真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第021話 二つの軍団編③

 

 

 

 

 盗賊をやっていた仲間に聞いたことがある。何でも盗めるとしたら一体何を盗むか。彼らは全員が全員、一瞬も考えることなく『現金』と答えた。現金は売らなくて済むし、どこの街に行っても価値は同じであると。

 

 だから盗賊団から巻き上げた品を配って歩く時、喜ばれると思って現金から配ろうとしたのだが、それはありえないと止められてしまった。現金は食べられないし、交換してくれる人間がいなければただの金属の塊である。盗賊の拠点と街の間にあるような村はどうせ困窮しているから、現金よりも食べ物や衣類などの現物を配った方が喜ばれるという。

 

 そんな事情で、食料や衣類などを優先して村々に配って歩いた結果、一刀団には現金や貴金属などの交換価値が高い物と、盗賊が使っていた武具などの、そこそこ価値はあるけれど村々にあっても使いどころに困る物が残った。

 

 現金はいざという時の実弾として蓄え、武具は磨いて自分たちで使った。途中から入団してきた面々も、武具を持って入団というケースはほとんどなかった。収入の少ない内は盗賊から奪った武具が、実質的な一刀団の生命線だったのである。

 

 最初の一件で名前を売っておかなければ、こうはいかなかっただろう。きちんとした仕事が入るようになり、そこそこ規模の大きい盗賊を潰すこともできるようになったのも、最初の仕事で馬を回収し、それを売って現金に換えることができたことが大きい。

 

 三百人全員が武装できて、少ないが騎馬隊も編制できている。最低限、傭兵団としての体裁は整っていると言えるだろう。

 

 とは言え、袁紹や袁術などの金持ち連中の兵団と比べると、装備が見劣りするのは否めない。これで関羽団の兵が全員ぴっかぴかの鎧で武装していたら劣等感を憶えて仕方なかったのだろうが、ヒラ兵士に限って言えば、装備の質は一刀団と大差なかった。

 

 差があったのは関羽と張飛が直接指揮をとる二十から三十の部隊で、彼らは重い武器と頑丈な鎧で武装していた。明らかな待遇の差であるが、それを不公平と思う人間はいないようだった。

 

 彼らが良い装備を与えられているのは、彼らが精兵だからという理由もあるのだろうが、そうであるが故に、より危険な現場を請け負うことになるからだ。つまりはそれだけ死ぬ可能性が高いということである。何しろ一騎当千の武将が直接指揮をするのだ。普通の兵では命がいくつあっても足りないような現場を生き抜くには、相対的に良い装備がどうしても必要なのである。

 

 良い装備の兵も、普通の装備のヒラ兵士もきちんと整列して行進している。軍規が行き届いている証拠である。血色が悪かったり不衛生な兵は一人もいない。想像していた以上に良い環境のようである。なるほど、確かにあの関羽が率いているだけのことはあると思ったが、兵の質よりももっと気になることがあった。ぐるりと兵たちを眺めた後、一刀は関羽に問うた。

 

「これで、全員(・・)ですか?」

「はい。私と鈴々を含めて六百二十一名。我々はこれで全員です」

「軍規も行き届いているようで、行動に乱れがない。お羨ましいことです」

「ご謙遜を。一刀殿のところは、一から結成してまだ半年と伺っています。それでこれだけの兵団を作られたのですから、一刀殿も中々のものですよ」

「俺の力など微々たるものです。未だに仲間におんぶに抱っこの状態で、お恥ずかしい限りです」

 

 ははは、と一刀は苦笑を浮かべる。中々でも微々たるものでも、実際に関羽の方が倍以上の兵を持っているのだから、二つの団を外から見た人間はそのほとんどが、一刀団よりも関羽団の方が優れていると判断するだろう。

 

 軍師や武将など、団員の質で劣るつもりは決してないが、現時点で関羽団に劣っているという事実を否定する材料はない。郭嘉たち最高の人材を活かすには、まだまだ道半ばであると関羽団の兵を眺めながら、一刀は団を大きくするという決意を新たにした。

 

 自分の中の劣等感以外に、気づいたことがいくつかある。

 

 関羽の言葉を信じるならば、関羽団はこれで全員。やはり、劉備はここにはいないようだ。梨晏やシャン、郭嘉たち軍師にもそれとなく関羽団の兵を確認してもらったが、結果は芳しくない。関羽と張飛以外に特別技量に優れる者はおらず、また軍師役を担っていそうな者も、ぱっと見た限りではいないらしい。

 

 劉備の件はとりあえず置いておくとしても、軍師役がいないというのは意外なことではあった。何気にインテリだという噂の関羽がそれを兼ねているのだろうが、彼女は団の代表であり一騎当千の猛者である。戦では常に最前線に出て戦う彼女に、本陣で俯瞰して物事を見るという作業は不可能だ。

 

 これからのことを考えれば軍師の一人か二人は仲間に引き入れるべきだと思うのだが……まぁ、それは言われるまでもないことだろう。相手はあの関羽である。現代でぬくぬく生きてきた人間がぱっと見て思いつくようなことくらい、早々に考えついているはずだ。

 

 兵団の紹介が済むと、一刀たちは関羽団の幕舎に移動した。普段、関羽と張飛が使っている幕舎だそうで、広い作りである。これからの事を話し合うために、お互いの幹部を集めての会議であるが、ここで明確に人数に差が出てしまった。

 

 一刀団から出席した幹部は団長の一刀、武将であるところの梨晏とシャン。軍師として郭嘉、程立に客員の軍師である諸葛亮と鳳統。元直の立場も諸葛亮たちと同様『客員の軍師』であるのだが、色々と忙しい彼女は今現在はこの場にいなかった。連絡はついている。盗賊と戦う時までには必ず戻ると言っていたが、果たして戻ってこれるのかどうか分からない。

 

 一刀団がこれだけ大所帯なのに対し、関羽団の幹部として出席しているのは関羽本人と義妹の張飛の2人だけだった。それぞれが率いる中には百人隊長など、中間の管理職は複数名いるらしいのだが、それは幹部ではないというのが姉妹二人の認識で、隊長たちの方も同様であるらしい。

 

 少し少なすぎやしないだろうか。それとも、普通の団はこうなのだろうか。自分たちが普通の集団でないことは自覚しているが、逆にどういうものが普通なのだろう。そもそもこの国にとって、存在そのものが普通でない一刀には良く分からない。不安に思って横に座っている程立を見る。一刀の視線を受けた程立はいつもの寝ぼけ眼のまま、顔を寄せ、耳元で囁いた。

 

「ご懸念はもっともです。普通はこれくらいの集団になれば、少なくとも後2、3人は幹部がいるはずです。先頃戦った盗賊団を思い出していただけると、お解りいただけると思いますが」

 

 確か二百人からの集団に十人は幹部がいた。一人が二十人程度直接指揮をしているとすれば計算は合うが、烏合の衆がそこまできっちりとした統制を取っているとは思えない。深く考えず、何となく偉い奴とそれ以外を分けていてその形になったのだとしたら、それは自然が生み出した最適解ということなのだろう。勤勉な人間よりも怠け者の方が先に真理にたどり着くことがあるという。盗賊団の件も、そういうことなのかもしれない。

 

「人には限界があります。その限界を越えて物事を処理をしようとすると、そこから無理が生まれて全てが破綻します。組織が分業する理由の一つは、物事を無理なく運営するためなのです。しかし逆に言えば、自分の能力の範疇でさえあれば、物事は上手く回ります。六百人の集団を自分と義妹で運営するというのは、関羽さんにとって無理のないことなのでしょう」

「実は苦労してるとかは?」

「なさそうですねー。統制は取れていますし、調練もきちんとこなせています。物資が不足している様子もなく、兵たちの士気も高い。考えうる限り、限りなく最高に近い状態と言っても良いでしょう」

「文句のつけようもないっていうのはこのことだな……」

「ですが、それでも限界というのは必ずやってきます。組織が大きくなり関羽さんの限界が見えてきた時、いきなり組織の体系に手を入れるのは、得策とは言えません。張飛さんと二人で処理できなくなったということは、既に無理が生じているということであり、その上更に他人の手が入るということでもあります。全て今まで通りとは絶対にいきません。思わぬ所で思わぬことが起こり、それが大惨事に繋がる。世の中そういうものです」

「それは流石に悲観論が過ぎるんじゃないかと思うけどな」

「風は軍師なので、悲観論で備えてしまうのはご容赦ください。でも、困ってからようやく動くようでは遅すぎるということは忘れないでくださいね? 勝つために必要なのは、執念深い調査と周到な準備です」

 

 いつもの調子で痛い所を突いてくる程立であるが、それもまた真理である。美少女に顔を寄せている一刀を、関羽は黙って眺めていたが、話が終わったのを見ると小さく咳払いをして、今度は自分の話を始めた。

 

「――依頼主の情報では、賊軍が拠点としているのはここから三日程。朽ちた大昔の砦とのことです」

 

 一刀たちと関羽たち姉妹は、卓を挟んで向かい合っている。それほど大きくはない卓の上には、周辺の地図が置かれていた。現代人である一刀から見ると落書きのような地図だが、周辺の状況を把握するにはこれで十分だった。何しろそこは街道から外れた平地にあり、周囲に特筆するような地形はない。

 

 大昔とは言え、どうしてそんな場所に砦など作ったのかという疑問は残るが、実際にあるのだから今はそれを考えないでおく。

 

「改修されていると厄介ですが、その辺りの情報は?」

「崩れた塀を木で補強してある程度ということです。元々旅の人間が宿に使うこともあったとかで、詳細な情報が街にありました。あそこを砦として使うのならば、改修するよりも新しく立てた方が予算も時間も少なくて済むとのこと。大人数が雨露を凌げるだけの場所、という認識で問題ないかと思います」

「籠城する可能性は低い、と見て良さそうですねー」

 

 一刀の左隣に座っている程立が、寝ぼけ眼で見上げてくる。相変わらず大きな飴を咥えているが、それに張飛が卓の向こうから熱い視線を注いでいた。どうしても欲しいと言う程ではないが、是非口には入れてみたいという風である。

 

 見た目の通りの食いしん坊キャラのようだ。それをどうにか隠そうとしているようだが、視線は飴に釘づけである。当然、程立はそれに気づいていた。張飛の視線を誘導するように、飴を右に左に揺らす。張飛の視線もそれに合わせて動いていた。程立にとって飴は貴重品、という訳ではない。飴のストックは沢山ある。程立にとっては精神安定剤のようなものらしく、補充できるような場所に行った時にはいつも持てる限界まで補充してくる。

 

 最近は街に寄ることも多かったから、自分の分が不足している訳では決してない。別にケチな性格でもないから張飛に分けることに抵抗がある訳でもないはずだ。単純に、からかうのが面白いからそうしているのだろう。見た目お人形さんなせいか、微妙な悪戯好きなのである。

 

 散々からかい倒した後、程立は懐から予備の飴を取り出して卓の隅に置くと、張飛に向かって軽く掌を差し出して。『どうぞ』の仕草に張飛は目を輝かせる。飴に飛びつくために身体が動きかけたが、今が会議の席だと思いなおしたらしい。こほん、とわざとらしく咳払いをして椅子に座りなおしている。

 

 そんなやり取りを横目で眺めていた関羽は、義妹の行動に深々と溜息を漏らしていた。

 

「こちらの総数は九百。あちらは六百。一応、総数では勝っている訳ですが、そちらに何か計画などはおありでしょうか」

「正直、夜陰に紛れて近づき、夜明けと共に総攻撃、くらいしか考えておりませんでした……」

 

 関羽団の実力であれば、盗賊六百などは問題にならないだろう。ただ倒す、追い散らすというだけであれば、他所の手を借りるまでもない。

 

 しかし、商人たちからの依頼は盗賊団の全滅である。これは軍事的な用語としての意味ではなく、その全てに近い数を抹殺、あるいは捕縛せよという依頼である。関羽の言った方法では劣勢になった時点で、盗賊団の大部分が逃げてしまう。相手を逃がさないための周到な準備が必要となる訳だが、包囲殲滅となると同数である関羽団だけで対応するのは難しい。一刀団の三百を入れても微妙なところである。

 

「平野部で包囲するなら五倍は欲しいところですねー」

 

 程立ののんびりした声が幕舎に響く。何の気なしに言ったようにも聞こえるが、言い換えれば単純な包囲戦は無理だと暗に言っていた。ではどうするのか。それを話しあう会議な訳だが、関羽団の側から意見が上がってくる気配がない。

 

 引き摺り出して総力戦というのが現状、彼女らの考える最高の手段なのだろう。一刀自身、妙案があるという訳ではないが、大将とは別に中長期的な作戦を考えることのできる参謀が必要とされる理由が、よく解った気がした。一刀も頭を捻ってみたが、関羽の出した総力戦以上の案が出そうにもない。

 

 ちらと、郭嘉を見る。理知的な眼鏡美人は、僅かに目を細めると視線で諸葛亮を示した。一刀は、僅かに眉を上げて疑問を呈する。郭嘉は視線で『諸葛亮に任せる』と言っている。それに否やはないが、別に郭嘉本人が提案しても良い場面のはずだ。

 

 疑問は残ったが、筆頭軍師の指示である。ここで諸葛亮を使うことに、何か意味があるのだろうと思いなおした一刀は、諸葛亮に視線を向けた。

 

「諸葛亮。説明を頼む」

「は……はい!」

 

 まさか自分が指名されると思っていなかった諸葛亮は、背筋を伸ばし、かちこちと前に出る。緊張のあまり両手と両足が一緒になって動いていた。これで大丈夫なのかと関羽、張飛からも不安気な視線が向くが、一刀たちと関羽張飛の中間、地図の広げられた卓の中間位置に立つと、諸葛亮の震えはぴたりと止まった。大きく息を吸って吐く、俯いていた顔を上げた時には、諸葛亮の顔はもう軍師のものに変わっていた。

 

「分断し、各個撃破することを提案いたします」

「方法を説明してくれ」

「彼らの同業者…………流れてきた盗賊に偽装した兵五十でもって夜襲を繰り返します。彼ら自身ではなく、彼らのため込んだ財を狙っていると思わせるのです。自分たちの命ではなく、財物を狙っているとなれば、彼らも一度は足を止め、迎撃することを考えるでしょう。そうなってから、実際に忍び込み、財物を盗み出します。彼らが追ってくるように仕向けるのです」

「それで全数を引っ張り出すことができるか?」

「いいえ。間違いなく全員では追ってきません。財宝全てを一度に盗めるのならばその可能性もありますが、少数ではそれも難しいでしょう。砦から打って出てくるのは最大で半数。三百程度と考えます。こちらは五十ですから、それで十分と判断するでしょう」

 

 それが成功すれば、半分ずつに賊軍は分断されることになる。残りの半分は砦に籠ったままだが、半分は外に出ているのだ。明らかな少数で引っ張り出すところに難しさはあるものの、それをどうにか乗り越えることができれば後はこちらの領分である。

 

 こちらで状況を設定できるということは、罠を張って待ち構えることができるということだ。数で劣る敵を追っていたのに、気づけば危機的状況に追い込まれている。賊軍の不安は相当なものとなるだろう。

 

「可能な限り砦から引き離した後、伏兵により奇襲。足の速い戦力の九割をこちらに集中させます。出てきた賊は全て、討つか捕縛。砦に残った兵は、残りの全兵力で奇襲。賊が出ていったのとは逆方向からです」

「財物を放り出して逃げるってことは?」

「勿論考えられますが、出ていった半数が劣勢となれば状況が変わります。何しろ単純に取り分が倍に増えた訳ですから、この欲を振り払うことは容易ではありません。逃げるにしても、財物を確保してからです。財物がどういう状態で保管されているか解りませんが、六百という大所帯ですから相当量と考えられます。持ち出すのも一苦労でしょう」

「それで、諸葛亮殿。砦を襲う際の策は?」

「油をまいて火を放ちます」

 

 即答した諸葛亮に、関羽は絶句してしまった。砦を攻める際の手段として、火攻めは割とスタンダードなものだと聞いている。朽ちた砦に盗賊が沢山。火攻をするには持ってこいの状況であるが、表情を見るに関羽には精神的な抵抗があるようだった。思っていた以上に関羽が乗ってこないため、とりあえずという形で一刀が言葉を続ける。

 

「財物も一緒に燃えるかもしれないが……」

「賊の討滅とこちらの安全を最優先に考えました。それに信頼できる筋(・・・・・・)からの話では、拠点を決めた盗賊はすぐに持ち出せるものとは別に、価値の高いものをすぐに持ち出せない形で管理すると聞きました。あくまで希望的観測の範疇をでませんが、砦の状況を鑑みるに価値の高い財物はおそらく、地面に埋めているものと思われます」

「だと助かるんだがね……」

 

 諸葛亮の言う信頼できる筋というのは、無論のこと団の仲間たちのことであるが、彼らに言わせても本当に地面に埋まっている可能性は五割を切るという。財物が失われるのは決して少なくない損失であるが、作戦の成功に比べたらどうということはない。砦に火をつけても大丈夫、という精神的な不安を取り除くための提案だったのだが、それに乗る形でようやく関羽が口を開く。

 

「しかし火を放つというのは……」

 

 いかにも正道を行くという関羽からすれば、賊とはいえ炎に巻かれて人が死ぬ光景に抵抗があるのだろうが、その語調を見るにそこまで反対、という訳ではないようである。それを悟った諸葛亮は、普段とは異なる口調でぴしゃりと言い放った。

 

「義に寄って立った貴女方と、非道を働く者たち。どちらの安全を優先するかは考えるまでもありません」

「…………そうだな。すまなかった。忘れてくれ」

 

 結局、関羽の方が折れる形で話はまとまった。火を放つというのは現時点ではまだ案の一つであるが、そういう方法を取ることもある、ということで話はまとまった。

 

「それで、誰が盗賊のふりをするかということなのですが……」

 

 疑問を呈してきたのは関羽である。同業者が稼ぎを狙ってきたと賊に思わせることが、この作戦の第一段階である。襲撃するこちらが盗賊に見えなくては話にならないし、そしてそれは作戦を続行するに辺り、ある程度の精鋭でなければならない。

 

 関羽団で言えば彼女か義妹の張飛の直轄の兵がそれに当たるのだろうが、自分たちが賊のふりをできるか不安に思っているのだろう。無理もない。ただ襲撃するならばまだしも、本職の盗賊を相手に同業者だと思わせなければならないのだ。

 

 危険な役割である。関羽の性格上、是非ここは私に! と言いたいところなのだが、正直、品行方正に生きてきた彼女に、盗賊の真似事を完遂する自信は全くなかった。義妹の張飛は義姉に比べればまだマシだったが、実力はともかく愛敬のある顔立ちは盗賊に見えない。

 

 人は見た目が九割という。こういう時も、それは同じだ。ぱっと見盗賊に見えないようでは、相手の疑念を誘うことになる。疑念を抱かれるようではダメなのだ。考えれば考えるほど、自分たちはその作戦には向いていないことを理解した関羽は、困りきった顔で一刀を見た。

 

 これが、一刀団の軍師たちが待っていたタイミングである。卓の下で、郭嘉が一刀の座る椅子を軽く小突いた。郭嘉本人は澄ました様子で、明後日の方角を向いている。わざとらしいと思うが、それは事情を知っている一刀であればこそだ。ん、と小さく咳払いをした一刀は、関羽に用意していたセリフを口にした。

 

「どうでしょう。ここは俺に任せていただけませんか?」

「一刀殿……しかし、危険な作戦です」

「危険なのは、どこの場所でも同じでしょう。貴女に比べれば武の腕は全くもって大したことはありませんが、これくらいならば、何とかなりそうです。俺ではと不安に思う気持ちは解りますが、俺の男を立てると思ってここはお任せいただけませんか?」

 

 自分の行いに不安がある以上、他人を頼るしかない。そこに、一緒に仕事をする団の代表からの提案だ。しかも自信がある様子で、男を立ててくれとまで言っている。無論、一刀の言う通り不安に思う気持ちはあるが、それを口にできるほど、関羽の肝は太くなかった。

 

 この時点で、なにやら妥協してばかりと気づきつつあった関羽が、確信を持つことになるのはもう少し先の話である。

 

 

「一刀殿がそこまでおっしゃるのであれば、是非もありません。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、予定の通りに作戦を通したと、そういう訳ですな……」

 

 自分の幕舎に戻り、直属兵を集めて概要を説明した後のこと。部下を代表して口を開いた廖化に、一刀は頷いて見せた。

 

「ああ、全部諸葛亮と郭嘉の考えた通りになったよ」

「重畳ですな。しかし、まさか盗賊の真似事をして感謝されるような日が来るとは、楽な仕事もあったもんです」

「楽ではないぞ? 盗賊のふりをしながら、色々仕事しなきゃならないからな」

 

 この作戦なら、こちら主導でいけるだろうと、主に諸葛亮が中心となって組まれたこの作戦は、当初の予定通り無事に採用される運びとなった。明日には共に移動を開始する手はずとなっているが、軍師たちは郭嘉の幕舎へと移動し、作戦の詳細を詰めている。

 

 相談するならここでも良いのではと思ったが、今度は詳細が決まったら伝えるとのことで、会議からはハブられてしまった。仕方ないので、一刀は直属の兵を集めて、会議の内容を報告した。関羽の言っていた通りキツい仕事のはずなのだが、集まったいかつい男たちは一様に笑みを浮かべている。本当に、楽な仕事と思っているらしい。

 

「いやいや、ただ戦うよりはずっと気持ちが楽でさぁ。気質の問題なんでしょうかね。正面切って戦うよりは、こうやってちょろちょろしている方が性に合っているというか……」

「それは俺も同じだけど、これからはそういう場面も増えてくるだろうしな。少しずつ慣れていこう」

 

 油断するなという意味でいったつもりだったが、廖化たちの雰囲気は緩いままだ。これで大丈夫なのかと思うが、彼らは盗賊としていくつもの修羅場を潜っていた猛者である。自分よりもずっと肝が太いのだと思えば、これほど心強いものもなかった。

 

「それにしても、団長。相手の偉い美人の大将をもう籠絡したようで。おめでとうございます」

「…………一体どうしてそういう話になったんだ?」

「団長たちが話を練っている間に、俺らは俺らであちらの兵と交流を持ちましてな。いや、堅物ばかりかと思えば意外に話の解る連中で……それで、奴らの話では、あちらの大将はそれはそれは美人で大層腕も立つそうですが、性格も見た通りで如何にもな堅物とのこと。それが団長の前では年頃の乙女のようにふるまっているというのですから、これは何かあるのではと」

 

 情報元はよりによってあちらの兵である。こちら側だけで完結するならば、ただの邪推ということで片づけられもするのだが、関羽について何も知らないに等しい自分たちと異なり、共に戦ったことのある彼らは関羽の人となりをそれなりに知っている。

 

 その彼らが言うのだから、説得力も一入だった。無論、頭っからそれを信じるほど一刀も純粋ではないが、一刀とて健全な男子である。まして関羽ほどの美少女ともなれば、もしかしたらと思うくらいはどうしようもなかった。

 

 にやにや笑う廖化を視界の隅に追いやりながら、関羽という少女について考えてみる。自分の前では乙女のようになるということだが、言われてみれば確かに自分とそれ以外に話す時で大分口調が変わっているように思えた。隣にいた義妹張飛と会話している時と比べると、その違いが良く解る。

 

「それは俺がこっちの代表だからじゃないかな。対外的な話をする時は、大体ああなるのかも」

「そうではない、というのがあちらの兵の主張ですな」

 

 じわじわと外堀が埋められていく。廖化の言う通り本当に脈アリなのであれば、団を吸収する材料になるのではという打算が一刀の脳裏に浮かんだ。戦力増強というだけではない。あの関羽が味方になるというのは、現代からやってきた一刀にとっては、有力な武将がただ仲間になるという事実よりも遥かに価値のあることだったが、そう上手くは行かないだろうと即座に否定した。

 

 昔からプレイボーイで鳴らしていたというのならばまだしも、一刀自身、女性とお付き合いをした経験はなかった。それっぽく振る舞うことはできるだろうが、あくまでぽいだけだ。救いがあるとすれば相手の関羽もそんなに経験があるようには見えないことである。初めて同士ならば上手く行くのではと少しだけ考えるが、関羽の性格が見た目の通りというのであれば、疑念を抱かれた瞬間に全ての目論見が終了しそうな気もする。

 

 いくら考えても、成功する目が見えてこない。少ない勝算にかけて無理に実行するくらいならば、せめてもう少し勝ちの目が見えてくるまでそういう手は封印しておくべきだと思うのだ。

 

 軍師たちがどうしてもやれと言うのであれば世話になっている手前やらざるを得ないが、一刀個人としてはできれば取りたくない手段ではある。人間誠実であるのが一番だ。そこまで考えたところで、ふとあることに一刀は思い至った。

 

「なぁ、女性とお近づきになりたい時って、どうやって声をかけるんだ?」

 

 できれば広く意見を求めたい。幸い部下は全員年上であるから、何か良い知恵でも貰えるのではないか。軽い気持ちで一刀は問うたが、廖化たちから帰ってきたのは爆笑だった。

 

「ははぁ、団長のような優男でも、そういう疑問を持つんですな」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、実は結構切実なんだ。下心を持って近づいたら、警戒されるものなんだろう? それじゃあどうやって仲良くなるんだ」

「なるようになるもんだ、としか俺程度の経験では答えられませんが、とりあえず二人きりになるところからでも始めてみたらいかがですか? 少しでもダメだと思ったら大人しく引き下がると決めてかかれば、少しは気も楽でしょう」

「想像した今この時点で、大分気が重いんだけど……」

「それこそ、なるようになるってもんでさぁ。俺としちゃあ、後学のためにお誘いするなら諸葛先生が良いんじゃないかと思いますが」

「参考までに、どうして諸葛亮が良いと思ったのか教えてもらえるか?」

「団長の周辺じゃあ、一番笑って済ませてくれそうじゃありませんか。郭先生からは小言を貰いそうですし。程先生はふふふと笑いながら踏みつけてきそうで聊か恐怖を憶えます。徐先生は何だかんだで『良い経験』をさせてもらえそうではありますが、今の団長には手に負えないでしょう。あれは怪物です」

 

 本人から聞いた話ではあるが、あれでも学生時代はそれなりに遊んでいたらしい。水鏡女学院は読んで字の如く女子高だった気がするのだが、あの性格あの見た目ならば確かにモテそうではある。遊んでいた、と態々男である自分に言うのだから、そういうことなのだろう。女同士というのに興味がないではないが、同時になるほど確かに怪物だとも思う。

 

「シャンと梨晏と鳳統が候補から外れたのはどうしてだ?」

「前のお二人は今の時点で尻尾を振ってついてきてらっしゃる。団長の望むような経験は積めんでしょう。鳳先生は何というか、今まで名前の挙がった方々と比べると、聊か壁があるんじゃないかと思うんですが……」

「よく見てるなぁ、廖化……」

「これでも団長の倍は生きてますのでね」

 

 感心した一刀に、廖化は事も無げに返す。確かに、よく話しかけてくれる諸葛亮と比べると、鳳統との会話は少ない。それを壁と言うのならばそうなのだろう。団長である一刀の立場をしても、きちんとコミュニケーションが取れているとは言い難い、唯一の人物だ。

 

 女性と仲良くなるという単純な目的を別にすれば、今最も交流を持たなければならないのは鳳統なのかもしれないが、ここまでオススメを聞いてしまった手前、全く参考にしないという訳にもいかない。

 

 デートとか男女交際とか、そういう甘酸っぱいものに発展することはあるまいが、ともあれ何事も経験しないことには始まらない。こんな思いをするなら、学校に行っている間にもっと色々とやっておけば良かったと、後悔しても遅いのである。

 

「時間が取れたら、諸葛亮に声をかけてみるよ。まぁ、そういうことにはならないと思うけど、某か成果があったら皆でお祝いでもしてくれ」

「何も準備しないで待ってまさぁ」

「そこはお世辞でも、期待してますとか言うところじゃないのか?」

「いやぁ。ここですんなり成功しちまうというのも、それはそれで腹が立つというか何というか……」

 

 なぁ、と廖化が振り返ると、部下たちは一様に頷いた。男の友情というのは、かくも美しいものである……。

 

 


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