GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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大変、お待たせ致しました。


19.当てれるものなら当ててみろ

 

 

 西住みほとダージリンが各々の車両のキューポラから互いに視線を交わす。

 この二人の読み合い。それは間違いなく互いの思考を把握していた。

 

 

 大洗――西住みほは、選びようのない選択を選ばされていた。五十メートル程度離れた至近距離で放つⅣ号戦車の砲撃でも、チャーチル歩兵戦車の正面装甲を抜くことができない。よって至近距離でも撃破は困難。

 よってⅣ号戦車がチャーチル歩兵戦車を撃破するには、厚い装甲である正面以外の装甲に、砲撃の威力が限界まで下がらない零距離に近い超至近距離で砲撃を撃ち込むしかない。

 そのため必然的にこの場面でⅣ号戦車がチャーチル歩兵戦車を撃破するためにできることは、ひとつしかない。それはⅣ号戦車がチャーチル歩兵戦車に可能な限り近づき、側面もしくは背面の装甲に砲撃を零距離で叩き込むことだけだ。

 他の仲間車両からの援護はない。本来なら複数の車両で戦うべきである。だがしかし最優先で探していた敵の隊長車両が車両数で有利を取られている状況のなか、それが単独でいる状態で遭遇してしまった以上、この場で撃破することをみほは最優先にせざるを得なかった。

 

 加えて、みほはダージリンにこの手を読まれていると予想していている。この状況で大洗が選べる最善の手、それをダージリンを理解しているはずだと。故に、みほは相手に対策されるより早く砲撃をしてチャーチル歩兵戦車を撃破することを選ばざるを得なかった。

 必ず接近してくると読まれてる以上、高装甲を持つ敵車両の行動はひとつしかない。

 相手に全力で近付いて、砲撃を放つ。相手に砲弾を撃たれるよりも早く。

 よってみほが予想する勝敗は、どちらが先に砲弾を撃てるか。それだけだった。

 

 

 聖グロリアーナ――ダージリンも理解していた。クルセイダー巡航戦車から逃れたⅣ号戦車は、間違いなくこちらの隊長車両を撃破しにくると。大洗側からすれば、あの“百式流”のクルセイダー巡航戦車に対して単体ではなく多数の戦車で戦いたいと思っていると。

 運良く全力でクルセイダー巡航戦車を振り切り、索敵をしていたところに敵の隊長車両が単独で出てきたのなら間違いなく大洗は撃破しにくるに違いない。選択のひとつでもある逃げて仕切り直す選択は、まず大洗は選ばないとダージリンは確信していた。

 仕切り直して聖グロリアーナの車両が合流される方が、大洗が不利になる。故に仕切り直すための撤退を大洗が選ぶわけがない。負ける可能性を増やすよりも、現時点で勝てる可能性のある手を選ぶ。逆の立場なら、ダージリンも間違いなくそうする。また、それを大洗も選ぶと確信できるのは、ある意味で大洗の隊長をダージリンは信用していた。

 

 実力のある隊長。それも百式流のクルセイダー巡航戦車に対応できる隊長をダージリンが優秀と判断するのは必然とも言える。

 Ⅳ号戦車がチャーチル歩兵戦車を撃破するためには、正面装甲では撃破は困難。つまりⅣ号戦車はチャーチル歩兵戦車の側面または背面に向けて砲撃をしてくる。

 近づかれる前に撃破したいが、それは難しいとダージリンは即断する。接近するⅣ号戦車に正面から砲撃しても、おそらく着弾しない。拙いといえど百式流の“クイック”が使える以上は正面からの砲撃は、当たらないと思っていた方が良い。

 よってダージリンの選ぶ行動は決まっていた。この状況では必然的にⅣ号戦車がチャーチル歩兵戦車の側面または背面を狙ってくる。勝手に近づいてくるなら、それに合わせて砲撃を撃ち込むだけだと。百式流の技術では回避しようがない距離で、相手よりも早く砲弾を叩き込む。

 

 

 互いに正面から向かい合った状態での砲撃では撃破はできないと判断。その結果、自然と互いに狙うべき行動が読めてくる。

 一方では、相手に対応される前に最速で砲弾を撃ち込む。そしてもう一方では、砲撃をされるよりも早く躱されない距離で砲弾を的確に撃ち込もうとする。

 

 

 大洗は、最速の砲撃。聖グロリアーナは、的確な砲撃。

 

 この二両の戦いで、最も神経を擦り減らすのは間違いなく砲撃手だとみほとダージリンが理解するのは当然だった。

 

 

 

 

 

 

「華さん! かなり大変ですがお願いします!」

「おまかせください!」

 

 

 みほが華に掛かるプレッシャーを心配するが、華はそれを物ともしない声色で答えた。

 明らかに初心者の砲撃手である華が背負うには大き過ぎる砲撃だと、みほも理解していた。

 Ⅳ号戦車が出せる最速の速度で、ほんの僅かしかない時間だけで敵車両に砲塔を合わせて撃つ。先に撃てても外せば、間違いなく撃破される。つまり隊長車両が撃破される。それは同時に試合に負けるということだ。

 そのプレッシャーは並大抵ではない。撃破判定の砲撃が当たることを避ける麻子のような操縦手とは違い、決定的な場面で砲撃を外してはいけないという必中を求められる砲撃手は操縦手とは違う精神的重圧にさらされる。

 先程も同じような場面を華は乗り越えた。的確に砲撃を的中できた。同じことをもう一度、やれば良い。

 だがむしろ、それが更に無意識に華の心にプレッシャーを与えていた。

 一度できた、ならもう一度できる。その思考が頭を過ぎる。

 できないことをできるよりも、できることをここ一番でやる方がある意味では一番心に堪える。

 花道を嗜む華にとって、その苦悩は嫌でも経験してきた。常に自分の最高の花を生ける。色んな人に褒められた花を生け続ける。その期待のプレッシャーに、華は耐えていた。

 だからこそ、五十鈴華は集中できた。期待に応える、いつも通りにするだけで良いと。息を深く吸い、そしてゆっくりと吐いて、

 

 

「――花を生けるように集中して」

 

 

 そう呟くと、華は自然と頭を切り替えれていた。

 ただ前を見て、敵車両に照準を合わせて引鉄を引くだけ、それだけで良い。他のことを考える必要はない。

 そう思うと、自然と先程まで聞こえていた戦車の駆動音などの雑音は華の耳から消えていた。

 照準器を覗き込み、敵車両にいつでも照準を合わせられるように心を静かに整える。

 

 

「冷泉さん、お願いします」

「任せろ。五十鈴さんが外さない位置まで連れていく」

 

 

 そうやって華が心を“整えた”のなら、後は操縦手の麻子の仕事だった。

 砲撃手が外すかもしれない不安があるのなら、決して外すことができない距離まで連れて行くだけ。たったのそれだけで良いと。

 

 

「麻子さん! チャーチルの砲撃を回避しつつ、接近してください。その後、近づいたらチャーチルを背後に回り込んで砲撃します!」

「背後に回り込むのならコンクリートの上だと履帯、壊れるかもしれないぞ? 良いのか?」

 

 

 みほの指示に、麻子が淡々と答えた。

 麻子も短いながらも操縦手として乗っている経験から察していた。

 ゆっくりと回り込むなら車体と履帯に負担は掛からない。だが相手が撃つ砲撃を躱しながら、相手が対応し切れないように回り込むなら訳が違う。

 この道路。コンクリートの上を速度を乗せた勢いのまま車体を滑らせて回り込もうとすれば、かなりの確率で履帯が外れる。

 間違いなく走行不能になり、短時間で復帰ができない。撃破判定とはならないが、復帰するまでの時間に他車両に撃破もしくは相打ちになる。

 一両同士の戦いなら、履帯が外れても良いだろう。しかしこの状況なら、その選択ができないことをみほも理解していた。

 

 

「麻子さん……操縦する上で履帯が壊れないでチャーチルの側面か背後に接近できますか? チャーチルだけなら壊れる覚悟でも問題ありませんが、クルセイダーがいるのでそれは避けたいです」

 

 

 随分と無茶苦茶な指示を出してくる。麻子は素直にそう思った。

 しかしそれをやれなければ、この試合に負けることも理解していた。

 麻子が少し思考を巡らせる。そして自分ができる可能性がある手を思いつくと、静かに頷いた。

 

 

「わかった。やろう。あの男なら“アレ”を平気でやりそうだ。私にできないわけがない」

 

 

 麻子の頭に百式和麻の顔が浮かぶ。憎たらしくて仕方ないあの顔を思い出すだけで、腹が立つと。

 

 

「走りながら、相手の砲撃を躱して、零距離まで接近して砲撃を外せない距離まで行けば良いんだな?」

 

 

 そうして麻子が続けた言葉に、みほは疑問に思いながらも頷いた。

 

 

「え……えぇ、そうです。できますか?」

「やれる。あの男がやってたことを私がするだけだ」

 

 

 麻子がそう告げる。しかしその後に続けた言葉に、みほは別の意味で震えてしまった。

 

 

「――やったこと、ないがな」

「麻子さん、何するつもりです?」

 

 

 みほの不安げな質問に、麻子は珍しく笑いながら答えた。

 

 

「走りながら回る」

「えっ……!? 麻子さん! アレをやるつもりですか!?」

 

 

 麻子の答えに、みほは察してしまった。

 数多くある百式流の中で、奇抜な動きのひとつである動き。

 和麻がごく稀に使う、麻子を負かす時に使っていた技術。

 今までの練習の中で、麻子が一度も使わず、使おうと思えなかった技を。

 

 

「ターンブロー、やるぞ」

 

 

 

 

 停車するチャーチル歩兵戦車に、Ⅳ号戦車が全速で接近する。

 ダージリンはまだⅣ号戦車がチャーチル歩兵戦車に零距離まで接近する時間に猶予があると思い、命令する。

 

 

「砲撃」

 

 

 チャーチル歩兵戦車から砲弾が放たれる。

 しかし放たれた砲撃は、Ⅳ号戦車の横を通り過ぎていた。

 

 

「今の砲撃、射線はどうだったかしら?」

「間違いなく合ってました。本来なら外すわけがありません」

 

 

 オレンジペコが次弾を装填しているなか、ダージリンが砲撃手に確認を即座に行う。

 やはり当たらない。いや、当てさせてもらえないと言った方が正しいか。

 だがダージリンも、今の動きを見て少し震えていた。よく見ていなければ分からないと判断してしまう程に、あのⅣ号戦車の動きの練度が増していると。

 クイック、撃たれる砲弾を躱す技術。先程まで見ていた拙いものと全く違っている。

 Ⅳ号戦車の操縦手の集中力が増しているのだろうか。いや、それでも“上手すぎる”とダージリンは思ってしまった。

 紛れもなく逸材である。聞いた話が本当なら、一ヶ月も練習していない操縦手がⅣ号戦車に乗っているはずだ。

 明らかにⅣ号戦車の操縦手が異常であると、ダージリンは思わざるを得ない。そんな短時間で初心者が百式流の技術を会得できるわけがない。

 本当に、短期間で百式流の一部を習得して、拙い技術を本番の試合の中で技術の練度を上げて習得しつつあるのなら、Ⅳ号戦車に乗るその操縦手は異常である。

 間違いなく操縦手をやるために生まれた人間だと、喉から手が出るほどに欲しい人材である。

 聖グロリアーナで操縦手随一の腕を誇るアッサムに並ぶ操縦手になるかもしれない。それかもしくは――

 

 

「ここで倒さないといけないわ」

 

 

 ダージリンが、そっと呟く。

 あの操縦手の心を折らなければならない。この場で撃破しなければ、あの操縦手は後々に手のつけられない人材になる。

 それは許してはならない。ダージリンの中で、最も優れた操縦手は一人しかいないのだから。

 その“確信”を覆す訳にはいかない。絶対に倒さないといけない。

 

 そして百式和麻に会うためにも、必ず倒さないといけない。

 

 

「次の砲撃は控えて。あのⅣ号が左右のどちらかに来るわ。その動きをしっかりと見て砲塔を合わせること。あとは外さないと判断して、砲撃を撃ちなさい」

 

 

 Ⅳ号戦車から放たれた砲撃がチャーチル歩兵戦車の正面装甲に弾かれる。

 その中で、ダージリンは静かに砲撃手へ命じた。

 

 

 

 

 二両の距離が縮まっていく。

 一両は全速で接近し、もう一両はその場から動かずに待ち構える。

 互いに砲撃はもうできない。時間の関係上、今の時点で砲撃を撃てば接近時の砲撃に装填が間に合わない。残すのは互いに超至近距離まで接近した時に放つ一発のみ。

 

 Ⅳ号戦車が左右に車体を揺らす、チャーチル歩兵戦車から見れば左右のどちらに動くか分からないフェイントをⅣ号戦車が見せる。

 

 

「絶対に引っかからないようにしなさい。Ⅳ号の車体がどちらかの方向に車体が大きく向いた時だけ反応しなさい」

 

 

 Ⅳ号戦車の動きを見て、ダージリンが指示を出す。

 

 

「麻子さん! ギリギリまで左右に細かいフェイントを入れてください! 接近するタイミングは麻子さんにお任せします!」

 

 

 みほも同じく、相手に対応されないように麻子に指示を送る。

 そして二両の距離が十メートルを切るまでで、二両の本当の戦いが始まった。

 

 

「五十鈴さん、砲塔は動かさなくて良い。車体が真横になったら撃ってくれるだけで良い。自分で撃てなくても撃つタイミングは西住さんがする」

「大丈夫です。お任せください、外しません」

「安心しろ。外すなんて思ってない」

 

 

 麻子が仕掛ける寸前で、華にそう告げた。

 華も麻子がそう言ってくれたことに、どこか安堵していた。

 集中は切れていない。緊張もしている。だけど、不思議と安心していた。

 百式流において、一両同士の戦いで負けない条件がある。

 

 それは砲撃手と操縦手の連携が完璧なら、負けない。

 

 その条件を、少しだけこの二人は満たしつつあった。

 

 

「行くぞ」

 

 

 麻子の声と共に、Ⅳ号戦車の車体が左に動く。

 

 

「来ましたわ。右側から来ましてよ」

 

 

 ダージリンもチャーチル歩兵戦車から見て、右側からⅣ号戦車が攻めてくると察知した。

 即座にチャーチル歩兵戦車の砲塔が右に回転する。

 互いに右斜め前に相手車体を捉えている状況で、麻子はタイミングを間違えないように行動した。

 

 

「当てれるものなら当ててみろ」

 

 

 麻子がそう告げた瞬間、彼女の手足が即座に動いた。

 ハンドルレバーを両手で動かした後、僅かな時間でギアレバーを操作しつつクラッチペダル、アクセルペダルとブレーキペダルを両足で手際良く踏む。

 そして最大速度で動いていたⅣ号戦車が、出している速度を限界まで落とさずに右側へ半回転していた。

 

 

「えっ……?」

 

 

 ダージリンも急にⅣ号戦車の車体が回り始めたことに、一瞬理解が追いつかなかった。

 しかし、その動きをダージリンは忘れるはずがなかった。

 砲塔が回るのはどれだけ早く回しても、少し時間が掛かる。

 

 なら砲塔が前を向いたままの最大速度の車両がそのまま向きを変えれば、砲塔を回す時間より早く相手車両に砲塔を合わせられる。

 

 ダージリンは“それ”を思考から除外していた。

 できるわけがない。それを素人ができるはずがないと。

 アクセルブロー。それは攻撃に特化した百式流の技術。

 クイックよりも難易度の高い、熟練の操縦手しかできない“それ”をするなとダージリンは夢にも思わなかった。

 

 

「私はお前達の上を行って、あの男に勝つ」

 

 

 履帯を壊す訳にはいかない。車体が回る勢いを乗せ過ぎると、履帯に負担が掛かり過ぎる。

 最大に気を遣って、麻子が車体をチャーチル歩兵戦車の横で走りながら半回転させる。

 走りながら車体を半回転させている時間。その時間が華の仕事だった。

 

 右に回る勢いで身体が左に揺れる。しかし華は絶対に引鉄から手を離さず、照準から目を離してなかった。

 確実に狙えている。あとは車体が真横になった瞬間に、引鉄を引くだけで良い。

 そして――

 

 

「撃てっ――!」

 

 

 みほの声と共に、Ⅳ号戦車から砲撃が放たれた。




読了、ありがとうございます。
大変お待たせしました。失踪はしてません。

原作とは違う展開ですね。
麻子の能力パラメータが上がり続けてます(汗
戦いの中で成長するタイプの子になっていってます。

ダージリンも色んな意味で大洗は予想を超えてるんですよね。

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