この素晴らしい世界に魔法を!   作:フレイム

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本編としては二章完結話です。
後日談を含め、完全二章は完結となります。

次の次の話から三章に入ります。

誤字脱字お気をつけください。


二人の本名

――家族会議。

 

俺達は血が繋がっている関係ではないが、この屋敷内に住んでいる者全員が、朝早くから収集された。

その理由は、魔王軍幹部らの待遇の事であり、全員を収集したのはアクアだ。

その事実を表現するのなら、家族会議をという言葉を使うのが最も近いのかもしれない。

 

今回はめぐみんも含め、場所は一階の大部屋。その場で、屋敷の住民全体会議が、始まろうとしていた――

 

「さて、第二回目、魔王軍幹部を含めた、緊急会議を始めさせてもらうとするわ」

 

全員を木製の椅子に座らせ、屋敷の暖炉前で会議を始まりの号令を掛けたアクアに、朝早くから無理やり叩き起こされた俺達は口々に文句を言う。

 

「まったく…朝早くから起こすなってんだよ堕女神…。ふわぁ、眠い」

「私も眠いよ…本当に…」

「俺もだ、不老の身とはいえ、少しは睡眠時間を確保したいのだが…。というか、ターンアンデッドの魔法陣を俺の寝室に敷くのはやめてもらいたいのだが…?」

「私は…まあ結構寝られた方なのでしょうか」

「寝る前にパンとか食べてしまったから何か気持ち悪い…」

 

統率が無さ過ぎるメンバー達を集めて、その会議は始まりの鐘を鳴らした。

朝早くとは言っても、実際には午前8時ぐらいなのだが、デストロイヤー戦後から10時起きの自堕落生活が俺達の中で身についていたため、この時間に起こされるのは流石に機嫌が悪くなる。

叩き起こされたのが気に入らなかったのか、魔王軍幹部らも俺達と同じような反応を見せていた。

 

というかベルディアは、殆ど正体を隠すことなく過ごす事にしたらしい。不老の身って言っちゃったもんな。

 

「お断りするわアンデッド騎士さん。神の前にのこのことその身で近づくなんて、自殺行為と受け取るしか出来ないもの。明日から毎朝、ターンアンデッド目覚ましを掛けてあげるわ」

 

早速の宣戦布告に、ベルディアは悔しそうに拳を握り締め、アクアに聞こえない様に小声で。

 

「クソ…エリス教のプリーストならまだしも、アクシズ教徒は流石に敵に回すと厄介すぎるからな…。ああもどかしい」

 

その気持ち、分からなくもないです。

 

「んで、この収集の本筋はなんなんだよ、昨日はユウキが帰ってきてくれてそりゃ嬉しいが、未だにダクネスは行方不明のままだ。あんまりお前のお遊びには付き合ってられないんだが」

 

アクアとベルディアの言い合いに少し腹を立てたのか、カズマが顔をしかめ、結構な正論を放った。

正直な所、俺もカズマの言い分には賛成だ。

俺と違い、領主の所に行っているという明確な事実がある為、命の心配はないと思うが、『くっ!どんな権力を持ってしても、聖騎士である私は決して屈しはしない!』とか言って、あの領主に襲われていると思うと、どうも心の端っこですっきりしない物がある。

 

「確かにカズマの意見も分からない事はないわ。でも!何で私の屋敷に魔王軍幹部が二人もいるわけ!?まずは目の前の脅威から振り払っていかないと何も始まらないわ!」

 

いや、何時からアクアだけの屋敷になったんだよ。まるで俺達が金を出して借りている様な物じゃないか。

と、隣に座っているめぐみんが、何かを言いたそうに俺の服の袖をくいくいと引っ張ってきた。

俺はめぐみんに耳を貸し、話を聞く。

 

「ユウキ、あの二人は誰なのですか?私は屋敷にいることをまったく知らなかったのですが…。…?何故か、騎士の方には見覚えがありますね」

「ああー…。じゃあ、二人は自己紹介をしてもらってもいいですか?」

「今の俺にその要望を普通するか…?まあもう半分はバレてる様な物だし、別に構わんが…」

 

最初に自己紹介をする為に先に席から立ち上がったのは、意外にもベルディアだった。

ベルディアは一つ咳払いをし、全身に纏っている鎧を軽く整えてから、

 

「俺は元魔王軍幹部のベルディア。以前にこの街に襲撃して…まあ失敗したんだが、大人しく引き下がった訳ではないという事を、しっかり心に留めておいて欲しい…。って、き、貴様!いきなりのターンアンデッドの詠唱は本当にやめろ!」

 

杖を構えて戦闘態勢に入ろうとしたアクアを、慌ててベルディアが飛び掛って止めに入る。どれだけ相性が悪いんだ、この二人は。

そんな二人を俺達は全員で無視して、続いて立ち上がったプラスさんの方に視線が集まる。

フードで顔も左頬を隠さず、堂々とした姿勢で、プラスさんは口を開いた。

 

「私は元魔王軍最高幹部、えーと…。プラティックス・インサナティア。サティアって呼んで欲しいかな、よろしく」

 

…は?

俺は一度も聞いてないぞ、そんな格好いい貴族風な名前は。

 

俺が何かを言いたそうにしていた事を察したのか、揉み合っていたベルディアが言い合いを止め、無言で右手を突き出してきた。

その手に異様な程の威圧感と胸苦しさを感じ、開こうと思っていた口をゆっくりと閉ざした。

 

「んで二人は何でこの街に来たんだ?ウィズに用件があるとかだと思ったが、どうもそれだけじゃないらしいな」

 

椅子に座り、腕を組んだまま、カズマは二人にそう言い放つ。

プラス、いや、サティアはその言葉に一つ頷き。

 

「私はこの街、アクセル近辺にある湖に用があって来たんだ。約一年後、その湖にクーロンズヒュドラっていう龍が現れるから、それを私は殺しに来たってわけだよ。んまあ、龍殺しの名を掲げてるぐらいだから下手な事はしないよ」

 

そういえば、サティアが龍を殺す事に拘っている理由を俺は知らない。

だが、何処かでその事に対する異常な執念を感じる。

 

魔王城のサティアとの会話の時、サティアは数百の龍を殺したと言っていた。

それが魔王軍に入った理由だとするならば、14歳の時には既にその執念を持っていたという事か。

 

魔王軍の幹部に過去の話を聞くのもどうかとは思うが、心の何処かで知っておいた方がいいという衝動に駆られる。

 

「この世界の龍がここ数年で激減してると思ったら、お姉さんが原因だったって事なのね。まったく、あなたの所為でこっちは手続きが大変なのよ?女神の気持ちも少しは理解してもらいたいわ」

「随分なご挨拶だね。私が龍を殺し始めた原因は龍族側の襲撃からっていうのに、それを高みの見物で一方的な人類側の損害を止めないのは女神としてどうなのかな?」

「あなたこそまた随分なご挨拶ね…。紹介無しで私が女神って事を見抜いたのは流石は魔王軍幹部と褒めたい所だけど、一体の龍を他の世界に転送するのにどれだけの労力が必要か知った上で言っているの?それに、女神だからって自由に降臨して歴史を変えちゃう事が出来る訳ないでしょう?」

「私は別に、貴方の無能さを知りたくて話している訳じゃないんだけどね。暗黒魔法を習得していない私だけど、こっちがその気になれば一人の女神ぐらい瞬殺出来るという事を教えてあげようか?」

 

マズい、場がピリピリとしてきた。

大きく宣戦布告の意思を表明したサティアに対し、アクアもそれは黙って聞いていられなかった様だ。

アクアがサティアの宣戦布告を受け取り、腕を組んで座っているサティアに杖を向けた瞬間。

 

「た、大変だ!カズマ!皆、大変なんだ!」

 

一触即発な状況を、突然飛び込んできた一人の美女がぶち壊した。

 

清楚な印象を与える純白なドレスに身を包み、白いハイヒールを履き、長くしなやかな金髪の髪を三つ編みにし、片方の方から前に垂らした、どこかのお嬢様の様な人物だった。

その見知らぬ美女が、まるで友人を呼ぶ様にカズマの名前を叫んでいる。

だが、カズマもその美女の事は知らなかったようで。

 

「………あんた誰?」

「んんっ………!?くぅ……!カズマ!今はふざけている場合ではない!そういったプレイは後にしてくれ!」

 

目の前の美女が放ったロクでもない発言で、俺は一瞬でその美女が誰かなのかがようやく気が付いた。

 

「お嬢様の服を着てるから誰かと思ったら、ダクネスか!?丁度良い、今の一触即発な状況をダクネスが盾になって防いでくれ!」

「ゆゆ、ユウキは何を言っているのですか!?…と。ダクネス、お帰りなさい。私達は何があったのかは聞きません。ゆっくりお風呂にでも入って、心と体を癒してきてくださいね」

「………?風呂?いや、めぐみんは何を言っているのだ?それよりも、今ユウキが言った盾がどうとかの方が気になるのだが…」

 

ダクネスは俺とめぐみんを見ながら、頬を赤く染め、ドレス姿でソワソワしだした。

 

「寝ぼけた事を言ってないで、今日の所はゆっくり休めよ。帰ってきただけでもよかったという事にしよう。ほら、早く温かい風呂に入って、何時間でも泣いてくるといい」

「カズマまで……!一体、先程から何を言っている!何故私が泣かねばならん、何故風呂に入らねば………。何だこの全身鎧の騎士は、何故私のドレスの裾を引っ張っている」

 

いつの間にか俺達の輪に入ってきたベルディアが、ダクネスが身に纏っている純白のドレスの生地を確かめる様に引っ張っている。

 

「うむ…間違いない。これは王都に住む貴族や王族が好んで使用する高級生地だ。ただの変態聖騎士だと思っていたが、貴様も苦労してるんだなぁ……」

 

ダクネスの肩にぽんと手を置き、慰める様にしみじみとベルディアが声を掛けた。

 

「ダクネス………。お前、よほど良い仕事をしてきたんだな……。俺とユウキの二人を助ける為に、苦労掛けたなあ……」

「バカッ!お前達は一体何を勘違いしている!別に、領主に変な事はされていないし、このドレスだって自前の物だ!何だ、もしかして帰って来ないのは、領主にいいように弄ばれていたからだと思っていたのか!?」

「そーだよ。今頃すんごい目に遭わされてるもんだと。………しかし、貰い物じゃないってんなら、その高そうなドレスはどうしたんだ?自前とか言ってたが、お嬢様のコスプレをして新しいプレイを研究してんのか?」

「違うっ!!こ、コスプレじゃない!皆に心配掛けたのは悪かっ……?そういえばその騎士と魔法使い風の者の事は知らないが、まあ置いておこう。とりあえずこれを見てくれ!」

 

そう言って、ダクネスは大部屋の机に、全員に見えるようにアルバムの様な物を広げた。

アルバム…いや、一枚の写真が載っているだけだ。

 

「何だこれ、うわ、すっごいイケメンだな。ムカツクんだが」

「同意」

 

無意識の内に、爽やかそうなイケメンが写っているそれを、俺とカズマで一緒にビリっ…と。

 

「ああ!?見合い写真に何をするんだっ!そんな事をしたら、見合いを断る事が出来なくなるだろうがっ!」

 

あれ!?

 

「ああ?スマン、俺達の手が無意識に動いてしまって…というか、見合い写真?」

 

俺は慌てて机に見合い写真とやらを戻し、首を傾げる。

 

「そうだ!アルダープめ、小賢しい手を使ってきた!言う事を聞くとは言ったものの、無体な要求をしてきた場合には、我が父に即座に話を蹴られるだろう。それを分かっていたからこそ、私はああ言ったのだが………」

 

狼狽えるダクネスが、オロオロしながら言ってくる。

 

「……ん?という事は、このイケメンはアルダープとどういう関係なんだ?というか、そんな無理やりな政略結婚みたいな強制的な物は十分に無体な要求だろう。それに、断れるならダクネスの父さんに断ってもらえばいいじゃないか」

 

俺達の手によって少し引き裂かれた見合い写真を見て涙目になっているダクネスを椅子に座らせ、そのまま見合いについての話を聞く。

 

「その見合い写真に写っているのはアルダープの息子だ。アルダープめ、自らが私との結婚を申し入れても蹴られるという事は分かっていたのだろう。だが、私の父はアルダープの息子の事だけは高く評価しているのだ。何故あの領主が自分の息子と結婚させたがっているのかは分からないのだが……」

 

嘘だろ?このイケメンがアルダープの息子だっていうのか?

どれだけ母親が美人なのかは分からないが、それは自然の理に反している程だと思うのだが。

 

「ど、どうしよう。その……。私がここ数日屋敷に帰ってこなかったのは、この見合いを阻止しようと動いていたからだ。……というか私がここに来たのも……。実は、その見合いっていうのが今日の昼からなんだ。もう本当に時間がない。申し訳ないのだが、誰か私と一緒に来て、私の父を説得してくれないだろうか……?」

 

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「……つまり、こういう事ですか?ダクネスのお父さんは、危険な冒険者稼業を辞めさせたくて、以前から、隙あらば勝手にお見合いをセッティングしていたと。で、ダクネスとしてはまだまだ結婚はしたくないから、今までは全て話を蹴っていた、と」

 

首を傾げながら、椅子の背にゆったりと凭れ掛かっているめぐみんが言った。

魔王軍幹部の二人は、ダクネスとほぼ無関係であるので、興味が無さそうに腕を組んで深々と座り込んでいる。

 

「……ん、そうだ。正直言って、私は今の暮らしに満足している。この稼業を続け冒険者として名が売れれば、やがて邪悪な魔道士や、魔王軍では立場が低い様な野蛮なオークらが私を襲い、抵抗むなしくやがて捕まり、とんでもない目に遭わされてしまうかもしれない。それはもうきっと激しく、凄い物で、手枷足枷を付けられあられもない姿で………んっ!……くぅ…!や、やめろお!」

「お前はもう引退して、結婚した方がいいんじゃないかな」

 

自分の妄想に浸り、赤い顔でもじもじしだしたダクネスから、全員一歩後ずさる。

そんな中、めぐみんはダクネスの話をしっかり理解した様に頷き。

 

「なるほど。普段ならダクネスのお父さんが持ってきたお見合いだったから断れたけど、今回は、何でも言う事を聞くと約束している領主からのお見合いです。しかし、あの領主がそこまで回りくどい事をしてまでダクネスにお見合いをさせる理由がわかりません。それに、自分の息子に嫁がせようとする理由は何なのでしょうか。領主という立場の人間なのであったら、強引にでもダクネスを自分の妾にだって出来るでしょうに」

 

その言葉に、ダクネスが俯き。

一つ何かの覚悟を決めた顔付きで、言ってきた。

 

「……わ、私は本名を、ダスティネス・フォード・ララティーナと言う。その……。そこそこ大きな貴族の娘だ……。」

「「「「ええっ!?」」」」

 

俺達三人…何故か、ベルディアも驚いていたので四人が驚くのを見て、ダクネスは一瞬悲しげな顔をし、辛そうに表情を陰らせた。

何だ、プラスさんといいダクネスといい、最近は本名をバラすのが流行っているのか。

 

「う…嘘だろお前…!貴様の様な変態クルセイダーがあのダスティネス家の娘だと!?貴族の中でもかなりの権力を持つ、いや、王族に匹敵する影響力があるダスティネスの一人娘が何故こんな変態冒険者等に……!」

「おいお前!初対面な筈なのに何故私を執拗に言葉責めする!?って…ああっ!?貴様、首が繋がっている所為で気が付かなかったが、この街を以前襲撃したデュラハンか!?通りで、兜の下は性欲を発散できずに戦いている獣の様な目をしている訳だ!そうか、幹部直々私を浚いに来たと言うのだな!いいだろう、私はどんな相手だろうと、騎士の名に掛けて屈しはしない!」

「ちち、違うわ!魔王軍の騎士連中は、流石に女を浚ってまで性欲を発散しようとまでは考えんわ!……貴様、教えておくが今の時代、野生のオークか野蛮な山賊辺りしかそのような手段はとらないのだぞ…?まあ、雄のオークは大昔に絶滅したが……」

「な、何……!?絶滅した…だと!?」

 

やっぱりダクネスは、カズマが先ほど言った通り嫁に行った方がいい気がする。

 

というか、やはり領主の息子とダクネスの見合いは、完全な政略結婚という意味で繋がった。

態々自分の息子に嫁がせる理由はまだわからないが、せめて同じ屋根の下に置いておきたいという事なのだろうか。

だが、こういう政略結婚ってのは、ほぼ強制的に親が進める話ではないのか?

よほどダクネスのお父さんが寛大な人なのか、今まではそこまで口を出さなかったが、今回の領主の息子との見合いはお父さんも乗り気という事か。

 

雄のオークがこの世にいないショックからようやく立ち直ったダクネスが。

 

「……何か理由をでっち上げ、これを丁重に相手に返して、こういった理由があるのでと謝って、なんとか父を説得してみようか…。そこで、私だけでは心もとないので、この中から誰かに付いて来てもらいたいのだが……」

 

        3  

 

「生存報告…ねぇ」

 

昨日は、カズマが俺の生還をギルドに伝えに行ってくれていたが、どうも本人直々に行かないと受理されないらしい。

少し時間が掛かる物だとギルドから言われたらしいので、俺がダクネスの見合いに同行するのは不可能だ。

 

続いてめぐみんの方は、体調の方は回復傾向に向かっているらしいのだが、まだまだ油断は出来ないとの事。

めぐみんの部屋に回復魔法陣を張って、じわじわと回復させていくのがいい治療法らしい。

生存報告をしてからめぐみんの看病をしに行こうと思ったのだが、健康な人が長時間回復魔法陣の中にいると異常な魔力酔いがするらしいので、断念した。

 

魔王軍幹部を連れて行く訳にもいかないので、ダクネスのお見合いを阻止する為に、手が空いているカズマとアクアの二人が向かう事となった。

 

会議後、ダクネスを含めた三人はダスティネス邸へ向かい、めぐみんはアクアによって維持されている回復魔法陣が張られている二階の自室にへと戻った。

 

大部屋には俺と、魔王軍幹部の二人、計三人がぽつりと取り残された。

誰も話さない状況に耐えかね、口を最初に開いたのはベルディアだった。

 

「…プラス、お前はどうする?俺はこの後バニルとの約束があるのでウィズの店に向かうが…」

「あー…。そうだね、今日はこの街をゆっくり散歩するつもりだよ、湖の調査は今度でいいし、そんなに構えるほどの相手じゃないでしょ」

「じゃあ、俺とギルドに向かうついでに一緒に散歩でもしますか?どうやら最近、デストロイヤー戦で懐が暖まった冒険者をターゲットにした商人とかが、この街に結構来てるらしいですよ」

「デストロイヤー…そういえばこの街はその侵略を止めた事で有名だったね。うん、私も一緒に行くよ」

 

見事に仲間外れにされたベルディアは悲しそうにウィズの店の方に向かい、俺とサティアも屋敷を出た。

先ほどのベルディアとの会話の時、サティアは『サティア』ではなく、『プラス』と呼ばれていた。

道中、俺はサティアの気持ち等は全く考えず、名前、本名の方の話に入ろうと。

 

「わかってる、名前の事でしょう?」

 

俺が名前の事で話を始めようとした一秒前だ。

――プラティックス・インサナティアは透き通った碧眼で俺を見つめながら、話を始めた。

 

「プラティックス・インサナティアっていうのは偽名、魔王から貰った名前なんだ。『ベルディア』って名前だって魔王からあの人が貰った物で、それをベルディアの様に本名にそのまましちゃう人もいるんだけど、私は違う。『プラス』という名前は本名で、龍を呼ぶ忌まわしき名前。だから、本当に信頼してる人にしか教えない名前。だから、皆の前では私をサティアって呼んで欲しいの、約束して欲しい」

 

そう言ったのと同時、俺の手にサティアの手が絡んできた。

意図がわからない。この世界では、手を繋ぐ事が信頼している証という事なのだろうか。

不思議と、サティアの掌から伝わってくる体温は言葉で言い表せない癒しを与え、温かく、俺の緊張を振り解く。

 

世間で言う恋人繋ぎをしたまま、サティアは身体を寄りかけてきた。

 

「サティア…さん?これってどういう…」

「呼び捨てでいいよ、私は君を信頼してる」

「さ、サティア、えーっと…。とりあえずギルドに行きましょう?」

「…うん!」

 

畜生、何だ、モテ期か?本当にモテ期なのか!?

昨日めぐみんといい感じになったってのに、その翌日にこれだ、どうすればいいんだってばよ。

 

俺は日本にいた時、ハーレム系アニメやラノベの主人公に腹を立てていた。

どうしてお前は最初に想ってくれた一人に絞らないんだ!彼女達に失礼だろう!と。

…すいません!本当にすいません!気持ちを知らずにそんな事思っていて本当にごめんなさい!

 

いや、まだそういう風に発展はしていない以上、ハーレムではない…な、早合点してしまった。

というか、俺がハーレムだとかそういう事を語るにはあまりにも自分自身に傲慢だ。それに足して言ってしまえば馬鹿だ。

 

掌に伝わるサティアの温かさを感じながら、俺はギルドまでの歩みを進めたのであった。

 

         4

 

平然な顔でギルドに入って、平然な態度で受付に行ったら、受付のお姉さんに幽霊を見てしまった様な反応をされ、悲鳴を上げられた。

実は朝飯前に屋敷から出てきたので、俺の大好物、カエル肉を食べながら、今はダストやキース達から尋問みたいなのを食らってます。

 

俺は魔王軍との関係を上手く隠しながら、俺はこのサティアという女性に助けられたというストーリーにしておいた。

 

「っという事で、俺はめでたくこの街に帰ってこれた訳だ。そういえば、スノウグリフォンの報酬って今でも受け取れるのかな?そこが心配…ってダスト、どうしたんだ急に立ち上がって……ぐはッ!?」

「おーい皆!人を散々心配させておいて美女を連れて帰ってきたこのバカに一発ずつ殴っていけ!」

「「「おう!」」」

 

ギルドの冒険者の声が一つに纏まり、俺を囲んでいた冒険者達が列を作る。

丁度ギルド内にいたプリーストのお陰で気絶まではいかないが、相当な一発を一人ずつ俺にお見舞いしてくる。

それから俺は、男女の冒険者関係なく結構マジなやつを食らったのでした。

 

「や、やっと最後の一人…って親方!?マズいですよ本当に!食らったら命を失いかねません!」

「おいユウキ、歯を食いしばれ!ここで男を見せなかったら、サキュバスサービスをお姉さん達に頼んでユウキの分だけ停止にしてもらうぞ?」

「だ、ダスト!俺達仲間だろ!?初めてサキュバスの店に行った時も一緒だった仲じゃあないか!」

「よーし最後だ!親方、気絶しない程度にやっちゃってくだせえ!」

「あ、悪魔だ!ダスト、お前は悪魔だ!プリーストさん、蘇生魔法は使えるか!?親方の握力をまともに受けたら、一度天界に行ってエリス様を拝む事になりそうな威力だぞ…!…ぶべらッ!?」

 

俺が冒険者になる前にお世話になった工事現場の親方が、重い一撃を俺の頬に与えた。

殴られた痕が痣にならない程度の回復魔法をプリーストさんから受けた俺は、未だ痛い箇所を擦りながら、サティアに連れられ情けない形でギルドを出ることになった…。

 

「あーあ…結構内部的にやられちゃってるね…。ほら、サティアお姉ちゃんが仕上げをして治してあげますよー」

「サティア…ちょっとキャラ変わりすぎじゃない…?」

 

そんな会話をしながら、商人が集まる一直線の街道へと散策へ出た。

街道には人混みが出来ており、珍しい鉱石や魔道具が並べられている店がチラホラ見える。

 

「さあ、次の挑戦者はー!次の挑戦者はいませんかー!」

 

その声に振り向くと、そこには人だかりが出来ていた。

興味を惹かれてそちらに行くと、その人だかりは屈強な男連中ばかり。

見ると、そこには………。

 

「おし、次は俺が行くぜ!」

言いながら前に出たのは、現場の親方にも劣らない筋肉を持った冒険者風の男だった。

普段着なので職業まではわからないが、前衛職であるのは間違いないだろう。

男は、露天商が用意したハンマーを持つと………。

 

「――だああああああっ!」

 

男が大声と共にハンマーを振り下ろし、その先にあった何かにぶつかって周囲に鈍い音が響いた。

だが、男が与えた一撃はその物にぶつかって小さな火花を起こしただけで、別段壊れた訳ではない。

 

「クソッ、これでもダメか………」

 

悔しそうに呟く男の言う通り、そこには無傷の石、いや、鉱石があった。

それを見て、露天商が笑顔で声を張り上げる。

 

「今回のお兄さんも無理でした!さあ、次の賞金は二十三万エリス!参加費は一回一万エリスだよ!お客さんが一人失敗するごとに、五千エリスが賞金に上乗せされます!腕力自慢はいませんか?魔法を使ってもらっても結構ですよ!さあさあ、デストロイヤーの鉄壁の装甲さえも破壊したこの街の冒険者さんの中で、アダマンタイトを破壊出来る人はいないのですか?自分の実力に自信のある方は是非どうぞ!」

 

へえ、面白い商売もあるもんだな。

なるほど、デストロイヤーを破壊したのではないのですかと煽り、冒険者達に競わせ、自分の利益を広げようという訳か。

 

「君、やってみたら?魔法を使ってみてもいいらしいし」

「俺はさっきの殴られた痕がまだ痛いからいいかな。そういうサティアこそ挑戦してみたらどうだ?」

「まあまだ早いよ、三十万だ、賞金が三十万エリスを超えたら、私もやってみようかな」

 

流石は魔王軍幹部、あのアダマンタイトとかいう鉱石を前にしてもかなりの余裕だ。

どんな上級魔法を見せてくれるのか、と期待している間に、あっという間に賞金は三十万エリスを超え、露天商は満面の笑みを浮かべながら。

 

「この街の冒険者には、アダマンタイトは荷が重かったでしょうか!機動要塞デストロイヤーおも破壊したと聞き、遠方からこの街に来たのですが?さあ、このまま破壊出来ないのでしょうか?さあ、さあっ!挑戦者はいないのかっ!?」

 

露天商の口上が絶好調になる中、冒険者達はお互いにつつきあい、お前が行けよと促している。

皆、露天商の作戦だとわかっているものの、このまま露天商に勝ち逃げされるのは悔しいのだろう。

 

――冒険者達が、お互いの顔を見合わせている中。

人混みから一人の魔法使い、サティアが露天商の前に出た。

 

その場の誰もが挑戦するのに勇気が足りなかったのだろう、サティアが通った後には、そのまま冒険者達が避けて道を作っている。

俺もその道を通り、サティアの魔法をこの目でしっかりと見ようとサティアの隣に並ぶ。

 

サティアの姿を見た露天商は、目を見開き。

 

「おおっと!?本日初登場の魔法使いさんです!前衛職の方はもういないのでしょうか!?さあさあ、どんな魔法を使ってアダマンタイトに挑むのでしょうか!さあ、見てらっしゃい見てらっしゃい!賞金は三十二万五千エリスだよ!」

 

恐らくこの鉱石は『魔法に強い』のだろう。

露天商のテンションの上がり方といい、先ほどまでの前衛職までの反応とはまったく違う。

 

だが、それが運のツキだ。

まさか目の前の露天商も、彼女が元魔王軍最高幹部だとは思うまい。

 

さて…どんな魔法で来るか…上級…いや、爆発魔法や炸裂魔法か?

 

その場にいる全員に、先ほどまでの熱狂さとは裏腹に、静寂が訪れた。

素人でも解る、圧倒的な魔力を感じ、人々はいつしか、彼女の魔法がアダマンタイトを破壊してくれるのを期待するようになった。

 

期待を浴びた彼女が放つ魔法、それは―――

 

 

 

 

「『フリーズ』ッッッ!!!」

 

         5

 

「「「なっ!?」」」

 

その場にいる者全員が、期待して待っていた魔法は、初級魔法のフリーズだった。

物を凍らせる初級魔法、モンスターの素材を腐らせない様に等しか用途がないそれは、勿論物を破壊する能力を持たない。

冷凍魔法のフリーズは、一瞬にして鉱石の周りを凍りつかせただけに終わった。

 

サティアの圧倒的な魔力に発言する事すら忘れ、立ち尽くしていた露天商の口が、次第に笑みによって歪み。

 

「おやおやおや?お客さん、初級魔法で壊れる程、アダマンタイトは脆くはありませんよ?では、挑戦料一万エリスを……!」

「内部…破裂ッ!」

 

サティアから挑戦料を受け取ろうとした露天商の右手が止まった。いや、止まらざるを得なかった。

 

――内部破裂。

言葉通り、外側だけコーティングする様に凍りつかされていたアダマンタイトが、内部から氷と共に、紅い結晶を飛び散らせながら破裂、爆散した。

 

「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」

 

サティアの手によって無残にも散ったアダマンタイトを見るなり、その場は周りの冒険者による、拍手喝采が巻き起こった。

 

「じゃあ、三十二万五千エリス…ああ、挑戦料を払っていなかったね、ここに一万エリスを置いておくよ」

 

サティアは露天商からの賞金から一万エリス札を抜き出し、四散したアダマンタイトの残骸の上にわざとらしく置いた。

 

あーあ…。露天商さん泣き顔じゃん…可哀相に。

というか、初級魔法で何でアダマンタイトが割れたんだ!?

 

内部破裂とかどうこう言っていたので、恐らくは内部から圧力を掛けて破裂させたのだと思うが、それより先が推測出来ない。

 

「やった!三十一万五千エリスも賞金として貰っちゃった!今夜の夕飯は高級食材をふんだんに使った豪華料理と行こう!」

 

すっごい元気じゃないか…アダマンタイトを破壊するには大容量の魔力を使うと思っていたのだが、全く様子が変わらずサティアはピンピンとしている。

ずっしりと重い袋を抱え、笑顔で話しかけてくるサティアは幸せそうだ。

 

何だか、先ほどの魔法が詠唱無しだったら、『今のは上級魔法ではない……初級魔法だ』とか言えそうだが、流石にこの世界ではカズマ以外には伝わらないネタだろう。

 

――そういえば、すっかり忘れていたが、ダクネスのお見合いの方は大丈夫だったのだろうか……。

 




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