人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
今回のエピソードはいつもと少し毛色が違っていて、阿良々木君が自分の内面と過去……体質や全刀流、【全刀”(さび)”】との関わりを振り返ります。

今まで断片的に出てきた、刀語要素と”この世界”の在り方について、もしかしたらある程度の回答になるかもしれません。




[016] ”錆暦語”

 

 

 

僕こと阿良々木暦は、ゴールデンウィーク初日の夜に怪異”障り猫”と化した羽川翼と、刃を突きつけあいながら対峙していた。

 

”障り猫”と化した……自分で言っておいてなんだが、どうにも違和感のある表現だ。

本質からずれてる感じがとてもする。

 

”障り猫”とは本質的には憑依系の物の怪(もののけ)であり、主人格を乗っ取り好き勝手に行動し、憑依した者を不幸のどん底へ突き落とす妖怪のはずだ。

 

だが、本当にどうにも違和感がある。

白い肌を目立たせるように黒い下着のみを肢体に纏い、雪よりなお白くまるで銀色に輝くようにも見える長い髪。

何より頭に生えた猫耳……まごうことなき異形の姿、猫の怪異であることをこれでもかと体現した姿である筈なのだが……

 

(要するに()()()()()()()()()んだよな……)

 

羽川のことを”ご主人”と呼ぶ……ということは今の羽川の体を操ってるのも、羽川の姿を怪異のそれに変えたのも”障り猫”の人格ということなのだろうけど……

 

(それじゃあ説明つかないことが多すぎるし)

 

細かい検証は後で”専門家(忍野)”と一緒にやるとしよう。

 

(今はこの情況を切り抜けるほうが先だ!)

 

障り猫と羽川がごっちゃになったような”謎の化け猫”の手には贋作【絶刀”鉋”】、俺の手には何の仕掛けも無い朱塗りの鞘……

笑ってしまうほどの戦力差だが、実は見た目ほど酷くはない。

 

長年磨き上げた技術でもなく能力でもなく、ただただ生まれ乍ら持つ”()()”……『棒状の物を全て刀剣として取り扱える』という中々にファンタジックな現象を僕は生み出すことが出来る。

 

【全刀”(さび)”】……僕の()()は本来ならば、そう呼ばれるべき()()()()だった。

 

 

 

***

 

 

 

かつて四季崎記紀(しきざき・きき)が打った刀の中で、もっとも完成度が高いと言われ、時の幕府に繁栄と滅亡の双方を齎すことができるといわれた十二振りの日本刀……それが”完成形変体刀”だ。

 

だが、それらを上回る変体刀が存在していたのだ。

それこそが【()()()変体刀】だった。

 

今更だけど、「変体刀」の語義を考察してみよう。

「変体」とは本体「普通や一般的なそれとは体裁が異なる」という意味で、即ち変体刀とは「一般的あるいは普通の刀と体裁の異なる刀」という意味だ。

だからこそ、特に変体刀の中には「刀の体裁をしてない刀」が多くある。

例えば月火ちゃんが愛用してる【炎刀”銃”】の贋作なんてその典型だろう。

 

そして「完成形」と「完了形」の違い……

「完成形」は「終り()に成る」という意味で「そのジャンルの変体刀の終着点。それ以上は研ぎ済ませられない地点」を意味してるみたいだ。

例えば四季崎記紀が「頑丈な刀」を作り続け、それ以上に頑丈さを向上できない……終着点の刀として生まれたのが、完成形変体刀の【絶刀”鉋”】というわけだ。

 

そして「完了形」とは「終り()()える」、同じ意味を重ねることにより意味を強調し、「変体刀全体の終りを告げる刀」という意味なのだった。

 

かつて……完了形に至れるとされていた二振りの刀があった。

一つは【全刀”(さび)”】、もう一つは【虚刀”(やすり)”】と呼ばれていた。

 

この二つはそもそも刀の体裁どころか武器の形すらしてなかった。

何を言いたいかと言えば……この完了形の候補とされた二本の刀はよりによって、「己自身を一振りの刀として鍛造し研鑽する、人間を叩き台とした()()()()」だったのだ。

 

つまり「武術”全刀流”」の人間は完了形変体刀【全刀”錆”】を生み出す土壌であり地金、同じく「武術”虚刀流”」の人間は完了形変体刀【虚刀”鑢”】を生み出す土壌であり地金というわけである。

 

 

 

先ずは先に虚刀流の……『完了形変体刀に至ることを許された刀』の話をしよう。

虚刀が完了形変体刀【虚刀”鑢”】に至った、完了したのは七代目当主の時代だったと言われている。

ちょうど尾張幕府八代目将軍”家鳴匡綱(やなり・まさつな)”の時代だ。

 

そしてもう一つ……完了形変体刀の候補とされながらも四季崎記紀自らに『失敗作』の烙印を押され、完了形に至ることを許されなかった流派であり、”刀の一族”……

それが全刀流であり、完了形変体刀【全刀”錆”】だった。

いや、厳密には完了には未だ一振りたりとも至っていないので、”不完了変体刀”あるいは”未完了変体刀”と評するべきだろう。

 

だが、”錆の一族(全刀流)”は例え失敗作の烙印を押されようと、完了には至れないと言われようと、完了に至ることを諦めてなかった。

それは野望であり野心であり、執着であり執心であり、無念であり残念であり、そして執念であり怨念だった。

 

 

 

おそらくは『本来は歴史に名が残る筈は無かった』、過去も現在もそしておそらく未来に至っても「人として最強の剣士()()()」とされる”錆黒鍵(さび・こっけん)”様の存在も大きかったのだろう。

蛇足ながら”錆黒鍵”の生死は、未だ不明とされている。

息子であるさとれる”錆白兵(さび・はくへい)”の死の記録は、「巌流島で虚刀流七代目との決闘に敗れ死亡」と草紙”刀語”をはじめ、当時の多くの記録に残っているのだけど、黒鍵については明確な死亡記録どころか大乱以降の消息すらも不明だった。

 

本来ならば数百年前の人物であり、死亡していて当たり前であるはずなのだが……信憑性は怪しいけど数少ない記述によれば「三十路を過ぎ、子さえなしていたのにその容姿は五歳児に満たない」とされていて、未だ生存説が囁かれてる始末だった。

 

一説によると「刀の怪異となって存在している」とも言われているけど……できればそれは都市伝説、街談巷説、道聴塗説以上のものであって欲しくは無いものだ。

 

というのもその昔、僕の()()のことを教えてくれ、力の使い方……『全刀流のなんたるか』を今でもよくわからない方法で伝授してくれた、曖昧な思い出の中の”あの娘”……

ついでに言えば、流されるままに()()()()をされてしまった……一般的な言い方をすれば、僕が精通するタイミングを見計らうように気が付いてたら童貞を奪っていた”あの娘”が、合法ロリの黒鍵様だったとは思いたくない。

 

ああ、わかってるさ。

きっと僕の発言は、間違いなくある種のフラグだろう。

 

 

 

***

 

 

 

そしてようやく僕の話に戻ってくるが、僕の家……阿良々木家もそんな”錆の一族”に縁のある家、傍流ではあるけど末裔の一つだった。

 

ただ、末裔と一口に行っても更に末端であり、未だ”全刀流”を()()()()として継承する者がいるらしい本家筋と呼ばれる家々と違って、阿良々木家と全刀流との関わりは薄い。というより血脈以上の繋がりは無い。

 

どう足掻いても刀、特に変体刀にまつわる因縁だけは免れず、両親も火憐ちゃんも月火ちゃんも贋作完成形変体刀の主……所有者だけど、それでも全刀流の技の使い手はいない。

というより阿良々木家には、全刀流の技は何一つ伝わってない。

だから火憐ちゃんはまるで虚刀流のように無手格闘がメインだし、月火ちゃんに至っては某”黒い珊瑚礁”のヒロインばりのトゥーハンド・ガンアクションやCQB、他に出所怪しい技を使ったりもする。

 

というか格闘家として食べていけそうな火憐ちゃんとちがって、月火ちゃんは色々な意味で将来が心配だ。お兄ちゃんとしてはロアナプラで全身武器庫のメイドとかと殺しあうような未来だけは、断固として阻止しなければ。

……一生養っていくことも視野に入れておくべきだろうか?

 

ともかく、本家筋の全刀流……とはいえ既に”錆”姓を名乗ってる家はないが、情報は知っていても交流が無いのが実情だった。

さらに言えば本流の本家筋から見れば、阿良々木家は枝分かれした傍流のさらに末端、分家ですらない。きっとその存在すら知らないだろう。

例えばその情報とて、僕が【全刀”錆”】の能力の一つとされる「丸めた紙だろうが割り箸だろうが棒状の物を全て刀として振るえる能力=”全刀化”」を、”()()として具現化させた”からこそ両親が調べただけだ。

 

 

 

記録によれば、僕のように「全刀化を体質として具現化させる事例」は、過去に数例報告されていた。

少なくても半世紀に一人、あるいは百年の一人くらいの割合で本流/傍流に関わらず、どんなに血が濃くても薄くても、そんなのおかまいなしに”錆の血筋”にランダムに出現するらしい。

 

僕に錆の一族や【全刀”錆”】のことを教えてくれた”あの娘”によれば、

 

『きっと無念と怨念が遺伝子にまで作用して力に結実したにゃん♪ 暦ちゃんは()()()()()になる資質に恵まれてたにゃん♪ だから暦ちゃんの遺伝子も採取するにゃん♪』

 

とのことだ。

というわけでその時の僕は何も出なくなるまで、出なくなれば回復するまで待たれて徹底的に搾り取られた。繰り返すが、精通したばかりだというのに。毎日毎日。

いや、快楽と快感に飲まれて夢中で自分から腰を振ってたような気もするけど……子供の頃の記憶だからだろうか? どうにも曖昧な部分が多すぎる。

 

仮に僕に変体刀ではなく、下半身的な意味で”()()()”の資質があるなら、間違いなく”あの娘”に鍛え上げられたものだろう。

 

あれ?

今にして思えば、なんか僕の人生ってある程度”あの娘”に決められてね?

まあ、いいか……特に後悔は無いし。

 

 

 

さて、体質として【全刀”錆”】を宿した”錆の血族”はどういうわけか、皆揃って”完了形変体刀”を目指す。それぞれアプローチの仕方は違っていたけど、目的地は同じだった。

これはもういっそ「血族的な悲願」というより「本能と衝動」と言ってしまったほうがいいかもしれない。

そして僕もそうだった。”あの娘”に習った……違うな。方法や手段はわからなくても「貰った」とはっきりいえる様々な剣技を、自分の全刀化体質との組み合わせて十全に発揮できるようにするために研鑽も積んだ。

 

そう……「春休みまで」は。

 

 

 

***

 

 

 

何度かほのめかしてるけど……春休み、僕はとある理由があって「吸血鬼の眷属」となり、また今も「人間とも吸血鬼(かいい)ともいえない”()()()”」だった。

 

だけど、【全刀”錆”】はその定義と概念を『人間を地金あるいは素体として刀として鍛え上げ、変体刀として完了させる』を骨子としていた・

 

考えようによっては怪異とは異なる意味での「人外への変化」と言えるが、だからこそ僕みたいな『人間と怪異の境界線を彷徨う者』が至れる場所でも至っていい場所でもない。

 

僕は本能的にそれを理解しているのだろう。

僕の中に、春休みまでは薄くても確かにあった『完了へと至りたい』という欲求も衝動も、今は綺麗に喪失していた。

研鑽は今でも続けてるけど、それは()()()()()()()()()()としてじゃない。

もしかしたら、ただの惰性なのかもしれない。

 

それに研鑽をどれほど積み重ねたとしても今の僕になれるとしたら、きっと半端な吸血鬼か半端な刀の怪異くらいだろう。

だから、

 

「なあ、猫……」

 

「なんにゃ?」

 

「僕達は似てると思わないか?」

 

「……かもしれないにゃ」

 

きっと「羽川でも”障り猫”でもない存在」と対峙するこのシチュエーションは、人間にも怪異にも完了形にもなれない僕にひどく似合ってるように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
阿良々木君と”錆”に関する伏線回収回というか、回答回はいかがだったでしょうか?

それにしても……歴代”錆の一族”最強(もしくは時代を超えた日本最強)の合法ロリ剣士は一体何をやってくれてんでしょうかねぇ~(^^
なんか某「何でも知ってるおねーさん」とかと楽しそうに暗闘してそうな悪寒が……(汗

ともあれ、この回にて”()()()()における阿良々木暦”という存在のフォーマッティングは一応、終了したと思います。
視点は再びブラック羽川との対決に戻るでしょう。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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