この素晴らしい世界に魔法を! 作:フレイム
今回で三十話目&十万字達成です。
ありがとうございます。
誤字脱字お気を付け下さい。
雪山での大雪崩――その事実はギルドから、アクセルの街中に瞬く間に広がった。
通常、中級冒険者~上級冒険者に推奨されるクエストばかりの雪山の情報は、駆け出し冒険者が集う街、アクセルでは必要としない。
だが、今回ばかりは状況が状況だ。
機動要塞からアクセルを守った事で、付近の街々にその評判が知れ渡ったエンドウユウキが、雪山に出発したのは雪崩の数時間前だった。
彼が雪山でのクエスト中に起きた可能性が高い雪崩は、必然的に彼の遭難を意味する。
それを裏付ける様に、往復で一日も掛からないその雪山から帰って来た影は、一つも見当たらなかった。
雪崩の翌朝、ギルドはエンドウユウキの遭難の可能性は非常に高いと正式に発表し、街の住民、冒険者の間に戦慄が走った。
付近の街からも寄付金が届き、彼の発見の為にギルドは金を惜しまずに粘って粘って粘り続けた。
王都にまで評判が広がっている彼を、ここで死なせる訳にはいかないというギルドの考えは、捜索の結果で早くも打ち砕かれた。
雪山に続く街道は雪崩の影響で塞がってしまい、天が捜索の邪魔をするかの様に、雪崩の日から数日に渡って猛吹雪が続いた。
――二日目の夜に、街のギルドが何一つ事実を隠すこともなく。集会を行い、現状の全ての報告が始まった。
緊迫した職員の様子から、言われなくても理解した。そんな空気がギルド内の冒険者を包み。報告が始まる。
『――先日の雪山の大雪崩で遭難したと思われるエンドウユウキさんは、雪崩の影響で雪山に続く街道も塞がってしまい、捜索隊の派遣も難しく。彼の発見に尽力した付近の村々の懸命な努力も空しく――行方不明、もしくは、死亡したと思われます』
黒の虚空を、沈黙が包んだ。
―――――――
「ふぁー…よく寝た」
朝だというのに、魔王城特有の漆黒色の部屋が目に存在感を訴えてくる。
眠い目を擦りながら、すっかりアクセル内では遭難者、死亡者と思われている彼――エンドウユウキは起床した。
目覚めたばかりの顔に、窓から降り注ぐ日光が照らす。
アクセルの人々の心配はどこへやら…彼は捜索活動が懸命に行われている雪山ではなく、魔王城内で悠々と寝ているという現実。ユウキからすれば命拾いをしている以上、幸運な事だが。それはいい意味か悪い意味か、懸命に捜索に当たっている者は報われる事はない。
だが、彼は今日中にアクセルに帰る事が出来る――かつてアクセルを襲撃した、魔王軍幹部を連れて。
「よう、昨日はよく眠れたようだな」
「ああ、今日は念願のアクセルに帰る日だし、疲れた状態で帰りたくはないからなぁ。昨日はすぐ寝てしまった」
ドアの音を立てて部屋に入ってきたのは、朝から変わらず鋼鉄の鎧を全身に纏った魔王軍幹部、ベルディアだ。
ユウキがアクセルに帰る時に、彼も付いてくる事になってしまったが、今の所危険はない様子だ。
「アークウィザート、朝食を済ませた後に出発する。既にテレポートの手配は済ませたので、すぐ準備をするようにな」
彼の声は兜の所為でくぐもって聞こえ、彼自身の声も、並の成年男性より低い為、台詞的には完全に修学旅行の男性教員だ。
朝日が容赦なく降り注ぐ窓の前にある机にユウキの着替えが用意されており、昨日着ていた服を脱いで着替えを始める。
「やっとアクセルに帰れるのか…さてと、めぐみんに何て言い訳をすればいいのか分かんないな」
魔王軍幹部迎撃戦後に、ユウキは彼女の必死の看病により一命を取り留めた。
だが、それは彼女にとっては非常に辛い物だったのだろう。ユウキは、彼女からこれからは無茶をしないでと、何度も釘を刺されていたにも関わらず、雪山で遭難。
恩知らずとは正にこのことである。
「さてと…飯だ飯。ランス、朝食は昨日晩飯食った所なのか?」
新しいローブに着替えたユウキは、最高点に達していた空腹を満たす為にすぐさま行動する。
「はい。私が案内致します。どうぞこちらに」
朝から執事の様な振る舞いを崩さないランスには、相変わらず頭が上がらない。彼が先導し、ユウキは後を付いて行くいつもの形となった。
――――――――
「ランス。このローブ何着か欲しいんだけど、予備のやつとかあったら譲ってくれない?」
「は、はい。よろしいですが…。これはまた、色々と持って帰るのですね」
ベルディアとの朝食を終えた後、ユウキはすぐさまアクセルに帰る為の準備を始めた。ランスにはユウキが指定した服などを袋に詰めたりしてもらい、元々の自分の仕事と並行しながら慌ただしい様子で廊下と部屋を行き来している。
「まあな、俺の仲間に、紅魔族の女の子がいるんだ。その子に持って帰ってあげようと思って」
カズマやアクア、ダクネスに土産を用意しないのは、単に彼らの好みが全く分からなかったからだ。別に何も考えていなかったという訳ではなかったのだが、彼らにはユウキの生存報告だけで十分だろう。それ以上に、彼らに対する礼はない。
「ひょっとして、爆裂魔法を使う紅魔の娘ですか?以前、ベルディア様の話でお聞きしたことがありまして。何でも、城を半壊寸前まで追いやったとか…」
「あれは今でも悪いと思ってるよ…まあ、その紅魔の娘ちゃんが気に入りそうなんでな。機嫌取りに何着か貰っていこうと」
ユウキが言い終わると同時。ランスが粗方の荷物整理を済ませ、彼が準備してくれた、ローブが何着か入った袋を受け取る。
「はは、女性を怒らせると怖いのは間違いありません。そう考えれば、エンドウ様の判断は正しいと言えるでしょう」
ランスは兜の上からでも分かる笑みを浮かべた様な反応を示し、少しだけユウキをからかう様に言った。
「ちょっと人事みたいに言ってない?怒らせると色々と面倒なんだよ、あいつ」
「失敬失敬。なに、今からそのお方に会う可能性があると思うと、少しばかり楽しみになってきましてね」
そう、彼とギルトもアクセルに付いてくる事になっている。主な仕事はベルディアの身の回りの世話などらしいが、一日中仕事に追われる。という事ではないらしい。友人として、こちらから彼らを尋ねる事も可能だ。
ここまで、彼ら魔王軍の者達が寝泊まりする所に疑問を持っていた。
ユウキが住んでいる屋敷には数部屋空いていない事はないのだが、アークプリーストのアクアがアンデッドの匂いに気づく可能性は非常に高い。
アクアが屋敷にいる以上、彼らアンデッド族がユウキの屋敷で寝泊まりするという事は、結果的に言ってしまえば自殺に近い物だ。自分から天敵であるプリーストに近づくのだから。
以下の理由で第一作戦は実行不可能。ベルディアはリッチーの所に泊まるとか何とか言っていたが、それが叶わなければ、アクセル内の宿屋を手配するしか方法はない。
「おーい!ランス、アークウィザード。出発準備は済んだか!先にプラスの元に向かっているからな!」
部屋の外からベルディアの大声が聞こえ、ユウキは身をすくめて荷物の最終確認に移る。
「…今ベルディアが言った、プラスって誰…?」
聞き覚えのない人物名に困惑したユウキは、既に準備を済ませて最終確認に移っているランスに尋ねた。
「魔王軍歴代幹部の中でも上位に入ると言われる魔法使い、プラス様です。全属性魔法を初め、回復魔法、強化魔法、状態異常魔法…あらゆる魔法を使いこなす事が出来、数多の戦いに関わってきたお方です。あのお方がいなければ、今の魔王軍はなかったと言われています。しっかりと身構えてお会いになられるように」
ランスの口から忠告の文句が伝えられ、ユウキはその場で少し身構えてしまう。
歴代魔王軍幹部でも上位という事は、ベルディアからユウキに渡された人事表に載っている者よりも優れているという事。それは、先ほどのランスの説明でも分かる通りだが、かなりのチート能力持ちだ。もしかしたら、リッチーであるウィズをも超える実力の持ち主なのかもしれない。
そう考えれば考える程、ユウキの緊張感は最高点へと簡単に押し上げられてしまう。もし目の前で敵対感情を見せてしまえば、この首一本では済まないだろう。
「さて、用意は出来ましたか?ベルディア様もお待ちしております、すぐに向かいましょう」
そうして部屋を出発したユウキらはまたまたいつもの様に、ランスが先導し、その後ろにユウキが付いていく形となった。
―――――――――――――
城内の窓から差し込む光はなくなり、朝だとは思えないほどの暗さが廊下を包みこんでいた。
廊下の壁に備え付けられているランタンの光でなんとか視界を確保出来ているが、その薄暗さが逆に恐怖の感情を煽ってくる。
ランスの先導を受けながらその廊下を五分ほど歩いたところだろうか。
次第に窓から差し込む光が現れ始め、視界を確保出来る様になった矢先。
少し進んだ所に、ニメートル程の高さの、手前に引く両開きの扉が聳え立っていた。
「ここ、か…」
一見、見張りも立てていないその扉は警備が甘い様に見えるが、人間の本能が否定するかの様に、その扉からは異様な威圧感が漂っており、扉に手をかける事も恐怖と思う程だ。
「そこまで緊張なさらずに、ゆったりとした心構えで良いのです。心配する事はありません。では、行きましょうか」
「あ、ああ…ヤバい。本当に怖くなってきた」
ここだけ切り取るとユウキはただの根性無しに見えてしまうが、並の人間には抗えない程の、恐怖、危機感、不安、そして嫌悪感。
出来るのならこの扉の先には行きたくはない。その考えがユウキの脳内を支配する。脳が危険信号を発しているのだ。
だが、そんなユウキの考えを無視するように。ランスが平然と、その扉の先への道を開放する――。
「どうした。遅かったが、何かあったのか?」
扉の開放に思わず目を閉じてしまったユウキに、何事もないと言いたげな、ベルディアの低い声が掛けられる。
不思議な事に、扉が開かれた瞬間から、先程までの危機感、恐怖、不安の全てが振りはらわれたかの様に、ユウキの脳内に冷静さが取り戻された。
「いえ、ベルディア様。少しエンドウ様が緊張なさっている事以外、異常はございません」
ランスはベルディアと、部屋の中央の腰掛けの椅子に深々と座っているプラスらしき者に一礼をする。
肝心のプラスらしき人物は、フードを深くかぶって顔を見せず、隠したままだ。
部屋には城内の図書館に匹敵する高さの天窓に、部屋の両脇にはベルディアの身長の数倍を超える本棚が設置されていた。
本棚には本がぎっしりと並べられており、その数は想像するのも難しい。
部屋の広さは私室の数倍ほどあり、こう表してしまうのもなんだが、一人の部屋にしては無駄なスペースが多い。
天窓から差し込む光は、ここでも眩しすぎず暗すぎず、上手く調整されているのかと思う程の差し込み具合だ。
その、一人部屋とは思えない豪華な部屋の中央には、書斎に備え付けられている様な机が置かれていた。
机の上には大量の書物、筆ペンがだらしなく散らばっており、この部屋の主――プラスの性格を少しだけ、理解した気がした。
「なるほど……。私の妨害を乗り越えられるとは、中々の実力だね。君」
その声の主は、今でもフードを深くかぶったままのプラスからだった。
声は大人の女性の雰囲気を漂わせる高さで、ウィズの様なお姉さんキャラではなく、前述の通り大人の女性だ。年上好きの男性にはたまらない要素なのかもしれないが、ユウキの趣味ではない。
プラスは深々と座っていた椅子から立ち上がり、ユウキの全身を無遠慮に見回す。
身長はユウキより10cmほど高い…180cm後半ほどだろうか。女性では珍しい高身長に、ユウキは驚きの色を隠せなかった。
服装はユウキが持ち帰ろうとしているローブと似ているが、漆黒と紅色のとは一部が対照的な、漆黒色と蒼色で仕立ててある。サイズは向こうの方が少し大きいだろうか。身長の差を考えれば気にする問題でもない。
「おいおいプラス…。いくら人間が好きじゃないからって、いきなり妨害をかける事はないだろう?自己紹介もしてないだろうに」
いきなり全身をくまなく見つめられ、ユウキは困惑の色を隠せなかったのだろう。それを見かねたベルディアが呆れた様にプラスに声をかける。
「ったく…。はいはい、私が魔王軍幹部にしてダークウィザードの頂点、プラスだ。…それよりも、私の『妨害』を乗り越えるとはね…実力に嘘がないのは十分わかった」
「その、『妨害』ってのがよく分かんないんですけど…。っと、ベルディアから紹介があったかもしれないけど、俺はエンドウユウキ、ただの冒険者だから変な事しないでくださいね?」
「しないしない。私が初対面の男の子をいきなり襲うと思う?そう思われてたら心外なこった。んで、さっきの『妨害』の事についてだけど…部屋に入る前に変な嫌悪感みたいなのを感じたろ?結構頑丈に張ってたやつなのに、あっさりと破られるとこっちも悲しいぜ」
「ええと、つまり…。多少の実力の持ち主でもないと、その『妨害』ってのは破れなかったって事…?」
「ちょっと言い回しに腹立ったけど、まあそういう話。弱い人間とは一言も話す必要はないと思ってるしね」
初対面の相手でもプラスの口調はそのままで、昔からの付き合いの友人の様ななれなれしさが目立つが、こうして話しかけてくれる方がこちらも話しやすい。やはりイメージ通り、男慣れしている人物の様だ。
だが、今でもなお、彼女の顔はフードによって隠されたままだ。単純に興味本位で気になったユウキはプラスの顔を指差し、
「その顔、何で隠してるのかってもしかしたらデリカシーに欠けるかもしれない事聞いていい?」
気が付けばユウキも、プラスに対し軽い口調で話しかけていた。どうも、なれなれしい口調の彼女には、こちらの方がよいと察知したのだろう。
「んー?私の顔を見たら惚れるよ?――って冗談冗談、そんな顔しないでって。そう、理由はね…まあ、顔にそこそこの刀傷があるのよ。それを見られたくないだけ」
そのプラスの言葉は、前半は軽々しい先程と変わらない様子だったが、後半は声のトーンを落として、前半とは対照的な様子だった。
我ながら、野暮な事を聞いてしまったと言わざるを得ない。
「あー…。聞かれたくない事聞いちゃったな。ごめん、謝るよ」
場の空気を悪くしてしまったのと、野暮な事を聞いてしまった事にユウキは頭を下げる。彼女の口調が変わってしまう程の事であるという事は、確実に触れるべき話題ではなかったという事になる。
「…いいよ!全然気にしてないし、長い間言われてきたからね。んで…テレポートだっけ?こっからアクセルまでって、面倒を通り越して拒否したい所だけど…ベルディアの頼みだしね」
無理をしている様な空元気で、プラスは笑ってみせた。
少し、心が痛くなった。
誤字脱字修正していきます。