GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
失踪はしてませんので、ご安心を。
大洗の街を聖グロリアーナの車両が走り回るが、一向に大洗の車両が現れない。
先程、クルセイダー巡航戦車Mk.ⅢがⅢ号突撃砲F型を撃破したという連絡をダージリンが受けて以降、一向に大洗が攻めて来る様子がなかった。
足が速いクルセイダー巡航戦車を遊撃として自由に走らせているが、それでも敵車両発見の連絡はない。
完全に雲隠れしている。聖グロリアーナの索敵範囲から大洗の全車両が大きく外れて撤退をしているか、聖グロリアーナが知らない大洗の街の中に潜んでいるかのどちらかだろう。
そんな状況のなか、ダージリンが少し悩んだように僅かに口を尖らせる。
車両数では大洗が残り三両、対して聖グロリアーナは四両、よって聖グロリアーナが有利。そして各車両のスペックでも聖グロリアーナが優勢。
しかし現在の状況は少しだけ大洗の方に分がある。大洗が目視できず隠れている状態なら、大洗側は好きなタイミングで聖グロリアーナを攻撃できる。
それだけが大洗の有利な点だとダージリンが思考する。
だが本来なら、この状況などはダージリンが考慮すらせずに勝ちを確信できた。大洗の残存車両で聖グロリアーナの車両を撃ち合いで撃破できる車両は少ない。
攻撃されても、撃破できないと分かっているのなら恐る理由がない。
しかしダージリンは否応なく警戒を余儀なくされていた。それもそのはず、相手には拙いと言えども――あの“百式流”を扱う車両がいる。たったのそれだけでダージリンの頭に油断という言葉は出てこなかった。
百式流は、たった一両の車両で盤面を変える力を持っている。
それを過去に嫌というほど体感している身からすれば、ダージリンの思考も自然の流れだった。
「……やっぱり来たわね」
だからこそ、唐突にチャーチル歩兵戦車の正面に現れたⅣ号戦車にダージリンは冷静さを失うことはなかった。
距離は約五十メートル先。聖グロリアーナの車両が進む路地の先にある大きな道路から、Ⅳ号戦車が砲塔を横に向けて飛び出していた。
次の瞬間、Ⅳ号戦車から砲弾が放たれだ。しかし放たれた砲弾はチャーチル歩兵戦車の正面に当たるが、分厚い装甲により右へ砲弾が弾かれていく。
「……砲撃」
冷静に、ダージリンが砲撃の指示を出す。
しかしⅣ号戦車は聖グロリアーナの車両が砲撃を始める前に、既に走り出していた。
聖グロリアーナの車両が放つ砲撃が、Ⅳ号戦車の通り抜けた場所を駆け抜ける。
あの砲弾が当たるとはダージリンも思っていない。まさかダージリンが一番危険視しているⅣ号戦車が、そんな素直に砲撃を受けるとは思ってもいない。
「追いかけるわよ。全車両、前進」
目の前に現れた以上、追いかけない理由はない。何か作戦を仕組んでいる可能性もあるが、それを無理矢理こじ開けるのが聖グロリアーナの戦車道とダージリンは自分を律する。
「アッサム、Ⅳ号が出てきたわ。こっちに来なさい」
Ⅳ号戦車を追う指示を出した後、ダージリンはすぐにアッサムに通信を行った。
随時互いにダージリンとアッサムは位置情報を伝え合っていたので、現時点でダージリンはクルセイダー巡航戦車の位置を把握していた。
クルセイダー巡航戦車は、チャーチル歩兵戦車からあまり離れていない地点にいる。四分も経たずに合流できるだろう。
「さぁ、鬼ごっこの続きをしましょう」
そしてダージリンがゆっくりと紅茶を飲みながら、呟いた。
大洗は明らかに聖グロリアーナのクルセイダー巡行戦車を警戒している。それは先程にクルセイダー巡航戦車を二両の戦車を使って足止めしたことから予測できる。
普通のクルセイダー巡航戦車だけなら、足の速い戦車という印象しかないはず。しかし大洗は事前情報があったに違いない。
聖グロリアーナのクルセイダー巡航戦車は、普通ではない。それを知るのは戦車道履修者か、“あの人”だけである。
だからこそ、大洗はクルセイダー巡航戦車が聖グロリアーナと合流するまでに何かをしたいと思うのは当然。
先にダージリン達がクルセイダー巡航戦車と合流するのが先か、大洗が何か仕掛けてくるのが先か。
大洗の残存車両はⅣ号戦車D型、38(t)戦車B/C型、八九式中戦車甲型。
聖グロリアーナが一番警戒するべきは、百式流を扱うⅣ号戦車。しかし可能性として他二両も百式流を扱える可能性があるのを考慮する。
しかしアッサムの情報から先程撃破したⅢ号突撃砲F型は百式流を使えないと断定。そもそも戦車道を始めて一ヶ月で百式流を使えること自体がおかしいのが、聖グロリアーナの在校生であるダージリン達の総意である。
そこから仮にⅣ号戦車のみが百式流を扱えると想定するなら、この試合で聖グロリアーナがあのⅣ号戦車を撃破できれば……必然的に試合の勝敗は決まったとも言える。
「全車両、あのⅣ号を最優先で撃破しなさい。残りの車両は見つけ次第報告、状況次第で追う指示はこちらから出すわ」
ここまで考えた上で、ダージリンは指示を各車両に伝える。
果たして、それが確実に合っているのかダージリンには確信はまだ持てない。
しかしそれが紛れもなく“正解”の選択だということは、今のダージリンには知る由もなかった。
◆
背後からの砲撃の数々をⅣ号戦車が回避しながら進んでいく。
後方からはしっかりと聖グロリアーナの三両が追い掛けているのがキューポラから身を出しているみほの目には映っていた。
「やっぱりさっきの砲撃じゃ倒せなかった。一度路地に行って裏をかきます。麻子さん、お願いします!」
「了解」
麻子がみほの指示を受けて、すぐに路地へⅣ号戦車を向かわせる。
後方からは、絶えず砲撃してくる聖グロリアーナの車両達が迫る。
幅の短い路地では、横に並んで砲撃はできない。よって先頭車両と二番目に走る車両のみしか砲撃してこない。
大洗の路地を走り抜け、大きな下り坂をⅣ号戦車が駆け降りる。
そして駆け下りた先には、T字路に近い曲がり角があった。曲がるのに失敗すれば目の前の建物に激突して足を止めてしまう。つまりⅣ号戦車にとって撃破されると同じである。
「麻子さん! 曲がってください!」
言われるまでもない。麻子はみほに言われるまでもなく速度の出ている車両で直角に近い曲がり角を、減速を極力行わずに曲がろうと手足を動かした。
物理的に直線に速度の出ている車両で曲がろうとすれば、直線に進む勢いで曲がる動作は意味を持たず、前に進もうとする勢いに勝てずに前にある建物に車両は衝突するだろう。
しかし“この手”の運転を今まで嫌と言うほどさせられた麻子には、できないと言う選択肢はなかった。
というよりも、仮にこの状況で曲がり切れずに建物に衝突して撃破されでもされたら……麻子の頭に苛立つあの男の顔が思い浮かんでしまった。
きっとあの男なら高らかに笑いながら誇らしげに自分を下手くそと罵るに決まってる。そしてまだ下手くそな癖に自分に勝つなんて早いと死ぬほど憎たらしい顔で言うに決まっている。
みほや沙織が聞いたら、流石に和麻はそこまでは言わないと声を揃えて言うが麻子には関係なかった。
そのことを思うだけで麻子は腹が煮えくり返る。失敗なんてするわけがない。
アクセル、ブレーキのペダルを狙ったタイミングで踏み、クラッチペダルを踏む。そしてギアを変え、ハンドルレバーを操作しながら、アクセルを踏み抜く。
今出ている速度なら、車体がどれほど“勢い”に持っていかれるかなど麻子には感覚で分かっていた。
前に進もうとする勢いを上手くコントロールし、麻子は難なく目の前のコーナーを曲がり切っていた。
「おぉ、やっぱりちゃんと曲がる……流石は麻子、百式君にしごかれてるだけある」
「うるさい、曲がれて当たり前だ」
「どうせ曲がれないと百式君に馬鹿にされるからとかでしょ?」
「別に、アイツなんて関係ない」
車両のギアを上げながら、麻子が感心する沙織にむくれて答えた。
そしてすぐにⅣ号戦車の背後から大きな音が響いた。
みほが確認すると、聖グロリアーナのマチルダ歩兵戦車が曲がり角を曲がり切れずに建物に衝突していた、
しかし建物に衝突して停止したマチルダ歩兵戦車が復帰に時間の掛かっているのを放置して、聖グロリアーナの残存車両の二両がⅣ号戦車を追って来た。
聖グロリアーナ陣営の一両が、隊列から僅かに外れる。これをみほが見逃さなかった。
すぐに通信機を使い、みほが八九式中型戦車に連絡をした。通信から八九式中型戦車の現在地を確認するなり、みほは指示を告げていた。
「磯部さん! 今、聖グロリアーナの一両が隊列から少し外れます! 背後から砲撃して隊列から離してください!」
八九式中型戦車の現在地点は運良く隊列から外れたマチルダ歩兵戦車を攻撃できる。三両の内の一両を離せれば、Ⅳ号戦車に向けられる戦力を削げる。加えて一両だけ、クルセイダー巡航戦車ではなくマチルダ歩兵戦車ならば八九式中型戦車でもある程度は戦えるはず。
「もし攻撃して追ってくるなら逃げながら応戦してください! 無理はしないで、駄目だと思ったら逃げてください!」
『了解しました!』
みほの指示に対する了承の返事を受けて、みほは後方を確認する。
背後には二両の聖グロリアーナ車両。そしてそれよりも後方に一両が追って来ている。
上手くいけば、このまま分散ができる。このまま分散していけば、各個撃破も可能になってくる。
「会長、今の地点を教えてください! 合流します!」
更に続けて、みほが38(t)戦車に連絡を入れていた。
このまま聖グロリアーナがⅣ号戦車を追ってくるなら、38(t)戦車に奇襲をしてもらう。その指示をみほが出した。
杏の返答から、Ⅳ号戦車とあまり離れていない地点にいる。そしてクルセイダー巡航戦車とも遭遇していない。
まだ状況は、こちらに分がある。みほはそう判断した。
「麻子さん! このまま逃げてください!」
そしてみほの指示のままに、麻子はⅣ号戦車を走らせた。
どこをどう曲がるかなどの指示をみほから受けていないので、道の走り方は麻子の独断になっている。
街の構造を知っているが故に、みほが事前に麻子にそう指示を出していた。
麻子もある程度なら大洗の街並みを知っている。住んでいたこともあり、そして“地図も頭の中にある”。どこの路地を曲がれば、どの道に出て、そしてどこの道を進めば目的地に最短で行けるかなども麻子の頭にはあった。
しかし、地図と記憶だけではどうすることもできないことがあった。
「あっ、まずい」
突如、路地を曲がった後に麻子がⅣ号戦車のブレーキを踏んでいた。
麻子がブレーキを踏んで車両を止めようとしていることに、みほが驚く。
慌ててみほがキューポラから身体を出して前を見ると、前には『工事中』という看板が進む道路の真ん中に立っていた。
無理矢理進もうと判断したかったが、明らかに道路が工事の最中、そして工場の機材が数多く置かれていた。
工事道具や機材が置かれている所為で無理に前に進むことができない以上、止まるか曲がるかの二択しかなかった。
流石の麻子も、予想外だった。
工事をしていることを麻子は把握していなかった。
地図と記憶だけの地形把握の限界。和麻がよく言っていた話を思い出してしまった。
予定ではまっすぐに進むつもりだったので、麻子も判断が遅れてしまった。
工事中で通行止めになっている手前に、左右に曲がれる道が一本ずつある。右に曲がる道と左に曲がる道。そのどっちかを選ばなければならない。
先に左側の道があり、そして少し先に右の道がある。
「ちょっと揺れるぞ」
そして麻子が咄嗟に左に曲がろうとハンドルを操作しようとしたところで――
「あっ‼︎ ダメッ‼︎ 左はダメですッ‼︎」
みほから制止の声が響いた。
みほの声が聞こえた麻子も曲がろうとしていた左側の道を見ていた。
みほの声と共に、その道から――“ナニカ”が出てきていた。
麻子の目には、不思議とゆったりと時間が進むように見える。
白銀の装甲。それを見た途端、麻子の目が大きくなった。
出てきた白銀の装甲から伸びる砲身がこっちに向こうとしている。
「――揺れるぞ!」
「えっ! 麻子、まさか‼︎」
沙織の声を無視して、麻子は反射的に動いていた。
突如現れたクルセイダー巡航戦車の砲身がⅣ号戦車に向くよりも先に、Ⅳ号戦車がクルセイダー巡航戦車に向かって走る。
ほぼ至近距離の状況で砲撃をされる訳にはいかない。
麻子は咄嗟の判断で、Ⅳ号戦車の車体をクルセイダー巡航戦車の車体の先端へ僅かに衝突させた。
クルセイダー巡航戦車が駒のように半回転で突き飛ばされて、壁に衝突する。
そして突き飛ばしたⅣ号戦車はクルセイダー巡航戦車に衝突した衝撃で車体が一回転していた。
このままだと、衝突でコントロールの効かない車体が壁に激突して停車してしまう。
だかしかし、麻子はすぐに手足を動かしていた。
ブレーキペダルとハンドルレバーを操作。そして勢いを殺すために、勢いに逆らうようにアクセルを踏み抜く。
その判断と操作で、Ⅳ号戦車が地面に跡を残しながら止まろうとする。
そして麻子の視界に先程見えた右側の曲がり道が見えた。
なんとかして曲がるしかない。背後には二両の聖グロリアーナ車両。そして左横にはクルセイダー巡航戦車。止まってしまえば、間違いなく終わる。
麻子が右側の曲がり道に入ろうと操作する。
麻子も想定外な状況での操縦、その中で彼女は必死に模索していた。
衝突の所為でコントロールが効きにくい車体。僅かに勢いが収まっていても、曲がるのが困難。
必死にアクセルとハンドルレバーを操作して、麻子が車体を曲がり道を持って行こうとする。
――だが、それを素直に聖グロリアーナがさせるわけがなかった
瞬間、麻子の背筋に悪寒が走った。
今、右の曲がり道に入ったら“ヤバイ”と。
その悪寒は、過去に数回感じたことのある感覚だった。
それはすべて百式和麻と練習試合をして、自分の乗る車両が“撃破”される時に感じた悪寒と同じだった。
止まるしかない。選択がない。
その思考が、麻子の頭を駆け抜けた。
麻子は右に曲がるのをやめて、手足を動かす。
そして麻子が選んだのは、工事中と書かれた通行止めの手前で止まることだった。
瞬間、麻子が本来進もうと思った右の曲がり角に二発の砲弾が飛んでいた。その砲弾はⅣ号戦車に当たることなく地面に衝突する。
「……すまない。今曲がると、アレに当たってた」
その光景を見て、麻子は素直に謝っていた。
Ⅳ号戦車を完全に停車させてしまった。
Ⅳ号戦車の背後には、通行止めの道。前にはチャーチル歩兵戦車とマチルダ歩兵戦車、そしてクルセイダー巡航戦車。
「いえ、麻子さんは悪くないです。工事中だったのは予想外でしたし、むしろあの砲撃を回避できただけですごいです」
「でもどうするの! もう撃たれちゃうって!」
「これは絶体絶命ですよ!」
麻子の謝罪をみほが気にするなと言うが、沙織と優花里が慌てて騒ぐ。
みほも、流石に詰まされたと思った。
この状況は、どうしようもない。前には、敵前車両がいる。
明らかにこちらが行動するよりも、相手の砲撃の引鉄を引く方が速い。
合流の指示を出した38(t)戦車が来るには、僅かに時間がいる。
だが、もうあと数秒で撃破される。
思わず、みほが目を瞑りたくなったが――
――ふと、チャーチル歩兵戦車のキューポラが開いた
みほが驚いてその光景を見ていると、チャーチル歩兵戦車のキューポラから一人の少女が顔を出した。
間違いなく、その少女は聖グロリアーナの隊長――ダージリンだった。
キューポラから身を出したダージリンが、穏やかな目でみほを見つめる。心なしか口元が笑っていた。
みほも、不安な目でダージリンを見つめていた。試合をしているはずなのに、なぜ彼女の顔はあんなに穏やかなのかと。
そうしてダージリンが口を開くと、みほに向かって告げていた。
まるで友人に声を掛けるように穏やかに、何気ない世間話をするような声色で。
「ねぇ、こんな格言を知っているかしら?」
ダージリンの目が、細く鋭くなった。
その目を見た瞬間、みほの全身の鳥肌が立った。
Ⅳ号戦車に乗る他のメンバーには、まだ分からない。みほだけしか感じなかった。
試合開始前に見た、あの目。
紛れもない、強者と分かる威圧感だった。
読了、ありがとうございます。
お久しぶりです。
書かないと言うか、書かない時期が続きました。申し訳ないです。
さて、今回はアニメ四話に近い話ですね。
原作よりえげつない状況ですが、次でまたⅣ号が頑張ってくれます。
相変わらず戦車の戦闘描写がえげつなく苦戦してますね。
あと、先日ようやくガルパンの最終章を見ました。
BC自由学園のキャラも把握しましたし、大洗のmarkⅣも見れました。
船舶科のキャラ達は、流石にまだ出せないですが、魅力的なキャラで見てて楽しかったですね。
あとは、マリーが死ぬほど可愛かった、以上!
●10/19訂正、本番の記載されている聖グロリアーナ陣営の車両数を間違えた為、一部修正しています。
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