人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
さて今回のエピソードは……前回[002]と同じ日の放課後からです。

基本、原作と大きな流れは似たようなものですが、羽川さんは何一つ忘れずに至り、阿良々木君はその存在定義すらも平行世界(げんさく)と違います。

その差異は、ストーリーに少しずつ、でも書き実に影響してきてるみたいですよ?




[003] ”廊下語”

 

 

 

さて、時は移って放課後……

 

僕こと阿良々木暦と羽川翼は、ぴたりと机を()()くっつけて、デスクワークに励んでいる最中だ。

羽川は真面目なことに、通学カバンと一緒に贋作【絶刀”鉋”】をロッカーから出して机に立てかけていた。

ちなみに作業内容は、文化祭の出し物の候補選び。

 

文化祭と言えば普通は秋を連想すると思うけど、そこは一応は進学校の看板を掲げる私立直江津高校。

受験勉強のラストスパートである秋を避け、6月に行うのが通例だ。

ちなみに今年は6月16日から開催予定。

 

とはいえ大半が進学組で構成される我がクラスの出し物のプランとして、クラスメートからアンケート形式で提出された物は総じて在り来たり……別の言い方をすれば、準備にさほどの手間隙のいらない、時間と労力がかからないものばかりが提出されている。

 

僕と羽川がやってるのはその提出されたアイデアの実現性の有無を検証し、有力候補を絞ることだ。

それで絞った候補を次の学級会で改めて提示し、多数決で出し物を決める段取りだった。

 

 

 

ぶっちゃけてしまえば進学校の三年生にとって文化祭など、大半は「受験勉強の息抜き」程度の価値なのだろう。

祭り当日に楽しむならともかく、準備に手間をかけすぎれば勉強時間に差支えが出て本末転倒……そういう感覚でも不思議じゃない。

 

僕はそれほど受験勉強に熱心なほどではないが、今日ばかりは”オートショップ大丸”に新たな愛車を取りにいきたいという気持ちは強い。

 

とはいえ、そんな僕が教室に残ってるのはいくつか理由がある。

一つは僕がこのクラスの副委員長だということだ。

もちろんクラス委員長は羽川なのだが、4月に同じクラスになった時、僕を副委員長に推薦したのが委員長に就任したばかりの羽川だった。

 

 

 

***

 

 

 

羽川がどういうつもりで僕を推薦したのかは知る由もないけど、ともかくこうやって交際すると本当に喜ばしい情況だった。

何しろ並べた机に互いに体をピタッと寄せ合って、手を繋ぎながら作業するなんて最高の気分だ。

あえて言わせて貰おう……『リア充、ここにあり!』と。

まさかこの僕がリア充の仲間入りを出来る日が来るとは思わなかったさ。

基本、兄妹仲は良好だけど流石にノーカンだろうし。

 

えっ?

手を繋ぎながら作業できるのかって?

僕の右横に座る羽川は右手で作業し、僕は左手で作業する。

ほら、空いた羽川の左手と僕の右手を繋げば問題ないだろ?

 

 

 

「そういえばさ、羽川……戦場ヶ原のことって知ってる?」

 

「知ってることは知ってるけど……一般的な評価なら、”何の問題もない()()()”だよ」

 

不思議と軽く困惑したような顔を向ける羽川は、

 

「でも、()()戦場ヶ原さんなら、阿良々木の方が詳しいんじゃない?」

 

「えっ? どうして?」

 

「だって三年間、同じクラスじゃない?」

 

えっ? えっ?

 

「そうなのか?」

 

「もしかして……気付いてなかったの?」

 

「うん。今年は副委員長って立場のせいか、なんとなく同じクラスだって覚えていたけど、去年一昨年と同じクラスだったってのは、今、羽川に言われて初めて知った」

 

「阿良々木君……一年生のときも、確か副委員長じゃなかったっけ? 老倉さんがクラス委員長のときに」

 

んー、そうだっけ?

 

「ごめん。正直、よく覚えてないや」

 

「阿良々木君ったら、しょうがないなあ」

 

そう柔らかく苦笑する羽川だったけど、

 

「でも、急に戦場ヶ原さんのことを聞いてきたりして……どうしたの?」

 

”きゅ”

 

繋いで手の力をほんの少しだけ強めた。

 

「ちょっと気になることがあってさ」

 

「んー?」

 

どうしたのか、羽川は顔を近づけて僕の瞳をじっと覗き込んできた。

って、羽川……そんなに顔を近づけたら、

 

”CHU”

 

「にゃん!?」

 

キスしたくなっちゃうじゃないか。

 

 

 

***

 

 

 

「もう……」

 

羽川は上目遣いで僕を見るけど、

 

「羽川、口元が緩んでるぞ?」

 

「ばか」

 

どうやら羽川も満更でもないみたいで一安心だ。

 

「不用意に近づく羽川が悪い」

 

「私、悪くないもん。阿良々木君が危険人物なのが悪い」

 

「羽川さんは、それを承知で僕と付き合ってるのでは?」

 

「いじわる……でも、これで確信できたかな?」

 

「なにを?」

 

「戦場ヶ原さんを()()()()()()興味をもったんじゃないってことが、だよ♪」

 

「そんなこと気にしてたの?」

 

僕は思わず苦笑するけど、

 

「だって……戦場ヶ原さん、綺麗だし」

 

「ああ。言われてみればそうかもな」

 

その特徴は、実は思い切り忘れていた。

いや、あの落下から再起動までの一連の動きのインパクトが強すぎて。

 

「それに男子って一般に病弱な女の子って好きそうじゃない? ほら、か弱くて守ってあげたくなるって言うか」

 

「それはどこの都市伝説だよ? 少なくとも僕の中には病弱萌えの設定はないさ」

 

どちらかと言えば元気な娘のがいい。

それに綺麗系より可愛い系のが好みだ。

要するに、

 

「戦場ヶ原なら羽川の方が断然好みってことなんだけどな」

 

「ふみゃぁっ!?」

 

「それに戦場ヶ原の場合、病弱ってのとはちょっと……いや、かなり違うと思うぞ?」

 

あの異常現象は、明らかに病気云々でなるようなものじゃないだろう。

 

 

 

「ん? ちょっと待って……戦場ヶ原さんって、阿良々木君のストライクゾーンから完全に外れてるってことだよね?」

 

「まあ、そうかな。外角高めのアウトコース?」

 

予想じゃなくて範疇斜め上って感じか?

 

「それで気にしてるってことは……」

 

羽川は僕の耳元に口を近づけ、声を絞りながら……

 

「もしかして”怪異”絡み?」

 

 

 

「当たらずとも遠からず……って言うか、まだそれこそ確証はないんだけどさ」

 

羽川は怪異のことも、もしかしたら絡み付いてるかもしれない変体刀のこともよく知っている。

それこそ知り過ぎるくらいに……

 

それにしても、すぐに答えに辿り着くあたりさすがは羽川。

忍野に言わせれば、あるいは某”東方”風に言うなら、『必ず答えに辿り着く程度の能力』の持ち主だ。

 

「実はさ」

 

僕は今朝の”ちょっとした出来事”を羽川の耳元で小声で話し始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「なるほど……そんなことが」

 

「というわけで、羽川が何か知ってるんじゃないかってさ」

 

「う~ん……ごめん。特に思い当たることはないや」

 

「そっか」

 

まあ、僕も参考になればって程度で聞いたことだし。

 

「でも、一つ言える事は……中学時代とは全然違う、高校に入って最初は別人かと思ったってことかな?」

 

「えっ? 羽川って戦場ヶ原と同じ中学だったのか?」

 

「うん♪ 公立清風(きよかぜ)中学。当時は陸上部のエースとして有名だったんだよ? 陸上部のエースで成績優秀、お父さんが外資系のお偉いさんみたいでお金持ちのお嬢様、凄い豪邸に住んでたんだって。でも気さくで、偉ぶったところや高慢なところがなくて、誰からも好かれてたって印象かな? 彼女の周りはいつも人が溢れてて、非公式なファンクラブまであったって噂だよ?」

 

「なんだその完璧超人っぷり。それこそ生まれ乍らのリア充ってところか?」

 

「あはは。確かにそうかも? でも、それも中学時代の戦場ヶ原さんだよ。高校時代には一変してたし……大病を患ったって話もあるけど。私はてっきり、戦場ヶ原さんの変貌ってそれが理由だと思ってた」

 

「なるほど。()()()()()()とギャップがありすぎる人物像だもんな。それ」

 

「でしょ? 陸上も辞めちゃって三年間帰宅部だったし、それに……」

 

「それに?」

 

「今は友達もいないみたい」

 

 

 

***

 

 

 

普通に考えれば、人柄が一変する大きな心理的衝撃があったと考えるのが妥当だろうが……

しかし、その衝撃の種類は多くありすぎ、また受ける衝撃の個人差がありすぎるために羽川の話だけじゃ憶測すら不可能だ。

一応、羽川は大病を患ったことが有力なような言い振りだけど、僕はその可能性は低いと思ってる。

 

(あれはもっと異質で……不可解で不条理なな”()()”な気がする)

 

まがいなりにも人だった存在が、人の範疇や領域を越えるってのはそういうことだ。

 

「それとね、こういう言い方はどうかなって我ながら思うけど……戦場ヶ原さんって、中学時代よりずっと()()になった気がするんだよね」

 

「? どういう意味だ?」

 

「なんていうか……雰囲気は儚いのに、不思議と存在感が増してるような……よくわからないよね? 言ってる私自身も矛盾してるって思うし」

 

「その矛盾が歪みとなって輝き魅力となるってことかな? まるで”バロック”芸術だ」

 

なんか益々、謎めいてきたな。

 

「うふふ。それは語源的な意味でだね? ”歪んだ真珠や宝石”だっけ? ポルトガル語の」

 

「その通り。羽川はなんでも知ってるな?」

 

「何でもは知らないよ。知ってることだけ。それに話題を振った阿良々木君が言っちゃ駄目だよ」

 

それもそうか。

 

「そういえばだけど……()()()()()()()()()()()()()()()なら、もしかしたら私より老倉さんの方が詳しいんじゃないかな?」

 

「なんで?」

 

「詳細はわからないけど……老倉さんて1年のとき、戦場ヶ原さんと仲良かった筈だよ? 元気で快活なアウトドア少女の老倉さんと、深窓の令嬢って雰囲気の戦場ヶ原さんの組み合わせはコントラストがはっきりしていたから、よく覚えてるもの」

 

「へぇ~」

 

「それこそ阿良々木君のほうが詳しいんじゃないの? 老倉さんとの関係もだけど、同じクラスでしかも委員長/副委員長の関係だったわけだし」

 

「とぉ~ころがぎっちょん!」

 

「あっ、サーシェスだ」

 

羽川、よく突っ込んでくれた。

アルケーガンダムは、実はかなり好きな機体だったりする。

 

「実はその話題は聞いたこともない。僕自身が戦場ヶ原の存在を気づいてなかったせいだろうけど……そもそも育と戦場ヶ原の話をした記憶がない。というか1年の時の副委員長時代は、育に遠慮なくこき使われた記憶しかないぞ?」

 

強いて言うなら後は鉄条のしでかした不正絡みの出来事くらいだ。

 

「逆にそこまで無関心……違うね。無関心っていうのは見えてるし、認識もしてるのに感心がないことだもの……例えば、羽川家における私みたいに」

 

「自虐ネタのつもりなら、さすがの僕でも笑えないぞ?」

 

「ただの事実だよ」

 

そう苦笑する羽川。正確には自嘲なのだろうけど、そこは触れぬが花だ。

 

「じゃなくて。逆にそこまで戦場ヶ原さんが眼中になかったことが凄いよ。結構、目立つ娘なのに」

 

「きっと僕にとって優先度の低い情報だったんだろうな。だから視覚に入っても認識しても自動消去がかかったんだと思う」

 

「何気に酷いよ、それ」

 

 

 

***

 

 

 

「なあ、羽川……」

 

それは僕達が本日の予定作業を終わらせた頃だ。

 

「ん?」

 

「今日、これから暇か?」

 

「うん。暇だよ」

 

「じゃあさ、僕に付き合ってくれないか? バイク屋と学習塾跡」

 

羽川はにっこり微笑んだ。

 

「いいよ♪」

 

「感謝。無論、帰りは送るし、なんだったら晩飯も奢るよ」

 

「そこまで気を使わなくていいってば」

 

「そっか。じゃあ話がまとまったところで……」

 

僕は席を立つ。

 

「少々、用足しをしてくるよ」

 

「花摘?」

 

「そんなとこ」

 

「じゃあ、後片付けはやっておくよ♪」

 

「さんきゅー」

 

 

 

そして僕は教室を出ると……

 

「羽川さんと、何をイチャイチャしていたのかしら?……もとい。何を話していたのかしら?」

 

と声をかけられる。

声のほうに振り向くと、立っていたのは件の人物……戦場ヶ原だった。

僕が何か言葉を返す前に……

 

”ヒュ!”

 

突き出されたのはきちんと()()()()()()カッターナイフだった。

だけど、

 

”ぺきん”

 

僕は”爆縮地(応用編):簡易版”のバックステップで避けると同時に、蹴りを放ってカッターの刃を根本から圧し折る。

やっぱり、

 

(蹴った感触が妙だな……)

 

本来なら僕は『カッター()()を蹴り飛ばす』つもりで蹴ったのに、戦場ヶ原のグリップが強く、何より()()()()ために、結果としてカッター本体は壊れながらも残り、刃だけが折れたのだ。

まっ、いずれにせよ最早使い物にならないだろうから結果オーライだが。

 

「……このっ!」

 

とカッターを投げ捨てた反対側の手に握られていたのは、今度はホチキスだった。

 

「学習機材くらいまともに使えよ。使い方を知らないなら小学校からやり直せ。そおれとゴミはゴミ箱へ」

 

なんかこの台詞回し……微妙に羽川の影響を受けてるような?

まあ、廊下で乱闘騒ぎ起こしてる奴の言う台詞じゃないが。

 

 

 

”ガッ!”

 

「っ!?」

 

今度こそ僕は、タイミングを合わせて戦場ヶ原の()()付近にカウンターの胴回し回転蹴りを入れたのだけど、

 

「チッ」

 

思わず舌打ちが出てしまう。

今度こそ確証を得た。

 

「まさか、女の腹に躊躇なく蹴りを入れてくるとは思わなかったわ」

 

そこには、「本来なら肋骨がまとめて折れて身動き取れなくなるレベル」の打撃をまともに受けたのに、数歩押し下げられただけでさしてダメージを受けた様子のない戦場ヶ原が立っていたのだから。

 

嗚呼、なんてこった。こいつもまた、()()()()()()()()()()んだ……

 

 

 

***

 

 

 

(梵鐘(寺の鐘)を蹴った時みたいな感触だったな……)

 

単純に硬いというより、重さと分厚さで威力を殺された感じだ。

 

「そのホチキスで何を綴じようとしたのか知らないけどさ……()()()の性差を考慮するほど、僕は甘くはできてない」

 

「そう。なら私も遠慮する必要はないわね?」

 

「まるで今までが遠慮してたような言い方だな?」

 

戦場ヶ原が両手を突き出すように構えると、

 

「してたわよ? でも、貴方には文房具じゃ文字通り()()()()できそうもないからね」

 

不意に顕現したのは音叉を思い切り悪意を込めて改造したような雰囲気の、重厚な”双叉の刀”……

ただし、刀身と呼べる部分は刃というよりむしろ鈍器というような拵えなのだが。

 

「今度は、”これ”でお相手するわ」

 

「”()異化()体刀”か……」

 

戦場ヶ原は静かに頷く。

 

「そう。()()()【双刀”(かなづち)”】よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
最後の最後で、ようやくガハラさんの愛刀が登場したエピソードはいかがでしたか?

放課後、原作と違うノリで二人きりの教室で公然と羽川さんとイチャイチャする阿良々木君のせいで、ガハラさんの再登場台詞からバグが発生しました(笑

そして、カッターと原作戦場ヶ原の代名詞、持ち歌のタイトルにまで使われたホチキスを前座に、満を持して章タイトルにダイレクトに繋がる怪変刀【双刀”鎚”】が登場です♪

”鎚”の特性や性能はまた次回以降に回しますが……怪変刀に変質してるだけあり、それなりに面白い代物みたいですよ?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

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