今回のエピソードは……再び忍野と”彼女”の再登場です。
あの学習塾跡で一体何が話し合われるのか……?
5月2日の放課後、僕こと阿良々木暦は家に戻り制服より「戦闘向き」の服に着替え、マウンテンバイクを飛ばして吉野家とミスタードーナッツによった。
無論、牛丼(大盛。味噌汁、お新香つき)は忍野に、ドーナッツは”彼女”への差し入れだ。
「ほい。お土産」
「♪」
僕からドーナッツボックスを受け取ると、途端に抱えて花がほころぶような笑顔を浮かべる”彼女”……
かつての「”怪異の王”の
正直、それだけで思わず癒されそうになる僕がいる。
”くいくい”
僕の服の裾を引っ張る吸血幼女。
そして僕の太腿をぽむぽむと叩く。
「んー……もしかして、また僕の膝の上に座りたいのかな?」
”こくこく”
妙に座り心地が気に入られてしまったなあ。
「これから忍野と話をするんだけど……それでもいい?」
”こく”
しかし、肝心の忍野はどこに行ったんだ?
この廃ビルにくれば無条件でエンカウントできると思ったんだけど……目論見が甘かったか?
(そういえば、羽川と断続的にバトってたんだったっけ……)
もしかしたら現在進行形で交戦中って可能性がある事を失念していた。
「忍野が見当たらないんだけど……どこにいるか知ってる?」
すると”彼女”は上を指差した。
上階にいるのだろう。
よかった。どうやら待ちぼうけは食わずに済みそうだ。
”すっ”
すると”彼女”は両腕を広げて通せんぼするように立っていた。
でも、視線と雰囲気からして邪魔をするって感じじゃない。
「もしかして抱っこ?」
”こくこく”
「りょーかい」
「♪」
大事そうにドーナッツボックスを抱える”彼女”を、お姫様抱っこしながら階段を上がる僕という見ようによってはシュールなシチュエーションがここに完成した。
***
「やあ、阿良々木君。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
そう言いながら、机を寄せ集めて作ったらしい簡易ベッドから忍野は上半身を起き上がらせた。
「ああ、忍野。先ずは差し入れだ」
と吸血幼女を抱えたまま僕は机の上に差し入れを置いた。
「牛丼かい? こりゃありがたい。味噌汁に漬物までついてるとはサービスいいね?」
忍野は体に巻いていたなにやらお経だか梵字だかが描かれた包帯を外しながら、
「霊験あらたかな包帯のお陰でダメージはなんとかなったけど、腹の虫だけではどうにもならなくてね」
といつものように軽薄に笑う。
「とりあえず温かいうちにそれ食えよ。話はそれからでいい」
「そうかい? なら遠慮なく。いただきまーす」
”くいくい”
と再び”彼女”が裾を引っ張る感覚。
「あっ、うん。わかったよ」
僕が床に胡坐をかくと、
「♪」
”ちょこん”と擬音が付きそうな感じに吸血幼女が座った。
”あーん”
と口を開けて待ってる”彼女”。
「もしかして、また食べさせて欲しいの?」
”こくん”
「いいよ」
”ぱくっ”
と僕が差し出したゴールデンチョコレートにかぶりつく”彼女”の頭を開いた手でなるべく優しく撫でる。
「♪」
「もう餌付けしたのかい? 見事な手際だよ。吸血鬼ちゃん、すっかり阿良々木君に懐いちゃったねえ」
僕は想いきり溜息を突いた。
「忍野、女の子相手に餌付けとか言わない。それと”彼女”と僕は比喩でなく運命共同体だ。例え僕が”彼女”にしたことが許されないことだとしても、僕は別に険悪になりたいわけじゃないし、できることなら仲良くしたい」
「……阿良々木君、君は怪異に殺されるより、女の子に刺される可能性の方がよっぽど高いんじゃないのかい?」
「なんでそうなるんだよ?」
***
「それにしても忍野、派手にやられたみたいだな?」
二人が食事を終えた後、僕はまず軽く会話のジャブを放つ。
「なんでも20連敗したんだって?」
「はっはー。よく知ってるじゃないか? 今はもうちょっと連敗記録を伸ばしてるんだけどね」
「
「なるほどなるほど。阿良々木君は”障り猫”とまた接触したのかい?」
「というか向こうからわざわざ教室に来たよ」
「そりゃまた大胆だねえ。いや、黒下着で街をうろうろしてるって時点で既に大胆なんだけどさ」
「『
羽川ならそれに応えてくれることを期待して。
「阿良々木君は”
スッと目を細める忍野……
言うならば「見る目」から「狙う目」に切り替えたということだろう。
「前に言ったろ?
「【ブラック羽川】ってのはどうだい?」
「あん?」
忍野はいきなり何を言い出したんだ?
「あの”新しい怪異”の名前さ。名無しじゃ不便だろ?」
「忍野……もしかしてネーミングセンスないって言われたことないか?」
「はっはー。阿良々木君は手厳しいなぁ」
まあ、でもいいか。【ブラック委員長】とか別の意味になりそうな名を言われるよりマシだろう。
それに確かに名称は統一するにこしたことはない。
「じゃあ”怪異化した羽川”は”ブラック羽川”ってことでいいや。じゃあ聞くけど……忍野はブラック羽川に何故負けた?」
「聞きにくいことを単刀直入に聞いてくるねえ」
「これでも剣士崩れでね。短刀の扱いには慣れてるさ」
「元気が良いなぁ、何かいいことでもあったのかい?」
「いいことなんていつでもあるさ。まず生きてるのがいい。少なくても死んでない証拠になる」
「はっはー。そりゃ違いない」
「なあ、忍野……お前が羽川をなるべくダメージのない方法で対処しようとしたのも、殺す気なら普通に勝てるのも察しが付く。だからその上で聞いてるんだ」
「阿良々木君は、どうしてボクが負け続けたと思う?」
なんだ?
試す気か?
「そうじゃないよ。答え合わせをしようと思ってさ」
「……今はそれで納得してやる。おそらく、『羽川を殺さない程度の威力』の古式ゆかしい対怪異用の手法が、方法が通じなかった……その悉くが”
「驚いたな……正解だよ。専門家ばりの専門知識で、悉くが跳ね返されたよ。本当にあの娘はなんでも知っている」
「羽川だからな……そのくらいじゃ驚かないさ。むしろ出来て当然とさえ思えるよ」
「ふ~ん……阿良々木君は、まるで最初からボクが負けることがわかってたみたいな口ぶりだね?」
何故か楽しそうに見える忍野に、
「ああ。こうなる可能性は低くはないと思っていた」
「なぜ?」
「この前言った通りさ。ブラック羽川は
「なるほどね……確かに強化された肉体を共有してるより、むしろ知識や記憶を共有してることが厄介だ。なあ、阿良々木君……本来なら”障り猫”は雑魚だ。それこそ吸血鬼と比べること自体が不遜なほど低級な怪異だ」
「本人もそう言っていたっけ」
僕は教室での会話を思い出す。
「だけど、委員長ちゃんの記憶や知識が加わることにより、その存在力はありえないほどの引き上げられてる。底上げされている。それこそ吸血鬼に匹敵するほどにね」
忍野は苦笑して、
「まさに強敵……いや、むしろ無敵って言うべきかな? あの人を襲うときの手際のよさ一つとっても半端じゃない」
「だろうな」
羽川ならさもありなんだ。
「ったく……戦術や戦略を駆使して人を襲う怪異なんて聞いたことないぜ。ただでさえ猫耳女子校生の下着姿なんて目の毒。それがチラついて戦いになりゃしねぇってのに……」
火の点いてないタバコをくねらせながら、
「こんなしょぼくれたオッサンのなけなしの精力を吸い取るなよなぁ」
***
「そういえば阿良々木君は、”障り猫”の出てくる奇譚ってのを知ってるかい?」
「いいや。そもそも名前を聞いたのすらこの間の忍野の話が初めてだよ」
「だろうねえ。それほどメジャーな話じゃないからさ」
そう言って忍野は話し出した。
昔々、ある善良な男が道端で死んだ猫を哀れに思い埋葬した。
だが、その日の夜からその男の迷惑極まりない奇行が始まる。
埋めた猫に憑かれたと思った村人達は、たまらずに祈祷師に願ってお祓いをするのだが……
「だけどここからがびっくりオチというか不条理オチと言うか……結局、男には猫なんて憑いていなかったのさ」
忍野はしたり顔で続ける。
「こいつはね阿良々木君、いささか教訓じみた話なんだよ。結局、善意だの善行だのってのは表面の上っ面、下手すりゃ更にその上澄みってだけで人間の本性なんて一皮剥けば……って奴だな」
「今更の話だろ? それ」
「まあ、そうなんだけどね。しかし人間って生物は善って仮面を被りたがる生物でさ」
「”障り猫”は、その因子を反転させたもの……”仮面を無理やりにでも
そう考えれば納得がいくことは多い。
「そりゃ障られた、憑かれた人間は不幸のどん底になるだろうさ。人間の本性なんて見れたもんじゃないからな。それを衆目に晒されれば、”社会的な死”なんて簡単だろう」
特に村なんて小さなコミュニティじゃあっという間だろう。
「だけどね阿良々木君……それでも仮面は所詮仮面なんだよ。
「今回は例外だろ?」
「ああ。そうだ」
忍野は頷き、
「どういうわけかほとんど障り猫と委員長ちゃんは一体化しちまってる。本来なら仮面の猫が本体なら、一体化というより同化かな? しかも怪異化しかけてるような変体刀まで持ってるとなれば、ますます無敵っぷりに磨きがかかるって寸法さ」
へらへらと笑う忍野だったが……
「忍野、心配はいらないさ。最悪でも猫が……仮面が素顔に置き換わるなんてことは
「ほう? どうしてそう思うんだい?」
「忍野……いい加減にしろよ」
自分の声が低くなるのが自分でもわかった。
「お前はなんで”
皆様、ご愛読ありがとうございました。
何気に忍ちゃんが原作以上にデレまくってるエピソードはいかがだったでしょうか?
果たして出される結論とは?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!