この素晴らしい世界に魔法を! 作:フレイム
「ふー……助かったけど…なぁ」
俺は咄嗟に雪崩の勢いを上手く利用し、近くの洞窟に入れたまではよかったのだが、入り口は完全に塞がれてしまった。
入り口付近の雪を魔法で溶かそうにも、さっきの雪崩で洞窟に変な亀裂があり、このままでは生き埋めになってもおかしくはない。
洞窟内は日の光が刺さないのでもちろん暗く、≪ティンダー≫の魔法をロウソク代わりにしているのだが、数日もこの様に籠っていては流石に魔力が尽きてしまう。
そして、もう一つ問題点が。
「うう……寒い……」
そう、寒さだ。
出来るだけの耐寒装備で来たつもりなのだが、座り込んで固まっていると、どうしても体温が下がってしまう。
≪ティンダー≫の光で少しだけ見える洞窟内は、天井に氷柱が並んでおり、少しの衝撃を加えたら落ちてきそうなぐらい不安定だ。
顔に当たる冷気が、棘で刺されている様な痛みに変わってくる。
だが、ここで蹲っていてもしょうがない。
俺はポーチにしまっている冒険者カードを取り出し、悴む手を温めながら、この窮地を突破出来るスキルはないかとくまなく探した。
「あっ!……こ、これなら……!」
俺が冒険者カードのスキル欄で唯一目に留まったのが、≪テレポート≫だった。
魔力に余裕のある今使えば、誰にも心配掛けずに帰れるかもしれない。
だが、そんな俺の考えを一から壊す様な、重大なミスに気が付いてしまった。
――そう。目的先をどこにも設定していないのだ。
俺がアクセルを目的地に設定していれば、この状況を打破できると思ったのだが……!
俺はテレポートの使用を諦め、他のスキルに目を通す。
「うーむ……流石にこれは……なぁ」
そう言いながら俺の視線に留まったのは、デストロイヤー内でウィズがコロナタイトに対して使用した、≪ランダムテレポート≫だった。
一応、ランダムテレポートなら目的先を指定していなくてもテレポートが可能なのだが、何処に転送されるか分からない以上、リスクが高すぎる。
「はあ……早く帰らないとまためぐみんに怒られるなぁ…」
あれだけめぐみんに死なないでって言われていたのに、最期に会う事もなく死ぬのだろうか。
確かに、ここ最近では色々な事があったなぁ……。
デストロイヤーを迎撃し、街を守ったと思ったら突然の裁判。
ようやく裁判が終わったと思ったら、クエスト先で遭難っと……。
「って…これじゃあここで俺が死ぬみたいじゃないか」
俺のその小さな声は、空しく、冷気が漂う洞窟内に響く。
ヤバい。どんどん悲しくなってきた。
そう思った瞬間、自分の頬を熱い物が伝わっていくのに気が付いた。
――もう覚悟を決めた。
このままここで野垂れ死ぬくらいなら、少しの可能性に賭ける!
俺は大きく息を吸い。
「『テレポート』っっ!!」
―――
『ゴボッ!?』
ランダムテレポートの転送先は――そう、水中だった。
耐寒用に着ていた装備が水を含んで重くなり、水は俺を押し込むように、体を引き込こんでいく。
体中の酸素が失われていくのを感じながら。
ああっクソッ!
光が、光が遠い……。
――俺の意識はそこで途絶えた。
「……ッ!」
眠りから目覚めるという感覚は、人に起こされるか自分で起きるかで大分違うと思う。
今回の目覚めはすっきりとした……誰にも起こされることがない自由な目覚めだ。
俺の目に入ってきたのは、テレビでよく観る、ヨーロッパの貴族が住んでいた豪邸の寝室の様な部屋。
壁には不気味な絵が飾られており、部屋全体の印象は漆黒色だった。
ベランダから見える風景はほぼ森林ばかりで、アクセル付近の場所の様子ではない。
というかまず、なぜ俺はかなり豪華なベットで寝かされていたのか。
なぜ、水中にいた筈の俺がこんな所にいるのか。
まるで俺の記憶が一度消されたのかの様に、俺にとってこの状況を全く読み込む事ができなかった。
「……腹減った」
我ながら自分は鈍感だと思う。
しかし、人間の三大欲求の一つの食欲を求めるのは、いかなる状況でも仕方のない事だ。
そんな事を呑気に考えながら、部屋のどこかに食べる物がないかと探していると。
――コンコン
突然、この部屋の木製のドアからノックの音が聞こえた。
そのドアは、ゆっくりと開かれ、誰かが部屋に入ってきた。
入ってきた者の姿を見て、俺は一瞬、時間が止まった様に固まってしまった。
その姿は、忘れる事もない姿。
「……ん。どうやら、目が覚めたようだな」
その声と同時に俺に近づいてくる声の主は、胸部の鎧に大きな十字の傷を付けた――魔王軍の幹部である、デュラハンだった。
「はっ!はああああ!?何で!?何で魔王軍幹部がこんな所にいるんだ!?というか、俺は今、何処にいるんだ……?」
俺はベットの上で座り込んだまま、取り乱しながら質問をぶつける。
「落ち着け、頭のおかしいアークウィザードよ。ここは魔王城。全ての魔王軍の本拠地――幹部の俺がいても全くおかしくはないだろう?」
――俺はその事を聞いた途端、完全に固まってしまった。
いや、ちょっと待て。
俺はこの世界のラスボスの城に……!?
「全く状況が飲み込めていないという顔をしているな。まあ、無理もないが……いいだろう、事の顛末を教えてやろう」
俺はデュラハンの左腕に収められている首に、事の顛末を語ってもらった。
「―という訳で、俺が城付近の湖に打ち上げられていた貴様を、この部屋で寝かせていたという事だ。まあ、帰りは安心しろ。この城に控えている魔法使いの幹部の一人に、貴様をアクセルまで転送する様にと伝えておいてやろう」
というか、魔王軍が冒険者をすぐに解放するものなのか。
絶対簡単には帰らせてくれないと思っていたのだが、意外と拍子抜けだ。
そんな俺の考えをよそに、デュラハンは続けて言う。
「それと一つ、これは貴様を助けた礼として、受けてもらいたい仕事があるのだが……」
そう言うとデュラハンは、俺に一冊の本の様な物を差し出してきた。
≪魔王軍人事 幹部≫と書かれた本には、その名の通り、魔王軍幹部の情報が記載されていた。
「……?なんだこれ、見た所魔王軍の幹部の詳細が載っているだけだが……」
というか、結構な数の幹部がいるのな。
これに載っている全員が、俺の敵だと思うと背中から嫌な汗が出てきそうだ。
「その本に載っている魔王軍幹部が、現在行方をくらませているんだが……貴様にはこの幹部達の安否の確認をして欲しいのだ」
確かに本をよく読むと、危険度、最終確認先、種族等の詳しい情報が示されていた。
「うわ……コイツめっちゃ強いじゃん……最終確認先がアクセルから遠い場所なのが嬉しいけど、めっちゃ怖いな」
そのページには。
悪魔族 バニル 危険度☆5
恐るべき生命力と攻撃力を持ち、常に前線に出ていても十分に活躍が可能。
多規模作戦の陣形構成の場合には、前線に配置するのが吉である。
未来予知能力、擬態化を自由自在にこなす事が可能である。
……何そのチート。
もしこの世界にチート転生者が存在しなければ、人類は普通に絶滅してそうなんだが。
誤字脱字修正していきます。