真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第047話 反菫卓連合軍 洛陽戦後処理編⑥

 

 

 

 

 

 

 お互いの感情をぶつけ合い、全てをさらけ出して力尽きどれだけ時間が流れただろう。精も根も尽き果てた。指を動かすことも億劫な気だるさの中、ただ一人情を交わした相手の顔が間近にある。

 

 息がかかる距離でただ見つめあい、思い出したように唇を重ね舌を舐る。怠惰に退廃を重ねた時間が過ぎ、既に窓の外は白み始めていた。人生初めての朝帰りである。おまけに無断外泊だ。思春とでかけるという風には伝えてあるのでそこまで大事にはなっていないだろうが、どちらも良い大人だ。ナニが起こったのかは察せられていることだろう。顔を合わせてどんな会話をすれば良いのか。今から気分が凄まじく重い。

 

「…………なんだ?」

 

 お互いに向いていた感情が逸れれば気づくものなのだろう。それが嬉しくもあるが、美人に胡乱な目つきで睨まれると身も竦むというものである。そろりと散々思春に出し入れしたモノに手が伸びるのを見て、一刀はあっさりと白旗を挙げた。

 

「改めて思春は美人だなと思って」

「今更褒めても何もでないぞ」

「元から思ってんだよ実は。口にしてなかっただけで」

「口にしなくとも伝わることであっても、口にしなければならないことがあると知れたのは私の人生でも得難い発見だった」

 

 苦笑を浮かべた思春は手早く身を清め、身支度を整えていく。今宵一晩。それは思春の方から言ってきたことだ。既に日は昇っている。二人でいられる時間はもう終わったのだ。それを寂しく思う一刀だったが、仕方のないことだと思う。口にしなくても伝わることは確かにあるのだ。

 

「私はな、一刀。お前ただ一人と忠義を秤にかけたならば、躊躇いなく忠義を取る。そしてお前はいずれ私の忠義の前に立ちふさがるかもしれない男だ。その時私はお前を斬らねばならない。お前一人だけならば、私は斬り捨てられる。孫呉の刃として、決意が鈍るようなことがあってはならないのだ」

 

 身支度を整えて思春と向きあう。戦場では獅子奮迅に武者働きをし、荒くれ者を従える豪傑であるが、こうしてみると思っていた以上に身体は小さく細い。その小さな身体で思春が抱き着いてくる。まだ結われていない黒髪を見ながら、一刀は努めて思春の顔を見ないようにした。

 

「だから我が愛しい人。お前への気持ちはここに置いていく」

「…………思春がそう言うなら、仕方ないな」

「だが忘れてくれるな。たとえ道を違えるようなことがあろうと、目指す場所が違おうと、お互い命を奪うしかなくなったとしても」

 

 身体を離し、手早く髪を結った思春はもういつもの顔に戻っていた。既に日は昇っている。二人だけの時間は終わっても、確かに変わったものがあった。

 

 小さく、昨日まででは考えられなかったほどに優しく、思春が微笑む。

 

 

 

 

 

「私は一刀、お前を愛している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洛陽の住民にとって連合軍というのは平和を乱すクソ野郎の集団だった。これに大火災が加わったこともあり、袁紹を筆頭に連合軍が洛陽入りした際の評価は最低も最低だったのだが、地道な復興支援と原因を全て袁紹に押し付けたこともあり、解散後の撤退は洛陽入りした時に比べて非常に和やかな雰囲気の中で行われた。

 

 長居はしないという旨を最初から打ち出していたのも大きいだろう。作業員以外は徹底して外に駐屯していたので、住民とのトラブルも最小限に抑えることができた。元より当代最高の知能が勢ぞろいしていると言っても良い集団である。支持向上を最初から念頭に置いていれば、それを達成するのはそれほど難しいことではなかった。

 

 復興作業をする傍ら噂を流すのも忘れてはいない。主だった陣営は主に袁紹陣営へのネガティブキャンペーンに終始していたが、もはや噂を流すまでもないほど袁紹軍の評価は酷いものだった。調査した限りでは連合軍が締め出され皇室と交渉をしている間に噂が凄まじい速度で広まったそうで、復興作業を始めるのがもう少し遅かったら巻き込まれていたと思うと、陣営のトップたちの肝も冷えたのである。

 

 やることが終わったのであれば、次は地元に戻っての戦の準備だ。連合軍は遠近の差はあれど例外なく遠征軍であるので、留まれば留まるだけ費用が飛んでいくのである。可及的速やかに帰れという下知は翻ってみれば諸将にとっては渡りに船だった。

 

 洛陽炎上の一報を聞いてすぐに立った公孫賛に始まり、追放された袁紹軍。更には足の速い馬超軍がその後に続き、後にそれぞれ大勢力に従っていた小さな勢力が洛陽を離れていった。

 

 そうして遅々として進んでいた撤退作業をようやくまとめた袁術軍に遅れること一日、洛陽を十分に満喫した孫呉軍が洛陽外の陣を引き払おうとしていた。連合軍の中では勅命により残留する一刀団を除いては最後の出立になる。

 

 ちなみに曹操軍はこの一時間前に出立している。集団が近隣でかち合うとお互いにとって良いことがないため、両軍団示し合わせての工程である。一刀たちはそちらに立ち寄ってからの訪問であるが、そのためか彼の軍師たちの機嫌が他人が見ても解る程に悪い。

 

 団としては曹操軍とはそこまで縁がないので一刀は一人で行くと言ったのだが、それを心配したという体で幹部全員がついていったのである。曹操以下幹部に軽い挨拶をし、特に団とは縁のあった楽進と会話の後、一刀個人で荀彧と会話するに至った。

 

 にこにこする一刀とは対照的に口を開けば罵倒ばかりの荀彧という構図は一刀団の少女らを苛立たせもしたのだが、自分の所のボスがにこにこしている以上口を挟む訳にもいかない。そんなしかめっ面の仲間たちを知ってか知らずか、一刀がこっそり買っていた荀彧への餞別を渡した辺りで仲間たちの苛立ちはピークに達していたのだが、それまで罵倒とローキックを連打していたのがウソのように、餞別の品を受け取った荀彧はあっさりと曹魏の陣へと消えていった。

 

 受け取ってもらえて良かったと安堵のため息を漏らしていた一刀は見えていなかったようであるが、軍師たちは餞別の品を決して落とすまいとしっかり抱えて走り去る荀彧の姿がばっちり見えていた。あのアマ……と思うのも無理からぬことである。

 

 心の中では嵐が吹き荒れているとて、ある程度思考とは切り離せるのが名軍師というものである。遠まわしにちくちくと一刀に小言を言いながら孫呉の陣営に移動する頃には、とりあえず人前に出られる程度には軍師たちの気分も落ち着いていた。

 

 機嫌の良さそうな一刀がそうでない美少女を引き連れているのは一種異様な光景だったが、当の一刀はそれに気づかない。既に陣は払われ、号令が掛かり次第出発できるようになっている。早い話が一刀待ちなのだが、それを不満に思っている人間はいなかった。

 

 居並んだ孫呉の精兵たちの中から、梨晏が進み出てくる。幹部の証である赤い衣を纏った梨晏は一刀に二年分をここで稼ぐとばかりに力いっぱい抱き着いた。

 

「元気でな梨晏」

「うん。絶対、良い女になって帰ってくるからね!」

「前にも言ったけど今でも十分良い女だよ」

「もー団長ってば正直ものなんだから!」

 

 照れて微笑む梨晏に一刀も笑みを返す。梨晏は『雪蓮のような体型』を指して良い女と言ったのだろうが、意味を態と違えての返答である。言外に『梨晏には無理かもね』と言っているようなものだったが、根が素直な梨晏は言葉の通りに受け取ったらしい。

 

 ご満悦の様子の梨晏の頭をぐりぐり撫でながら孫呉の面々を見る。食べている物が良いのか生活習慣のせいか、はたまた孫呉の土地に『汝巨乳であるべし』という霊的な力でも宿っているのか居並んだ孫呉の将たちは概ね巨乳である。相対的に小さく見える思春ですら、巨乳組から離れてみるとまあまあの大きさなのだから、その総合力は凄まじい。

 

 期限付きとは言え彼女らに合流するのだから梨晏もそうなるのではという思いも一刀とてないではないが、美少女ではあるがちんちくりんである梨晏がああなるとはイマイチ想像ができないでいる。

 

 女子の方が二次性徴は早いと聞くし、梨晏の今の年齢までちんちくりんなのであれば二年経っても劇的な成長は望めないだろうというのが正直な予想なのだが、それを口にしても誰も得をしないことは解っていたし、希望を持つのは自由だ。

 

 それに一刀もどちらかと言えば梨晏の希望が叶ったら良いなとは思う。そろそろ巨乳さんが加入してくれると嬉しいとは口が裂けても言えないが、とにかく希望を持つのは自由なのだ。

 

 遠目に孫呉の陣営を見ると苦虫を三十匹くらい嚙み潰したような顔をしている孫策を周瑜が慰めている所だった。旗色が悪いことを理解した上の勧誘であっても、目の前でいちゃつかれると彼女ほどの傑物でも堪えるらしい。

 

 正直、悪い気分ではない。梨晏はあくまで貸すだけだという念を押すために、一刀は梨晏を伴い孫堅の前に立った。梨晏といちゃついて終わりと思っていた孫堅は、態々自分の所までやってきた一刀を面白そうに眺めている。

 

 生っちょろい優男と思っていたら、存分に楽しませてくれた。本人が望むのであれば幹部の椅子を――もっと具体的には娘の誰かを嫁がせても良かったのだが、野心があるというのだから仕方がない。戦うのも良い。連携するのも良い。どうなろうと乱世だ。文句を言うつもりもないし言わせないが、飼うよりも野放しにした方がより面白いと、炎蓮の勘が言っていた。

 

 その勘が、眼前に立つ一刀を見た瞬間に沸き立った。

 

 こいつはこれから、何かしでかす。あらゆる場所で自分を助けてきた勘が、絶対的な確度でもってそう告げている。良いねぇ全く。顔がにやつくのを止めることができない。敵としてであれ味方としてであれ、いずれこいつと相対すると思うと今から楽しみでならない。

 

「どうぞ。お納めください」

 

 一刀が懐から取り出したのは小さな巾着である。手のひらに乗る大きさで、そこそこに良い拵えと見て解るのはそれだけだ。形からして印のように思えるが、同程度の大きさの金や銀あるいは玉というのも考えうる。商人が賂を直接渡す時に好まれる手法であるが、今さらこの男がそんなことをするとも思えない。

 

「なんだ? 心付けのつもりなら雪蓮にでも渡したらどうだ?」

「そちらは心配していませんので。これからも良い関係でいましょうという程度の、軽いものだと受け取っていただいて構いません。俺からのほんの気持ちです。気持ち」

 

 にこにこ意識して笑っているように見える一刀を横目に見ながら、炎蓮は一刀の幹部たちを見た。取り出したそれが何であるかは彼女らも知っているのだろうが、ここでそれを取り出したのは予想外だったのか、全員の表情が驚愕に染まっている。

 

 それでこの行いが彼女らの同意を得ていないことは察せられた。勝手な男だと思う。だがそれ故に気に入ったのだし、それ故に面白い。炎蓮は差し出されたそれを、一刀たちとしてではなくあくまで眼前の男からの気持ちとして受け取った。

 

「じゃあな! 北郷とその女ども! 次に会うまで達者で暮らせよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて思春! 随分風通しが良くなったようだが北郷のモノはどうだった?」

 

 来たな、と思春はひっそりと気息を整えた。本音を言えば閨でのことなど話したくはないのだが、戦に挑む前に助言まで聞いてしまった上、主君の言葉である。主君が求めるのだから応えない訳にはいかないと、しかし正確に口にすることは憚られた思春は、自分の記憶の便りに指で輪を作って見せた。その大きさを見て、隣で馬を走らせていた梨晏は笑い声をあげる。

 

「嘘だ! 指ついてないよ!」

「実際に握ったのだから間違いない」

「…………長さは?」

 

 思春は無言で手を広げ大きさを表現する。神妙な顔をしながら自分の手でその大きさを再現してみた梨晏は、自分のお腹に向きを変えて当てて無言になってしまった。入るのかな? という疑問は当然のものだと思春は思った。あの時は勢いで何とかなったが少しでも正気が残っていたら躊躇していたように思う。もっとも一刀の獣欲を前にしたら制止の言葉をかけても止まってくれなかったろうけれども。

 

「モノは中々のようだが持続力はどうだ? 一発でへばるようではさしもの甘興覇も満足はできんだろう」

「申し訳ありません。正確な数は私も覚えておらんのです」

 

 自然に男の名誉を守ろうとは色気づきやがって。モノの大きさはともかく回数には満足できなかったと見た炎蓮はそれをからかおうと口を開きかけたが、

 

「十五を超える辺りまでは数えておりましたが、そこから先は記憶が朧気で」

 

 おもむろに口を閉じた。いまだに自分のお腹を見てうんうん唸っている梨晏を横目にみつつ、炎蓮は祭を手近に呼び寄せた。

 

「有無を言わせず押し倒しておくべきだったか……」

「逃がした獲物が大魚であったとは。この口惜しさも久方ぶりですな」

 

 若かりし頃であれば今すぐにでも取って返して一刀に襲い掛かっていただろうが、年を経た今となっては後悔の苦みもおつなものだ。逃がした大魚を思いながらしばらくは思春の艶話でも酒の肴にしようかと思い直した炎蓮は、ようやく一刀から渡された餞別のことを思い出した。

 

「ほんの気持ちとやけに念を押されたように思うが、どういうつもりなのだろうな」

「奴のことですから他意はないのではありませんか?」

「だろうな。まぁ良い品であれば一晩二晩付き合ってやるのも悪くはないが」

「孫堅様もきっと驚くよ!」

「言ったな太史慈」

 

 炎蓮の言葉は中から出てきたものが翡翠でできた印璽であることに気づいたことで止まり、それに刻まれた文言を確認した辺りで流石の孫堅も呼吸が止まった。そうして沸々と、してやられたという怒りと、それ以上の歓喜が心の奥底から湧き上がってくる。

 

「雪蓮!! 北郷の奴はどうやらお前よりも器が大きいようだぞ!」

 

 豪快に笑った炎蓮は手の中のそれを思い切り雪蓮に投げつけた。喧嘩を売られたと解釈した雪蓮は手にしたそれをそのまま力任せに投げ返そうと振りかぶったが、並んで馬を行かせていた冥琳は手に持ったそれが尋常な代物ではないと一目で気づいた。

 

 声をあげる間もあればこそ。既に投げる体勢に入っていた雪蓮は、親友の気配が変わったことに瞬時に気づき、指を離れる寸前で力を抜いた。ふわりと舞い上がることになったそれは、雪蓮の意図した通り、冥琳の手に収まる。

 

 翡翠製の印璽である。それ自体は珍しいがないではない。冥琳もこれ以外に実物を何度か見たことがあるが、手の中のこれは手触りからして存在感が違った。恐る恐る彫られた文言を見てみるとそこにははっきりと彫られていた。

 

「命を天より受け、寿くしてまた永昌ならん」

「はぁっ!?」

 

 その文言はそれなりの立場にいる人間ならば一度は聞いたことがある。そしてその文言が彫られた物がどういう立場の人間が扱うものなのかも熟知している。この国に一つしかないはずのものがどうしてここにあるのか。それも雪蓮には疑問がつきないが、その如何様にでも使えるはずのものを、前の持ち主はあろうことか手放したのだ。

 

 豪気を通り越して狂気の域である。雪蓮とて江東の狂虎の娘だ。幼い頃から向こう見ずであるとか親によく似ているとか散々言われたものであるが、一刀と同じ立場で同じ行動ができるかと言われれば首を捻らざるを得ない。

 

 その辺りが母が器が違うと言った所以なのだろう。直接戦っても軍団を率いて戦っても彼に負ける気はしないが、器で勝負と言われてしまうと現時点では大分溝を開けられているように思う。

 

「梨晏はこれ知ってたの?」

「持ってることは知ってたけど孫堅様にあげるってことは知らなかったよ。多分今ごろ怒られてるんじゃないかな」

「その割には嬉しそうじゃない」

「だってさー、団長がさー、私のためにやってくれたんだしさー」

 

 愛を感じるよねーとくねくねする梨晏に、雪蓮はほぞを噛む。いっそこの判子を捨ててやろうかなという気さえ湧いてくるが、それこそ器の小ささを露呈するように気分が滅入った。せめて少しは機会を設けるためにと梨晏を招いたのに、みじめな気分になるだけで少しも事態が進展しないような気さえしてきた。

 

 己の力と才覚で今まで色々なものを手にしてきた雪蓮だが、手の届く所にあるのに手に入りそうにない、生まれて初めての存在に多大な焦燥と共に、仄かな快感を覚えていた。

 

「これが寝取られってやつかしら」

「寝てから言え」

 

 孫呉の血統が多かれ少なかれ狂人であることは今更疑い様もないが、性癖まで歪んでいるとなれば主にその相手をする冥琳としては堪ったものではない。

 

 共にその梨晏に言いようのない繋がりを感じる身としては、せめてその身体が汚れたりしない内に、望む男の下へ返してあげられるように努めようと冥琳はひっそりと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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