人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。
今回のエピソードは……ようやく名前を入れられた”黒猫語 つばさヒロイン”のラストエピソードになります。

全てが決着ついたわけでもなく、遣り残したことも、謎のままのこともあるでしょう。
でも、羽川翼という”()()()()()()()()()”の物語は、一先ず終りを迎えます。

無理なく笑えるようになった二人の姿を楽しんでいただければ、本当に幸いです。




[END] ”英雄語”

 

 

 

さて、今回のオチ……というより顛末。

 

「阿良々木くーん!」

 

「羽川」

 

5月4日の昼、ゴールデンウィークの真っ只中。

僕はまた羽川をデートに誘った。

待ち合わせは、前の突発デート、僕が羽川に電話しようかどうしようか迷ってたあの場所だ。

もちろん、今日はまっとうなデート……になる予定なんだけど、

 

「えいっ♪」

 

僕の腕に絡みつく羽川は、無邪気でとても可愛くて……眩しかった。

 

「羽川……その、言いにくいんだけどさ、」

 

「なに?」

 

「当たってるんだけど」

 

柔らかくて、それでいてぽよんと弾力のある二つの膨らみが。

 

「当ててるんだよ♪」

 

言い切られてしまった。

眼鏡に綺麗な()()()()()()()()()……ビジュアル・アイコンはゴールデンウィーク前の羽川のまんまだったけど、その屈託のない笑顔はやっぱり前と違っていて……これが本当の羽川の笑顔なんだなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いきなり羽川の首筋に噛み付いた”彼女”、吸血鬼幼女こと元キスショットだったけど……どうやら別に危害を加えるつもりはなかったらしくて、

 

「「ええっ!?」」

 

噛み付いてすぐ、僕と羽川が見てる前で怪異化していた羽川の純白の髪が、どんどん元の綺麗な黒絹色に戻っていったのだから。

 

”ちゅぱ♪”

 

唇を羽川から離して、そこそこ満足そうに口元を拭うと”彼女”はトコトコと離れ、いつの間にか来ていた忍野に紙片を渡していた。

多分、衰えたとはいえまだまだ侮りがたい吸血鬼パワーで瞬間精製したんだろうけど……

 

「えっ? これを読むの? ボクがかい?」

 

”こくこく”

 

「ヤレヤレ。まいったな……コホン」

 

忍野は苦笑交じりで咳払いしたあと、

 

「吸血鬼ちゃんからのメッセージだ。『双方とも大儀であった。座興としては中々楽しめたぞい。我が眷族にして同時に()()の実力も確認できたし、褒美を取らそうと思う』」

 

忍野は一度言葉を区切り、

 

「『”猫娘”の容姿を変貌させていたのは、”()()()()()()”の残滓に過ぎん。儂はそれを喰らってやることにした。だけど努々忘れるでない。儂が喰らうのは猫娘を怪異たらしめてた()姿()()()()じゃ。そなたが怪異として過ごした時間も記憶も喰うてはやらん。それは猫娘、そなた自身が背負うものじゃからのう』……だってさ」

 

なぜか”彼女”は、ドヤ顔でふんぞり返っていた。うん。可愛い可愛い。

対して忍野はニヤニヤ笑いながら神妙な面持ちの羽川に、

 

「ボクが一番言いたいことはもう言われちゃったみたいだけどさ……委員長ちゃん、わかってるとは思うけど、人を襲う行動そのものは怪異としての君がしでかしたことだし、怪異としてはある意味、正しい姿だ。それをボクは責めるつもりないし、怪異から人に戻った君を裁く法はない。人の姿の君が人を襲えば傷害罪は成立するけど、怪異が人を襲えばただの怪異譚……御伽噺(おとぎばなし)さ。でもさ、」

 

スッと忍野は目を細め、

 

「でも、人の姿に()()()()()()()以上、君は忘れることを許されない。怪異に魅入られたことも、身を委ねたことも、怪異として人を襲ったこともだ。怪異の罪は人の法で裁けないからこそ、君は自分を断罪しなければならない」

 

「私自身の……断罪」

 

「吸血鬼ちゃんが言いたいのはそういうことさ」

 

ぽんぽんと”彼女”の頭を撫でる忍野だが、”彼女”は嫌そうな顔をして乱暴に払いのけた。

忍野は再び苦笑して、

 

「人として、『()()()()()()()』を覚え続けること……まあ、そんなところさ。もしかしたら、委員長ちゃんは一生、罪の意識に苛まれるかもしれない。その重さに押しつぶされそうになるかもしれない。だけど、それでも君が背負わねばならないものだ」

 

「……はいっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「大丈夫さ、羽川」

 

僕は羽川の手を握った。

 

「一人で背負いきれないなら、僕が半分背負うよ。僕はそう決めたから」

 

そう、羽川と一緒にいることを。

 

「阿良々木君……ありがとう」

 

見詰め合う羽川と僕……だけど、

 

”くいくい”

 

ふと袖を引っ張る感触が……

 

”ふんす!”

 

そこには、『さあ、思う存分ほめるがよい!』と言いたげな金髪幼女(吸血鬼)の”彼女”がいて、

 

「ありがとう。羽川に人間としての営みを()()()()()くれて」

 

僕はそっと柔らかい金色の髪を撫でた。

 

”♪”

 

「本当にありがとう」

 

羽川のお礼に”彼女”は一瞬だけ複雑そうな顔をしたけど、

 

”ふるふる”

 

「気にするな……ってことかな?」

 

”こくん”

 

そして、欠伸を一つ突くとそのまま部屋の隅に行って……どうやらそのまま寝入ってしまったようだ。

 

「どうやら吸血鬼ちゃんもお眠の時間みたいだね? 阿良々木君も委員長ちゃんももう帰ったほうがいい」

 

忍野は廃ビルの壁の割れ目から見える闇の濃度を薄めた空を見やって、

 

「そろそろ夜明けだ」

 

 

 

「ああ。そうだな」

 

僕は同意し、

 

「はい」

 

羽川も同じく返した。

だけど、

 

「あの忍野さん……帰る前に一つだけ質問、いいですか?」

 

「なんだい?」

 

「”ブラック羽川”って……なんです?」

 

「委員長ちゃん、それはね……」

 

 

 

そして忍野はいつもの調子で講釈を始める。

おそらくそれは、この世で最も新しい怪異譚……生まれて泡沫(うたかた)のように消えた「猫の怪異の物語」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

 

5月3日は、流石に骨休み。

家に帰ると僕は爆睡し、午前中一杯寝ていた。

心配してくれたのだろう。

いつの間にか下着姿の火憐ちゃんと月火ちゃんがベッドに潜り込んでいたけど、僕は二人の頭を一撫でしてそのまま寝続けた。

いつものことだし気にすることはない。

 

そして昨日の夜……時系列的には5月2日の夜から5月3日の早朝にかけて音信不通になっていたことを二人に咎められ、「詳細は聞かない代わりに一緒にお風呂に入って、体の()()まで洗うこと」と交換条件を出された。

無論、僕としては断る理由がないので受諾した。

あの夜の出来事を話すわけにはいかない……というか説明できないので、それで納得するならってわけだ。

 

風呂から上がるとき、二人ともぐったりしていたけど……あれだけハシャいだんだ。そりゃあ逆上(のぼ)せもするだろう。

そういうことにしておいて欲しい。

 

そして、ぐったりしたままの裸の二人をタオルで拭いて僕の部屋へ。

いや、本当は自分達の部屋にエスコートしようとしたんだけど、

 

『お兄ちゃぁん。月火と一緒に寝よぉ』

 

『兄ちゃん……火憐と一緒に寝てぇ……』

 

って意識があるのかないのかわからないような潤んだ瞳と、うわ言のような弱弱しい声で懇願されたら、流石に断れない。

 

 

 

***

 

 

 

ともかく妹達を部屋に運んだ後、羽川に電話して……まあ、こうしてデートの約束を取り付けたわけだった。

 

「うふふ♪ 阿良々木君、本日の予定は?」

 

「羽川はなんかリクエストある?」

 

「阿良々木君の行きたいとこでいいよ? だって、」

 

羽川はクスッと笑って、

 

「阿良々木君のこと、もっと知りたいから」

 

「やられた……反則だよ、羽川」

 

「? 何が?」

 

顔が赤くなってるのが自分でもわかった。

 

「不意打ちだよ。まったく……知ってるか? 吸血鬼にとって太陽は弱点なんだぜ? そんな眩しく笑われたら、僕なんて瞬殺だよ」

 

「だったら、嬉しいな♪」

 

 

 

とりあえず僕達は、海辺の公園に向かった。

あの日のやり直しなんて芸がないけど、でも最初のデートとは一つだけ違っていたことがある。

 

だって僕の手にマウンテンバイクはなく、代わりにその手はしっかりと羽川の手と繋がれていたのだから。

 

 

 

初夏の心地よい海風を浴びながら歩いていると、ふと羽川は真顔になって、

 

「やっぱり阿良々木君が、”()()()()()()”だったんだね?」

 

「ん?」

 

「ずっと待ってたんだ……いつかヒーローが現れて、私を助けてくれるって」

 

「羽川って、もしかしてけっこうロマンチスト?」

 

「……いじわる」

 

拗ねたようにそっぽを向く羽川がなんだか妙に幼く見えた。

 

「羽川、残念だけど僕はヒーローになんてなれないよ」

 

「えっ?」

 

ちょっと驚いたような顔をする羽川に、

 

「だってヒーローは”()()()()()”だろ? 僕に正義なんてないから」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

僕は躊躇いなく頷いた。

 

「そうだな……例えば、僕が守りたい誰かがいるとするだろ?」

 

「うん」

 

「だけど、その守るための手段が世間一般でいう”正義”に該当しない、正しくない方法だとしても、僕は守ることを優先する。僕はそのために正義じゃなくてもかまわない。悪と罵られても甘んじて受けるよ」

 

だからさ、羽川……

 

「羽川には申し訳ないけど、さ……守りたい何かがあるならば、それを守りきることが”()()()()”ってことなんだ。そのための手段は問わないし、その手段に善悪云々は関係ないし求めたりもしない。全ては僕のエゴだ……こんな奴がヒーローなわけないだろ?」

 

「”()()()()()()()”」

 

「んんっ?」

 

「きっと、阿良々木君は”ダークヒーロー”なんだよ。正義なき英雄、栄光なき英雄ってやつだね?」

 

「僕がそんな大層なもんかな?」

 

「うんっ! 例え正義じゃなくても、例え()()()()()手段だとしても、阿良々木君は確かに私を救ってくれたもんっ!!」

 

そうなのかな?

でも、ヒーローって言われるよりはきっとずっといい。

 

それに羽川が「()()()()()()()()()」ってことが言える……それがとても貴重に思えた。

 

「それにね……私、結構悪役とかも好きなんだよ? ビックリマンなら魔肖ネロとか好きだったなぁ~」

 

それはまた意外だな。

羽川ならヘッドロココあたりかと思ってた。

 

「阿良々木君」

 

「なに?」

 

「これからもずっと、”()()ダークヒーロー”でいてくれますか?」

 

「僕がダークヒーローの器かどうかなんて判らないけど……」

 

そんな器じゃないかもしれないけど、僕は繋いだ手に少しだけ力を入れた。

 

「”()()()()()”のためならば、そうでありたいと思う」

 

「大好き大好き大好き!!」

 

 

 

***

 

 

 

僕は繋いでない方の、空いた手で羽川の柔らかい髪を撫でた。

 

「阿良々木君……私、ずっとね」

 

「うん?」

 

「ずっと誰かにこうやって、優しく頭を撫でて欲しかったんだぁ……」

 

「そっか……僕でよければいくらだって撫でるさ」

 

そんなささやかな羽川の願いだったら、僕はいつだって叶えたい。

 

「うんっ! 阿良々木君じゃないと嫌だよっ♪」

 

「羽川」

 

「なぁに?」

 

「好きだよ」

 

「にゃっ!?」

 

 

 

さて、今日のデートはどこへ行こうか?

いや、きっと場所ではなくて誰とってことが重要なんだろう。

 

羽川と一緒ならどこにいたって僕は楽しくて、何より嬉しいのだから。

 

5月4日、晴天……絶好のデート日和。

そう、僕達のゴールデンウィークはこれからが本番だ。

 

少し違う目線でも、少し違う歩幅でも同じ道を一緒に歩いていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、長らくご愛読本当にありがとうございました!
”つばさヒロイン”の本編と呼べる物語は、このエピソードをもって終了します。

羽川翼は、人の姿に戻れたものの「怪異として人を襲った」という記憶を持ったままこれからも生きていきます。
一片の記憶の欠落もなく。

辛い記憶を忘れることが出来ないというのは苦しいことかもしれませんが、でも苦しいことだけじゃないはずです。
羽川翼には、辛い記憶と同時に阿良々木暦と確かに()()()()という記憶が残り、幸せな想いがあり、だからこそ欲しかった絆が結べたのですから……

そしてこの二人はきっと、平行世界(げんさく)と違う苦しみと喜びを感じながら生きていくことでしょう。

羽川翼の物語は一先ず幕を引きますが、もう1話だけ『後書き=蛇足』みたいなものを投降します。
もっとも、本当にこれは蛇足以外に何物でもないのですが(^^

というわけで、ここで改めて最後まで読んでくださった皆様に心よりのお礼を。

長らくご愛読、本当にありがとうございました!!






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