さて、今回のエピソードは……視点は再び阿良々木君です。
そして物語の根幹を担うキャラ登場♪
果たして原作とどう異なるのか? あるいはどこまで同じなのか?
僕こと阿良々木暦は羽川と別れた後、ふと思い立つことがあり国道にあるミスタードーナッツまでマウンテンバイクを走らせた。
どうやらセールをやってる真最中らしく、僕は千円札を引き換えにして10個1セットのドーナッツボックスを購入する。
まっ、簡単に言えば”専門家”への差し入れへのつもりだ。
***
僕がマウンテンバイクを乗りつけたのは、もはや廃墟と言ってよい感じの建造物……数年前まで学習塾が入っていたビルだ。
特徴はビルを貫くようにそそり立つ巨木。
というより建屋自体が巨木を取り囲むように建造されたのだろう。おそらく、「自然との調和」とか耳ざわりのよい言葉を並べて。
とっくに電気など止まってるので、電動機材は一切使えない。
というわけで僕は階段を使って上へと昇る。
「よお」
部屋の片隅に膝を抱えて座っている長い金色の髪が美しい、見た目が8歳ほどに見える幼女……
睨むような目をしてくるが、僕はそれを正面から受け止める。
彼女にとって僕は本来なら殺してなお飽き足らぬ存在のはずなんだから。
かつて……
歴史であり伝説であった美しい女吸血鬼がいた。
その名を”キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード”。
「鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼」
「全ての怪異の王」
「ノーライフ・クィーン」
それらは全て彼女を表す言葉だ。
春休み、僕が助け僕を殺そうとし僕を助けるために、人としての生を全うさせようとするために死のうとした……そんな
僕は微笑みながら頭を撫でて、
「待たせてごめんな。食事の時間だ」
僕は彼女の前で胡坐をかくとひょいと小さな肢体を抱き上げて、差し向かいで抱きしめるようにして彼女が首筋を噛み易い様に誘導する。
”
春休みの一連の出来事……僕は彼女を生かしたいために人間性の一部を捨てた。
それは「完了形」に至ることを諦めたに等しい。
だが、それでも安い代償だ。
僕の我侭で、”彼女”を生かしてしまったのだから。
かつてキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと呼ばれた”彼女”……彼女が生存する代償はあまりに大きかった。
彼女は美しいその姿を、力のほとんどを、影を、名前を……『存在と呼べるほぼ全て』を失ってしまったのだ。
僕が失ったものと比べるなら、比べること自体が不遜なほど数多くのものを失った彼女……
今の彼女は、僕が定期的に吸血させないとその存在を維持できないくらい脆弱で矮小な存在となってしまったのだから。
もはや彼女は吸血鬼とは言えず、強いて言うならその”残骸”だ。
かつて彼女が怪異の王だった頃、ある理由から”
その僕を人間に戻すために、彼女は死のうと……僕に殺されようとした。
本当は、彼女の望むとおりにするのが正しかったのかもしれない。
だけど、僕にそれを受け入れることは出来なかった。
それがどうしてなのか……どういう心情だったのかは正直、今でも上手く言葉で表すことはできない。
だけど、それがどれほど合理的で正しい判断だろうと僕はそれを選択しなかった。できなかった。
死を望む彼女の願いを無視して、僕は僕の事情で彼女を生かした。
どんなに惨めな姿になろうと、命のない筈の怪異なのに命を繋いだ。
死ぬべきときに死ねなかった無念……それがどれほどの重さと辛さとして本人に圧し掛かるのか僕にはわからない。
しかし、きっとそれは僕の人生程度では折り合わないものだろう。
それでも彼女は僕を吸血してくれる……飢え死を選ぶのではなく、本意ではないのに血を吸い生きようとしてくれる……
それほど嬉しいことはない。
***
いつもならここでガブリと来るのだが、今日はいつまでたっても痛みが来ない。
「ん?」
ふと視線を追うと……
「もしかしてドーナッツに興味あるのか?」
彼女の視線の先には、僕が買って来たドーナッツのボックスが……
”こくこく”
無言のまま頷く彼女。
「そっか」
僕は彼女の体をひょいっと裏返して後ろから抱きしめるような形で座り直させると……
「はい。あ~ん」
”ぱくっ”
僕がドーナッツ、ゴールデンチョコレートを口元に差し出すとわずか三口で食べきった。
”くいくい”
僕のズボンを引っ張る彼女に、
「もう1個?」
”こくこく”
「気に入ったの?」
”こく”
「そっか」
予想外だ。まさか彼女がドーナッツを気に入る……というより血以外に嗜好を向けるとは予想外。
「本来は君のために買って来たんじゃないけど……」
”うるっ”
幼女の涙目……反則だよ。ホント。
「まっ、いっか」
”にぱぁ”
その笑顔に負けた僕は、今度はフレンチクルーラーを手に取り彼女の口元にまで持っていく。
”♪”
嬉しそうにかぶりつく彼女……取り合えず僕は残りのドーナッツを彼女に献上することに決めた。
「ほら。口の周りがドーナッツのカスだらけだぞ? 吸血鬼の前に女の子なんだから」
僕が紙ナプキンを取ると、
”ついっ”
彼女が唇を突き出してくる。
「僕に拭けって?」
”こく”
「しょうがないな」
僕は彼女の口の周りをなるべく優しく拭って紙ナプキンを捨てる。
「ほら。真っ直ぐに座って」
僕は彼女を座り直させるとポケットから折りたたみ式の櫛を取り出して、
「女の子なんだから、こんな場所でも身だしなみはきちんとしたほうがいいだろ?」
”こくん”
「ほうほう。随分と仲良くなったもんだね? 阿良々木君は、ホント女の子と睦まじくなる才能に恵まれてるねぇ~」
不意に無粋な声がかかった。
***
「おいおい、”
するとその無粋な声の主、三十路過ぎなのにアロハに金髪、逆十字のピアスとペンダントというチャラい格好の中年……”忍野メメ”は、
「そうかい? ボクはいっつも威嚇されるか睨まれるか不機嫌な顔をされるかのどれかなんだけどねー」
そう苦笑した。
忍野メメ……自称”怪異の専門家”。
その腕前は僕が身を持って知っている。
そう、僕はこの男に春休み、命を救われたのだ。
そして彼女もまた……
「いや、それは逆に忍野の彼女に対する対応が悪いんじゃないのか? 例え吸血鬼の成れの果てだって、吸血鬼である前に女の子なんだ。それ相応の扱いってのがあるだろ?」
春休みに見た彼女は、その輝くような姿は見るからに高貴な出自だった。
そうでなくても、吸血鬼は”夜の貴族”という印象があるんだしさ。
「ほうほう。阿良々木君は吸血鬼ちゃんが、吸血鬼でなくなってもそう言えるタイプなんだね~」
「当たり前だろ? 力を失おうが存在が地に落ちようが彼女は彼女だ。ならば、僕はキスショットと呼ばれていた時と同じように敬意をもって接するさ」
「逆を返せば、つまり阿良々木君は伝説の吸血鬼時代から吸血鬼ちゃんを女の子扱いしてたってわけかい? いい度胸してるねぇ~」
「僕はお前みたいな”専門家”じゃないしな。そうだな……差があるとすれば、キスショットの時は綺麗だと思ったし、今はとても可愛らしいと思ってるってくらいだ」
ん?
なんか彼女が急にモジモジし出したんだが?
「彼女がハートアンダーブレード時代に何をしてきた知っててそういう態度なんだから、大したもんだよ」
「それこそ彼女はもう伝説の吸血鬼じゃないんだから無効だろ?」
忍野はニヤリと笑って、
「人の感情ってのはそんなに単純なもんじゃないさ。はっはー。君は吸血鬼ちゃんの犠牲者達の遺族を前にしても同じことが言えるかい?」
「随分と今日は挑発してくれるな? 何かいいことあったのかよ?」
「そりゃボクの台詞だろ? 阿良々木君こそいいことあったのかい?」
「ああ。とてもいいことがあったさ……それとさっきの質問の答えは『当然だ』だ」
「その
「キスショットは捕食の為に吸血し、人に死を齎すことがある。人は殺意を持って人を殺す。人を殺す怪異と人を殺す人間にどれほど差がある? 考えようによっては喰いもしないのに殺すだけ殺す人間の方がよっぽど
「へぇ~。そう思ってるのかい?」
「ああ。俺にしてみればスターリンやポルポトやアミンのほうが怪異よりよっぽど危険で害悪で、
人は愚かな政治のせいでどれほど余計な血が流れた?
僕に言わせれば、喰う分しか殺さないキスショットのほうがよほどマシだ。
「人の罪は人の世界で裁くものさ。では怪異の罪は誰が裁けばいいんだい?」
「ふざけるなよ? 人の世界は断じて勧善懲悪じゃないんだ。有史以来ずっとな。種として同族の罪を満足に裁けぬ人間が、どうして大きな口を叩ける?」
「それは怪異の言い分だよ」
「それも違うな。僕は所詮、人間ともいえない怪異にもなり損ねた、ただの”
すると忍野は何故か楽しげに笑い出し、
「阿良々木君、君は間違いなく人間だよ。うん、そうだな僕が保証しようじゃないか」
「はぁ?」
最初から何を考えてるのかわからない奴だが、本当に今はわけがわからないぞ?
「それにしても……」
忍野は視線を彼女に移動させ、
「阿良々木君がどうして吸血鬼ちゃんにそこまで懐かれるのかわかった気がするよ」
何故か忍野にニヤけ面が癇に障った。
***
「ところでさ、阿良々木君」
「なんだ?」
僕は彼女を胡坐の上に乗せたまま答える。
上背の関係で、身を預ける彼女の頭は僕の胸筋辺りをヘッドレストにしてる感じだ。
要するに僕を座椅子代わりにしたリラックスモードだ。
そういえば月火ちゃんもよくこんな感じで僕の上に座るけど……ひょっとして僕って座り心地がいいのか?
「最近、委員長ちゃんはどうだい?」
皆様、ご愛読ありがとうございました。
忍野&旧キスショット初登場のパートはいかがだったでしょうか?
なにやら後の忍ちゃんは、喋りこそしませんが
喋らないってことはまだ葛藤はあるのでしょうが、でも雪解けは間近か?
阿良々木君的には妹(特にちっこい方)と接してるの大差ない感覚のような気もしますが(笑)
しかし、阿良々木君が自分を”半端者”というには吸血鬼になりそこなった以外にも理由がありそうです。
次はいよいよ「ニャハハハハ!」の出番でしょうか?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!