人間強度が下がらなかった話   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。
趣味に走ったシリーズですが、楽しんでいただければ幸いです。

まずは変体刀にまつわる怪異譚、そのプロローグということで……





”黒猫語 つばさヒロイン”
[001] ”育物語”


 

 

 

ここは日本列島北部某所。

少なくとも夏休みが8月20日までしかないし、割と降雪するし空港も近くにあるようなのである程度は場所は推して知るべしであろう。

 

具体的な街の名を述べるのなら”直江津市”。

ただし、今は上越市北部となってる旧直江津市とはなんら関わりはないようだ。

 

さて、どういうわけか某ネット・ディクショナリーとやらで調べても1971年に高田市と合併し、上越市となり過去のものとなったはずの街は、平成になってもどころか21世紀に入っても存在していた。

 

もっとも、ここが「我々の知る世界」である保障はないが。

 

 

 

***

 

 

 

例えば歴史を紐解くと……

一番最後の幕府を築いたのが徳川家ではなく家鳴家であったり、江戸幕府ではなく尾張幕府であったりするし、開国最初の政府が明治政府ではなく明和政府だったり日露戦争が海で勝って陸で負けてドローに持ち込まれたり、第二次世界大戦も随分と違う様相になったようだ。

例えば第二次世界大戦は1945年まで続いたようだが、太平洋戦争自体は1943年に日米の間で停戦合意が結ばれ、そのままなし崩し的に終戦に持ち込んだらしい。

真珠湾攻撃作戦からつづくハワイ上陸作戦、ミッドウェー海戦における日本海軍の勝利に何よりF.D.Rのどこまでも怪しい急死と日本国内のクーデターが大きかったのだろう。

 

未来視能力を持つ某天才刀鍛治が垣間見た「日本が海外からの侵略戦争で滅びる」という絶望的事象は、とりあえずは今のところは回避できてるようだ。

 

これだけで1本や2本、架空戦記でも書けそうだがそれは”この物語”の本筋ではない。

 

 

 

ともかく日本という国名は幸いにして変わってない様なのは幸いである。

そしてもう一度繰り返すが、この物語は「誰も知らない歴史」を歩んだ日本の直江津市、その一角にある公営集合住宅の玄関前から始まる。

 

その少年……アホ毛がトレードマークの”阿良々木暦(あららぎ・こよみ)”はインターホンをピンポン~と徐に鳴らし、

 

「そーだーちー! がっこういこーぜー!」

 

すると中からドタドタと騒がしい音がするとバンと勢い良くドアが開き、

 

「暦! いつもいつも玄関の前ででかい声で人の名前呼ぶなっていってるでしょっ!」

 

 

 

***

 

 

 

さてさて、暦が迎えに来た相手は”老倉育(おいくら・そだち)”。

銀髪の長いツインテールの女の子だ。

顔のつくりは違うが、髪の色や感じは「劇ナデ」の頃のルリルリの髪型と言ったらイメージし易いだろうか?

 

さてこの暦と育、実は中学卒業までは同棲……いやいや同居していた仲だった。

より正確に言うと、育は”ある事情”があり阿良々木家に保護されていたのだ。

だが、高校入学の際に育は、

 

『いつまでも居候じゃ、私自身が駄目になる!』

 

と一念発起。

入試で優秀な成績を示し見事に私立直江津高校の特別奨学生の座をゲットし、更には阿良々木夫妻よりアドバイスを受け、様々な社会福祉制度を活用し高校入学を機に自活を始めたのだった。

それがもう、

 

「もう2年か……」

 

「何が?」

 

「いんや。育が独り立ちしてから」

 

遅咲きの桜の花びら舞い散る通学路、阿良々木暦と老倉育は高校最後の春を迎えていた。

いや、もちろん留年しなければだが。

 

 

 

「はぁ~」

 

と可愛い顔台無しになるくらいに溜息を突く育に暦は不思議そうな顔をして、

 

「溜息を突くと幸せが逃げるという都市伝説があってだな」

 

「別に今は十分すぎるほど幸せだから少しぐらい逃げても文句はないけどさ……この二年間、よくも飽きもせずに毎日私を迎えにくるわね?」

 

「別に毎日じゃないだろ? 土日祝日、春夏冬の登校日を除く長期休暇のときは普通に育を放置してるしさ」

 

「それって逆に言えば、学校がある日は、雨の日も風の日も雪の日も毎度毎度私を迎えに来てるってことでしょーが」

 

「雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、以下略。そんな人に僕はなりたい」

 

グッと拳を握り締める暦に、

 

「日本最高の吟遊詩人を馬鹿にするなっ!」

 

”ぽこっ”

 

「OUCH !」

 

暦の頭から妙に軽い……じゃなかった。小気味のいい音がする。

 

「そーだーちー! 僕こそいつも言ってるだろ!? 木刀で人の頭をドツくなって! 僕の頭は夏の浜辺に置かれたスイカじゃないんだ!」

 

今更だが、育は現代日本を生きる女子校生が持つには少々不似合いなものを携行していた。

別に隠す必要もないので簡単に言えば、”刀袋”だ。

正絹銀糸芯入の中々に本格的な代物で、名前に因んでではないだろうが袋の絹地は酢橘(すだち)色で、彼女の髪色を連想させる銀糸の刺繍が入っていた。

 

暦の言葉を信じるならば、中身は真剣ではなくどうやら木刀らしい。

ただし、育は剣道部には在籍していない筈だが……

 

「木刀言うなっ! この刀には立派な【王刀(おうとう)”鋸”】という立派な銘がある……確かに見た目はただの木刀だけど」

 

 

 

***

 

 

 

(【王刀(おうとう)”鋸”】……)

 

無論、暦にはその銘に覚えがある。

 

(”四季崎記紀(しきざき・きき)”が数百年も前、戦国乱世の始まりの頃に遺した『完成形変体刀』の一振り、か……)

 

異能の天才刀鍛治”四季崎記紀”に、彼が生涯をかけて鍛えたと伝えられる千振り刀……通称”変体刀”。

その中でも特に完成度が高いとされる入魂の力作たる十二振りの変体刀は”完成形変体刀”と呼ばれ、時の幕府が熱心に収集したといわれている。

近年の研究により、少なくとも八代目尾張幕府将軍”家鳴匡綱(やなり・まさつな)”の時代までは十二振り全ての実在が確認されており、幕府が極秘裏に収集していた記録が、伝承や物語の形で後世に残っていた。

 

もっとも、その物語の中では家鳴匡綱は十二振りの収集に成功するも、「傷だらけの大男」により全て破壊されてることになってるが……

 

また、古式ゆかしい怪異譚的解釈なら、「八代家鳴将軍は、集めた刀の毒で生み出された怪異により絶命した」という伝承もある。

そうなると、オチは「傷だらけの大男=完成形変体刀に生み出された怪異」ということになってしまうが。

 

 

 

『「傷だらけの大男」が怪異だったかの真偽はさておき……仮にも錬金術師じみたオカルトチックな謎の天才刀鍛治が生涯をかけて拵えた刀が、仮にも”完成形”と称された刀群が、創られて百年を越える月日を経てなお性能を維持し続けた刀が本当に、「たった一度壊された」だけでこの世から消え去ると思うかい?』

 

脳裏を過ぎったはつい1ヶ月ほど前、高校生活最後の春休みに知り合ったアロハ姿の男の言葉だった。

 

怪異譚の収集を生業と嘯くどこか胡散臭げな金髪の男は、こう続けた。

 

『僕はね阿良々木君。その伝説にある「傷だらけの大男」が壊して回ったときには、既に完成形変体刀は一種の怪異……”付喪神(つくもがみ)”になっていたんじゃないかって思ってるのさ』

 

暦は脳内でリフレインされた”ろくでもない話”を軽く頭を振って追い出した。

しかし、それは暦の脳裏にこびり付き、中々離れてはくれないようだ。

 

 

 

***

 

 

 

彼の生まれ育った直江津市には古くから「四季崎記紀と変体刀の信仰」が根付いていた。

一説によれば、この街がかつての「四季崎一族の故郷」と伝えられてることや、四季崎記紀の没地とする説もあるが歴史的証拠は今のところ見つかっていない。

 

ただ、街には名も知られぬ集落の頃から建立されているらしい四季崎記紀を示すとされる碑があり、また古くから変体刀とその使い手たちを供養する塚や社や祠があった。

 

だが、街の住人は知っていた。

碑はあっても四季崎記紀の墓標はなく、塚や祠や社には御神体はあっても変体刀……特に完成形とされた変体刀その物が祀られているわけではない。

なぜなら、

 

『刀は斬る()()は選ばず、されど主は選ぶのさ』

 

だかららしい。

つまり、奉納される御神刀が本来の姿なら、変体刀も納得しよう。納得して奉じられもしよう。

されど完成形変体刀は、四季崎記紀の全身全霊どころか魂魄や未来視なんて異能の力まで注ぎ込まれ鍛え上げられ、変体の名の通りその在り方まで変質させ完成の域に至った()()()()だ。

 

なればこそ、「刀として使われない日々」は甚だ刀にとって不本意だろう。

 

『阿良々木君、四季崎記紀の打った刀には昔から「剣士を狂わす毒がある」と伝えられてるんだ。いわゆる剣士が魅入られる”魔性”だよね』

 

その金髪の中年男……潰れた学習塾を仮初の住処とする自称”専門家”は、したり顔で続けた。

 

『だけどね、それなりに調べてみると四季崎記紀が打った頃……少なくとも彼が生きてた時代には、”刀の毒”なんて話は出てきちゃいないのさ。だけど、変体刀がまがいなりにも表時代に出てきた最期の記録……「奇策士とがめ」殿とかいう本当にいたのかいなかったのかわからない人物の書き記したとされる手記”異聞刀語(かたながたり)”によれば、尾張幕府八代将軍の頃には確かに刀の毒はあったらしいんだ。さっきの”魔性”……刀の毒にあてられて、幕府から変体刀収集を命じられた忠義の厚い”日ノ本一の剣士”とやらが裏切って、変体刀を自分の物にしてしまったらしいんだよね』

 

そして()は火のついてないタバコをくねらせながら、

 

『ついでにいえば”まにわに”って忍者衆も裏切り全滅してしまったらしい。さて、四季崎記紀が打ってから刀語が記されるまでの間、一体変体刀に何があったんだろうね?』

 

 

 

***

 

 

 

変体刀、特に完成形変体刀はこの世にもう存在しないといわれて久しい。

実は完成形十二振りの変体刀は習作で、その上に存在している”完了形変体刀”を創る土台に過ぎなかったとする説があるが……完了形変体刀自体がそもそも「四季崎記紀の妄想、実在しない御伽噺」とする見向きが今や一般的であった。

 

完了形の実在はさておき……完成形変体刀十二振りはどうやら実在し、同時に破壊されたようだ。

しかし、”専門家”によれば、

 

『もしかして破壊はされても、破戒はされなかったのかもしれないね』

 

とのことだった。

この世に一時的に顕現する力は失っても、怪異としては存在し続ける……変体刀に関する怪異譚が遺され、人々に語り継がれる間は怪異は変質あるいは変体することがあっても存在し続ける……

 

専門家によれば、怪異とはそういうもので人々が望み適当な依り代やら触媒があれば、十分に復活する可能性があるらしい。

 

「怪異となった変体刀、あるいは変体刀という怪異なのか……?」

 

「暦、どうしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 

暦にはそう言うしかなかった。

彼の中にもはっきりとした答えはまだなかったのだから。

ただはっきりしてるのは、

 

(育が変体刀に選ばれたのかもしれないことか……)

 

知る人ぞ知る変体刀には偽者も贋作も多い。

過去には何度も骨董がらみの詐欺事件が起きている。

無論、育が持つ【王刀(おうとう)”鋸”】がそれらの本物よりもずっと数の多い贋作である公算は大きいだろう。

いや、むしろ贋作だと思うほうが当然だ。

 

しかし、暦には絡みつくような不安があった。

 

(怪異に出会うものは怪異に惹かれる、か……)

 

かつて変体刀と呼ばれた刀が本当に怪異になってしまったのかは暦にはわからない。

だが、直江津市には変体刀にまつわる怪異譚が多いのも事実だ。

 

そして彼は、この春休みでどうしようもないほど怪異に関わってしまっていた。

 

だからだろうか?

それが悪かったのだろうか?

気付かぬ間に、彼は多くの刀と怪異に囲まれていくことになるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、御愛読ありがとうございました。
変体刀が怪異になってしまったのかもしれない物語の触り、いかがだったでしょうか?

このシリーズの老倉さんは、基本的に”続・終物語”に出てきた「鏡の中の世界」に近い設定です。
ただ、阿良々木家に居候しだした時期が小学生のときなのかはたまた中学生の時期なのかは不明です。

そして、【王刀(おうとう)”鋸”】が本物かも今のところはノーコメントだったりします(^^

取り合えず、本当に最近、戦記物ばかり書いていたらなんか行き詰まり感が出てきた……ぶっちゃけ、執筆速度が上がらなくなってきて思いつきで始めたこのシリーズ、不定期更新の短編連載になる可能性が高いですが、気に入っていただけたら幸いです。



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