人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

34 / 41
皆様、こんばんわ。
さて今回から新シリーズの始まりです。

その筈なんですが……何か、本来のエピソード・ヒロインが見当たらないような……?

その分、老倉が賑やかです(^^




”化物語 ひたぎハンマー”
[001] ”昼食語”


 

 

 

「それにしても……暦はともかく、羽川さんもお人よしよね~」

 

僕の目の前で呆れてるのは、家族のような幼馴染の老倉育だ。

 

「なんで?」

 

きょとんとしてるのは僕の隣に座る()()の……大事なことなので二度言うぞ?

()()()()の羽川翼だった。

 

ゴールデンウィーク明けの5月8日。場所は連休の余韻が残ってそうな私立直江津高校。

時は優雅な昼休み。

僕と羽川、育の三人は机をくっつけて弁当を突いていた。

僕の”剱”、羽川の”鉋”、育の”鋸”と贋作変体刀そろい踏みである。

もっとも今は羽川と育はそれぞれの愛刀は帯剣せずにロッカーにしまっていて、僕にいたっては登校した時から帯剣してない。

()()的に棒状のものがあればなんでも刀として使えるから、戦いを前提とした情況でもなければ、僕の場合は普段から帯剣する必然が薄いのだ。

 

「別に私を誘わないで、二人で食べてればいいじゃない? 恋人同士になったんでしょ?」

 

「うぐぅ……」

 

妙な(ただし可愛い)声を出しながら、頬を赤くする羽川。

僕も人のことは言えないが、羽川も恋人同士と呼ばれることになれてないらしい。

 

 

 

大体察してもらえたと思うが……火憐ちゃんや月火ちゃん同様に、渓流釣行から帰ってきた育にも「年齢=彼女居ない歴」の僕にもついに彼女、何処に出しても恥ずかしくない立派(特に胸の辺りが)な羽川という彼女ができたと伝えてある。

妹二人は中々に面白いというか、ユニークな祝福をしてくれたが育は、

 

『ふ~ん。よかったじゃない?』

 

という淡白な反応だった。

育曰く、

 

『だってアンタ達って仲いいから、遅かれ早かれ普通にくっつくと思ってたし』

 

とのことだ。

いや、そのくっつき方が中々普通じゃなかったんだが……それは言わぬが花だろう。

 

 

 

「いや、まあそうなんだけどさ」

 

かくいう僕も歯切れが悪い。

 

「まさか、羽川さんと会話が続かないとか、間が持たないとかヘタレた理由じゃないんでしょ?」

 

「断じてそれはない」

 

うん。これは事実だ。

 

「老倉さん……もしかして他の人とお昼の約束とかしてた?」

 

「ううん。それは別にないけどね」

 

育はなんというか……一部の女子にコアな人気を誇っている。

特に後輩にだ。

別にどこかの部活に入っていて花形とかスター選手ってわけじゃなくて、マウンテンバイクを乗り回し、アウトドア・ライフをこよなく愛する育は凛々しく見えるんだそうだ。

僕には見慣れた風景だし、一緒に住んでたころはよく釣竿担いで釣行がてらにツーリング行ってたからあんまりピンと来ないんだけど。

 

(そういや当時はフライじゃなくてルアーフィッシングにはまってたっけ)

 

これで成績優秀でクラス内三位、学年全体でも十位に入る成績優秀者だっていうんだから恐れ入る。

特に理数系は強く、ダントツ学年一位の羽川と正面から張り合える。

ただ、古典/漢文は苦手らしく、本人曰く「高校卒業後の人生を、古典や漢文に関わる気はないから問題ない」のだそうだ。

 

「たださ、こんなんでも家族認定の幼馴染だからね。一応、気は使ってるつもりよ?」

 

「こんなんとか言うな」

 

「そんなに気を回さなくてもいいよ。それに私、老倉さんとも仲良くしたいしね♪」

 

にこやかに微笑む羽川に育は呆れ顔で、

 

「暦の彼女になったり、私と仲良くなりたいなんて、羽川さんて本当に変わってるわね? そんなに望んで苦労したいの?」

 

「ヲイ」

 

これは僕も苦言を呈してもいいはずだ。

 

「えっ? 老倉さんて人気あるよ? 友達になりたいって娘って、けっこういるんじゃ……」

 

「やーめーてー!」

 

突然、育は頭を抱えだし、

 

「ああいうのは友達って言わないから! 羽川さん、わかるっ!? 自分よりでっかい後輩の女の子に廊下に呼び出されて、『このクッキー、調理実習で作ったんです。食べてください(はぁと)』って潤んだ瞳で言われたときの恐怖感! 潤んでいてもあれは肉食獣の目だったわよ!」

 

「アハハ……」

 

ちなみに育、趣味が趣味だけに体力(スタミナ)腕力(パワー)運動神経(スピード)も必要にして十分以上だが、クラス女子の中でもちっこくて華奢だ。体格的には中学生に間違えられてもおかしくはない。

というか、実際に中学生に間違われて補導されかけた武勇伝がある。去年の冬、高校二年の時の話である。

 

事実、一部男子には「老倉育たない」と悪意や蔑称でなく、親しみを込めて呼ばれていたりするが……ただ育に聞かれようものなら、その場で卍固めやコブラツイストや老倉(パロ)スペシャルがかけられるという肉体言語系サービスがついてくる。

 

ただ一部の男子のその更に一部が、育に技くらって『僕と業界的にはご褒美です!』と言わんばかりに恍惚とした表情を浮かべるのは気になるところだ。

 

ん? 僕の成績?

中の上からせいぜいで、良い時も上の下くらいだ。成績優秀上位者として名前が張り出されるほど良くもないし、赤点取って補習させられたり卑下するほど悪くもない。

つまりネタにしにくい、あるいはできない成績……この中途半端さがいかにも僕らしいけど。

 

 

 

「おー、相変わらず男子垂涎のイベントを着々とこなしてるな?」

 

ちなみにこの手の逸話、育には割とよくあることみたいだ。

 

「私はノーマルだっつーの! 暦、良ければ代わってあげるわよ?」

 

「やめれ。お前目当ての後輩の女の子の応対に僕が出たら、相手が怯えるし下手すりゃ泣き出す」

 

これもまた事実。

どういうわけか僕は一部の生徒と教師に怯えられてるらしい。

理由は謎だ。

いや、生徒に関してはある程度の察しは付く。尾ひれ付きで広がった暴力沙汰だろう。

中には「完全武装の機動隊1個部隊を壊滅させた」ってのまであるが……酷いデマだ。

 

僕は確かに前述の”()()()()()”や”後天的能力(ソードマスター)”のせいもあり、時たま変体刀が絡む表沙汰にしたくない事件の()()()解決を図る役目、端的に言えば”(濡れ)仕事”を請け負うけど……仕事を回してくるのは公的機関側だ。

間違っても機動隊と張り合う羽目には陥らない。

 

(お陰で預金通帳に記される金額は、中々一介の高校生にあるまじき金額になってるけど)

 

具体的には僕が住んでるような一般的(?)な地方都市の、駅からある程度離れた普通の一軒家なら諸経費込みで一括購入できる程度の持ち合わせはある。

だから、『ブラック羽川騒動』で相殺(チャラ)になった忍野への借金500万は払えない金額じゃなかったけど、確かに痛い金額ではあった。

 

 

 

(とはいえ、教師にまで怯えられる覚えはないんだがな)

 

やったことと言えば……鉄条径(てつじょう・こみち)って1年のときに直江津高校に居た女教師の試験問題の意図的な流出の不正を突き止めて、学校でなく上層……市の教育委員会や関係各所に「まがいなりにも進学校にあるまじき短絡的不祥事」として集めた証拠諸共ばら撒いたくらいか?

 

点数から不正と鉄条が犯人だって気付いていた育は『学級委員会で不正を糾弾すべき』って言っていたが、『教師が犯人なら、それで尻尾を出すわけないだろ?』と諭した記憶がある。

そして前出の手段……鉄条に感づかれぬように証拠を集め、本人が忘れた頃に()()()()にいるお偉いさんにばら撒いた。

 

鉄条がどうなったかって?

さあ。事実上は懲戒免職の辞職をした後は聞いてないな。

 

僕に怯えるってことは、叩けば出てくる埃があるってことなんだと思うけど。

 

 

 

***

 

 

 

「そういえば、育に相談があったんだった」

 

僕が切り出したのは、三人揃って弁当を食べ終りまったりした時だ。

 

「相談? 私より何でも知ってそうな羽川さんのが適任なんじゃない?」

 

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

 

「数学的な解釈なら、当然の台詞よね? それ」

 

羽川のお約束が出たところで、

 

「いやさ……そろそろバイク買おうかと思ってさ」

 

「バイクって……自転車って意味の方のバイクじゃなくて、オートバイの方の?」

 

言うまでもないことかもしれないけど”Bike(バイク)”ってのは本来、自転車を意味する”Bicycle(バイシクル)”の略語で、今は広義な意味で”二輪車”になっている。

オートバイってのは「自動二輪車:って意味の実は和製英語で、英語では内燃/電動を問わない発動機全般を意味する”motor”をつけて”Motorbike”とも呼ばれる。

 

「うん。育、確か持ってたよな?」

 

「まあね。越境含んだ遠征釣行の時とかに使ってるわ。ツーリングもだけどたまに林道走りに行ったりするし」

 

相変わらずアクティブだなぁ~。

 

「確か”SEROW(セロー) 250”だっけ? YAMAHAの」

 

「そうよ。正確には”ツーリング・セロー”ってモデルね。セローはいいわよ♪ トレイルの基本みたいなバイクだし」

 

”トレイル”というのは、オフロードを走るバイクの一種だ。

分類的には本格的なオフロード競技用コースを走るのではなく、林道なんかの普通のバイクじゃ走れなさそうな不整地をトッレキングするのを目的としたバイクって感じだろうか?

もっと簡単に言えば、僕や育が普段乗りに使ってるマウンテンバイクのオートバイ版みたいなものを考えてくれればいい。

 

 

 

「えっ? 阿良々木君も老倉さんもオートバイの免許持ってるの?」

 

「ええ」

 

「ああ。1年の冬休みに育と一緒に免許合宿で取ったんだ」

 

直江津高校はオートバイ通学は禁止だけど、自動二輪の免許習得自体は禁じてない。

昨今の日本のオートバイ産業の斜陽っぷりを見ていたら無理もない配慮だった。直江津市のある県は、とあるオートバイメーカーの拠点生産工場があるのだから。

何年か前だったか? 1ヶ月間、()()()()で1台も新車のオートバイが売れない月があったそうだ。

最近、”ばくおん!”なんて女子校生バイク物がアニメ化されてたけど……ブームの火付けや牽引役とまでは期待しないが、人気回復の一助になればいいと個人的には思っている。

免許合宿と言えば普通は夏休みを思い浮かべるだけど、幸いにしてというか不幸にもというか直江津市は北国に分類され、例えば関東とかと比べると学校は夏休みが短く冬休みが長い。

なのでこういう冬休みの使い方もできるのだった。

 

ちなみに合宿にて、普通自動二輪免許(排気量125cc以上400cc以下のバイク用免許)の獲得だけでなく、育は新たな護身系格闘技能を修得したような?

いや、それとも育と同室だった娘が、新たな世界(性癖)を獲得した気もするけど。

 

「でも、自転車一筋のペーパーライダーだった暦が、一体どういう風の吹き回し?」

 

「いや、あのさ……」

 

僕はつい羽川をチラッと見て、

 

「僕の持ってる自転車って、基本一人乗りじゃんか」

 

僕は趣味(街乗り)用と通学用(そこそこ)のマウンテンバイクを持っているけど、通学用のそれは通学カバン程度の荷物は搭載できるようにはしてあるけど、流石に二人乗りできるような荷台は取り付けてはない。

というか自転車の二人乗り自体が僕としては乗り気じゃない。

 

「ははぁ~ん」

 

育はニンマリ笑い、

 

「羽川さんと二人乗り(タンデム)したいから、バイクはバイクでもエンジン付を買いたいってわけね?」

 

「ぐっ!」

 

「みゃっ!?」

 

「わかったわかった。動機は不純だけど、バイク仲間が増えるのはいいことだしね♪」

 

と両腕を組んだ育は『全て心得た』と言わんばかりにウンウンと頷き、

 

「そういうことなら、この育おねーさんにドーンと任せなさいって☆」

 

「育……誰が僕の姉だって?」

 

「私の誕生日、7月15日。暦は?」

 

「11月11日……」

 

スパロボ・シリーズで有名な寺田貴信プロデューサーと同じ誕生日だ。

 

「暦、何か言い分は?」

 

「ないよ」

 

誕生日は努力じゃどうにもならない。

 

「よろしい。というわけで善は急げ。暦、放課後予定を空けときなさい」

 

「一応、聞いておくが……なんで?」

 

ふふん♪と育は楽しげに、

 

「早速、バイク買いに行くに決まってるでしょ?」

 

やっぱりか。

思い立ったら吉日、フットワークの軽さも育の持ち味だからな。

 

「それと羽川さんもよ?」

 

「えっ? だって私、オートバイとかは詳しくないよ? 一般常識程度の知識しかないし、そもそも免許持ってないし」

 

「あのね~」

 

育は羽川の顔を見ながら嘆息して、

 

「暦が乗せたがってるのって他の誰でもない羽川さん、貴女なのよ? 肝心の貴女が来なくてどうすんの」

 

「えっと……うん。わかった」

 

もじもじする羽川が妙に可愛いぞっと。

育はそのリアクションに満足したように僕にウインクして、

 

「もっとも……暦が羽川さんを乗せたいのはバイクだけなのか、ベッドの上もなのかは知らないけどネ♪」

 

ヲイ!

よりによって教室でなんてこと言いやがる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
もう新シリーズ第1話から肩透かし、既に扱いが”名ばかりヒロイン”なエピソードはいかがだったでしょうか?(汗

実はガハラさんの名前すら出てこない罠(汗
というか、このエピソード自体が『ゴールデンウィークと普段を接続する()()』扱いなんですよね。
とはいえ、無意味なエピソードというわけではなく、一応は伏線が入ってたりします。
例えば育とガハラさんって一年のときはクラスメートでしたしね?

それより、平行世界(げんさく)のおける「老倉失脚」のイベントであり、「阿良々木暦の”人間強度が下がる”という信念」の大本となった『一年のときの学級会イベント』の消失が一番、記載ウエイトが大きいのかもしれません。
なんせ、【人間強度が下がらなかった話】ってシリーズタイトルの根本の一つですから(^^

ちなみに育の誕生日は資料がなかったので”例の学級会”のあった日付、7月15日としてみました。

次回はいよいよエピソード・ヒロインが満を持して登場?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!

もしご感想いただければ、とても執筆の励みになります。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。