真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第008話 とある村での厄介事編②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村長に頼まれて一刀が組織したのは、現代風に言えば町の青年団のようなもので、自警団と表現するのは些か物足りないものだった。団員はそのほとんどが農家であるので、全員が兼業団員である。農作業が終わった後、夕餉の前などに皆で集まり訓練をする。日々の労働が二時間くらい増える形になるが、団員は誰一人として文句を言うことはなかった。

 

 団員は下は十代の前半から、上は四十の後半まで幅広い年齢層で構成されている。人数は三十二人。人口二百人に満たない小さな村であることを考えると、戦力としては十分過ぎる程である。団長は一刀で、副団長は団員の推挙により子義が務めることになった。

 

 十二歳である子義は自警団の中でも最年少でかつ唯一の女性団員であるが、その実力は突出していた。たまたま村を訪れた旅の武芸者から手ほどきを受けただけらしいが、その武芸は堂に入っており、彼女一人とそれ以外という勝負が平然と成り立ってしまう程だった。

 

 個人では唯一、きちんとした戦闘訓練を受けたことがある一刀が何とか太刀打できたのだが、荀家の屋敷で受けた内容をそのまま子義に伝えると、彼女はあっという間にそれを吸収し、より手が付けられない程になってしまった。

 

 正直、子義が一人いれば自警団など必要ない気がする。初めて出会った日も、彼女は一人で大立ち回りをしていた。ただ敵を倒すだけであればあの日も加勢はいらなかっただろう。自警団が必要になるとすれば、単純な戦力ではなく頭数の勝負になる時くらいである。子義で倒せない敵がやってきたら、そもそも他の団員がいてもどうにもならない。

 

 そういう実力差は、事実として団員たちも理解していた。子義が強いということは、一刀などよりも同じ村で暮らしてきた面々の方が良く理解できている。それでも、自警団を組織するという村長の言葉に皆が手を挙げたのは

男としての、大人としての意地があったからだ。

 

 そういう意地っ張りは、一刀も嫌いではない。意地と根性で訓練をする男たちは日に日に強くなり、二か月の後、同じように襲撃してきた盗賊十人を何なく撃退した。後はこつこつ経験を積んでいけば、村を守るくらいならば十分にこなせるようになるだろう。

 

 ここまで来ればお役御免である。そろそろお暇するタイミングを計ろうかと思っていた矢先、一刀にとって最悪な事件が起きた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、何と仰いました?」

「だから、五百だよ!! 確かに俺は伝えたからな!!」

 

 馬でやってきた旅装束の男は、それだけを伝えると村を出ていった。盗賊がやってくる。その数は五百。にわかには信じがたい話だが、事実だとすれば大問題だ。村の自警団ではどう考えても迎え撃つことはできない。一刻も早く村人全員で避難するべきだと訴えるため、一刀は村長の家まで飛んで行った。

 

 何しろ緊急性の高い話である。それはすぐに村中に伝わり小さな村は大騒ぎとなったが、村人たちが出した結論は一刀の予想とは大きく異なるものだった。

 

「村に残る、というものが半分を越えました……」

 

 一刀は一瞬、村長の言葉が理解できなかった。自分たちを殺すものがやってくるという。それなのに逃げないというのは、死にたいとしか思えない。命は一つしかないのだ。それは現代でもこの世界でも変わることはない。命あっての物種だと一刀はさらに強く訴えたが、村長の返事は力ないものだった。

 

「逃げても、先がないのです」

 

 持ち出せる蓄えは少なく、この人数の人間を養える場所などない。また逃げても、盗賊は追いついてくるだろう。ならば生まれ育った場所で死にたいと考える人間が多く、村長でもそれを翻意させることができなかった。一刀にもその気持ちは解らないでもなかったが、まだ生きる道が残されているのに死に場所を選ぶというところには共感することができなかった。

 

 とは言え、長年村民と一緒に過ごしてきた村長が翻意させることができなかったのだ。新参者である一刀にそれを覆す言葉などあるはずもない。当面の説得を諦めた一刀はくれぐれも短気を起こさないようにと強い伝言を残して、村長の家を飛び出した。

 

 当面、自殺などしないように、と村中に使いを走らせた一刀は、村の入り口で一人途方に暮れた。

 

 本来村を守るべき自警団の中ですら意見が割れている。村に残る面々は徹底抗戦をする構えであるが、ただ死ぬよりは戦って死ぬという後ろ向きな考えでいる。村から離れる決断をした面々は既に旅支度を始めていた。何が何でも生き残る、という決断をした連中は行動まで早い。

 

 副団長である子義は一刀に追従する形で村から離れる方に付いているが、本音を言えば賊と戦いたいのだろう。事実、子義の実力であれば五百人くらい……と思わせる何かを持っているが、天性の才能にこそ恵まれているがそれはまだ完全に開花しきっていない。

 

 せめて後一年後であればまだ違ったのだろうが、普段の訓練の力量からみても殺せても精々二百人。それも相手が一人か二人ずつ、連携せずに行儀よくかかってきた場合の話だ。五百人は明らかに多すぎる。

 

 とにもかくにも、やってくる盗賊を撃退する手段が、一刀にはまるでなかった。生きることを半ば諦めたとは言えお世話になった人達だ。何とか助けてあげたいというのが偽らざる一刀の本音である。

 

 しかし、数で圧倒的に劣り、かつ無策ではどうにもならない。子義と一緒でも最終的には殺されてしまうのがオチだろう。生まれ育った村で死ぬという意義が村人にはあるが、一刀にはそれがない。死ぬために戦いたくはないと考えるのは、人間として当然のこと。その焦りがまた一刀の思考を鈍らせていた。

 

 冷静に、落ち着いていれば一刀一人でもある程度は有効な作戦を考えることができただろう。希望的観測とは言えまだ盗賊がやってくるまでに時間はあるのだ。村で戦うにしても罠を作るなり、偽装工作をするなり、勝率を上げるための方法はいくらか思いついたはずであるが、焦った頭ではそれもない。

 

 もはやこれまでか、と焦燥感の中絶望する一刀の耳に、場違いに涼やかな声が届いた。

 

「お困りのようですね、お兄さん」

 

 顔を上げると、そこには西洋人形のような少女がいた。フリルのついた水色の服に、ふわふわで金色の長髪。頭の上に前衛的なデザインをした人形が乗ってさえいなければ、文句なしの美少女だ。童女と言っても差し支えない見た目をしているが、不思議と落ち着いた雰囲気がある。

 

 洛陽で出会った劉姫とはまた違う。おそらくは自分と同じか、少し年上だろうと一刀は直観した。勿論、出会ったことのない顔である。

 

「今日やってきた、旅の人です。私たちが外にいた時に、村にやってきたみたいで……」

 

 少女に同道してきた子義が、解説してくれる。金髪童女の他にも、二人の人間がいた。茶色の髪をひっつめてお団子にし、眼鏡をかけた目つきの鋭そうな美人と、ビキニに袖しかない服にスカートの斜め履きという、この世界で見た中では一番極まったデザインの服を来た、タレ目の少女だ。

 

 誰一人としてそんじょそこらの凡人ではなさそうな気配であるが、女性三人だ。この時勢にこの面子で旅をしている以上、荒事に巻き込まれても何とかするだけの腕っぷしが知恵があるのだろう。恰好からして戦闘担当はビキニの少女に違いないと一刀は思った。

 

 金髪童女が、石に座った一刀に目線を合わせるように腰を下ろす。眉毛まで金色だ。染物特有の嘘臭さがまるでない。吸い込まれそうな深い緑色の瞳である。

 

「話は聞かせていただきました。何でも盗賊が迫ってきていて大変だとか」

「失礼だけど、貴女たちは?」

「申し遅れました。私は旅の軍師で程立と申します。こっちはお友達の戯志才と、徐晃です」

 

 程立の紹介に、残りの二人は頭を下げた。戯志才と紹介された女性は、眼鏡の奥から鋭い視線を一刀に向けている。値踏みされているようで気分は良くないが、今は非常事態である。自分の身が危険にさらされるかもしれないと思えば、用心深く行動するのも理解できた。

 

 対して、徐晃と紹介された少女はいまいち焦点の定まっていない視線で一刀のことを見つめていた。こちらはこちらで落ち着かない。何となく、この中で一番強いのはこの徐晃だな、と一刀は感じ取っていた。子義とこの娘ならばあるいは、という期待も持ち上がるが、

 

「で、どうしてお兄さんはまだこんな所にいるんですか? 村の戦力では勝てないことは、解りきっていると思うんですがー」

「どうしてってそりゃあ……」

 

 まだ村を守るという役目を捨てきれないからだ。ここにいれば何か良い知恵が浮かぶのではと思ったが、何も浮かばない。元より、十倍以上の戦力に戦いを挑むというのが無茶な話である。程立の指摘は尤もだった。

 

「勝てない戦についてあれこれ考えるより、救える人を確実に救った方が良いと思いませんか? 降って沸いたような凶事で命を落とすなんて、今の時代にはよくあることです。むしろ、馴染み深い場所で覚悟の上で死ぬというのは、とても幸福なことではないでしょうか? 人にはできることとできないことがありますよ。お兄さんは力を尽くしました。気に病むことは――」

「そういうことじゃないんだよ!」

 

 その言葉は、自然と一刀の口をついて出ていた。今までの人生を振り返っても、女性を怒鳴るなど初めてのことである。怒鳴られた程立よりも怒鳴った一刀の方がその事実に驚いていたが、一度口から出た言葉は引っ込めることはできない。

 

 反射的に謝りそうになるのをどうにか堪えた一刀は、勢いそのままに言葉を続けた。

 

「俺は、俺に良くしてくれた人たちに、死に場所なんて選んでほしくないんだ。だって理不尽だろ、こんな死に方なんて……俺にできることなら、何でもするよ。軍師だというなら、俺に知恵を貸してくれ」

 

 吐き出せるだけ言葉を吐き出した時、一刀は地に膝をつき頭を下げていた。助けるためなら何でもする。その言葉に嘘偽りはない。そのためになら自分の軽い頭の一つや二つ、大したことではなかった。少なくともこの金髪童女は、自分などよりも遥かに頭が回る。足りない頭数をどうにかするための知恵を生み出す頭脳は、何としても必要なのだ。

 

「……シャンは、このお兄ちゃんに協力しても良いと思う」

「殿方にここまで言わせて見捨てたのでは、流石の私でも良心が痛みます」

「そーですね。いじめるのはこのくらいにしておきましょう。何しろ風も最初からお兄さんと同意見ですから」

「……最初から?」

「はい。善良な村人が困っているのに、助けない道理はありませんからねー」

「なら今のやり取りは必要なかったんじゃ……」

「村の人の話を聞いてみた限り大分信用されているみたいですけど、それと一緒に事に当たれるかは別の問題ですから。この非常時に文句を言うだけなら、お尻をけ飛ばしてでも他の村人と一緒にいてもらうつもりでいました。お兄さんは合格です」

 

 と、程立は自分が咥えていた飴を一刀の口の中に強引に突っ込んだ。チープな味が口の中に広がる。この国にきて初めてのケミカルな味に、一刀が目を白黒させている内に程立は振り返った。

 

 そこには、自警団員たちがいた。逃げることを主張した者も、残ることを主張した者も全員いる。元より、村を守るために立ち上がったのだ。今は村の危機。自警団が何もしない訳にはいかない。逃げると主張したのも、何も手はないと思ったからだ。

 

 その知恵を授けるのが胡散臭い旅の軍師とは言え、襲ってくる盗賊たちに立ち向かうための手段があるというなら、何もせずに諦める訳にはいかなかった。戦う。それを決めた面々を前に言葉はいらない。飴をばりぼりとかみ砕いた一刀は子義を伴って歩き、自警団員たちの前に立つ。

 

 一刀を含めて三十三人。変わらずに一割以下の戦力だが、各々の目には戦うという意思が満ちていた。そんな彼らを見て、風は満足そうに頷いた。

 

「そんな皆さんに、良いお報せです。五百人いるという盗賊さんたちですが……実はその半分もいません」

「……………………なんだって?」

「そして数が頼みの烏合の衆であることも解っています。問題なのは二十人弱の幹部くらいですねー」

 

 何とかしなければいけないのは自分たちと同じくらいの人数で、しかも周囲にいるのは烏合の衆である。これなら何とかなる気がしてきたが、その幹部を皆殺しにするには烏合の衆とは言え二百人以上の賊を突破しなければならない。依然として数の差は存在しているが、大分ハードルは下がっている。

 

 しかも今は策を考えてくれる軍師がいる。頼り過ぎるのもどうかと思うが、五百と正面からぶつかることに比べればどうということはない。

 

「ですので、お兄さんたちの当面のお仕事はその幹部を皆殺しにすることです。幹部のところまで行く手段はいくつか考えてますが、ここは一番成功する可能性の高い方法で行きましょう。お兄さん――」

 

 

 

「――お芝居の経験とかありますか?」

 

 


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