この素晴らしい世界に魔法を! 作:フレイム
誤字脱字お気を付けください。
「「喧嘩したぁ…?」」
皆が口を揃えて、呆れられた視線を浴びているカズマにそう言った。
時刻は翌朝、カズマにちょっとした騒ぎがあったというので、皆で囲んで事情を聞きだしている最中だ。
アクアによって治療された、殴られた痕らしき物が少し残っている頬を擦りながら、
「いや、昨夜俺は普通にダスト達と酒を飲んでただけだったんだよ。だけど、ハーレム気取りのイケメンが突然俺達の方に来て、『遠藤勇気という男は知らないか』って。ユウキの知り合いだったら本当に悪いんだけど、酒の勢いもあって、連れてる女から下着を奪ったらソイツから思いっきり殴られました。以上」
…人の下着奪ったらそりゃ殴られるだろ。
「…それで、何故そのイケメンハーレム男はユウキを探しているのですか?あの領主の手の者で、また提訴されたのですか?裁判の続きですか?」
「そうならない事を願いたいな…あの検察官苦手なんだよ、俺」
ここで、裁判の終結人であるダクネスが、顎に手を当ててふむ、といった表情で。
「いや、その可能性は無いに等しいはずだ。私は見合いの場でしっかりと自分のすべきことを理解し行動したつもりだ。これ以上の領主の追及は考えにくいと思うのだが…」
確かに、ここまで言うダクネスが失敗などするわけがないだろう。あの場にはカズマとアクアも向かい、上手く丸め込んでくれているはずだ。
そのハーレム男の目的とは、裁判の一件と恐らく別の物だろう。
「しかし、俺の知り合いに女連れのハーレム男はちょっと思い当たりがないな。それだったら、何で俺を探してたんだろうか」
確かに、といった空気が俺達の間に流れ、部屋は一瞬の沈黙に包まれた。
その反応を見るに、どうやら誰にも心当たりはないらしい。一度、魔王軍関係の類だと思ったが、サティアとベルディアを合わせ、この街には旧魔王軍幹部が五人もいる。下手な手出しはしてこない筈だろう。
「――心当たりならあるぞ、一つだけ」
腕を組み、少し俯いたままのダクネスが、この状況を払拭した。
「裁判の時を覚えているか?確かあの検察官、セナはこう言ったはずだ、『王都でも一部の者は彼の名を知っている』と。死亡してもおかしくはない雪崩からも見事に生還し、デストロイヤー戦では二発の爆裂魔法を本体に撃ち込んだ功績を並べれば、遠方である王都の冒険者が遥々パーティの加入を誘いに来るのは何ら不思議ではないだろう。下手をすれば、魔法系統に詳しい貴族や王族が存在を知っていてもおかしくはない」
「え…い、嫌ですよ私は!ユウキがこのパーティを抜けて、王都の冒険者になってしまうという事は!確かに、ここ数日のカズマは本当にだらしがなくどうしようもないですが、なにもパーティを脱退するほどでは…!」
「おい、サラっと俺の悪口言いやがったな。だが、今の俺には砂漠よりも広い心というものがある。そう簡単にキレる男だと思うなよ」
確かに金の力で得た余裕には、何物にも替え難い安心感が存在する。今のカズマのこの様子は、決して不思議ではないのだろう。
「とまぁ、結局正体が誰なのかもわからない相手に簡単に付いて行く事はないな。王都とか、ここら辺のモンスターとは一味も二味も強さが違うんだろ?加入してすぐにモンスターに慣れてなくて死ぬ可能性だってあるんだ」
「んま、俺はユウキが残ってくれるって思ってたよ、あんな性格悪そうなナルシスト野郎に付いて行く物好きも少ないだろうしな」
カズマはそう言って、飲み掛けだった淹れ立ての紅茶を火傷しないようにゆっくり飲み…!?
「早朝から失礼する。遠藤勇気はこの屋敷にいると噂に聞いた。本当にいるのなら、どうか少し、話だけでもさせて欲しい」
玄関のドアを数回ノックすると同時に、外から若い青年ほどの声が聞こえてきた。
――ヤバい奴じゃねえか!家まで特定して来るとか何の用件なんだよ!
居留守、居留守だ。大丈夫、静かにしていれば何も害は無い。
「ふむ…居留守を使ってダンマリか…。では、ここは一つ手荒に…。『ルーン・オブ・セイバー』」
剣を輝かせて、横に薙ぎ払われた光が玄関のドアを切り裂いた。
…コイツ、本当にヤバい奴だ…!怖い怖い怖いぃ…。
「お、お前バカか!?いきなり早朝に進入してくる奴があるか!警察呼ぶぞ警察!」
この状況で、堂々と前に出れるカズマは凄いな…。
「おや、誰かと思えば昨夜、僕の大切な仲間にセクハラ行為を与えたチンピラじゃないか。こんな所で会うとは奇遇だね、おっと、君は泥棒という名の仕事中かな?」
「いきなり失礼すぎるだろこの野郎!ここは正真正銘俺の家、俺の屋敷だよ。そっちこそ、不法侵入と器物破損って罪を犯してる事を上手く誤魔化そうとするなよ?俺は今、家のドアを切り裂かれて上機嫌じゃねえんだが」
そのイケメン男は、切り裂いたドアの衝撃で舞った埃を剣の衝撃波で振り払い、わざわざ俺達に自分の実力を見せ付けてくるような仕草をした。
「遠藤勇気がここにいるという情報はこの街にある魔道具店の店員、仮面を付けた自称悪魔を名乗る者から住所を占ってもらった。どうやら町民の間では、その占いはよく当たると評判と聞いたんだけど…君か?」
あの仮面悪魔かよ!仕方無い、後でアクアを店に連れて行ってやるとするか。
…てか、本当にイケメンでハーレムなんだな、一対三とか最強かよ。羨ましいな。
そのイケメン男は俺の方に向き直ると、自慢気に披露した剣を鞘に収め、その黒い双眸で見極める様に見つめてきた。
…黒目?
「ちょ、ちょっと待て、ああ…何て呼べばいいか」
「これはすまない、王都でソードマスター職として、冒険者活動をしている御剣響夜だ。気軽に響夜とでも何とでも呼ぶといいよ。……この中で君が一歩前に出てきたという事は、君が遠藤勇気であると判断しても構わないのかい?」
「あ、ああ。という事で…御剣、その名前といい黒目といい、俺とかと同じ境遇…なんだな?悪い、俺って、他の転生者とかの事全然知らなくて」
「知らないのも不思議じゃない。僕も当初はこの街に転生して、知らない事ばかりだったからね。と、君…。勇気と呼ばせてもらうよ。勇気も勿論、アクア様から特典を得たんだろう?僕も同じ、アクア様にこの、魔剣グラムを授かったからね」
…そうか、俺と同じ、御剣もアクアによって転生されたのか。
という事は、この場でアクアに会わせてみれば面白い事になるんじゃないか?
「おーいアクア。こたつに引き篭もってないでほら、昔お世話になったとかいう、お客さんがいらっしゃったけど」
「い、いやあああああっ!わ、私、いきなり玄関のドアを切り裂いて不法侵入してくる人と知り合いになったつもりなんかないわよ!」
俺とアクアのやり取りを見た御剣は、すっかり目を丸くさせ、
「め、女神様っ!?女神様じゃないですかっ!ど、どういう事なんだ、何故この世界にアクア様が…!まっ…まさか、そっちにいる不良の方はアクア様を…?」
「理解が早くて助かるな、昨夜の時点で、俺が転生者って事を見抜いていなかったのは残念だ。そして、そんな俺の特典はこの駄女神だよ」
「……バカな、ありえないそんなこと!君の目的は何なんだ!?どうしてアクア様をこの世界に引きずり込んだ!」
興奮気味な状態に陥っている御剣はいつの間にか、カズマの胸ぐらに掴みかかっていた。
…って、止めねえと!
そう思い体を動かした瞬間、カズマに掴みかかっている御剣の手をダクネスが抑える。
「おい、いい加減その手を離せ。お前はさっきから、女神がどうとか転生がどうとか、一体何なんだ。それを除いても、礼儀知らずにもほどがあるぞ。…本当に王都の冒険者なのか?」
流石の御剣も、女性に手を上げるほど馬鹿ではないようだ。ダクネスに抑えられた手を戻し、一つ大きな溜息をついて、改めて俺達全員に目を通した。
「……クルセイダーにアークウィザード?そちらの長身の女性の職業は何故か読み取れないが…強大な魔力を感じる事から推測すると、恐らくは魔法系の専門職なのだろうか。…そして、随分と綺麗な人達だな。君はよほど、パーティメンバーに恵まれているようだね。それなら尚更だ。君のような性格の者が、こんな優秀そうな人を駆け出しの街に留めておいてもいいと思うのか?君からは何も専門職の能力を感じないし、もしかして…最弱職の冒険者なんて言わないだろうね?」
「そーだよ、最弱職の冒険者だ。幸運値はチート級らしいけどな。この屋敷も運が効いて手に入れた様なもんだけど」
カズマの返事を聞いた御剣は、呆れたのか、それとも返す言葉もないのかそのまま絶句した。
それから、アクアやダクネス、めぐみんとサティア、そして俺に同情するかの様な視線を向け、憐れみが混じった表情で笑いかけた。
「君達、今まで苦労したようだね。これからは僕のパーティに来るといい。王都での快適な暮らしは勿論、高級な装備品も全て買い揃えてあげよう。というか、現時点で魔法使い系の職が無い僕のパーティに入ってくれれば、構成的にもかなりのバランスが取れていいじゃないか。どうかな?君達にとっても悪い条件ではないと思うけど」
おっと、絶対にカズマが入っていない条件のようですが。
少々迷う部分もあったが、俺の返答が御剣にとって良い物になる事はまずないだろう。提案までの時間が早すぎたのが御剣の失策だ。
だがしかし、女性陣が満場一致で付いて行くという可能性がある以上、少し臨機応変に考えなければならない。
早速、何かの相談をし始めた女性陣の会話に俺は耳を傾ける。
「ちょっと、ヤバいんですけど。あの人、引くぐらいヤバいんですけど。ていうか、こっちの承諾も得ないで勝手に話を進めてる所とか、ナルシスト系入ってて本当にヤバいんですけど」
「どうしよう、殴るより殴られるのが好きな私だが、あの男だけは生理的に受け付けられない。一発、あのすました顔を殴りたいのだが」
「撃っていいですか?昨日の魔法勝負の時よりも強大な爆裂魔法が、あのスカしたエリート顔に簡単に撃てるような気がしてきました」
「何なんだあの人…もし私に手を触れてきたらこの天井に穴が開く事になるかもしれないけど、いいかな?」
おっと、大不評どころか、今にも殺されそうですよ御剣さん。
というか、俺も一歩間違えれば御剣の様な痛い系の冒険者になってしまっていたのかもしれないという事実が、何か嫌だ。
俺はカズマからの視線に、首を横に振ると。
「えーと。俺の仲間はユウキも含めて満場一致で嫌だそうです。…そろそろお引取りいただいてよろしいですか?不法侵入で警察呼びますよ?」
カズマはそう言うと、御剣に向けてシッシッと手を払う。
………………。
「………帰っていただけます?」
玄関に立ち塞がる御剣の行動に、カズマはイライラしながら告げる。
そこそこ感づいていたが、間違いなく御剣は自分の思う様にいかないと機嫌を悪くするタイプだ。
「悪いが、僕に魔剣という力を与えてくれたアクア様と、僕と同じく正当な力を得た勇気を、こんな境遇の元に置いとく訳にはいかない。君にはこの世界を救えない。魔王を倒すのはこの僕だ。アクア様は、僕と一緒に来た方がいい。……何度も聞くが、君はこの世界に持ってこれるモノとして、アクア様を選んだという事だよね?」
「……そーだよ」
「――なら、僕と勝負しないか?アクア様を、持ってこられる『者』と指定したんだろう?僕が勝ったのならアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか。この屋敷にはちょうど広い庭がある。そこで一対一の勝負をしよう」
口元を笑みによって歪ませ、わざとらしく自身の髪を掻き揚げて、御剣はそう言ったのだった。
2
マズい、非常にマズい。
敵は王都の、恐らくは高レベル冒険者だ。ここ数週間は自堕落な生活を送っているカズマに勝機はまず無い。
カズマが御剣より切れる所といえば頭なのだが…。一対一での状況で、カズマが有効手を打てる可能性も無い。
それなのに何だ…何でカズマはあそこまで自信満々なんだ?
勝負は職人によってよく手入れされた、戦場には似合わない庭での戦い。
「ルールは至って簡単。どちらか一方が降参か、再起不能の気絶になったら負けだ。先ほど言った通り、僕が勝てばアクア様は譲ってもら――!?」
「よしわかった!じゃあ行くぞ!!」
先制攻撃。といえば聞こえはいいが、カズマが仕掛けた攻撃はほぼほぼ正面からの奇襲に近い。
まさか開戦直後に、いきなり切り掛かってくるとは御剣も思ってはいなかっただろう。
「えっ!?ちょ…待っ…!」
しかし、流石は王都の冒険者、慌てながらも、腰に構えている魔剣を引き抜くと、カズマが振り被った小剣を防ぎに入った。
カズマの小剣が魔剣に触れる寸前に、奇襲を掛けた本人は空いている左手を御剣に突き出し――!
「『スティール』ッッッ!!」
その盗賊スキルを叫んだと同時、御剣の手元から魔剣は消えうせ、完全に無防備な姿となった。
「「「はっ?」」」
その間の抜けた声の主は誰か。
当の本人の御剣だけ、またはカズマを除く全員の声だったのかもしれない。
ただ、消えうせた魔剣の場所は――
消えうせた魔剣を手にしていた者は御剣ではなく、奇襲を仕掛けたカズマだった。
魔剣を奪われ、完全に無防備となった御剣の頭部に、カズマの小剣が強打し、あっと言う間に勝負に決着をつけたのだった。
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