真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第022話 二つの軍団編④

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人数も増え、様々な戦闘経験を積んだ一刀たちだが、所謂攻城戦の経験は少ない。防衛に向いている程の拠点を構えている賊軍を相手にしていなかったことが主な要因であるが、同時に可能な限りリスクを避ける戦い方をしてきたことも、原因の一つとして挙げられる。

 

 一刀団の基本戦術は、敵対勢力に対する執念深い調査をし、周到な準備をした上で、彼らが拠点の外にいる時を狙って奇襲するというものだ。元賊が多いだけあって、彼らは方法論としての戦術を理屈ではなく経験として理解している、

 

 可能な限り大人数で、少人数の敵を、迅速に、一方的に攻撃する。真っ当な教育を受けていると人からどう見られるかを気にしてしまうものだが、彼らは皆行動原理の根幹が生き残ることで統一されている。味方を、引いては自分の命を危険に晒すくらいならば、敵を痛めつけるし殺しもする。

 

 欠点があるとすれば、リスクを避けるせいで人数の割りに直接的な戦闘力が低いところだが、それを軍師による作戦の質でカバーしている訳である。筆頭軍師である郭嘉が団員に最初に徹底させたのは、上からの指示に疑問を持たないことと、それを忠実に、そして迅速に実行することだ。

 

 ある程度の慣れが必要な後半はともかく、上の指示が絶対であるのは軍でも賊軍でも同じである。命令に忠実という意味で、一刀団の面々は最初から優秀であったと言えた。

 

 総合的に見れば、兵士としての質は決して悪いものではない。無論のこと、世の英傑の部隊と比べると直接的な戦力は見劣りすることは否めないが、一刀団の兵たちは彼らには決してできない戦い方ができる。

 

 今回、関羽団の協戦もその得意分野を請け負っている形である。

 

 深夜、賊軍砦の近く。一刀を中心として団の精鋭五十人は、簡単な迷彩を施したボロ布をまとって闇に潜んでいた。視線の先には聞いていた通りのボロ砦が見える。かがり火に照らされている部分を見る限り、やはり補修はされていないようだ。

 

 歩哨が見える範囲に約5人。反対側にも同数がいるとして、砦の外側におよそ十人。予想の通りであり、そして郭嘉たちが望んだ通りの展開でもある。今回は見張りがいた方が、一刀たちにとっては都合が良いのだ。

 

「梨晏、行けるか?」

「もちろん。関羽さんに、良い弓ももらったしね」

 

 軽く弦をはじいて、梨晏が小さくウィンクをする。今梨晏の手にあるのは、関羽が予備として使っていた弓を譲り受けたものだ。今まで梨晏が使っていた弓も悪いものではなかったのだが、流石にかの関羽が使っているものは質が違った。しっかりと手入れされていたし、何より強力である。

 

 ちなみに、関羽団の中で彼女以外にこの弓を引ける者はいないらしい。張飛は弓を持ちたがらず、精兵の面々も弓は使うが、関羽が使うものは強すぎて引けないそうだ。梨晏が弓手であると聞いた関羽が、それならばと持ってきた弓を、梨晏は涼しい顔で引いて見せた。

 

 剣を使わせても十分強い梨晏だが、弓には更に天稟を発揮している。既に一騎当千の実力を持っているはずの関羽ですら、弓では既に敵わないと言っているのだから、その才能の高さが伺えた。

 

 周囲では他の部隊が既に配置についている……はずである。現代であればそれこそ、誰がどこにいるかなど文明の利器の力で把握できるのだろうが、今の状況、今の時代では確かめる術はない。恵まれた時代に生まれたものだと思いながら、一刀は指で梨晏に合図を送った。

 

 一刀の合図を受けて、梨晏は精神を集中させる。身体はここにありながら、視線は、精神は遥か彼方を見据える感覚。息を吸い、吐き、そのまま呼吸を止めて弦を一気に引く。

 

 狙いを定めたのは一瞬。

 

 矢が放たれた。それと同時に一刀たちは駆け出していく。ボロ布を放り出し、一目散に。見張りの内の一人が、駆ける一刀たちに気づいたが、声を挙げるよりも先に、梨晏の矢がその喉を射抜いた。うめき声すら上げられずに倒れる男に、他の見張りは気づかない。

 

 やがて、一人、二人と、見張りが射殺されていく。一刀たちが砦の壁に取り付いた頃には、全ての見張りが射殺されていた。遠目に見れば、弓を持ったまま梨晏が駆けてくるのが見える。本人は走りながらでもやれると言っていたのだが、万全を期した形だ。足音も小さく駆けてきた梨晏が合流するのを待ち、暗闇の中、一刀は仲間に指で合図を送る。

 

『実行』

 

 夜の闇は暗く、近くにいる仲間の顔も良く見通せない中、一刀は確かに仲間たちがにやりと笑うのを見た気がした。それが気の迷いのせいか、逡巡する間もあればこそ、団員たちは一斉に雄叫びを挙げた。そうして口々に、文字にするのも憚られるような品のない罵詈雑言を吐きながら、砦の中になだれ込んでいく。

 

 同業者がお宝を狙って殴りこんできた。その筋を信じさせるのに、これ程説得力のある行いもない。賊徒だった頃を思い出した一刀軍の兵たちは、あらんかぎりの罵詈雑言を吐きながらも、その実、郭嘉と諸葛亮が立てた作戦を忠実に実行していた。

 

 正面入り口を突破したら、外周に沿うようにして二手に分かれる。片方は一刀が指揮を取り、もう片方を廖化が受け持つ。どういう隠し方をしていたとしても、お宝は砦の中ほどにあるに違いない。襲撃となれば中央の守りが厚くなるはずである。

 

 一刀たち正面から攻める面々の役割は、一つは中央の動きを観察し、お宝がどこにあるのか目星を付けることと、首領、幹部の面構えを確認すること。もう一つは、有事にあっても中央に寄らず、外、あるいは外周付近に残った賊を討ち果たすことである。

 

 一刀たちが受け持ったのは討ち果たす方だ。そのため、兵は廖化隊に比べて相対的に質の高い人間が揃っている。とは言え、廖化の部隊も危険がないという訳ではない。総力戦でないとは言え、敵の本拠地に踏み込んでいるのだ。危険でない場所などあるはずもない。

 

 最終的に賊徒を殲滅させるのであれば、頭数は少ないに越したことはない。有事の際に中央に行かない、あるいはいけないとなれば、賊徒にあって立場が低いことは推察されるが、それが腕っぷしに繋がる訳ではないということは、廖化たちからしつこいくらいに念を押されていた。

 

 賊の首領というのは概ね、腕っぷしが強いものだが、賊軍の中での立場というのは腕っぷしの強い順で並んでいる訳ではない。集団から外れた位置にいるから雑魚、という認識はくれぐれも捨てるようにと何度も言われた一刀に油断はない。というのも、

 

「はっ!」

 

 裂白の気合と共に、梨晏が剣を振りぬく。これで五人目だろうか。一刀の護衛として合流した梨晏は、二合と剣を打ちあわせずに、賊を斬り殺していく。一応、一刀も剣を抜いて警戒しているのが、仕事は専ら梨晏の傍を離れないことだった。乱戦が続くこの状況で、梨晏の近くが一番安全だという確信がある。

 

 自分の5つは年下の少女におんぶに抱っこというのは恰好悪いにも程があるが、自分の力を過信しないようにとは郭嘉に何度も言い含められている。少し無理をしようとすると、脳裏に郭嘉の顔が思い浮かぶのだから、その言葉の浸透っぷりが伺える。

 

 外周の戦いが一刀たちの一方的優勢で落ち着くと、砦の戦いは一転、膠着状態に陥った。生き残っている賊は中央に集まって防御を固め、反撃の機会をうかがっている。思いのほか、行動が徹底している。有事の際は中央に集まれと、簡単な取り決めでもあったのだろう。外に残っていたのは、単純に乗り遅れただけの鈍間だった可能性も否めない。

 

 もはや寝ている賊はいるはずもなく、武器も既にいきわたっているだろう。奇襲の時間は終了だ。ならばここで撤収するべきであるのだろうが、一刀たちにはまだ一仕事が残っていた。

 

 時間は十分に稼いだ。廖化達も観察がし易い位置に陣取っただろう。一つ、二つ、三つ、四つ。心中で数えて時を待ち――

 

 やがて、一刀たちが押しかけてきたのとは逆の方向から、雄叫びがあがった。賊徒の間に動揺が走ったのを、一刀たちも見逃さなかった。遠間に、梨晏が次々に矢をいかけていく。一矢一殺。息の続く限り、矢の続く限り賊徒を殺すという意思を持った梨晏の矢に、賊徒は堪らず押し込められていく。

 

 別動隊の襲撃は、賊徒を減らすためのものではなく、一刀たちの撤退を安全にするためのものだ。雄叫びを挙げた別動隊は押し込むようなことはせず、一刀たち以上に無理をせずに撤退する手はずになっている。賊に動揺が走っている間に、一刀たちはケツを捲って逃げ出していた。

 

 正面で廖化たちと合流し、一目散に砦から離れる。走りながら仲間を見れば、何人かシルエットが大きくなっている者がいた。よりそれっぽく見えるということで、殺した賊の身ぐるみを剥いでこさせたのだ。星灯の中、兵たちは器用にも夜目をきかせて品物を選別し、いらないものをその場に捨てていく。手元に残るのは金目の物と、武器である。

 

 正体不明の敵の襲撃を受け、そいつらは夜の闇の中、何処へともなく逃げていった。相手の規模が解らない上夜の闇である。まさか打って出てくるようなバカがいるはずも――というのが一刀と、今回の連携相手である関羽の意見だったのだが、一刀団の中で元賊徒の面々を取りまとる廖化は、あっさりと二人の団長の考えを否定した。

 

 曰く、バカでなければ盗賊などやらない。

 

「あー、本当に廖化の言う通りになったな」

 

 走りながら後ろを振り返った一刀は、追っ手が迫っていることに呆れて溜息を漏らしていた。向こうが混乱している内に脱出し合流し距離は相当稼いだつもりだったのだが、追手の足はこちらに迫る勢いである。騎馬が三十。馬と人では足の速さから距離を詰められるのも理解できるが、考えが及ばないのは、馬が追ってきているということである。

 

 騎馬は真っすぐこちらを追ってきている。真っ暗闇の中で、一刀たちの持っている松明が目印になっているのだ。追ってくるのならば迷わず追ってこられるように、相手にとっての目印となるべく持っているものだが、こんな態とらしい目印を追ってくる人間など……と思っていたらご覧の有様である。

 

 賊の規模からして馬は虎の子だろう。乗っているのも雑魚であるはずもなく、賊の中では精鋭のはずだ。にも関わらず、数も質も正体不明の集団をその連中が追ってきた。自分たちが返り討ちに合うとか、伏兵が待ち構えているとか考えないのだろうか。相手のことながら逃げつつも気の毒に思う一刀だったが、敵の命よりも自分の安全である。

 

 廖化の提言を受けて諸葛亮は、元々設置するはずだった備えを強化した。徒歩で追ってくるとしたら適当に、もし馬で追ってくるならと配置された伏兵は、しかし集団では伏兵として機能しない。既にこちらの存在は知らしめている。これから戦うのであれば敵の数は少しでも減らしておかなければならず、この場合最も警戒するべきは伏兵に感づかれて、兵を退かれることだ。

 

 可能な限り少数で、かつ単独であっても追手を殲滅できるだけの戦闘能力の持ち主。一刀団と関羽団を足してもそれを可能とするのは四人しかおらず、そしてこれが二つの団が協調して行う作戦と理解していた諸葛亮は、あちらの二人に頭を下げた。

 

 誰一人欠けることなく、一刀たちは全員で所定の位置を通り過ぎた。それに遅れること僅か、賊の騎馬が迫ってくる。このまま走るペースを落とさなくても、一分もせずに追いつかれるだろう。それまで逃げの態勢では如何に梨晏がいると言っても一方的に数を減らすばかりである。

 

 一刀の指示で、仲間は密集して迎撃態勢を取る。通常であれば散開して逃げる場面であるのだろう。騎馬と戦うための装備もなく、ただどっしりと構えただけでは歩兵が騎馬を迎え撃てるはずもない。追手としては罠を警戒する場面である。

 

 イケイケで追ってきた賊も、流石に足を止めて武器を構えた一刀たちを警戒したが、それで足を止めてはここまで追ってきた意味がないと、そのまま『突撃』と部下に指示を出した。

 

 残り十メートル。夜の闇で見えない賊の顔が、笑みの形に歪んだのが見える。同時に、一刀は指示を出した。

 

「散れ!」

 

 その号令を元に、バラバラに逃げていく仲間たち。迎え撃たれると思っていた賊たちは、勢いを殺せず急な方向転換もできない。

 

 そこに、飛び込んでくる影が二つあった。名乗りはなく、問答もない。待機場所から飛び出し、賊の騎馬と並走していた関羽は、賊の背後で踏み切ると、青龍偃月刀を一閃させる。首が三つ、宙に舞った。血飛沫が舞うなか、着地した関羽は、次の獲物を求めて得物を振るう。

 

 後に神格化さえされる、一騎当千の猛者である。十把一絡げの賊で、相手になるはずもない。向こう見ずの賊であっても、流石に目の前に自分の命を脅かすものが、これ以上ないくらいに解りやすく出現すれば、自分たちの立場が風前の灯であること、今まさに罠にはまっているのだということは理解できた。

 

 責任者の指示は突撃であり、出立の際に出された命令は皆殺しであるが、その責任者の首は先ほど宙に舞った。死人の指示に付き合う程、彼らは職務に忠実でも義理堅くもなかった。馬首を返し、砦までの撤退を始める。この時までに、関羽の手に寄って十の首が舞っていた。

 

 更に次を、と動きだした頃には、馬は既に動き始めている。その最後尾を走っていた賊の首に、深々と矢が刺さる。梨晏の狙撃である。一刀を含めた他の仲間が逃げたふりをする中、彼女だけはあらかじめ指定されていた狙撃に適した場所まで移動していたのだ。

 

 優位な位置。邪魔をする相手は何もない。落ち着いて射れるとなれば、弓の名手である彼女が矢を外すはずもない。一射一殺。一つ射かけられる度に、一人が確実に落馬していく。三十を超えていた騎馬が瞬く間に十を切った。ここにいては殺される。賊たちの思いは一つになる。もはや統制などなく、一目散に駆けていく彼らの前に、しかし小柄な影が立ちふさがった。

 

「燕人張飛、見参…………なのだ!」

 

 必要のない名乗りは、彼女的には必要なものだったのだろう。小さな身体を最大限に使う様は、それが舞踊などであれば実に微笑ましい光景だが、少女が振るうのは扇や鈴ではなく、自身よりも遥かに長大な蛇矛である。

 

 張飛の手が閃く。その一瞬後に、胸から血を吹いた男が、馬から落ちた。蛇矛の先には血が滴っている。あれで突かれた。状況からそれは解るのだが、胸を貫かれて即死した男は元より、その周囲を駆けていた男たちは誰一人、少女の手の動きを追うことができなかった。

 

 あれだけ長大な得物を使っているにも関わらずである。一人殺すのが一瞬であれば、十人に満たない人間を殺すのは、一息の間。

 

 だが、最後の一人が打たれたのは胸ではなく肩だった。馬から落ちる。それは他の面々と同じだったが、彼らと違ったのはまだ生きていることだった。焼けるような痛みが、自分がまだ生きていることを教えてくれる。助かった、と男が安堵したのは、すぐ近くに倒れている賊仲間の死体を見るまでだった。

 

 生かされた、それは解るが幸運だったと思うのは早計である。それは賊である彼が良く知っていた。殺してもいい相手を生かしておく場合、末路は一つしかない。彼に待っているのは死んだ方がマシな目だ。逃げなければ。這ってでも逃げようとした男の背中を、団員たちが押さえつけた。

 

 廖化から確保したと報告を受けた一刀は、すぐに拘束を命じる。その監視に二人を残し、後の人員は馬の回収に走らせる。乗り手だけを殺すように配慮しただけあって、馬は全て無事だった。五頭逃がしてしまったようだが、これだけ確保できれば十分だろう。砦を攻めるのに馬はあまり必要ないが、これからのことを考えれば馬は何頭いても足りないくらいだ。

 

「一刀殿、ご無事ですか?」

「お蔭さまで。関羽殿は流石の腕でらっしゃる」

「私の腕など……」

 

 関羽は謙遜の言葉を途中で濁した。それは人の良さから出てきた言葉だったが、彼女とて自分の腕が一流の部類に属することは知っている。一刀たちも決して悪い腕な訳ではないが、それはあくまでただの兵として見た場合のことである。

 

 自分の部下として彼らがいても、精兵の中には加えないだろうし、仮に戦ったとしても全員まとめて返り討ちにする自信があった。言葉を続ければ、嫌味になると思った関羽は、自分はどうして上手く言葉を紡げないのだろうと、そっと溜息を吐いた。

 

 そこに、馬を回収し終わった張飛と梨晏が合流する。

 

「賊の死体はどうするのだ?」

「気分としては野ざらしでも構いませんが、残しておいても厄介ごとしか生みませんからね。幸い、馬も手に入りました。回収して土に埋め、手くらいは合わせようと思います」

「ふーん、お兄ちゃんは優しいんだな」

「それほどでもありませんよ。単に化けてでやしないかと怯えているだけです」

 

 一刀はそこまで信心深い訳ではない。最初こそ、死体を見て気分を悪くしたものだが、そういうものだと割り切れるようになってからは、それもなくなった。死体を埋めようというのも、単純に衛生面での問題を気にしてのもので、心情的にどうしてもやらなければならないと思っている訳ではない。

 

「さて、こっちは上手くいったな。あっちの首尾はどうかな?」

「徐先生と程先生なら、問題ありませんでしょう。両先生も、団長の方を心配しておられたようですし」

「失礼しちゃうよね、私がいるのに……」

 

 砦に攻撃を仕掛ける一刀たちとは別に、一刀団の人員を割いて、砦の周辺の捜索と配置を行っている。五人一組で行動させ、砦から逃げてくる者を捕まえる算段であると言う。今後のことも兼ねた訓練という話だが、賊の経験のある人間の中ではすばしっこく、隠れるのが上手くて盗みが得意だった、という人間を中心に編制されている。

 

 それを指揮するのが程立と、仕事から戻ってきた元直である。程立はいつも通りののんびりとした顔でシャンを伴い、元直は今回は参加できると喜び勇んで出発していった。

 

 本来の予定では砦から脱走者が出るのはもう少し先の話だったのだが、虎の子の騎馬隊が負けてしまったとなればその予定は早まるかもしれない。思いの他早く、彼らにも活躍の機会がやってくるだろう。自分の仲間がそれを成せるのだと思うと、一刀の気分も良い。

 

「しかし、軍師の考えというのは素晴らしいものですね。私も兵法を齧ってはいますが、足元にも及ばない」

「俺も毎日が勉強ですよ。こんなことも解らないのかという目で見られると時に死にたくなりますが、同時に彼女らがいれば安心と思えます」

 

 基本的に、一刀は毎晩軍師の誰かの講義を受けている。どういうシフトになっているかは聞いていないが、持ち回りで行っているらしく、同じ人間の講義が二日続くことは少ない。そこには客員である諸葛亮や鳳統も参加しており、元直もこちらにいる時は戯れに講義を行ってくれる。

 

 彼女らからすれば一刀の知識は大分物足りないものであるらしく、時間はいくらあっても足りないと言われている。政治経済についてはいずれ必要になるだろうが、まずは軍学を中心とした部隊の運用や社会情勢について叩き込まれている途中である。

 

 一刀が知識を叩き込まれている間、団の他の面々は読み書き計算の練習をしている。識字率は一刀が考えていたよりも高かったが、それに四則演算ができるという条件を加えると、最初期のメンバーの中では両手で数えられるほどしかいなかった。

 

 何もそこまで、と郭嘉には呆れられたが、これは必要なことだと押し通して夜の暇な時間を勉強に当てることにした。その甲斐あってか、数も数えられなかった面々も、九九を覚えるくらいまでには成長している。読み書きの方はもっと順調で、もうしばらくすれば途中で合流した全員が、問題なく簡単な文章ならば読み書きできるようになるはずだ。

 

「お羨ましいことです」

「この手のことは縁ですからね。俺が彼女らと出会ったのもたまたまでした」

 

 ははは、と一刀は笑うが客員とは言え、自分たちの中に諸葛亮と鳳統がいるのである。軍師がいないと困っている、劉備を伴わない関羽を前にすると、聊か心も痛んだ。

 

 関羽たちと合流する前、郭嘉と話したことを思い出す。この時勢である。傭兵団も義勇兵も集合離散を繰り返しており、関羽団もそれを考えているだろうというのが郭嘉の読みだ。軍師不足を実感しているならば、今はそれを強く意識しているだろう。

 

 味方に関羽がいる。現代人である一刀にとってこれ程心強いこともないが、今の一刀には初期の団員たちに語った決して小さくはない野望がある。挑戦もする前から、これを諦めたくはない。

 

 その点で言うと、関羽という名前と実力は大きすぎるが、結果を見過ぎる余り過程を蔑ろにするのでは、そもそも夢に挑むこともできないかもしれない。

 

 合流するのか。そうでないのか。いずれ結論は出さなければならないだろう。賊軍には打撃を与えた。彼らの壊滅が早まったことが、今の一刀には少しだけ憂鬱に思えた。

 

 

 

 

 





合流するル-トとしないルート、一応両方とも構想中です。
しないルートは前と同じなのでそこまで悩みませんが、するルートは前と大幅に変わるので実現の度合は低めです。立身という感じではなくなりますしね。

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