この素晴らしい世界に魔法を! 作:フレイム
「――帰って、これた…?」
この光景には、はっきりと見覚えがある。
というか、確かに屋敷裏の林だ。
木々の間から差し込む光が、ずっと暗闇に近い魔王城にいた俺にとっては、とても眩しい物だった。
「いつつ…。ああ…だるい…。マナタイトを持ってきてなかったら気を失ってた…」
そう言って、ベルディアの大量の荷物を掻い潜ってでてきたプラスが、掌に置かれている禍々しい鉱石を握り潰した。
確か、めぐみんの杖に練り込まれていた、魔力系の鉱石だった筈だ。
かなり高価な代物と聞いたが…。
「鎧はなんとか全て転送された様だな…。ってあれ?ランスとギルトは何処に行った?」
後半は上擦った声で、ベルディアが自身の騎士二人を探すためキョロキョロと見回す。
だが、テレポートでここまで飛ばされたのは全員分の荷物と、俺とプラス、そしてベルディアの三人。
と、いう事は…。
「……二人はベルディアの鎧を押さえている間に、うっかり魔法陣から出ちゃったっぽいね」
「……………」
プラスの言葉に、ベルディアは色々なショックが隠せなかったのか、呆然と立ち尽くしていた。
「ま、まあ。ここは俺の屋敷のすぐ裏の林だし。二人とも、屋敷でゆっくりしていって…」
「屋敷!?わ、私の部屋もあるの?てっきり普通の家で、君と相部屋で毎晩同じベットに寝ると思って覚悟してたんだけど……」
「俺童貞ですからね!?そんな度胸があったらとっくに卒業してますよ!」
「お、おい…。少しは俺の事も労ってくれよ…」
魔王城にいた時のハイテンションは何処へやら、ベルディアはすっかり凹んでしまい、魔王軍幹部として見る影も無くしてしまった。
「そういえばベルディア。名前変えてくて大丈夫なの?私は遠征の時本陣に篭って魔法を放ってるだけで姿を見せないから名前変えなくても平気だけど、ベルディアは前線ばっかで出てるから姿もバレちゃってるでしょ?私が決めてあげようか?」
「……一応、考えた名前を聞いておこうか」
「ベルりん」
「陥落しそうな名前ですね…」
俺の即座の突っ込みも、この世界の地理には存在しない名前な以上全くの無反応だ。
第一、この見た目でベルりんは地方のマスコットキャラクターでもいささか無理があるだろう。
紅魔族が好みそうな名前ではある様な気がするが……。
2
俺達三人はベルディアの大量の荷物を分担して背負い、屋敷の玄関前にまで来ていた。
「何を緊張してるの?自分の家なんでしょう?」
いや、無理を言われても困る。
三日間も家を留守にしていたのだ、絶対に怒られるに違いない。
早く会いたい気分と、迷惑を掛けてしまって申し訳ないという感情が入り混じって、頭の中でモヤモヤが発生する。
「もう、じゃあ私が開けちゃうよ?……すいませーん!この屋敷のアークウィザードの子を返しに来たんですけどー!」
大胆に玄関のドアを大きく開け、プラスが急に大声でそんな事を言った。
……俺の扱い酷くない?
…いや、ちょ…!
俺は慌ててエア盗賊スキルを発動させ、プラスの後ろに隠れる。
「……誰もいないっぽいよ?」
…え?
確かに、玄関の靴箱には全員分の靴がない。
特に街の冒険者に対して緊急クエスト等があった様子もないので、クエストに出掛けているという訳でもなさそうだ。
てっきりカズマが毎日引き篭もってるのだと思っていたので、全員いないという状況は少し妙だ。
なら皆何処に…?
「おじゃましまーす」
「先に上がらせてもらうぞー」
そんな俺の考えをよそに、幹部二人は軽い口調で荷物を玄関に下ろし、屋敷内に入っていった。
…まあいいか。
一人もいない三日ぶりの屋敷は、どこか違和感があった。
「はい、どうぞ」
「おっと、すまないな」
二階のキッチンから適当に漁ってきた紅茶を煎れただけなのだが、どうやら二人の舌に合った様で、中々の好評だった。
……高級そうな瓶に入ってた茶葉だったけど、大丈夫かな。
以前ウィズの店に軽く顔を出した時に、簡単な紅茶の煎れ方を教えてもらった事がここで発揮されるとは思わなかった。
「しっかし…あの水色の髪のプリーストと変態クルセイダー、紅魔の娘が貴様の仲間だったか?全員いないとは、どういう事なんだろうか」
腕をしっかりと組んで深々と来客用のソファーに座り込んだベルディアが、紅茶の葉を新しく足している俺を見て言ってきた。
ちゃっかりカズマの事は忘れられているが、ベルディア撃退の際は後方で控えていたので仕方ない。
「それじゃあ、一旦ここには荷物だけ置いて、ウィズの所に行ってみようよ。君、ウィズの店まで道案内出来る?」
「……ああ、俺達が帰ってくる時には皆帰ってきてるかもしれないし、そうした方がいいか」
不安だ。
何が不安かって、この屋敷に活気が感じられない。
なんとか会話で不安を隠そうとしているが、カズマ達との再会を多少なりとも期待していた俺にとって、不安要素が多すぎる。
ああクソッ……!
何事も無い筈なのに、なんでこんなに不安になるんだ…!
とりあえず、ここはプラスの言う通りウィズの元に行くのが最善か…?
「ほら、早く行くよ。君がいないとウィズの所に行けないじゃない」
「え?あ、ああ」
差し伸べられたプラスの右手を借り、俺は客室のソファーから重い腰を上げた。
3
街の隅の方にあるウィズの店までの道は、人通りが少ない事が多い。
ベルディアの首をくっつけていなくても大丈夫なんじゃないかと疑うレベルで、人とすれ違う事も無くウィズの店まで辿り着くことが出来た。
路地裏のとある一角。
俺達三人は、ウィズ魔道具店と書かれた看板が掛けられた店の前に立っていた。
「ふむ…ウィズに会うのは何年ぶりだろうか…?昔、魔王城にいた時には随分世話になったからな…。手土産か何か持ってくるべきだったか」
ベルディアが、遠い空でも見る目をしながらそんな事を言ってきた。
というか、アンデッドの昔って何年前ほどなのだろうか。
今度、ベルディアにしれっと聞いてみてみようか。
ともあれ、俺達は数段の階段を上り、玄関のドアを押し開け店内に。
「いらっしゃいませー」
――――と、店内に入った俺は、ウィズより先に、店のエプロンを身に付けた、新顔の店員に気が付いた。
その店員はやたらと大柄で。
奇妙な仮面で隠れていない口元を大きく歪めると、とても愛想よく――!
「へいらっしゃい!汝!汝を待っていたぞ!此処にいる五人の幹部で総攻撃を加えれば国さえ滅ぶ。そんな手勢を駆け出し冒険者の街に集めた重罪人よ!貴様には国家転覆罪どころか、今すぐ処刑台に立たされても文句は言えぬ程の事を成し遂げたな!……おっと、これは混乱と困惑が入り混じった悪感情、大変美味である美味である!フハハハハハハ!」
怪しげな仮面を被った店員が、当たり前の様にそこにいた。
その店員の影に隠れる様に、ぴょこんと小さな姿が。
「め、ぐみん…?」
「……めぐみんって、誰ですか?……我が名はめいめい!魔王軍元幹部にして、ダークウィザードを生業とし、暗黒魔法を操る者…!魔王軍幹部の私を知らない汝のその態度、万死に値しま…いでっ!」
大声を張り上げて、めぐみんと同じ、紅魔族では主流らしき自己紹介を放っためいめいに、バニルの容赦ない凸ピンが炸裂した。
バニル?めいめい?
何だ、初めて聞く名前ではない事は一瞬で分かるのだが…。
「何十年ぶりか…久しぶりだなバニル。……まあ、相変わらず元気そうで何よりだ」
「うむ、そちらも何事もなく元気そうで何よりだ。我輩が魔王軍の幹部という肩書きだけ持って放浪していた時でも、悪魔達からの噂で活躍は聞き及んでいたぞ」
どうやら、早速魔王軍幹部同士での話が始まった様だ。
「プラスさん!お久しぶりです。どうやら今では魔王軍最高幹部までになったとか…!」
「ああ、久しぶりだなウィズ。んでも、此処にいる時点でほとんど辞表を叩きつけて来た様なもんだからな……。今では普通の、プラスって訳だ」
おっと、女性陣もお話が始まったようですね。
すっかり蚊帳の外の存在となってしまった俺と、恐らく俺と同じ立場になってしまったのであろう、めいめいと顔を見合す。
「えっと…こんにちは?」
頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。
性格や内面を除けば本当にめぐみんと瓜二つだなと、俺は改めて思った。
どうやらこの子、ツンデレ属性とヤンデレ属性の二つを持つタイプな気がする。
どちらの属性も仮面を被った、この店員に向けられている物だとはすぐに分かったが。
いやホント、似てるなあ…。
めいめいのローブの色が黄色だという事を除けば、めぐみんの横に並んでいても見分けが付かないかもしれない。
いや、ちょっと待て。…この状況、ちょっとヤバくないか?
ここはウィズ魔道具店、アクセルの外壁内にある店だ。
この街の冒険者全員で外壁を上手く使って防衛しても、魔王軍幹部を一人退けられるかどうかの程度。
内部から襲撃を掛けられれば、十分も持たないだろう。
「……お兄さん、大丈夫ですか?我が強大な魔力の前に怖気づいてしまいましたか?すごい汗ですよ」
脳内で高速回路を回していた俺は、いつの間にか冷や汗が出ていたのだろう。
めいめいが俺の顔を心配そうに覗き込んだ、その瞬間。
――ウィズ魔道具店の玄関のドアが、躊躇うことなく思いっ切り開けられた。
「や、やっと見つけたわよユウキ!屋敷に戻っても変な荷物がいっぱいあっただけだったから、そこの仮面悪魔がポンコツ店主とかどうこう言ってたから来てみたら、魔王軍幹部が五人も……!貴方達、この、アクシズ教が崇める女神。女神アクアの前に平伏しなさい!そして、大人しく浄化される覚悟は出来てるんでしょうね!」
――三日ぶりに会ったアクアの様子はやっぱり、相変わらずだった。
誤字脱字修正していきます。