」

 

「”180kg以上、200kg未満”ってくらいなら。怪変刀化した”鎚”を見たから大体からくりは予想できるけど……戦場ヶ原の体重の大半はその”鎚”のものだろ?」

 

「正解よ。この”鎚”は、五十貫(約187.5kg)の重量があるわ」

 

草紙”刀語”によれば、【双刀”鎚”】の重量は百貫と言われてるから、

 

「オリジナルのちょうど半分か……怪変刀としての能力は刀の主(マスター)と融合して、自らの重さを加算する代わり、任意に体の一部ないし全身に”鎚”の性能……硬さや強靭さを持たせることができるってとこか?」

 

「また正解ね。やっぱり油断ならないわ……」

 

僕に改めて切っ先を向ける戦場ヶ原に、羽川はさっそく壱の型より強力な突き下ろし技、”報復絶刀・弐の型”の構えを取るが、

 

「羽川、まだいい」

 

「でも……」

 

「それより、妙な矛盾に気付かないか?」

 

「……戦場ヶ原さんの”鎚”重量の自己申告と阿良々木君の体重予測が両方正しいなら、たしかにおかしい話だね?」

 

やっぱり羽川は答えに達したみたいだ。

 

「200kgを越えてるってことはない?」

 

「それに関しては、信じてくれていい。大体、同じような重さの相手と戦ったことがあるからね。人間であれ人間()()であれ」

 

確かに蹴った感触は梵鐘みたいな感じだったが、足から伝わった重さ自体は戦場ヶ原の後退量から考えても、そう的外れでは無いはずだ。

 

「貴女達、人の体重をペラペラと……」

 

戦場ヶ原が苦言を申し立てるが、こっちはそれこそが本題だ。

そして羽川は結論を告げた。

 

「……戦場ヶ原さん、貴女の”()()”は一体どこにいったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
早くも原作ヒロイン二人、羽川翼と戦場ヶ原ひたぎが邂逅し、文字通り火花を散らしたエピソードはいかがだったでしょうか?

実は羽川さん、ゴールデンウィークの記憶をもってる(=ブラック羽川モード+阿良々木君との戦闘経験を継承)ので、かなり戦意の高い娘になっております(^^

普段はともかく、こと阿良々木君が絡むと一気にブラック羽川ならぬ”()()()()()()()”になってそうな?

そして次回は、ガハラさんの身の上に起こったことが色々明らかになりそうです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

もしご感想をいただければとても嬉しく思います。


***


追伸
今週の中ごろから体調を崩し、医者から急性胃腸炎と診断されました。
まだ復調し切れてないので執筆ペースが遅くなりますがご了承ください。




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