真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第011話 とある村での厄介事編⑤

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村人たちの情報から、盗賊たちが夜営をしている場所は判っていた。先ぶれが『襲われた』と証言した村の方角と村を行き来するには、普通に歩いて二日かかる。その大体中間くらいの位置に丘があり、そこに古い漁師小屋があるのだ。馬を使って一日で踏破するのでなければ、そこで夜を過ごすのが普通である。

 

 盗賊団に馬がいないという保証はないが、二百人全員が騎馬ということはまずないだろう。官民問わず、行軍速度は足の遅い兵に合わせて遅くなる。歩兵の方が多いのであれば、行軍速度は軽装の旅人とそう変わるものではないはずだ。

 

 盗賊団がやってくるのは先ぶれの情報では二日後の夜ということだったが、程立の分析からさらに一日猶予があると判断された。

 

 理由は簡単である。彼らはできる限り、村人の数を減らしたい。村人の避難のための時間は、できるだけ長い方が良いが、長すぎてもいけない。二日猶予があれば着の身着のまま逃げるには十分だが、安全のために更に一日余裕を持たせる、ということである。

 

 臆病にも程がある話だが、対応する側の一刀たちには朗報だった。ではその浮いた分の一日を盗賊はどうするかということであるが……これは中間地点の猟師小屋で時間を潰すより他はない。回り道をするには人目につく。不必要に目立つようでは犯罪者失格だ。

 

 何より村を襲うのにここまで臆病になる盗賊である。時間を潰して安全を買えるなら、喜んでそうするだろう。斥候を出している可能性は程立でも否定できなかったが、最初から一つの村が標的になっている以上、多くの斥候を出す必要はない。程立は出していないと踏んでいるが、出ていたとしても二、三人としている。

 

 つまりは、およそ二百五十人という盗賊が、この丘に大集合している訳だ。やらなければならないと解っているが、あまりの数の多さに今さら身震いする一刀である。

 

 既に程立と戯志才は、半分に分けた自警団を率いて指定の場所に到着しているはずである。村人の記憶を頼りに丘の詳細な見取り図を作成し、そこから小屋で戦闘が起こった際、どのルートを使って逃げてくる可能性が高いか割り出し、そこを塞いでもらっている。打ち漏らしは彼女らに任せるより他はない。

 

「さて、上手く行くかな……」

「何かあってもシャンがどうにかするから、安心して」

「私も頑張っちゃうから!」

 

 人買い風に身なりを整えた一刀の周囲には、子義と徐晃のみがいる。二人とも武器らしい武器はもっておらず、完全な――実は完全ではないのだが――無手である。盗賊団に警戒を抱かせないためであるが、これも一刀が不安を消せない原因となっていた。武装した敵の本拠地に乗りこむのに武器がないのだから無理もない。子義も徐晃も一騎当千の猛者であることは理解しているが、身を守る手段がないというのは心細いものである。

 

 こうなると、緊張している様子のない二人のことが、羨ましくなる一刀だった。弱者と強者、その差だろうかとも考える。確かにこれだけ強ければ、殺されるかもという恐怖は少なくて済むだろう。一刀が見る世界よりも子義が見た世界の方が、見ているものが同じだとしても、安全に見えるのは道理である。

 

 今回も子義一人であれば、盗賊を殺すという目的のみに絞った場合、実のところ大した問題ではない。村と村人を守らなければならないという条件がついているからこそ、彼女には難しい問題となってしまっているだけだ。何度でも、どれだけ時間をかけて挑戦しても良いなら、子義にとって盗賊二百人というのは物の数ではない。

 

 自分にそういう力はないが、それが近くにあるというのは一刀の心を落ち着かせた。少女二人が、自分を守ってくれるという。実力は彼女らに遥かに及ばないが、例えどれだけ実力差があっても、一刀は男で子義と徐晃は少女だ。年下の女の子の前で恰好悪いマネはできない。それは男として当然の矜持だった。

 

 両頬をばしん、と叩いて気合を入れる。ここから先は、北郷一刀一世一代の大芝居だ。

 

「止まれ」

 

 丘の麓。猟師小屋まで、一本道が続いている。その道以外には木々が生い茂っており、夜間の踏破には向かない。きちんとした道があるのはここと、この反対側の二つのみ。こちらに守衛は二人。反対側にも、おそらく同じだけの人数がいることだろう。

 

 そちらが主要の逃走経路の一つである。程立の部隊が今頃は近くに到着しているはずだが、今は目の前のことだ。守衛の目は、不審に満ちている。村から離れた何もないところに、男一人に少女が二人。状況に合わないこの組み合わせは、守衛たちの目には恐ろしく奇異に見えた。既に、警戒度はかなりのものである。一刀から見て遠い方の一人は、腰の剣に手をかけていた。

 

 ここで戦闘になったら、全てが終わる。窮地の時こそ、不敵に笑ってください。程立の最後のアドバイスを思い出した一刀は、不遜な笑みを浮かべる。

 

 そしてそれが、守衛二人からいきなり騒ぎを起こす、という選択肢を排除させた。得体が知れない。そう思わせることができた時点で、ある意味、一刀の勝利である。

 

「何の用だ」

「お前らの同業者だよ。代表と話がしたい」

 

 なるべく威圧的に、と程立から演技指導を受けていたが、それがどこまで実行できているかは怪しかった。流し見した不良映画のイメージであるが、守衛二人の反応を見るに、そう的外れな振る舞いでもないのだろう。深夜に同業者の来訪。守衛二人の不信は更に増していく。

 

 これから村を襲撃する予定がある。そこに外部から同業者を名乗る人間が来たのだ。罠であればもちろん問題であるが、話が本当だったとしても彼らにとっては寝耳に水である。立場によって差はあるが、とにもかくにも、盗賊の取り分というのは頭数が増えるほどに少なくなる。守衛二人としてはこのまま回れ右をして、どこかに消えてほしかったが、代表と話がしたいと言っている以上、完全に無視する訳にもいかない。

 

 この連中を通して良いものか。一刀たちを観察する守衛たちの目が、子義と徐晃に向いた。如何にも女、という風ではない。簡素な恰好をしており一目みた限りでは田舎の村娘という風である。色気はないが、それでも少女ということは解った。

 

 ここが都市部であれば、それでも情婦というのが一番しっくりくる解答だろう。だがこの状況である。深夜にやってきた如何にも怪しい男が、両脇を固めるように連れている。それの意味するところはつまり――

 

「俺の女で、護衛だ。腕は立つ」

 

 やれ、と徐晃に短く指示を出すと、彼女はすたすた歩いて、手近にあった岩に拳を思い切り叩きつけた。砲弾が直撃したような轟音が辺りに響く。徐晃が何でもないような顔をしてその場を退くと、岩は真っ二つに割れていた。守衛二人の口が驚きでかくん、と落ちる。護衛ならば強いだろう。その程度に考えていた二人に、年若い少女が素手で岩を割って見せる、あまりに衝撃だった。加えて、

 

「これで不服なら、そっちの奴の頭を割るが」

 

 次はお前だ、という直接的な脅しである。名指しされた方の守衛はこの時点で落ちた。すがるような目で残りの守衛を見るが、命にまだ余裕のある彼は仲間の命よりも自分の職務を優先させることにした。

 

「……うちの頭とどういう話だ」

「それはお前に関係ない。あんまり寝言言うなら、お前の頭も割って勝手に進むが……」

「…………付いてこい」

 

 渋面を作った男は、もう一人をその場に残して奥へと歩いていく。当面の命の危機が去った男は、深々とした安堵の溜息を漏らした。守衛について奥へ行く途中、ちらと残った男を見た徐晃が男の前で拳を強く握りこんで見せた。拳を開くと、粉々になった石がぱらぱらと地面に落ちた。

 

 視線を合わせる。こちらの意に反することをすると、こうなるというより直接的なメッセージに男の心は完全に折れてしまった。自分よりも一回りは下だろう少女と、視線も合わせようとしない。自分の成果に満足した徐晃は一つ頷くと、少し先を歩いていた一刀たちに早足で追いつく。

 

 木々の間の道を行きながら、一刀は考えた。第一段階突破。守衛のところで騒ぎが起きると全てがご破算だった。ともかく最悪の事態を回避できたことに、一刀は人買いの顔を維持しながらも、心中で安堵の溜息を漏らしていた。子義と徐晃も、少しは緊張しているかと思って聞き耳を立ててみれば、

 

『俺の女だって! 俺の女だって!!』

 

 子義が小声で、きゃーきゃー大騒ぎしていた。できればそういう話は後でしてもらいたいものだが、幸いにも前を歩く男には聞こえていないようだった。ギクシャクした動きはそのままである。徐晃の力を見て、怖気づいているのだろう。岩を真っ二つにする少女が後ろを歩いていれば生きた心地がしないのは当然だ。一刀も逆の立場であれば、同じ気持ちになるに違いない。

 

 小高い丘の上。猟師小屋の近くに、盗賊たちが思い思いの恰好で座っている。守衛は盗賊たちの中を突っ切ると、猟師小屋にまで伺いを立てに走った。あの小屋の情報も既に掴んでいる。村人の話では入り口は正面にある一つだけで、裏口などの類はない。

 

 つまり正面の入り口さえ塞いでしまえば、中の人間の命運は決まったようなものだ。幹部が猟師小屋に全員入っているなら難題の一つがこの時点で解決するが、盗賊たちの顔だけを見てそれを判断する手段は、一刀たちにはない。数えるのもバカらしいくらいに周囲には盗賊の姿があったから、下っ端と幹部の区別はやはりつかなかった。

 

 盗賊たちを見まわしている一刀の背中を、徐晃が数度叩く。腰の辺りの右側を二回、左側を二回。右が百の単位で左が十の単位だ。ざっくりと、目に見える範囲にいる盗賊の数を、徐晃には数えてもらっていた。この場に二百二十人強。事前予想のほとんどが、ここにいる計算になる。

 

 後は猟師小屋の中にいる幹部で全員だろう。十人前後少ない気がするが、これくらいの人数ならばそれは誤差だろうか。ともかく、一刀たちの使命はこの場に集合している盗賊の無力化である。この場にいない盗賊のことは、また後で考えれば良い。

 

 一分程待っただろうか。小屋の中から男が姿を現した。ひげ面で顔には刃傷。加えて大男というのはいかにも盗賊と言った風で、一刀よりも頭一つ分は高い。それがのしのしと歩いてくるものだから、一刀も思わず及び腰であるが、隣に子義と徐晃がいるのを思い出し、気を引き締める。

 

 今の自分は北郷一刀でも自警団の団長でもなく、洛陽を拠点にする犯罪組織の一員で、この場には交渉に来たのだ。盗賊風情に遅れを取る訳にはいかない。

 

「あんた、同業者だって?」

「正確には違う。俺は――いや、俺の所属する組織は所謂人買いだ。主に田舎から人を攫って国中に売りまくる、そういう仕事だ。その一環として略奪もするが、それはまぁ、この際置いておこう。今晩は仕事の話でここに来た。あんたがここの頭ってことで間違いないか?」

 

 そう言って、一刀は男ではなく周囲の盗賊の顔を見た。替え玉を使われている可能性を確認するためだが、どの賊の顔にも、動揺は見られない。眼前の大男が頭ということで、間違いはないだろう。村を襲うのに臆病なくせに、こういう時は堂々と顔を出すというのはいまいち釈然としないが、本人であるというのなら一刀にとっては好都合だった。

 

「仕事の話って、どういうことだよ」

「お前たちの仲間が『盗賊が来るぞ』とぬかしたせいで、村人が逃げちまった。女子供が欲しかったのに、村に残ってるのは老人と男だけだよ。どうしてくれる」

「誰が話を漏らしたか何て知らねえよ。そりゃあ俺たちには、関係のない話だ」

「恍けるなよ。俺はそいつが村に来た時に、その場にいたんだ。馬に乗って村に来た旅装束の男はあんたの子分だろ? 捕獲しようと思ったんだが、残念ながら逃げられちまった。逃げ足早いな。あんたの子分は」

 

 頭は白を切ったが、そうはいかないとばかりに畳みかける。実際、あの旅装束の男が彼らの仲間という証拠は何もないが、既に確証を掴んでいるという態度は、切羽詰まった時にこそ真価を発揮する。大事なのは、相手がどのように感じるかだ。この場でははったりこそが最大の武器である。

 

「――で、その人買いが俺たちに何の用だい?」

 

 認めることもしないが、頭は話の先を促してきた。実質的に認めたようなものだが、これはこの際どうでも良い。話の主導権は取ることができた。ここからは証拠がどうしたではなく、仕事の話だ。

 

「女子供がいないのは正直痛いんだが、誰も連れて帰れないんじゃ、俺たちが追われる身になる。村人はもう三十もいないが、できればこいつらは生け捕りにしてもらいたい。老人と男でも、いないよりはマシだからな。生け捕りにしてくれたら、一人頭銀でこれだけ払う」

 

 一刀は懐から小袋を取り出して、口を開いて中身を見せた。小袋の上の方にある本物の銀が、松明の照明にキラキラと輝いている。その輝きを見て頭の顔色が変わり、頭の顔色を見て盗賊たちの顔色が変わった。袋の中身全てが銀であれば一財産で、これが人数分増えるのである。幹部が多めに取っていくのはいつものことだがそれでも、街で豪遊できるくらいの稼ぎにはなるだろう。

 

 現物資産は、大きな力だ。あっという間に欲に目が眩んだ頭に向けて、小袋をじゃらじゃらと振ってみせる。確認しろと視線を送ると、頭はふらふらと歩み寄ってきた。ちょろい。あと五歩、四歩、三歩――ここで、一刀は脇の徐晃に視線を送った。作戦開始の合図である。

 

 二歩、そして一歩…………ゼロ。頭が小袋に手をかけるのと、徐晃が袋に手をかけたのは同時だった。頭が疑問の声を挙げる。だが、一音だけのそれが終わるよりも早く、徐晃は小袋の紐を掴み、力任せに振りぬいた。

 

 古今の推理小説の、凶器消失トリックでは定番の武器である。重量物に紐をつけ、遠心力で相手に打撃を加える。単純な方法だが、その破壊力は凄まじい。銀と鉄と銅と、それら金属の一撃を頭に食らった盗賊の頭が、冗談のように吹っ飛んだ。

 

 徐晃の一撃で頭部は砕けている。明らかに即死だ。それは明らかなのに、盗賊たちは状況を受け入れるのに時間がかかった。その僅かな間に、徐晃は最強の凶器と化した小袋を持って小屋に突撃をかけ、子義は吹っ飛んだ頭から武器をはぎ取った。短刀と、剣である。

 

 頭が倒され、その下手人が武器を奪って武装した。その上、残りの幹部がまとめて殺されようとしている。そこまで来て、残りの盗賊たちは一斉に色めき立った。全員が得物に手をかけ、殺意をこちらに向けてくる。逃げる人間は見た限りいない。

 

 しかし、敵の頭数が減らないのは、一刀にとっては好都合だった。全ての戦力をここに釘づけにできれば、後々の問題が少なくなる。ここからは人買いではなく、官軍の指揮官だ。目まぐるしく変わる自分の役職に、気分を高揚させた一刀は、その場で大音声を張り上げた。

 

「勅命である! 盗賊ども、大人しく縛につくが良い!」 

 

 

 

 

 

 




ちなみにそんな勅命は出ていません。はったりです。
暴れん坊将軍で言うと例のテーマが流れました。次話は皆殺しモード、その後に解決編です。

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