真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

7 / 49
第007話 とある村での厄介事編①

 

 

 

 荀攸の屋敷で寝泊まりをした間は、主に元直――すぐに気心が知れ、元直と字で呼べと要求された――と散策をしたり問答をしたりして過ごした。滞在期間は三日である。そろそろ洛陽を立つという彼女に合わせて、一刀も荀攸邸を辞することにした。

 

 結局、初日に出会った劉姫とはあれきり出会うことはなかったが、彼女の教師である荀攸からは手紙を預かった。流麗な文字にて曰く『必ず抜け出して会いに行くから、次に洛陽に来た時は一緒に街を散策しましょうね。約束よ』とのこと。絶対に他の連中に内容は見せるな、とのことだったので、甚く内容を気にしていた荀攸にも秘密と相成った。

 

 胃が痛むらしい荀攸に見送られて洛陽を立ってしばらくは、荊州にあるという元直の母校を目指して南下する。荀攸から餞別として馬を貰ったので、荀家から洛陽までの道中よりは、比較的早いペースで進んでいる。しばらく前まで馬に乗るなど考えもしなかった立場である。旅慣れた元直に比べると聊か恰好悪い乗り様ではあったが、それをからかわれながら旅路を行くと話も弾んでくる。

 

 故郷の話は洛陽で一通り話し切ってしまったので――その後、『絶対に信頼がおけると判断できる相手以外には、この話はするな』と釘を刺されてしまったが――道中にするのは主に元直の話である。旅慣れ人に慣れ話に慣れた彼女の話は面白く、聞き役になるのが一刀の仕事だった。

 

 慣れない馬の旅、そして良く考えれば人生で初めての女性と二人の旅行であるという事実に気づき、遅まきながらどきどきし始める頃には、旅にも終わりは見えてきた。学院に一番近い街で別れるという約束であるため、順調に行けば、後三日程。

 

 もうすぐ日が暮れる。今日は近くの村で宿を借りようと話していた矢先、ようやく村が見えてきた頃、一刀の耳に人の争う声が聞こえてきた。

 

 ただ事ではない。二人は瞬時に、馬を駆けさせる。村の入り口。大勢の武装した男が、一人と戦っている。おそらく村人だろう。遠目には男性か女性かも解らなかったが、背格好からして子供のようである。そのたった一人が、大人の男たち相手に立ちまわっていた。

 

 ただ事ではない腕前だが多勢に無勢だ。援護は必要であると判断した一刀が元直を見ると、彼女は小さく頷いてみせた。

 

「君が突撃、僕が援護ってことでどうかな」

「俺が援護、元直が突撃の方が良くないか?」

「君が僕よりも弓を上手く扱えるって言うならそれでも良いよ」

「悪かった。俺が突撃、元直が援護だ」

 

 先行して、馬を駆けさせる。立っている賊は数えてみた所、十五人。既に倒れているのが何人かいる。子供一人で、と思うと憤りも湧くが、賊をまとめて相手取れると判断したからこそ一人での相手ということもある。いずれにせよ手練れであるならば、素人に毛が生えた程度の自分の心配など、大きなお世話に違いない。

 

 馬で走ってくる一刀に、賊の一人が気づいた。迎撃する者はいない。慌てて道をあける賊に、すれ違い様に斬りつけ、戦っていた者を回収した。

 

「乗れ!」

 

 しばらく走って馬は反転、再び賊たちの方を向く。戦意は失っていないが、後ろからは元直の援護が入る。放たれた矢は狙い違わず確実に命中していく。村人を攫って行った一刀に比べて、明らかに手練れの雰囲気だ。賊であるからこそ命は惜しい。我先にと逃げ出すが、ただ走っているだけの人間など的と変わらない。

 

 背中に、あるいは足に矢を食らった仲間がばたばた倒れていくのを見て、ただ逃げるだけでは本当に死ぬだけだと理解した賊は、こここそが活路とばかりに一刀の方に駆けてくる。その数は五人。

 

「ねえ」

 

 少年か少女か解らなかった村人は、近くで見ると『少年のような少女』だった。戦闘中だ。盗賊の返り血を浴びている。褐色の肌に流れる汗と、漂ってくる少女の匂いに思わずどきりとした。緑色の瞳がまっすぐに一刀を見つめている。

 

「助けてくれてありがとう。お兄さん、名前は?」

「北郷一刀。姓が北郷で名前が一刀だ。字と真名はない」

「私は太史慈。字は子義だよ。よろしく、一刀さん」

「よろしく。ところで俺たちの前に盗賊が五人迫ってる訳なんだけど、三人任せても良いかな」

「五人全員私が引き受けても良いけど?」

 

 子義の提案に、一刀は押し黙る。任せられるのならばそうしたいのだが、少女一人に戦わせて自分一人後ろにいるというのも抵抗があった。その機微を表情から察したのだろう。先に子義の方から折衷案を出してくる。

 

「やっぱり、二人くらい受け持ってもらっても良い? こういう時に殿方を立ててやるのが女の仕事だって母上も言ってたし」

「……ありがたく好意を受け取ろう。君が三人、俺が二人ってことで」

 

 苦笑を浮かべながら、一刀はその提案を受け入れた。子義の母君はおそらく、何も言わずに最初からそういう配慮をしておくべし、と言いたかったのだろうが、世の中そんなものだ。

 

 さて、と気を引き締める。自分の希望の通りに二人受け持つことになったが、野盗とは言え与し易い相手という訳ではない。何しろ初めての実戦である。見たところ、荀家の警備隊と比べるとかなり質は劣るが、自分の腕がそう大したものではないということは、一刀自身が良く理解してる。

 

 ここには手練である元直と子義がいる。自分の仕事は、当面生き残ることだと割り切ることにして、一刀は馬から飛び降りた。子義は既に右に展開した三人へと飛び込んでいた。

 

 一刀の受け持ちは二人である。戦意というよりも焦燥感に満ちているのは、元直の矢に追い立てられたからだろう。その野盗二人が、一刀を見て少しだけ安堵の色を浮かべた。こいつは弱そうだ、と思っているのが表情からでも解る。事実その通りではある。侮られていることに腹も立つが、一刀はこれを好機と見ることにした。

 

『まず何よりも戦いを避けるようにしなさい。愚鈍なあんたが生き残りたいなら、まず戦いには関わるべきじゃないわ』

 

 軍学を教えたがらなかった荀彧が、口を酸っぱくして言っていたのがこれである。君子危うきに近寄らずだ。できれば一刀もそうしたかったが、世の中注意しているだけではどうにもならないことがある。その対処法が一人旅はしないというもので、安心できる護衛でも連れて歩けというものだったのだが、それでもなお、護衛があまりあてにできない状況でどうするべきか。

 

『相手よりも頭数を揃えなさい。攻める時には相手を囲む。守る時は囲まれないようにすること』

 

 あんたの頭で理解できるのはそれくらいよ、と軍学っぽい話はそこで打ち切られた。そんな単純な、とその時は思ったが、こうして武器を持って敵と相対してみると腑に落ちるものがあった。

 

 援軍が期待できるこの状況で考えるべきは、生き残ること。いわば守りの戦いだ。守る時には相手に囲まれないように動かなければならない――要は一対二の状況ではなく、一対一の状況を二つ作ると考えれば良いのだ。

 

 一歩右にずれる。一人目が二人目の影に隠れた。これで一対一。二人目に、一刀は当身を食らわせる。二人目は何とか堪えるが、後ろにいた一人目はたたらを踏んだ二人目にぶつかってひっくり返った。

 

 さらに、一対一。一刀の方から攻める。立ち振る舞いを見るに、荀彧の屋敷にいた警備隊の面々よりも大分弱い。素人に毛が生えた程度。おそらく自分と大差ない実力だろうが、慎重に慎重にと脳裏で唱えながら気を引き締める。

 

 どれだけ玄人でも剣で斬られれば死ぬ。打ち込む。相手に攻撃する時間を与えない。一人目が出てこないように二人目の動きを誘導する。気持ち悪いくらいに上手く行っていた。

 

 二人目の腕を斬り割く。血が噴き出た。怪我をしたことで二人目が逆上して更に踏み込んできた。剣を合わせて鍔迫り合い。力は強い。押し返すと、力任せに更に力を込めてきて――その力の分、一刀は力を抜いて大きく飛びのいた。

 

 素人が相手ならこれで確実にいける、と警備隊の面々が太鼓判を押した技だ。剣道の試合でも、小学生の頃によくやった。後ろに大きく下がった分、二人目は大きくバランスを崩し、その場に転んだ。無防備に晒される背中、首の付け根めがけて、思い切り剣を振り下ろす。

 

 鈍い音に、鈍い感触。二人目はそれで昏倒した。急所である。具合が悪ければそれで死んでもおかしくはない打たれ方だが、さて残りは――と目を向けると、一人目の賊は太史慈に打倒された後だった。

 

「受け持ちは三人から四人になったみたいだな。手際が悪くて申し訳ない」

「そんなこと思わないよ。私一人じゃここまで簡単に倒せなかったと思うし。お兄さんたちに感謝だね」

 

 弓矢で賊をあらかた仕留めた元直が、軽い足取りでやってくる。見事な弓の腕だ。確かに、援護を元直に任せたのは正解だった。

 

「視界に入った連中は皆動けなくしたけど、これで全部かい?」

「こっちから攻めてきた奴は全部かな。逆から攻められてたら私一人だとお手上げだったけど、何も騒ぎになってないってことは大丈夫ってことだね」

「それは何よりだ。ところでお嬢さん。こいつらを拘束しておきたいんだけど、縄を持ってきてもらっても良いかな」

「解りました!」

 

 にこにこと太史慈を見送った元直は、彼女の姿が見えなくなるとすぐに笑みをひっこめた。そして手近に転がっていた賊の襟首をつかむと、一刀の前まで引きずってくる。

 

 それは一刀と戦っていた内の片割れで、最後に太史慈に打倒された男だった。鼻血を流し、全身打たれたようだがとりあえず当面は命に別状はなさそうである。

 

 そんな男の前に腰を下ろすと、元直は努めて淡々とした声で言った。

 

「最初に言っておくけど、僕は君たちが生きようが死のうが知ったことじゃない。幸い、君以外にもくたばってない人間はいるから、君がダメなら他に聞く。それをよーく踏まえた上で、僕の質問に答えるようにね」

「わ、わかった……」

「よろしい。君らの仲間はここにいるだけで全部かい?」

「一緒に行動してる奴らってことならそうだ。俺たちは元々冀州の黄巾本隊にいたんだが、そこから逃げてきた口だ」

「連携してる訳じゃない、逃げてきた連中は近くにいるのかな?」

「それは知らねえ」

「指の二、三本も砕かれないと自分の立場も理解できないのかな……」

「本当だよ! こんな稼業をやろうってんだ。同業者が近くにいたら、河岸を変えるなり喧嘩を売るなりするわな」

 

 必死な賊の言葉には、一応の筋は通っていた。いずれにせよ、当面これで全部というのならばありがたい話だ。元直はそう、と短く言うと渾身の力を込めた拳を顔に打ち込んで賊を気絶させ、他の賊にも同じ質問をしていく。拳で五人も気絶させる頃には、情報の摺合せは終わっていた。

 

「どうやら本当にこいつらは単独みたいだね」

「他にも似たような連中がいるってのは、あまり嬉しい話じゃないけどな……」

「今日明日に来るってものでもないようだし、それは無視しても良いんじゃないかな。見ず知らずの人たちの安全にまで気を配っていたら、身体がいくつあっても足りないよ」

「それはそうなんだけどさ」

 

 だからと言って我関せずとはいかない。少しでも関わってしまった以上、何とかしてあげたいと思うのが人情というものだ。不服である、という一刀の雰囲気を察した元直が苦笑を浮かべる。

 

「一刀。『それ』は君の良いところだと思うけど、あれもこれもとはいかないものだよ。こういう世なら尚更ね。友人として君のことが大事だという僕の気持ちは、できればくみ取ってもらえると嬉しいね」

 

 危ないことはしてくれるな、という元直の言葉に一刀は少しずつ冷静になる。何はともあれ、今は目の前の問題を片づけることだ。戻ってきた太史慈から縄を受け取り、賊を縛り上げていく。矢を受けて怪我をしているものは応急処置だけをする。命に別状はないが、放っておいて良い傷でもない。

 

 本当であればちゃんとした治療を受けさせるべきなのだろうが、とりあえずの監禁場所に連れていく際、すれ違った村人たちは視線だけで殺さんとばかりに殺気立っていた。治療してやれという雰囲気ではない。この時勢だ。打倒されたにも関わらず、命があるだけでも御の字なのだろう。

 

 殺伐とした世界観に打ちひしがれながら、一刀が案内されたのは村の中央。明らかに『偉い』人が住んでいる家だった。屋敷なれしたせいか、小さな家だな、と思ってしまったのはご愛敬である。

 

 中に通され、村長ですと紹介されたのは初老の男性だった。白い髪に白いヒゲ。一刀が想像するいかにも村長な容姿の男性は、孫ほど年の離れた一刀と元直に手をついて頭を下げた。

 

「村を助けてくださって、ありがとうございます」

「私たちが手を出さずとも、太史慈さんが何とかしておられたでしょう。賊を相手に一人で立ちまわっておられたようですし」

 

 暗に少女一人に押し付けて残りの大人は何をやっていたんだと責める一刀に、村長は恐縮して頭を下げた。

 

「お恥ずかしい話なのですが、村の女が二人まとめて産気づきましてな……男衆はそちらの警護に回っておりました。いずれにせよ、年若い子義におんぶにだっこという形になり、大人としては恐縮するばかりでございます」

「それは……大変でしたね。赤子の方は?」

「無事に出産しました。両方とも、元気な女の子です」

「それは、おめでとうございます」

 

 事件に関するやり取りが終われば、今日あったばかりの人間である。特に話がある訳ではない。報酬などの話も必要だろうが、いきなり金の話をするのも無粋である。話は当たり障りのない世間話に移行した。

 

「お二人は、どういう旅を?」

「僕は恩師に会いに水鏡女学院まで」

「それでは、貴女様が軍師先生でいらっしゃる?」

「いまだに仕官をせずに、ふらふらしている不良弟子ではありますが」

「事情がおありなのでしょう。無理には聞きますまい。して、貴方様は?」

「見分を広めるために旅をしています。こちらの徐庶さんとは、洛陽から同道してもらっています」

 

 特に目的はないと正直に言う一刀に、元直はこっそりと溜息を漏らし、村長は返答に困った。

 

 この国に生きるほとんどの人は、今日を生きるために日々仕事をしている。そんな中、明確な目的なく旅ができるのは、掃いて捨てるほど金を持っている富裕層か、出先でも金品を調達できる技術を持っているかのどちらかである。前者は金持ちのボンボン、後者は傭兵や悪い意味では盗賊などもこちらに分類される。

 

 一刀はボンボンでも通りそうな容姿をしているが、同行者は元直だけで他に護衛はいない。洛陽から同道したという彼女がいなければ、一人で旅をしていたのだろうか。正直、村長の目から見ても一刀は一人旅ができそうな程強そうには見えなかったが、見た目が強さに直結しないことは太史慈を見て思い知っている。

 

 人には人の事情があるのだと、元直の時と同じく深くは聞かないことにした。

 

「ところで、物は相談なのですが……」

 

 きたな、と元直は思った。顔には出さずに静かに白湯を啜っている。

 

「村に残って自警団を組織するのを手伝っていただけませんでしょうか」

 

 村長が口にしたのは、元直の予想通りのものだった。

 

 官軍が当てにできないのだから、自衛の手段を考えるのは当然のことである。おまけに旅人である一刀は元々村の労働力に含まれていない。悪い言い方をすれば、仮に戦い死んだとしても痛くもかゆくもない人間なのだ。多少良心は痛むだろうが、それだけである。まさに、危険な仕事を任せるにはうってつけの相手だった。

 

 無論、男一人の食い扶持が増えるのは決して軽い条件ではないが、日々の生活を維持するのと同時に、身の安全も守らなければならない。その助けになるのならば、男一人くらいは許容できる範囲だろう。

 

 さて、と元直は一人考えた。仕事を任されるのは良い経験になると思うが、知己のいないこの村で一人自警団の組織に関わるのは、何かあった時に危ない。

 

 一刀の身を案じた元直が出した結論は、決してこの話を受けてはいけない、というものだったが、

 

「俺で良ければ、喜んで」

 

 これも、一刀の良いところではあるのだろう。善性に従って行動できるのは、それはそれで素晴らしいことだ。行動を律することのできる、頭の切れる側近でも抱えるのが望ましい。話に聞く限り、荀家のお嬢さんなどは事を成すに辺り、一刀とかなり相性が良いと思えるのだが、ない物ねだりをしても仕方がない。

 

 せめて、できるだけの助言はしよう。とんとん拍子で話がまとまっていくのを横耳に聞きながら、元直は静かに白湯を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 




大分話が変更された結果、相手にする盗賊の規模も増えそうになってきました。
今回の編で稟ちゃんたちと合流、現状、シャンも同道する形で話を進めていますがまだ確定ではないのでご了承ください。

この話が終わったら連合軍編――ではなく、間に一つ挟むことになるかと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。