今回のエピソードは……今まで三人称、老倉視点の一人称、阿良々木視点の一人称で書いてきましたが、今回はいよいよ”彼女”の視点で描かれます。
彼女の目から見た阿良々木君と日常、そして……
4月29日土曜日、世間的にはあるいは全国的にゴールデンウィークの始まり。
とはいえ私には学校が無いというだけで特別な日というわけではなかった。
あっ、こんにちわ。
羽川翼です。
その日の朝、私は戸籍上はお父さんと呼ぶべき人に左頬を殴られました。
思い切り。手加減なく。
壁まで飛んで叩きつけられましたが、幸い骨折にはいたってません。
だから私は一般的な注意だけをして(おかげでまた殴られましたが大過ありません)、簡単な治療をしていつものように制服姿で家を出ました。
制服はいいですよね?
通学も私事での外出も冠婚葬祭もこれで全て事足ります。
一応、私服も持っていないわけではないですけど、基本的に私は肩のこらない万能服である制服を常時着用してます。
えっ? 服の痛みが早いだろうって?
大丈夫ですよ。私は制服を数セット持ってますから。
ちゃんと着まわしもしてますので磨耗も激しくないですし、着たきり雀にはなっていませんよ?
それに私服にお金をかけるぐらいなら、下着やパジャマにお金をかけたい私だったりします。
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とはいえ、家をでたからと言って何をするというわけでもありません。
私は「居場所の無い家に居たくない」だけであり、「どこかへ出かけたい」という積極的理由で外出したわけではないのですから、それも当然です。
いつものように図書館に行くのもいいですが、その前に街を散歩しましょう。
何をしなくても初夏の日差しを浴びるだけでもいいものです。
気持ちいいし。
(あっ……)
街を歩いてたら阿良々木君を発見です!
見ればいつもと……制服姿の彼と大分雰囲気が違います。
高そうなマウンテンバイクと相まって、なんだか良家のお坊ちゃんぽいです。
いえ、これは的確じゃないですね?
もっと感覚的な言葉で言ってしまうと、明るい色を基調とした服装をしているせいか……なんだか可愛らしいです。
実際の歳よりも若く……ううん。幼く見えます。
ホント、伊達眼鏡なんてかけてるせいで、切れ長の鋭い目もスポイルされて全体的に柔らかい空気で、いつもの凛とした空気……他の娘達に言わせると「近寄りがたいサムライオーラ」もしくは「サムライバリア」がかなり薄まってるような感じです。
えっ? どうして伊達眼鏡だってわかったかって?
だって阿良々木君って春休みの吸血鬼化の影響と定期的な”
おまけに遠視の弊害も無いなんて羨ましい限りです。
(むむ……これはあんまりよくない傾向だぞよ)
阿良々木君、何やらスマホの画面とにらめっこしてますが……
周りの、特に女の子達の視線に全然気づいて無いみたいです。
阿良々木君はよく私を過大評価しますけど……私に言わせると正直、「阿良々木君にだけは言われたくない」です。
彼は全然気付いていませんが、実は本人が思ってるよりずっとモテるんですよ?
もともと顔立ちはかなり整ってますし、身長は確かに高くない……男子としては低めですが、細身で均整の取れた体格に、特に吸血鬼化のときに起きた”肉体の最適化”の影響で非常に引き締まり鍛え上げた印象があります。
まあ実はそれも良し悪しで、もともと阿良々木君は「凛とした
また、阿良々木君には「ファイヤーシスターズの黒幕」以外にも「都市伝説じみた様々な
だから遠巻きにみてるだけで実際に声をかける娘は少ない……
おかげで春休みの出来事と新学年になって同じクラスになったせいもあって、気軽に話せるようになった私に阿良々木君についての質問がよく来てるのは本人には内緒だ。
実はその兼ね合いも合って、最近老倉さんとも仲良くなれたんだけど、その老倉さんも……
『暦のこと? うん。昔からよく聞かれたわよ? でも、そんなにアイツのこと聞きたいなら本人に直接聞けばいいのに。確かに愛想のいい奴じゃないし、女の子と話すのが得意ってわけでもないけど、かといって会話が成立しないコミュ障ってわけじゃないわ。みんな、アイツの見た目や雰囲気や噂に騙されてビビリ過ぎよ』
と軽く御立腹。
まあ、わからなくはないかな?
その割には女の子とよく一緒にいる印象があるけど、そのほとんどが阿良々木君と三年間クラスが一緒の老倉さんと、最近は不肖私が生み出している気がする。
あと街中でよく女の子と一緒に歩いてるのを見かけるけど、あれってもしかして妹さんかな?
(ともかく、)
阿良々木君がスマホいじってる間は、「デートの待ち合わせモード」に見えるから取り合えず様子見されてるみたいだけど、サムライバリアーの薄まっている現在、あの情況での放置はあまりいただけません。
老倉さんも言ってましたが、意外なことに阿良々木君は女の子との、特に面識の無い女の子との会話はどうやら苦手みたいなんです。
そして何より致命的なのは、
『暦、ああ見えて結構押しに弱いわよ?』
老倉さん曰く、「女の子に押しの一手に出られたら流されてしまうタイプ」とのこと。
『武力に関して同世代ならダントツかもしれないけど、女の子に関してはとことん弱いわよ? 羽川さん、暦を陥落したいなら一気呵成に攻めるといいわね』
最後の一言は余計です。いえ、間違いなく参考になったけど。
なので私は気配を消してこっそり後ろから近寄り、そっと画面を覗き込むけど……
(あれ?)
阿良々木君がうんうん悩みながら見ていたのは、なんと私の電話番号でした。
ならば、ここはちょっと茶目っ気だしちゃいましょう♪
「アドレスの画面を凝視しながら、どうして固まってるの?」
「う~ん……電話すべきかすまいか迷ってる最中」
おやおや。
これはどうやらまだ誰と話してるのか気付いてないな?
ならば、
「そっかそっか♪ 電話で済む用件なら本人に直接言っても問題ないよね?」
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あうあうあう~!
えっと、羽川翼です。
阿良々木君に恥ずかしいところを一杯見せてしまった羽川翼です……
で、でもね、私は悪く無い!
阿良々木君が優しすぎるのがいけないんだからねっ!!
人の心のソフトな部分にそっと微風みたいに入ってきて、乾いた荒地に降り注ぐ霧雨みたいに優しく染み込んできて……ささくれ立って硬く固まった私の心を溶かしちゃうんだから……
……本当に知らないんだからね?
私、阿良々木君が思ってるほど強くは無い……弱いんだから。
だから、阿良々木君に縋っちゃうよ? もたれかかっちゃうかもしれないよ?
それに……すっごくすっごぉ~く甘えちゃうかもしれないんだよ?
とりあえず、茂みの中で私がどう勘違いして何をやらかしてしまったのかは割愛させていただくとしましょう。
その後の、で、デートなんですが……
***
「う~む……いっそ街乗り用にロードでも買うか。ふ~ん……最近はディスクブレーキとかも採用してるロードも出たきたなぁ」
一緒にお昼を食べて最初に来たのは、阿良々木君が贔屓にしてるサイクリングショップでした。
”プロショップ”という看板を掲げてるだけあって、街の自転車屋さんでは見かけないようなメーカーの自転車が一杯です。
もっとも本当に驚いたのはプライスタグだったりするのですが……
「自転車って、オートバイどころか自動車が買える様な値段で売られてたりするんだ……本当に」
知識では知ってましたが、目の前に現物があると驚きも
「ん? ああ。確かにレースに出るようなハイエンドユーザー向けの機材には、完成車で100万越えは珍しくないな」
阿良々木君は事も無げに言い切りました。
もしかしたらと思っていましたが……阿良々木君の金銭感覚って、一般高校生にしてはちょっと変?
もっとも置いてあるのは、私が生涯購買候補に選ばないような価格帯の自転車だけではなく、高校生もアルバイトすれば簡単に手が届く価格帯のものもあったので一安心です。
「最近はさ、マウンテンバイクって流行ってないんだよ。”Over Drive”や”弱虫ペダル”なんかの漫画やアニメの影響もあるけど、今はロードバイク全盛さ」
なんの事かと言えば、自転車の種類です。
阿良々木君の言葉を借りると「オフロードを走るのがマウンテンバイク。オンロードを走るのがロードバイク。さらに協議や用途によって細分化されるし、そこに属さない自転車も在る」らしいです。
ロードバイクと言っても判りにくいかもしれませんが、大雑把に言えば日本でも報道番組にさえ名前が出てくる世界最大級の自転車レース、『ツール・ド・フランス』の選手達が乗っているのがロードバイクで、中でも競技用の”レーサー”というタイプだそうです。
”百聞は一見にしかず”とはよく言ったもので、知識では知っていても実際見るとその理解度が違います。
ちなみに阿良々木君が街乗りメインなのになんでマウンテンバイクに乗っているかと聞くと、
「……なんかメカメカしい見た目が格好良かったから」
とバツが悪そうに答えてくれました。
あ~もう、しっかり男の子してるなぁ♪
でも、今となっては老倉さんの影響でフライフィッシングとかもやるようになったので、多少荒れた道でも問題なく走れるマウンテンバイクはむしろ悪くない選択だったとか。
***
「自転車ってのは乗ってみれば、更に違いがはっきり判るよ」
いくつかの消耗品を入手した阿良々木君は、そう私に微笑みかけてきました。
「羽川も自転車に興味できたなら協力するぞ? ロードならともかくマウンテンバイク・タイプでいいなら俺の部屋に余剰コンポーネントやパーツとかあるし、羽川の体格に合ったフレームさえあれば初心者用の1台くらいなら組める」
阿良々木君によると、ジャンルを問わず自転車というのは本来、自分の体格にあったフレームを選ばないと駄目みたいです。
「う、うん……」
なんとも魅惑的なお誘いです。
もしかしてご主人様からお預けを言い渡された犬ってこんな気分なのかもしれません。
「もし羽川が自転車乗るならさ、」
子供のように無垢に微笑んで……
「一緒にサイクリングとか行こうぜ!」
……阿良々木君は本当にズルイ。
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その後、フィッシングショップにも行って色々と教えてもらいました。
フライフィッシングも面白そう♪
「僕みたいなのでも羽川に教えられることがあって良かったよ」
阿良々木君、本当にそれは私に対する過大評価だし、自分に対する過小評価だよ?
人のことは言えないと思うな。
***
夕暮れから夜の帳が落ち始める頃、私の家の近所まで送ってくれた阿良々木君は本当に紳士だ。
でもこの紳士さや真摯さは、他の娘達に知らせるべきでないと思うのは何でだろう?
(今日は私の知らない阿良々木君をいっぱい見れた……♪)
本当に幸せな一日だった。
信じられないくらいに幸せな一日だった。
もしかしたら、私には過分な幸福なのかもしれない。
だから余計に家路につく足取りが重くなる。
宝石のような時間から暗転するような、色の抜け落ちた鉛色の空間……
きっと阿良々木君のイメージする家を基準とするなら、私が否応なく帰らなくてはならない
「ただいま」
私はいつもどおり玄関を潜る。
「おかえり」という受け答えは羽川家にはない。
三人の人間がバラバラに暮らしてる場所……少なくとも私にとって家族でもなければ、家庭でもないのだろう。
そして、リビングで
私は特に心ざわつくことも無い。
殴ったことも殴られたことも、その事実だけが存在し……無味乾燥に流れるのがこの家だ。
だけど、この日は違った……違ってしまった。
具体的には自分が殴って傷を負わせた左頬を。
そこには傷を上書きするように、阿良々木君にねだってつけてもらったキスマークがあるはずだ。
「男遊びは感心せんな」
今、コノ男ハ何ト言ッタ……?
「そうね」
コノ女ハ何ヲ言ッタ……?
ケガシタナ……
ヨクモ阿良々木君トノ思イ出ヲ汚シタナ……!!
”ソレ”ハ、オマエタチガ汚シテイイモノジャナイノニッ!!!
この時、私……羽川翼は確かに”壊れた”。
皆様、ご愛読ありがとうございました。
羽川さん視点の4月29日はいかがだったでしょうか?
正直、”この世界”の彼女……
そして、どうやら”
それもトリガーは原作と異なり、それが果たしてどのように作用するのか?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!