真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第019話 二つの軍団編①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、親友がつれない。決して冷たくなったり距離を置かれている訳ではないのだ。ただ、今まではお互いが一番――と少なくとも朱里はそう思っているし、彼女もそう思ってくれていると思っている――のに、最近はどうもそうではなさそうな気配をひしひしと感じ取っていた。

 

 一刀団。北郷団。呼び方は安定しないが、団員たちは皆どちらかの名称で自分たちのことを呼んでいる。そんな団に雛里と共に研修生として加わって、あっという間に半年の月日が流れた。団に入る流れを作った灯里は仕事でいたりいなかったりと忙しい。まだ仕官していない彼女は、朱里たち全員の恩師である水鏡先生に使われ、各地の情報収集と使い走りを行っている。灯里程の才媛がする仕事ではないと思わないでもないが、彼女くらいに信頼のおける人間でないと各地の情報網の調整は行えないらしい。

 

 つい最近まで、水鏡学園では在校生、卒業生の全てを対象にした考査が行われていた。最も諜報活動を指揮するに優れた者は誰か。その考査で灯里は最終候補の一人にまで残ったという。最後の一人になれば学院の情報網の中から人員を譲渡されるという破格のご褒美が貰えたのだが、水鏡先生も含めた教師陣の長い議論の末、灯里は負けてしまった。

 

 結局、その栄誉に預かることになったのは、灯里や朱里の後輩で、まだ学園に籍を置いている在校生である。目つきが鋭く口の悪い、何かと他の生徒と衝突することの多い女性だが、何故か朱里と雛里には優しい変わり者だ。彼女の方がいくつか年上だが、それでも朱里たちを先輩と呼び随分とへりくだって接してくれた。

 

 彼女は元気にしているだろうか。卒業してから手紙のやりとりもままならない。いつか時間を見つけて話をしてみたいと思うが、それはいつになるのだろうか。学生の頃も時間が足りていると思ったことは一度もないが、卒業してからはその比ではない。

 

 何しろ自分以外の人員の命を実際に預かっているのだ。その重圧は半端な物ではなく、事実最初の頃は雛里と一緒に体調も崩した。今は何とか先輩の軍師に倣って仕事ができるようになり、団員たちにもどうにか認められ始めている。雛里と一緒ではなく一人での仕事にも慣れてきたところだが、同時に人員配置にも偏りが見えるようになっていた。

 

 基本の構成は郭嘉と程立、徐晃と太史慈、自分と雛里の三組からどちらか一人ずつの計三人に兵が付く。仕事は商隊の護衛か、賊の討伐。どちらに誰が配置されるのかはその時々で、配置を決めているのは郭嘉である。

 

 その配置に寄ると、雛里が盗賊の討伐に配置されることが極めて多く、しかもその時には大抵一刀が一緒に行動する。一刀が賊討伐に回されるというのは解る。彼は団の代表で、郭嘉としては最も経験を積ませたい人間で、顔と名前を売らなければならない人間である。普通ならば何かあっては困ると安全策を取るのかもしれないが、自分の主の教育方針に関して、郭嘉という軍師は妥協することをしないらしい。

 

 雛里が討伐に回されるのも解らないことではない。元より軍略に秀でている彼女は、兵を動かすことでこそその感性が磨かれる。長所を伸ばすか短所を補うかは教育する人間それぞれだろうが、郭嘉は既に雛里の得意分野を見抜いている節がある。もしかしたら雛里と二人、願掛けとして仕込んだ秘密にもとっくに気づいているかもしれない。

 

 それはそれで大問題だが、目下の問題は親友のことだ。必然的に一刀と一緒に行動する機会の多い雛里は、それだけ彼と親睦を深めている。最近まで女子校という男性のいない環境で勉学に打ち込み、入学までも接した男性と言えば家族親類くらいの雛里にとって、北郷一刀というのは久しぶりに出会った、比較的自分に近い年齢の他人の男性である。

 

 特別感を憶えるのも無理はない……と思わないでもないが、それでも親友が自分に向ける笑顔よりも五割増くらいのかわいらしい笑顔を、一刀に向けているのが面白くない。このまま行けば、一刀はきっと条件を満たすことになるだろう、と朱里は感じていた。郭嘉が察しがついているくらいなのだ。一刀も秘密にはいずれ気づく。

 

 その時、自分と雛里の間の『熱』に隔たりがあることが、後々の問題になったりはしないだろうかと朱里は心配していた。朱里も、一刀のことは嫌いではないし、むしろ好ましいとさえ思っている。気持ちの整理がつかないのは、親友が自分よりも彼のことを優先しているように思えているからのみだ。

 

 能力面で不安が残るが、それはいずれ時間が解決してくれるだろう。何より、郭嘉と程立という希代の軍師と徐晃と太史慈という猛者が既に仲間にいるというのは大きい。名前の売れていない勢力に、よくもここまで人が集まったと思うが、それも天運、天命と言われれば納得できる。

 

 いずれ彼に共に仕える。それは別に悪いことではないのだが、朱里は何故だか胸騒ぎを憶えていた。その理由は杳として知れないが……

 

「そのかわいくも切ない顔は、親友と道が分かたれることを心配している顔だね」

「灯里先輩……」

 

 学園時代からの、最も頼りになる先輩が笑みを浮かべてそこにいた。自分たちよりも前の世代で最も優秀であると評される才媛は、在学中から多くの生徒の信頼を集め相談に乗っていたらしい。水鏡先生や教師陣も勿論相談に乗ってくれるが、年齢が近いからこそ話せることもある。実質的に、灯里は生徒たちのまとめ役だった。

 

 誰か一人、どこかの集団へと腰を落ち着けることはない。基本、満遍なく色々な生徒と関わっていた風ではあったが、その中でも自分たち三人と一緒にいることが多かったような気がするのは、気のせいではないだろう。自分と、雛里と、灯里と、彼女。四人で政策について、軍略について議論を交わしたのも昔のことのように思える。

 

「君たちの誓いのことは僕も知ってるよ。できうる限り応援してあげたいとも思うけど、それは君たち二人の意見がきっちり揃っていたらの話だ。僕の見る限り、雛里の気持ちは結構傾いているように見えるね」

「うぅ……」

 

 朱里の口から悔しそうな呻き声が漏れる。灯里の目から見てもそう見えるのならば、本当にそうなのだろう。灯里は人をからかって遊んだりはするが、悪質な嘘を吐いたりはしない。真実を告げることでからかっている可能性も十分にあるが、現状、朱里にとって重要なのは灯里の分析の中身であって彼女が何を考えているかではない。

 

「まぁでも、現時点で仕えたい主君がいるって訳じゃないんだろう? それなら雛里に合わせるというのも友情を守る手ではあると思うよ。朱里も一刀が乗り気ではないって訳ではないみたいだし」

「それはそうなんですが……」

 

 この規模で軍師猛者がこれだけ揃っているのは破格の好条件である。頭数が少ないことが問題ではあるが、それは金銭や時間で何とかできる。自分の将来まで含めて打算的に考えるのであれば、将来有望な若い男性で煩い親戚も支援者もいない、あるいは少ないというのは、いずれその『隣に立とう』という女性にはこれまた破格の条件である。

 

 有力な武将には女性が多く、彼女らのほとんどは家を代表しているが、その家と仲良くしようと考える権力者にとって、相手は女性であるよりも男性である方が遥かに都合が良い。胎は一つ。種が間違いなくこちらの物であっても奪われてしまえばそれまで。しかし、胎がこちらにあれば種は最悪違う人間のものでも良い。

 

 朱里自身にそのつもりは今のところないが、実家が何も言ってこないとは限らない。これから出会う中でそう思う権力者も数多くいるだろう。自分が主と仰ぎ見る人である。売りこみ易い要素は多いに越したことはないし、自分自身、好けるあるいは都合の良い要素は多い方が良い。

 

 北郷一刀に不満はない。むしろ好意的に思っているところの方が多い。それでも、朱里が仕える人を一刀と決めることに抵抗があるのは、親友の雛里が彼にかわいい笑顔を向けているからだ。一言で言えば嫉妬である。論理的でないと解っていても、すぐに割り切れるものではない。

 

 そんな朱里を見て、灯里はうんうんと頷いている。学院にいた頃は学問に傾倒していた節があり、人生を楽しむことをそれほどしてこなかった。自分は相当遊んでいた方だと思うが、それでも学生時代にもっとやるべきこと、やっておきたかったことがあったと、国中を飛び回るようになって初めて気づいたものだ。

 

 今、後輩2人は他人のことで思い悩み、学問以外のことに目を向けている。良い兆候である。これで一つ二つ喧嘩でもして、お互いの友情を育んでくれたら先輩としてこれ以上のことはないのだが、さてどうなることか。後輩たちにとって良い方向に向かってくれるよう期待を込めて、灯里は朱里の肩をぽんと叩いた。

 

 

「まぁ、友情よりも愛情とも言うしね。君が選んだ主君よりも一刀の方が良いと雛里が言っても、決して責めてはいけないよ」

「先輩のばか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の商隊長を盗賊から守った一件で、一刀たちは名を挙げることになった。聊かできすぎではあるが、これも郭嘉の目論見の通りである。名前の売れた後は、こちらから営業をかけなくても仕事が入ってくるようになった。

 

 一刀団は二班に分かれて行動している。

 

 何か予定外のことがあった時、敵を皆殺しにできるだけの腕っぷしを持っているのが、今は梨晏とシャンしかいないからだ。保険の数、即ち部隊の最大数である。それに軍師が一人と兵が二、三十というのが護衛に駆り出される時の基本の編制である。

 

 それ以外の人員も遊んでいる訳ではない。当初の予定の通り、賊を見つけて叩き潰すという企画のため、賊がいるという情報のあった場所に急行しては、完膚なきまでに叩きのめして蓄えを根こそぎ分捕っていく。

 

 しばらくすると噂が広まり、一刀団が近づいているという情報が伝わると賊が逃げるようになったが、入念に下調べをしておいた軍師たちは、その逃走経路もしっかりと予測している。ここまで逃げれば大丈夫と賊が安心した瞬間、周囲に兵がわんさか湧く光景は、彼らにとっては悪夢と言って良いだろう。

 

 戦利品は通り道の村々に五割強ばらまいてしまうが、それでも恩賞と合わせると十分にプラスになる。事業として着々と成長していた。その内盗賊がいなくなるのではと思うが、世が乱れている影響だろうか、討っても討っても賊は湧いてきていた。

 

 郭嘉の予定では、こうなるのはもう少し先のことだった。いくら腕が良くても、それを発揮できる場はいつもある訳ではない。名前を売るためには、目に見える形で賊を討ってやる必要があったのだが、初めての仕事でいきなり、しかも依頼主と荷物を守るという最高の形で行きあたることは、神算の士と名高い郭嘉でも見抜くことはできなかった。

 

 恐ろしいことに、この半年の間の一刀団の死者はゼロである。重傷者こそ何人か出たが、全員命に別状はなく、回復次第復帰することになっている。これを含めた実績によって、団員も増えた。この時代、兵士の命はまさに一山いくらである。死ににくい上に結果を出しているというのは、兵として働きたいと潜在的に思っている人間に対して十分なアピールポイントになるのだ。一刀が説法の真似事をして勧誘したケースもあるが、多くは志願者である。

 

 二百名で始めた団が、今は三百にまでなった。経歴は様々だが、基本的に食い詰めた人間がほとんどである。出自や経歴に差はほとんどない。出身などで差別があったらどうしようと不安に思っていた一刀だったが、今のところそういう問題は起きていなかった。

 

 軍規もある。きちんとした給料も出る。小規模ではあるが、一刀団はもはや軍隊だ。学がなく、身体一つでどうにか生計を立てたいという人間には、それなりに魅力的な職場と言えるだろう。

 

 そんな風に団が軌道に乗った頃、狙い澄ましたように仕事が舞い込んできた。大商会の紹介である。一刀たちと同様に賊を討っている他の集団と合同で、賊軍を討伐してくれないかというものだった。

 

 そこまで大規模であれば官軍が出動してもおかしくないのだろうが、既に民草や商隊に大きな被害が出始めており、上を待っていたら手遅れになると近隣の商人たちが集まって金を出すことにしたらしい。金を出す以上、人員の選定は慎重に進めなければならない。熟慮に熟慮を重ねた結果、一刀団ともう一つに白羽の矢が立ったとのことだ。

 

 依頼を持ってきた郭嘉から説明を受けた一刀は、僅かに思考した後に渋面を作った。

 

「俺たちだけって訳にはいかないのか?」

「数が増えたとは言え、今回の敵は我々の総数よりも多いようですからね。味方がいるに越したことはありません」

 

 それなら仕方ないな、と一刀はすぐに納得した。初見の相手と連携ができるか不安であるというのもあるが、頭数が増えると単純に取り分が減ることを心配したのだ。商人から依頼料が出るとは言え、ため込んだお宝を分捕る機会もそれなりにあるだろう。それをふいにすることは、弱小団である一刀たちにとっては、できれば避けたいことだった。

 

 郭嘉と顔を突き合わせているのは、幕舎とは名ばかりの粗末なテントである。一刀が使っているのは『個室』で一人部屋として使っているが、これは団の中で一刀一人だけの特別待遇である。ヒラ団員は八人くらいで一つのテントを使っているし、郭嘉たち幹部でも二人一組で使っている。郭嘉は程立と、梨晏はシャンと同室だ。こういう特別待遇は逆に肩身が狭いと苦情を言ったら、郭嘉はしれっとこう言った。

 

『別に貴殿に配慮した訳ではありません。会議をする時、一々どこでやるのかを決めるのも面倒と思っただけです』

 

 常にスペースに余裕のある、人の出入りの少ない場所が欲しかっただけというのが郭嘉の言い分である。気の回し方も郭嘉らしい、と苦笑したのも少し昔のことのように感じる。幹部だけでなく、一刀に何か話がある時、団員たちは一刀の幕舎まで足を運んでくる。今日の郭嘉は一人だ。外部との折衝は主に郭嘉が担当している。まず最初に彼女が話を聞き、取り次ぐに足ると思ったら一刀の所まで話を持ってくる。

 

 一応、伺いを立てるという形を取っているが、一刀の所まで話を持ってきたということは、郭嘉としては受けて問題なし――もっとはっきりと言えば、受けろ、ということである。郭嘉の類稀な頭脳をして、収支がプラスになると判断したのだろう。ならばもはや、一刀に反対をする理由はない。

 

「ちなみに敵の数は?」

「五百から六百という話です。今回共に戦うことになっている軍団はおよそ六百と聞いていますから、それなりに有利に戦うことができますね」

 

 討伐対象の賊軍と、今回の味方がほぼ同数ということだ。おそらく、最初はそちらにだけ依頼をするつもりだったが、後になって不安になったのだろう。同数であればよほどの戦力差がない限り、人的被害が多く出る、一刀たちは、言うなれば傭兵団である。戦死者が出ることも仕事の内とは言え、後々まで仲良くしたいのであれば、人死は避けておきたい。利に聡い商人のこと。余分な出費などビタ一文も払いたくはないのだろうが、未来への投資とでもして、自分たちを納得させたらしい。

 

 数字の上では、一刀団が合流した分だけ勝っていることになる。欲を言えばもう少し欲しいところだが、今回の作戦が商人が身銭を切ることで成り立っている以上、これ以上の戦力増強は望めない。スポンサーがこの人数で戦えというのなら、この人数で戦うしかないのだ。

 

「味方の軍団は信頼できるのか?」

「我々と同業のようです。実績、名声共に申し分ありません。団長とその妹分は、一騎当千の猛者と評判です」

「猛者がいて六百ならそいつらだけで何とかなった可能性も大いにあるな。俺たちを邪魔に思ってたりしないか心配だな」

「その辺りは相手の反応を見て考えるのが良いでしょう。そろそろこの団を吸収してやろうという人間が現れてもおかしくはありませんからね。注意してください」

 

 郭嘉の言葉に、一刀は溜息を吐いた。勢力拡大を狙っているのは、一刀たちだけではない。盗賊は討っても討っても後から湧いてくるが、同様にそれを討伐することを生業とする者たちも、盗賊団程数は多くないが成立している。それらが解散壊滅することはあっても、勢力として無事な内に合流することはあまりない。

 

 誰でも主導権は握りたいのである。一緒にやろうと言うのも、実際行動に移すのも簡単だが、末永く仲良くやろうとすると途端に問題が生じる。それを取りまとめるには何か、他の連中にない特別な要素が必要だが、一刀たちには軍師と猛者という他にはないカードがあった。

 

 向こうにも一騎当千の猛者がいるという強力なカードがあるようだが、こちらには更に素敵な軍師たちがいる。話の持っていきかた次第では、あちらを吸収できるかもしれない。団を結成して以来、最も大きな飛躍の可能性に一刀の心も踊ったが……

 

「なるほどな。ちなみに向こうの代表者の名前って知ってるか?」

「確か、関羽。字は雲長といったかと」

 

 一刀は郭嘉から視線を逸らす。何だか無性に、雄大な海が見たくなった。 

 

 

 

 

 

 

 


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