今回のエピソードは、個人的にも猫物語(黒)のあのシーンです♪
ゴールデンウィークとはいえ直江津高校の休日はカレンダー通り、つまり5月1日と2日は普通に学校がある。
そして、優等生の羽川が姿を現さない……無断欠席したことで、生徒だけでなく教師までざわついていた。
実際、「誰か事情を知ってるものはいないか?」と生徒に聞きまわる始末で、その姿はむしろ滑稽でさえあった。
「あれ? 暦、帯刀してるなんて珍しいわね?」
そう声をかけてきたのは、銀色のツインテールが眩しい我が幼馴染の老倉育だ。
どうやら無事に渓流釣りから戻ってきたらしい。
「まあね」
「……もしかして例の”化け猫”対策?」
声を絞って尋ねてくる育。
おそらく「護身用に帯刀してるのか?」って意味だと思うけど、
「そんなとこだよ」
まさか怪異に魅入られた羽川との勝負……のようなものをするためとは言えず、僕はお茶を濁した。
少なくとも大きな意味では嘘はついてない……はずだ。
「育も知ってるってことは……”化け猫”の話、随分と広がってる?」
「そりゃもう! 目撃情報を含めて今、その話題で学校中が持ちきりよ?」
さすが羽川。怪異になろうがなんだろうが、その行動力や能力は人間だったとき同様に規格外だなっと。
「羽川さんも化け猫に襲われたんじゃないかって言われてるわ。暦、アンタは何か知らないの?」
「それが連絡つかずだよ。今頃、どこにいるんだか……」
これは本音だ。
羽川の居場所なんてむしろ僕が聞きたいぐらいさ。
「ともかく暦も気をつけなさいよ? あと火憐や月火にもくれぐれも軽率な行動を取らないように釘を刺しておきなさい。あの鉄火場姉妹は今にも『化け猫をモンハンしちゃる!』とか言い出しそうで怖いわ」
鉄火場姉妹とは上手いこと言うな。
それに、
「育」
「ん?」
「心配してくれて、ありがとう」
「……ばか。家族なんだから当たり前でしょ?」
育は阿良々木家を出て独立してもやっぱり家族の一員として心配してくれるんだなーと思うと、なんだか嬉しくなってしまった。
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さて、時は移り5月2日の放課後。
昨日は何事もなく……つまり羽川に会うこともなく、普通に過ぎた。
そして僕、阿良々木暦は羽川翼の残り香を感じるように机に座り突っ伏していた。
「ここに羽川の立派なお胸様がいつも押し付けられてるわけか……」
一瞬、机を舐めたい衝動にかられたがそれはどうに押さえ込む。
どうせ舐めるなら本物を舐めたい。
「羽川……どこにいるんだよ? 声が聞きたいよ……会いたいよ……」
誰も聞いてないんだ。
たまにはこのぐらいの弱音吐いていいよな?
「呼んだかニャ?」
「!?」
いきなり聞こえる声……
声の方へ視線を向ければ、教壇の上で黒下着姿で妙に扇情的なポーズを取る怪異化羽川がいたのだった。
「ニャハハハ♪ 残念だったニャ? ご主人は俺の中でねんねしてるニャ」
「いや、無事でよかった……まあ、この表現が適切かどうかはわからないけどさ」
ホント、忍野とバトってよくぞ無事で済んでる物だ。
僕だってアイツとはまともに戦いたくないのに。
「あんま適切でない気がするニャ。ところでニンゲン、随分とまいってるみたいにゃけど、ご主人に会えないのがそんなに辛かったのかニャ?」
「当たり前だろ? 今にも禁断症状が出そうだ」
「ニャハハ♪ それを聞いたらご主人もきっと喜ぶニャ」
「そうか? なら光栄だ」
すると猫……羽川は僕の左腰を見て、
「うん? お前、今度はまともな刀を用意したのかニャ?」
「まあな。お前と本気で”
「ふふん♪ いい心がけニャ♪」
う~ん……この際だから聞いておくか?
「なあ……猫」
「なんニャ?」
「なんで見境なく人を襲うんだ? 僕が聞いた話じゃ、お前はそういう怪異じゃないと思うんだが?」
「ニャハハハ! ニンゲン、お前はそんなこともわからニャいのか?」
「皆目見当もつかないね」
「ストレスの発散ニャ♪」
「ストレス? 一般的な意味でのストレスでいいのか?」
「それで間違ってニャいニャ」
うんうんと頷く羽川は、
「お前、ご主人の家を見たんにゃろ? 猫はこれでも意外と鼻が効くニャ」
「ああ。あのドラマのセットみたいな生活感の乏しい家なら、な」
「15年間……あんニャ家で暮らしていたご主人のストレス、想像はつかないかニャ?」
「想像が付くと言えば嘘になるな。生憎、僕はあんなストレスフルな環境で育った経験はないから」
ある意味、僕が育ったのはその対極の環境だ。
「簡単に言えば……地球に匹敵するストレスになるニャ」
「そりゃま壮大なスケールだな」
「それを俺は晴らしてやってるニャ。罪の無い市民にイタズラを働くことによって……要するに憂さ晴らしニャんだよ、ニンゲン。ピンポンダッシュや壁に落書きなんかと同じニャ」
「またなんでそんな面倒なことを?」
「俺はその方法しか知らニャいからな。それに悪事って楽しいニャろ?」
「それについては否定しない。だから人間だって善行より悪行の方に手を染めがちだ。悪事の方が楽しいし楽だ。本来、人間なんてのは無理をしなければ善行なんて出来ない。だからそれを行えば”徳がある”とか”尊い”って呼ばれるんだけどさ……」
それを呼吸するようにできるのが羽川翼という少女だった。
***
それにしても……
「猫、お前が人を襲う理由はわかったが……それじゃあ答えになってないぜ?」
「ん? どういう意味ニャ?」
「お前が人を襲う理由=羽川のストレス発散。それはわかった。だけど、お前は本来助けてくれた人間の好意や同情心に付け込み、悪事を働く怪異のはずだろ? 触った人間に
これが疑問であり、疑念だ。
僕は凡そ”怪異化羽川”の正体は察しているが、確認だけはしておきたい。
「キャラ崩壊……いや、それとも設定崩壊の方かニャ?」
「よくわからんことを……もう少し噛み砕いて説明してくれ」
「らしくねーことをしてるって自覚くらいあるニャ。でも、ま、ご主人がイレギュラーすぎるのが悪いんだニャ」
うんうんとまた自分で納得して頷く羽川。
「ニャあ、ニンゲン……お前、さっき俺が『人の好意や同情心に漬け込んで悪さする怪異』って言ったよニャ?」
「ああ」
「ニャけどさ……実は俺が本来ならご主人に取り憑けるわけはニャかった……文字通り『取り付く島がニャかった』って言ったら信じるか?」
「信じるも信じないも……情況がよくわからないな」
「ご主人は俺を埋めるとき、一切の同情なんてしてニャかったニャ。まるで無感情に……可哀想なんて感情は欠片もニャく、まるで『死んでいた猫を見たら、拾い埋める』ことがプログラミングされていた機械みたいに、ルーチンワークとして俺を埋めたのニャ」
「その根底にあるのは?」
「『それは正しいこと』だからニャよ、ニンゲン。俺はご主人に憑いてる。脳髄に憑依してる。だから判る。ご主人は『普通ならそうする』と思ったからそうしただけニャ。善意も悪意もニャい。『普通の女の子でありたい』から俺を埋めたのニャ」
「羽川らしいって言えば羽川らしい話だ。あいつの頭の中では万事が万事”普通=善”って図式が成り立ってるんだな」
「数々の弔いをされてきた俺にもそれは珍しくてニャ。キャラ設定にはなくても、つい何とかしてやろうと思ったってわけニャ」
思わず頬が緩みそうになる。
「随分と優しくて
「フン。ただの気まぐれニャ。猫っぽいニャろ?」
「そうかな?」
むしろ”
「それに俺はご主人に全く感謝してニャいわけじゃニャいんだぜ?」
「他に理由があるのか?」
「さっきも言ったろ、ニンゲン? 俺はご主人の脳髄を乗っ取ってるんだぜ? ご主人の記憶を手に入れて、俺は圧倒的な存在力を得たのさ。そう”専門家”を圧倒できるほどにニャ!」
そういや、その話もあったな。
「猫、お前、そういえば忍野と戦ったんだったな?」
「ああ。足掛け20回ばかりニャ。そうだ、ニンゲン」
”シュタ”
僕の机、正確には僕の座る羽川の机にふわりと飛び乗ってくる羽川……
「あのアロハのおっさんに伝えとけ。こっちはご主人の知り合いみたいだからって手加減してやってるんだ。猫のイタズラくらい大目に見ろってニャ」
「手加減? 忍野にか?」
「そうニャ。俺は本当なら下っ端の下っ端、怪異としては雑魚もいいとこの怪異ニャんだけどニャ……ご主人の知識を得たことにより、本来なら手も足も出ない上等な怪異、”吸血鬼”とだって戦えるようになったニャ」
”吸血鬼”ってのはきっと僕のことだろう。
「だからあんな野郎は、殺ろうと思えば一回目で殺れてるってことニャ」
「プッ……あはははははっ!」
僕は思わず腹から笑う。
「ニャにが可笑しい?」
「可笑しいに決まってる」
僕はスッと目を細め、
「猫、あんまり驕るなよ?」
「ニャ?」
「猫だからってあんま忍野をナメんな? 最初から『
ここだけは訂正しておかないとな。
本気で勘違いしてるなら、一歩間違えれば
「ああ見えて忍野は、『怪異に憑かれた不運な委員長』を助けるつもりなんだよ。そいつを忘れんな……!」
忍野は最上級クラスの吸血鬼、伝説の”怪異の王”から本人に気付かれないまま心臓を抜き取れるような規格外の奴なんだからな。
***
「だったら余計にニャ。ご主人を助けたいのニャらこのまま放置するのがベスト。あと500人も襲えば、溜まりに溜まったストレスも消える。同時に俺も消えるニャ。動物虐待で訴えられたくなけりゃ何もすんニャって」
「アホぬかせ」
まったく……忍野にそんなこと言えるわけないだろうが。
「とはいえ、
僕は徐に席を立つ。
「どこに行く気ニャ?」
「決まってる」
嗚呼……思わず笑みが零れそうだよ、羽川。
「忍野を顔見がてらにからかってくるのさ。手土産でももって」
そのまま教室を出ようとした僕は猫に振り返り、
「猫、覚悟しておけ? 今夜から僕が相手だ」
「にゃっ!? お前、俺と関わる気なのかニャ!? 障られるニャ! 祟られるニャ!」
「上等だよ」
僕は帯剣ベルトで左腰に下げた贋作【千刀”剱”】の朱鞘を軽く叩き、
「そのための”
羽川に触られる、あるいは障られるなら本望だ。
「顔が見えず声が聞こえないぐらいだったら、そっちの方がずっとマシさ」
唖然とする羽川を残して、今度こそ僕は教室を出た。
皆様、ご愛読ありがとうございました。
アニメでも印象的だった教室のシーンはいかがだったでしょうか?
実はシーンの順番を入れ替え、「忍野に再び会いに行く」の前に「教室でブラック羽川とエンカウントする」を挿入してみました。
”この作品”の阿良々木君は、「忍野の
そして、原作では「羽川に触れられず、去り行くそのまま手をこまねいてるしかなかった」シーンが、「積極的に関わることを宣言し、逆に羽川を教室に残した」というエンドに変わってます。
それは果たしてどんな意味を持つのか……?
それにしても、今更ながらに”この世界”の阿良々木君は羽川のことが本当に好きなんだなっと。
そういえば台詞では”猫”と言いながら、行間では一貫して”羽川”と呼んでましたね~(棒
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!