真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第015話 流浪の軍団編②

 

 

 

 

 

 

1、

 

「いきなり貴殿の顔を潰すことになってしまって申し訳ないのですが、先延ばしにしても意味がないので単刀直入に申し上げましょう。できるだけ早急に金銭の工面をしないと、大業を成す前に我々は空中分解します」

「まぁ、そうだよなぁ……」

 

 村を出発して最初の夜、元気に野宿の準備をしている団員達を他所に、一刀たちは幹部会議を行っていた。参加しているのは団長である一刀と、軍師である程立と戯志才改め郭嘉。武官役としては梨晏とシャンの二人が参加している。

 

「数は力と申します。今の段階で兵が二百を超えるというのは素晴らしい始まりと言えるでしょう。しかし、我々にはそれを支えるだけの資本がありません。私や風の実家に支援を頼んでも良いのですが、それは最後の手段としましょう。団長である貴殿ができる限り己が力で、というのが外聞としても望ましいのです」

「お兄さん、荀さんちと仲良しだと言ってましたね。援助は頼めませんか?」

 

 程立の言葉に、一刀は渋面を作った。可能か不可能かと言われれば、可能だろう。北郷一刀は荀家に相当大きな貸しがある。滞在一か月で清算できたと一刀の方では思っているが、機会さえあればあの人たちは喜んで手を差し伸べてくるという確信があった。

 

 あの家がどれだけ金持ちなのか知らないが、少なくとも二百人の荒くれ物の食い扶持を確保したところで、パンクすることはない。一刀が問題だと思っているのは、彼個人の内面の話だ。あの人たちには良くしてもらったがそれだけに、迷惑をかける訳にはいかないと思っている。

 

 そんな内心を顔に出した一刀に、程立は少し呆れた様子で溜息を吐いた。

 

「迷惑とは思わないと思いますけどねー。所謂名家の人たちなら、これから戦乱が起こるということは感じ取っているでしょう。今はどの馬に乗るのか思案している最中で、恩は売れるだけ売っておけという風潮です。風たちは馬としては魅力はないかもしれませんが、まっさら加減では他に類を見ません。二百人の食い扶持分くらい、投資する価値はあるとお金持ちなら判断すると思います」

「俺の金持ちっぽい知り合いって、その荀さんちの関係者しかいないんだけど、かたっぱしから手紙でも出せってことか?」

「そうなりますね-。決心がついたのなら、洛陽にいるらしい荀攸さんにも一筆お願いしますね。支援の手は多ければ多い程良いですからー。でも、曹操さんのところの荀彧さんには出さないでください。お兄さんの話を聞く限り、支援してくれる可能性は皆無なので」

「……一晩考えさせてもらえるかな」

「あまり時間はありせんよ。少なくとも、最初の街に着くまでには結論を出してください」

 

 郭嘉の発言は、特に手厳しい。全体的にゆっくりと話す程立と違って、単刀直入に物事をずばずば言ってくる。おまけに理知的な眼鏡美人なものだから、相対して話していると威圧感を感じることもある。

 

 それに、郭嘉は団の金庫番だ。本人はもっと違う役割を得意としてるようだが、程立と比べた場合自分の方が得意ということで請け負ったのだ。団の金の流れの全てを把握する女性である。現段階でも色々と金策を考えてくれているようだが、長期的にもっとも効果があると彼女が主張するのが、大口のスポンサーを早めに見つけることだった。

 

「スポンサーを……あー、沢山金を出してくれる金持ちを見つけたとして、団のやることにあまり口を出されるというのも困らないか? 金だけ出してもらって口は出させないっていうのも、あんまりだとは思うけど」

「その辺りは契約次第でしょう。少なくとも、今の段階の我々には注文を付けても、応えることができませんからね。先々のことを考えるのも大事ですが、今は目先のことを優先しましょう。今日を生き残ることができなければ、戦うべき明日など来ませんよ」

 

 今借りた恩が後々になって負債となり、自分たちの行動を縛ることを危惧していたのだが、ど素人の自分が少し考えて思いつくようなことを、郭嘉が考えていないはずもない。参謀である彼女らが今はそれが必要で、それは必要ないと言ったのだ。

 

 一刀が考えるべきは、必要であるものをどのように捻出するかである。打てる手は多い方が良いというのであれば、手紙は出さざるを得ない。一度、近況報告くらいはしようと思っていたのだ。そこに援助の打診が加わるだけであるが、一刀の気持ちは晴れなかった。

 

 きっと、荀昆も荀攸も援助はしてくれるだろう。だが、その話はそう遠くない内に曹操のところに仕官したはずの荀彧の元にも届くはずだ。いずれ知れる話である。伝わるなら早い方が良いのは間違いないが、あの猫耳の耳に入ったら、後で何を言われるか解ったものではない。

 

 再会した時にどんな罵詈雑言が飛び出るのか。それを想像すると『楽しみで仕方がなかったが』それに程立や郭嘉が巻き込まれるのはどうにか避けたい。

 

 しかし、これを当の程立たちに言う訳にはいかないし、北郷一刀の頭では荀彧を上手いことけむに巻く方法など考えつかない。手紙を出すとなった時点で、荀彧から罵詈雑言が飛んでくるのは確定なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

 街が見えてくると、一刀達は二組に分かれた。街の外で陣を張って寝床を確保する組と、街の中で活動する組である。居残り組を指揮することになったのは程立で、これに梨晏が補佐として付くことになった。軍師と武官はセットで行動するというのが、幹部で決めたルールである。

 

 町に行く組は、郭嘉を筆頭に団長である一刀と、護衛としてシャンが付く。後は街で節度ある自由行動を許された十人の団員だが、彼らはさっさと街に消えてしまった。女性がいては行き難い所に行きたいらしい。団長もどうっすか? と誘われはしたのだが、誘った団員がシャンの拳で吹っ飛ばされたのを見るに、団長にそういう自由は許されていないらしかった。

 

 そのせいで微妙に機嫌が悪くなってしまったシャンの手を引いて、郭嘉の後ろに付いて街に入る。都会というには些か鄙びているが、それでもここ三ヶ月を暮した村と比べると随分と都会である。村では人の喧騒など宴の時くらいしか聞くことはなかった。喧騒すら、今は耳に心地よい。

 

 郭嘉が立ち寄ったのは商家だった。街でも一等地にある建物で、一目で大手と理解できる。村から持ってきたものを現金化するためと聞いている。こういう場所は一見さんに厳しいとも聞いたが、その不安はすぐに解消された。受付の男はやってきた郭嘉を、一目で只者ではないと判断したらしい。彼女が用向きを伝えるとすぐに奥に引っ込み、店主を連れてきた。

 

 いかにも商人といった恰幅の良い男である。郭嘉と比べると、親子ほども年が離れているだろう。行商人には見えない身なりの良い理知的な少女に、店主はまず面食らう。

 

 そしてそれを待っていたかのようなタイミングで、郭嘉はにこりともせずに話を切り出した。

 

「初めまして。私は郭嘉。旅の者です。東にある村からいくらか品物を持ってきたのですが、こちらで買取っていただけないでしょうか」

 

 草履や蓑、傘など農業の合間に作った品々である。これらの品質は持ち出す前に郭嘉が確認しており、街でも十分に売れるレベルの物だと太鼓判を押した。

 

 ただ、荷馬車もない集団では持ってこれる量に限りがある。二百人の内何人かを人足として利用し、持てるだけ持ってきたのだが、それでも商家に持ち込まれるケースで買取るには、些か物足りない量と言わざるを得ない。店主も僅かに渋い顔をしたが、郭嘉はそれを見逃さなかった。

 

「我々としては、これくらいの値段でと考えています」

 

 郭嘉が提示した値段に、今度は店主は驚きの顔を見せた。明らかに相場を大きく下回っていたのだ。東の村から運んできた手間と仕入値を考えると、利益としては明らかに割に合わない。もしや非合法な手段で入手したのでは、疑問を口にされるよりも僅かに先に、郭嘉が言葉を重ねる。

 

「お近づきの印、とお考えください。実は我々は、昨今蔓延る賊どもを打ち倒すことを生業をしておりまして、賊の所在は喉から手が出るほど欲しいものなのです。商人ともなれば、旅から旅の者とも多く伝がございましょう。相場との差額は、その情報料とお考えいただければと思います。無論、それを知らぬと仰せの場合でも、この値段をひっこめたりは致しません。あくまでこれはお近づきの印。そう考えてくださいますれば、幸いです」

 

 さて、と主人は考えた。流れの行商人にすればこの差額はそれなりの大金だろうが、街で店を構える彼にとっては大した金額ではない。それを担保に情報を売れと言われている訳だが、それで先々自分に利益があるのかどうか。商人らしい賢しさで、彼は考えていた。

 

 盗賊というのは、商人にとっても悩みの種である。商隊が商品を運ぶ際、これに護衛をつける訳だが、その費用もバカにならないし、この護衛でも何とかならなかった場合、大きな損害を被る。賊が少なくなったとしても護衛を付けなくなるということはないが、ある程度の安全が保障されれば護衛を少なくすることができる。賊がいないに越したことはない。賊を倒すことを生業とするというのは、商人からすれば渡りに船だ。

 

 当然、彼の元にはどこで賊が出てどれだけ被害が出たという情報があった。元よりタダで仕入れた情報である。これに値段が付くというのならば売らない手はないのだが、ここで商人としての欲が出る。彼らは基本、客が許してくれる最大限の値段で物を売ろうとする。もっと吊り上げられる、と彼は考えていた訳だ。

 

 しかし、こちらは郭嘉である。実は商人が持っている程度の情報は、彼女は既に知っていた。元より今彼が握っている情報というのは、郭嘉がシャンたちと旅をしていた時に収集した情報が元になっている。むしろ、純度が高い分、郭嘉が記憶している情報の方が正確で価値があると言っても良い。

 

 主人の表情から、その純度の低い情報を勿体ぶろうとしていることを察した郭嘉は、内心を隠しながら言葉を続ける。

 

「それでは、こういう形ではどうでしょうか。ご主人の商隊がこの街を出る時、盗賊がいる区域の近くを通るのであれば、その道程、私どもが同行します。この際、ご主人のお連れになる護衛の半数以下の人数でお供するとここでお約束しましょう」

 

 数を頼みに襲い掛かったりはしない、と言葉にしておく。無論店主にとって郭嘉というのは初めて会う相手であり、信用するに値しない人間である。差額と情報料は釣り合うかもしれないが、そこに賭け金として商隊の安全を突っ込むことは、また別の話だ。

 

 もう一つ。そう判断した郭嘉は、後ろ手で一刀に合図を出した。それを受けた一刀は懐からあるものを取り出し、店主に差し出す。

 

「これは?」

「豫洲から洛陽に赴きました時、私を乗せてくれた商隊責任者からの書状です。こちらの商家とも取引があるとお聞きしましたので、お持ちしました」

 

 差し出された書状を一目みて、店主の顔色が変わった。彼の商家はこの街では大手の一つであるが、国全体で見ると決して大きいとは言えない。対してこの書状を書いた者は、国全体で商売をしている大手であり、彼も年に何度か取引をさせてもらっている。

 

 書状には彼が何度も見たことがある名前と、横に印が押されている。間違いなく本物、という確証は持てないが、この場でこれを出されるだけで店主には十分だった。疑念は全て払拭され、この時点で郭嘉たちは大事な取引相手に変わった。

 

「いえ、この時勢に賊を討とうとしてくださる義勇の士。我々も疑うことなどありはしません。ご同道、こちらの方からよろしくお願いします」

「ご配慮感謝いたします。つきましては、私共はまだ今晩の宿を決めておりません上、仲間は街の外で待機しております。御都合のよろしい時に打ちあわせなどしとう存じますが、どのようにするのがよろしいでしょうか」

「商隊の出発は三日後でございます。そちらの都合がよろしければ、明日にでも打ち合わせをしたく存じますが」

「それではそのように。また明日、こちらを訪ねさせていただきます」

 

 それから二、三社交的な言葉を交わして、郭嘉は商家を辞した。その後を、一刀もシャンも黙って付いて行く。店が見えなくなってしばらくして、郭嘉は肩越しに振り返った。

 

「何か聞きたいことがあるのではありませんか?」

「悪いな。俺、ほとんど黙って突っ立ってるだけだったよ」

 

 質問よりも先に謝罪が出てきたことに、郭嘉は苦笑を浮かべた。上に立つ人間は謝罪のタイミングが遅いことが多いが、一刀は自分に否があると思ったらすぐに頭を下げる。正直、頭が軽すぎると思えなくもない。もう少し、集団の頂点に立っているという自覚を持ってくれると良いのだが、それは追々教えていけば良い。

 

「こういう場で貴殿が役に立つのは、もっと経験を積んでからです。今は私か風のやりようを見て、糧にしてください。それに書状を出してくれただけでも、十分な働きです。私や風では、あんなものは用意できませんでしたからね」

「そう言ってもらえると助かるよ。それでさっきの交渉だけど、良かったのか? タダで護衛を引き受けることになったみたいだけど」

「視点を変えましょう。彼らは私たちにタダで道案内をしてくれた上、途中まで道を共にしてくれるのです。加えて言えば契約の大筋が決まっただけで、まだ細かいところを詰めた訳ではありません。これからいくらでも、こちらに良い条件を追加できるでしょう。道中の糧食くらいはもぎ取ってやりますので、大船に乗ったつもりでいてください」

「村から持ってきたものは、随分安く売ったみたいだけど?」

「彼に精神的に貸しを作っておきたかったのでそうしました。彼の気持ちの中では、今回の収支は黒になっているはずです。お互い納得ずくで良い取引をしたと言えるでしょう。それに儲けが出ていない訳ではありませんよ。少しですが蓄えができました」

 

 全て計算通りです、と郭嘉は結論付けたが、それが一刀には腑に落ちない。

 

「……結局、郭嘉の目的は何だったんだ?」

「あの商家と共に仕事をすることです。収入についてはこの際、どうでも良いのですよ。最悪盗賊の蓄えを根こそぎ奪えば良い訳ですし、盗賊を討伐したとなれば、少ないでしょうけどしかるべきところから報酬が出ます。名前と顔を売り、この辺りの顔役を通じて方々に『我々は仕事のできる集団である』と宣伝してもらうため……目的としてはそんなところですね」

「郭嘉がいてくれて本当に良かったよ」

「ありがとうございます。あと、道中の村から現金化できそうなものは回収していきましょう。馴染みの行商人と契約している可能性もありますが、そうでないものもあるはずです。金子はあって、損はありませんからね」

「傭兵団が副業をしてるんじゃなくて、その内行商人が副業で傭兵をすることになりそうだな……」

「そうならないために、貴殿たちがいるのです。きりきりと働いてください」

 

 郭嘉流の冗談に、一刀は苦笑を浮かべる。難しい話は退屈なのか、シャンは一言も発しないままだが、繋がれた手はそのままだった。その手がふと引かれる。どうした、と声を挙げようとした矢先、

 

「おっと……」

 

 小柄な少女と、すれ違い様にぶつかってしまった。少女はバランスを崩して転びそうになったが、素早く動いたシャンが身体を支えた。シャンも十分に小柄だが、少女は更に小さい。見たところ怪我はなさそうだ。一刀は少女と視線を合わせるようにして、膝をついた。少女の赤みがかった真っすぐな瞳が、一刀を見つめ返す。

 

「怪我はない?」

「はわわ……大丈夫です! こちらこそ、不注意でご迷惑を」

「良いさ。怪我がないなら何よりだ」

 

 少女に怪我ないことを言葉にして確認した一刀は、改めて少女を観察した。淡い金髪のおかっぱ頭。大きめの帽子と、腰元に大きなリボンの付いた女子高の制服……のような制服を着ている。フランチェスカの女子制服に比べると地味な装いだ……という感想を、数か月前に抱いたことを、一刀はすぐさま連想した。彼女はスカートなど履いていなかったが、着ていた上着のデザインは眼前の少女と同じである。

 

「君はもしかして――」

「朱里!」

 

 人ごみの中、少女を追ってきたのはやはり、一刀の想像した通りの女性だった。

 

 この世界では珍しいパンツルック。女性にしてはすらっとした長身だが、出るところはしっかりと出た男装美人である。少女と共通するのは制服の上着と、帽子をかぶっていること。ただし、少女の方は魔女のようなとんがり帽だが、女性が被っているのは古典映画でマフィアが被っていそうなソフト帽である。

 

 女性――元直は、一刀の姿を見つけると、軽く目を見開いた。

 

「一刀じゃないか。これから後輩と訪ねようと思っていたのに、そっちから来てくれるとは……まさか僕に会いたくなったのかな?」

 

 相変わらずの伊達男っぷりを発揮した元直は、一刀たちの視線を集めると小さくウィンクをしてみせた。一つ一つの仕草が、役者のように様になっている。それでいて嘘臭くないのだから、如何に普段から彼女がこういうことをしているのかが解るというものだ。

 

 

「自警団の団長を引き受けた君が、かわいいお嬢さんを連れて何でここにいるのか……まぁ、他にも聞きたいことは色々ある。再会を祝して僕が費用を持つよ。その辺の茶屋にでも、付き合ってもらえないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元直さん再登場。
何故ここに後輩たちをつれているのかは次回にて。

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