この素晴らしい世界に魔法を!   作:フレイム

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誤字脱字お気を付け下さい。


この魔法使いに晩飯を!

図書館から自分の部屋に向かう間の廊下で、始めに俺を襲ってきたのは異常な喉の渇きだった。

それもそうだ。何せ昼前から日が暮れる時間帯まで、一滴も水を口にしていなかったから仕方が無い。今の俺の喉は直射日光を浴び続けた砂の様だ。

俺は早急に喉の渇きを癒す為、それはもう足早に自分の部屋に戻っていると、何やら騒がしい声が。

思わず足を止め、特に聞き覚えがなかった声に誘われる様に、騒がしい声が聞こえる空間に俺は顔をヒョイと出して覗きこみ、様子を窺う。

遠目で何をしているのかまでは分からないが、魔王城内の者達が行列を造っているのが何とか見えた。喉の渇きさえも忘れ、こういう場所に興味を示す俺の癖も困った物だ。

俺はさらにその部屋に歩みを進めると、己の目で見ずとも、自分の鼻がその場所の正体を教えてくれた。

――このやたら食欲を刺激してくる匂い。間違いなく食堂だ。

丁度良く存在した柱に身を隠しながら様子を窺うと、騎士達が兜を外して豪快にテーブルの上にある料理を口に運んでいた。魔法使い達は騎士達をあまり関わりを持ちたくないのか、端の方で静かに食事をしながら、チビチビと酒を飲んでいる。

やはりこの世界は嫌な所で現実味を帯びていると改めて思う。

魔王城で衣食住が充足、または生活感を感じられるのは基本、ゲーム、または二次元界では少ない。というか魔王城ではどう考えても向いていないと思っていた。

「ってあれ?俺もここで飯食うの?」

俺は少しの不快感を隠そうともせず、俺に黙ってついて来ている騎士たちに尋ねる。

昼前に騎士達とすれ違っただけで好奇の目で見られたぐらいだ、この場で飯を食いにのこのこ出て行ったら、酒癖の悪そうな彼らと面倒な事になりそうだ。出来れば別室でゆっくり食べたい。

「いいえ、エンドウ様にはベルディア様のご命令で別室をご用意しております。――どうぞこちらに」

礼儀作法が整っている様子の一人の騎士が俺の前に立ち、その別室とやらへの道を先導する。

「って、普通に喋るのか。昼前は話しかけても空返事だったし、なにか口止めされてるのかと思ったけど」

「申し訳ありません。日が落ちるまではどうも眠気が覚めないものですので……。アンデッド族は闇に強く、光に弱い。種族間の違いでございます」

急に喋る様になった騎士に少々驚きつつも、俺は促されるままに足を進める。

「あともう一つ気になったんだけど……ベルディア様って…誰?」

「おや……お名前はご存知ありませんでしたか。魔王軍幹部にして、私達アンデッドナイトの主。デュラハン族のベルディア様です」

「いや、騎士って名前は聞かれないと言わないイメージあるじゃん。ベルディア…もそんな事だろうと思ったから」

そういえば、俺と彼らって外じゃ敵同士なんだよなぁ。そう考えると、こうして魔王軍の者と会話をするという機会は極めて貴重なのかもしれない。

「確かに。あのお方は自分から名乗りはしませんね。私達は全く気にしないのですが」

アンデッドにも名前があるのか。とか聞いたら呪い殺されそうだからやめておこう。

「へぇー…って事は君達の名前を聞いてもいいんだよね?というよりも、俺の後ろの彼は全く喋らないけど」

「彼は元から無口なので、昼でも夜でもそんなに反応は変わらないんですよ。あっと、私達の名前でしたね……。私はランスと申します。そして彼は――」

ランスがもう一人の騎士の紹介に移ろうとした時。俺の背後から声は突然発せられた。

「…ギルト、です」

決して大きくないくぐもった声だったが、ギルトは俺に視線を合わせて自己紹介をしてくれた。これには何故か、俺を先導していたランスも驚きを隠せないでいた。

「はは…どうも彼に気に入られた様ですね。私なんか、彼と初めて会話をしたのは出会ってから半年ほどの事です。ベルディア様も手を焼いている程なのですが……」

「彼がすっごい人見知りなのはよく分かった気がする。けど、何で俺を気にいってくれたんだろうな。まだ出会って一日も経ってないのに」

ランスは俺の前を行きながら、「ふむ」といった感じで顎に手を当て少し考える。

「きっと、人間であるエンドウ様に興味を持ったのでしょう。魔王軍に人間族の者など、実力を持つ幹部以外そうそういませんので。この城内のアンデッド族はこの姿に堕ちて以来、人間族を目にする者は限られていますので……。実は私も、人間族の方に会うのは堕ちて以来初めてなもので緊張しております」

…今サラッと怖いのが聞こえたんだけど。

「……いや、という事はランスは元々…」

「さあ着きました!こちらです!」

今の話は彼らにとって不都合だったのか、ランスは俺の話を切るように大声を張り上げ、鎧を着込んでいるとは思えないほどの柔軟な動きで部屋のドアを開け、入る様に促す。

きっと、彼らにとってはあまり思い出したくない人生だったのだろうか。

人間からアンデッドに堕ちた者は、生前に理不尽な理由で処刑。信頼していた友人の裏切り等、この世に恨みを持って死んだ者が、アンデッドに堕ちるとかいう設定の物は少なくない。

恐らく彼らも、人には話したくない理由があってアンデッドに堕ちたのだろう。

「……どうされました?早くお部屋に」

ランスの声に気付いた俺は慌てて部屋に飛び込む様に入り、ランスとギルトは再び俺の背後に付くという形になった。

俺の目に入ってきた色は、漆黒色で統一された魔王城には眩しすぎる白色。人工的な色をしたそれは、部屋の照明の光だけではなく、窓からの月の輝きにも反射し、部屋全体に温かな色を表現していた。

部屋の天井まで届く窓から、近くで少し見上げれば月が見え、そのまま下を覗けば魔王城を囲む森林の警護にあたる兵たちがいる事を示すほのかな火の玉がポツポツと見える。

来客用の長いテーブルが部屋の中央に置かれ、その机を囲む様に椅子が並べられている。恐らく、多人数の来客用の部屋なのだろうか。

その椅子や机も白色で統一され、この部屋の様子は図書館や廊下とは全く違う状況だ。妙な違和感を感じてしまう。

そして、その長いテーブルの先には、椅子に座って腕を組んで俺を待っていた様子のデュ…ベルディアの姿が。

「やっぱりベルディアか。別に子供じゃないんだから、飯ぐらいは俺が寝てたあの部屋に置いていても勝手に食べたのに」

俺が言い終わったのと同時に、俺の方にはランス。ベルディアの方にはギルトが双方の前にカップを置き、ポットからお茶の様なものが注がれる。

「やっと名前で俺を呼ぶ気になったか。確かに貴様なら部屋に置いておけば勝手に食うと思ったが、貴様は明日にはここを去るからな。最後ぐらいは一緒に飯でもどうかと思った次第だ」

「おいおい、名前はさっきランスから初めて聞いたぞ。ってか、この城に来るまでベルディアっていう名があること自体知らなかったし」

ランスから促され俺は椅子に座り、テーブルに置かれたカップを見下ろすと、琥珀色の液体が湯気を立て水面を波立たせている。心を落ち着かせる香りを鼻で感じることが出来るそれは、日本でいう紅茶に近いもので、この世界のお茶は味も香りも良く、香りを楽しむ点でも同じだ。

普段、喉が渇いている時に熱いお茶を飲むのは敬遠するのだが、紅茶から漂う温かな香りは、すっかりその事を忘れさせていた。

早速カップを右手で持ち上げ、ゆっくりと口に近づけて一口啜る。火傷をしないように口の中で香りも少し味わってからゆっくりと喉に通す。

俺が紅茶を飲むのに夢中になっていると、ランスとギルトがホテルや貴族の食事部屋等でよく見かける、二段のカートのような物に食事を載せこちらにやって来た。

内心アンデッド用の変な食べ物でも食べさせられるのではないかと思ったが、その心配はないようだ。みずみずしい野菜が盛り合わされたサラダを始め、人参やジャガイモが沢山入ったスープに、鉄板にポテトとコーンが添えられ、上からソースが掛けられた、いかにも王道を行くハンバーグの様な物が置かれた。

ランスとギルトの手によってテーブルに並べられている料理を見ているだけで、腹の中で何かが暴れているような空腹感が襲ってくる。

――さあ、待望の晩飯と行こうか!

 

 




誤字脱字修正していきます。

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