この素晴らしい世界に魔法を! 作:フレイム
「何でよー!ねえちょっとおかしいでしょ!?ズルしたわね!お願い、もう一回だけ!これで負けたらすぐに荷台に行くから!」
両膝を地につけ、カズマにしがみついて泣きじゃくる女神が、馬車の前で駄々をこねていた。
先ほどのじゃんけんの結果だが…気合を入れたアクアが出した手はグー。俺の誘いに、全員が慌てて出した手が見事にパーで一致し、一瞬にして勝負に決着がついた。
この結果は少しだけアクアに同情してやりたい所だが、俺は俺でサティアの乗客席入りを果たしているので、再戦ってのは少しいただけない。
ここは、チート級に運の能力値が高い、カズマに一任してしまおう。
「本当だぞ?これでまだ駄々こねるんなら、お前、ロープに巻いて引き摺って行くからな」
良かった。その言葉が俺の脳内に浮かぶなか、アクアは自信ありげにフフンと鼻で笑った。
「受けたわね。受けたわねカズマ!あんたがどんなイカサマかズルしてるのかはわからないけど、そっちがその気なら私にも考えがあるのよ!『ブレッシング』!」
「あっ、コイツ女神のくせに汚ねえ手使いやがって!」
アクアが自分に支援魔法を掛け、勝利を確信した様子で戦闘態勢に入った。
この《ブレッシング》というのは、対象者の運を一時的に上げられる魔法。
個人差はあるが、こういった勝負事では一気に勝利を引き寄せられる事が可能だ。
「運も実力の内って言うんだし、魔法の実力も運の内よね!さあ行くわよ!じゃーんけん、ぽんっ!」
カズマの勝ち。
「何でよー!」
喚くアクアを、勝者は早く荷台へ行けと言わんばかりにシッシッと手で追い払いながら。
「俺、ガキの頃から不思議とじゃんけんで負けたことないんだよな、実は」
やはり、カズマの運の能力値がズバ抜けているのは本当らしい。
「卑怯者!なにそれズルい!そんなのチートよ、チート能力じゃない!あんた、生まれながらの特殊能力持ちだったの!?なら、私という素晴らしい恩恵を授かった事は無効よ無効!早く私を天界に帰してよクソチート!」
「うっせーぞこのクソビッチが!俺の特殊能力は、『じゃんけんに絶対に勝てる能力』ってか!?お前馬鹿か、そんなもんでどうやってモンスター相手に戦えってんだ!魔王相手に、『じゃんけんで負けたらもう悪さしないでください』ってすればいいのか!?俺がそんな事で納得すると思った理由を教えてみろ!ほら!」
「だって!だって!」
なおも食い下がるアクアに、カズマはとうとう掴みかかった。
「お前の一番腹が立つ所はな!お前が自分の事を、授かった恩恵だとか言い張ってる事だよ!何が恩恵だ、お前を返してチート能力貰えるんなら、さっさと返品してやるとこだ!」
「わあああああーっ!カズマが言っちゃいけない事言った!ひゃへて!ほっへをひっはらないれっ!」
2
アクセルの街から馬車が出発して、もう何時間経っただろうか――
普段見慣れていた街の風景はガラリと変わり、窓からは初めて見る景色が広がっている。
思えば、屋敷が手に入った頃辺りからお金には余裕があったが、こうしてこの世界で旅行をするという事は初めてだ。
俺の隣ではサティアが、座席の上にローブ姿で、膝立ちのまま窓の景色に釘付けになっている。
魔王軍幹部を長い間やってきたという事で、こうしてゆっくり外の景色を眺める機会も少なかったのだろうか。
その様子はダクネスも同じで、二人とも窓の景色に見入っている。
めぐみんだけは、旅の経験などが豊富なのだろうか、外の景色に全く興味を見せず、目の前のケージに入ったドラゴンを、興味深そうに観察している。
――そんな、穏やかな旅の中。
「カズマさーん、カズマさーん!もう一時間ぐらい前からお尻痛いんですけど、超痛いんですけど。そろそろ誰か、席を替わって欲しいんですけど!」
乗客席からは死角になっている、揺れる荷台から、アクアがそんな事を喚いてきた。
「じゃあ次の休憩で止まった時に替わってやるから、それまで何とか我慢しろよ」
ため息混じりのカズマの言葉に、アクアは調子を良くして鼻歌を歌いだす。
しかし、窓の外に広がる風景はすっかり平野一面で、モンスターに襲われる危険性が低い、休憩などに適している街がある雰囲気は正直に言って無い。
カズマが席を交代する時には、もしかしたら日が沈んでいるかもしれないが…本人には黙っておこう。
窓からの景色にちらちら映る、並列して列を作っている馬車には戦闘準備を完了させ、何時でも襲撃に備えられる装備をしている者が多く乗っている。
人や馬車が多ければ、弱いモンスターは本能的にその道を避けてしまうもの。
この馬車の集団なら、襲撃に遭っても大丈夫だろう。
俺はいつの間にか、毎回どこかで油断していて惨事に遭うこの世界のシステムを知っておきながら。
流石に今回は大丈夫だと、そんなのんきに考えていた。
3
さて、また休憩中にじゃんけんの再戦を挑まれ、あの駄女神に喚かれるのが面倒だからつい替わる約束をしてしまった俺だが…。
――今感じたのは替わると言ってしまった事に対する後悔などでは決してなく、何か、嫌な予感を咄嗟に気がついた。
隣に座っているダクネスのように、初めての旅という事で心を躍らせていた俺は、千里眼スキルを上手く使い、窓の外の風景を堪能していた。
そんな時、とある一部分から、まるで砂漠の上で大胆に白兵戦が行われているかのように土煙を巻き上げている、何かを発見してしまったのだ。
その土煙は、ちょうど俺達が乗っている馬車の横を突く――商隊全体の横手から、徐々にこちらに近づいているのがわかった。
未だ護衛の冒険者達が気付かない距離にいながら、速度を落とさないどころか加速し、グングンその全貌をあらわにしている土煙の様子から、どこか別の目的地を持っている訳でもなく、この馬車数を誇るこの商隊に真っ直ぐ迫ってきている。
「……なあ、なんだアレ」
俺は隣の席に座って、反対側の窓を見ていたダクネスに、その存在を指差した。
しかし、千里眼スキルを持ち合わせていないダクネスには、俺が指す方向にある土煙すら見つけられない様で、眉間にしわを寄せている。
俺はなんだか嫌な予感がしたので、御者のおっちゃんに声を掛ける事に。
「すんません、なんかこっちに土煙が向かってくるんですが。それも結構な速度で段々大きく。……アレ、何だかわかりません?」
その言葉に、慣れた手付きで手綱を引き、周りの馬車と同じ速度になるよう速さを調節していたおっちゃんが。
「土煙?どうでしょう、この辺りで土煙を撒き散らしながら走行するモンスターなんて、リザードランナーの群れですかね?いやしかし、そのリザードランナーの群れは先日、最強の魔法使いと名乗る少女と、随分と背の高い女性冒険者さんがたった二人で壊滅させたってのを噂で聞いたんで…。砂鯨が砂を吹き上げてるか…他に考えられるモンスターは、走り鷹鳶ぐらいでしょうか」
…なんだその、くだらないダジャレのような名前のモンスターは。
「おっと、やめてくださいよそんな目で見るのは。自分が名付けた訳じゃないんですから。タカとトンビの異種間交配の末に生まれた鳥類界の王者ですよ。鳥のクセに飛べないという変わったモンスターなんですが、そのかわりに脚力が異常に発達してまして、経費の節約で護衛を雇わなかったとか、単に走り鷹鳶の存在を知らなかった商人らが大勢殺されてるんですから」
流石に、そんなふざけた名前のモンスターに襲われたくはないな。
俺のそんな表情を察したのか、おっちゃんは軽く笑い、
「大丈夫ですよお客さん。ちょうど春のこの時期は走り鷹鳶にとっての繁殖期で、チキンレースと呼ばれる求愛行動を取る為にああやって土煙を巻き上げて何処かに進んでいるんです。その求愛行動ってのがまた特殊でして、オスが近くにある、最も固い物質に突撃し、直撃する直前で回避するという変わった求愛行動です。まあ、避けきれずにそのまま死んでしまう事もザラなのですが」
なるほど。それなら安心だ。
俺はおっちゃんの言葉に納得し、自分の席に着く。
そしてふと、景色を見ようと窓を覗き込むと。
――先ほどの土煙が何倍もの大きさになり、俺達の馬車に確実に近づいていた。
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