GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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令和になって、初投稿です。
おまたせしました。


12.止めれば良いんです!

 

 

 

 Ⅳ号戦車にⅢ号突撃砲F型とクルセイダー巡航戦車が対峙する。

 クルセイダー巡航戦車に向かい合うように右側をⅣ号戦車、左側をⅢ号突撃戦車が駆ける。

 互いに距離が縮まりつつある中で、初手に行動を開始したのはⅣ号戦車だった。

 Ⅳ号戦車から放たれる砲撃。華が撃った飛翔する砲撃は、確かにクルセイダー巡航戦車の正面へと向かっていた。

 

 

「――狙いは悪くないわ。でも、甘い」

 

 

 クルセイダー巡航戦車に乗るアッサムがポツリと呟いた。

 声と同時にアッサムの手足が動く、それに応えるようにクルセイダー巡航戦車が反応した。

 Ⅳ号戦車の砲撃が、本来当たるはずの軌道を描いていたはずだったクルセイダー巡航戦車の右横を駆け抜けた。

 砲撃が曲がって戦車を避けたような錯覚を与える。相手に“動いた”ということを悟らせない僅かな車体移動。

 その完成された技術。それは紛れもなくみほが知る技だった。

 

 

「やっぱりあの動き……かずくんの!」

 

 

 初手の砲撃で、みほはすぐに看破した。

 注意して見なければ錯覚する動き。和麻が操縦していないはずなのに、あのクルセイダー巡航戦車は行なっていた。

 

 クイック――百式流がその名を知らしめた動きだと。

 

 それも百式流を知るみほですら見逃すと錯覚してしまう完成度。

 その熟練度はみほの見る限り和麻のモノと大差ない。それほど同じに見えた。

 同時に操縦手席から見ていた麻子も思わず眉を寄せた。話には聞いていたが、これほどまで“あの男”と変わらない動きをするのかと。

 麻子の中で、目の前のクルセイダー巡航戦車の危険度が増した瞬間だった。

 

 

「やっぱりマズイ。こっちもタイミングを間違えるとやられる」

『私はクイックはできないぜよ。一応、やり方は見てるからわかるが……』

 

 

 麻子とおりょう、そしてアッサムが互いに百式流を知る人間。

 つまり互いに手の内がわかる状態。故に、大洗の方が不利だった。

 大洗の二両で百式流の一端しか扱えない麻子と知識でしか知らないおりょう。しかしクルセイダー巡航戦車――アッサムの方が百式流の技術を十分に使える。そのアドバンテージがある。

 唯一、大洗が有利なのは車両の数だけだ。

 しかしみほは、それすらも相手に対して有利を取れていないと察していた。

 

 

「もし完璧に車長が私達の動きを指示されたら……」

 

 

 みほが百式流の真髄、それを危惧した。

 百式流が西住流、島田流と並ぶ御三家と言われ、強いと言われる理由は試合中の各車両の生存力にある。

 

 どんな砲撃も回避する運転技術。そして誰にも捕まえられない機動力。

 

 操縦手のみでは、その力は半分も出せない。それを最大限に発揮するのが車長と砲撃手の力が必要だった。

 敵が多くても各車両の砲身がどこを向いているか操縦手に的確に伝えられる状況把握、そして相手がどの動きをするか予測する状況判断。そして一瞬の隙を突いて砲撃する瞬発的な判断。

 更に様々な指示があるが最低限にこの三点の指示を車長が完璧に行うことができたとしたら、普通ならまず勝ち目がない。それが速度の百式と謳われた流派の強み。

 

 クルセイダー巡航戦車から顔を出している赤髪の少女に、もしそれをされたら……とみほは考えてしまう。

 

 仮に完璧にできないとしても、ある程度の指示を出せると仮定して考えなければならない。それを突破する必要がある。みほは何か案がないか思考した。

 操縦技術では明らかに大洗が不利。何か相手の意表を突いた行動をしなければ隙すらもつけない。

 大洗で和麻と練習試合をして、みほは未だ一度も勝てたことのない。それなのに和麻と同等の技術を持ち、そして百式流の真髄たるクルセイダー巡航戦車を使われている状態で勝つ作戦を考えなければならない。

 必死にみほが考えるが、何を考えても彼女の頭には最善の案が浮かばなかった。

 

 

「やっぱりあんな風に避けられたら勝てないよ!」

「確かに当たる射線でしたのに……」

 

 

 沙織と華の驚く声が聞こえる。

 そして沙織が頬を膨らませながら、思わず叫んでいた。

 

 

「あんな風に動かれたら“動いてない時”に倒すしかないじゃん!」

「……あっ⁉︎」

 

 

 沙織の言葉に、みほは天啓を得た。

 咄嗟に浮かんだ活路。みほは沙織の言葉に感謝した。そんな当たり前なことに気づかなかったと。

 

 

「それです! ありがとう! 沙織さん!」

「えっ……? どういうこと?」

 

 

 首を傾げる沙織に、みほは引き攣った笑みを浮かべて答えた。

 

 

「動いてるのがマズイなら、止めれば良いんです」

 

 

 みほは思い立った作戦を沙織達に伝えた。

 そしてみほの口から出た作戦に、麻子以外が声を揃えた。

 

 

「それなら危ないですが隙ができるかもしれません! 西住殿、流石です!」

「でもそれだと私達の方が大変じゃない?」

 

 

 優花里と沙織がみほの作戦にそれぞれが意見する。

 しかし麻子は少し考えた表情を見せたが、納得して頷いていた。

 

 

「わかった、やろう。相方とタイミングが合わないと無理だが」

「私から伝えます」

 

 

 みほが通信機に先程の作戦をエルヴィンに伝えた。同時に通信機を使っていたおりょうも同じように話を聞く。

 

 

『隊長の作戦は面白いと思うが、互いにかなり負担が大きいぞ?』

『いや、それよりも大変なのは冷泉ぜよ……できるのか?』

「それを私がやれと西住さんが言うならやろう。あの男を倒す練習になる」

『相変わらず百式のことになると目がないぜよ……』

 

 

 エルヴィンとおりょう、麻子が通信で会話する。

 その会話を了承と取られて、みほは指示を出した。

 

 

「私達が一番危ないですが、それでもエルヴィンさん達がやってくれれば逃げる隙ができます!」

「だからつんつん作戦なんて名前にしたんですか? みほさん?」

 

 

 華の何気ない質問。みほはそう訊かれてキョトンとした顔をした。

 

 

「うーん、そういうわけじゃないかな? クルセイダーにつんつんって邪魔するって思ってつけただから」

 

 

 みほが苦笑いして答えた内容に、みほのネーミングセンスはやはりズレているとⅣ号戦車に乗るメンバーは思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルセイダー巡航戦車とⅣ号戦車、Ⅲ号突撃砲F型の距離が縮まる。

 互いに砲撃を開始。しかし大洗側から放たれる二発の砲撃をクルセイダー巡航戦車は苦もなく回避した。

 対してクルセイダー巡航戦車からⅢ号突撃砲F型に放たれた砲撃。それをⅢ号は大きく左に動きながら、危なげに回避していた。

 

 

「やはりⅢ突はまだできないみたいね」

 

 

 その動きを見て、アッサムはⅢ号突撃砲F型に乗るおりょうが百式流の技術を習得していないと看破した。

 百式流の基礎と言える“クイック”の動き、それができないなら他の技術もできないと思うのも当然だった。

 

 

「二両で来るとは強気な姿勢ね。一両だったら負ける気はしないけど……二両、あのⅣ号が厄介だわ」

 

 

 もしクルセイダー巡航戦車にⅢ号突撃砲F型が一両で向かってきた場合、アッサムは即座に撃破できる自信があった。

 砲塔が回らない戦車な上に、自在に砲塔を回せる技術が操縦手にないのなら攻撃力が高いだけで敵にすらならない。側面に接近し、すれ違い様にゼロ距離で砲弾を叩き込めば良いだけの話だ。

 しかし状況は二両の戦車が向かってきていた。Ⅳ号戦車の実力もまだ未知数、そしてⅣ号戦車に気を取られればⅢ号突撃戦車の砲撃があり得る。

 どちらの砲撃もまともに直撃すれば撃破される攻撃力を持っている。故に一撃足りともクルセイダー巡航戦車は被弾するわけにはいかない。

 なら当たらなければ良い。それが百式流の考え、それが和麻がアッサムに教えたクルセイダー巡航戦車の乗り方。

 それを自分は行えば良い。アッサムのハンドルレバーを握る手に、僅かに力が込められる。

 一年のブランク。そんなもの身体の感覚でねじ伏せてしまうだけだとアッサムは感覚を研ぎ澄ませる。

 

 

「アッサム様! Ⅳ号が砲塔合わせてきますわ! Ⅲ突は左に少しずつ移動してるでございます!」

 

 

 ローズヒップの指示に、アッサムは操縦手席から視認する。

 Ⅳ号戦車の砲塔が動く。そしてクルセイダー巡航戦車の左側へとⅢ号突撃戦車が移動する。

 

 

「Ⅳ号は私が確認するから、ローズヒップはⅢ突の方を任せるわ」

「了解ですわ!」

 

 

 ローズヒップにⅢ号突撃砲F型の動向を把握させる指示をアッサムが出す。

 アッサムの視界の外に動くⅢ号突撃砲F型の行動を懸念する。大洗が何か仕掛けてくると。

 しかしこちらのすることは変わらない。二両共に撃破。それが結末だと。

 まずは目の前のⅣ号戦車を仕留める。アッサムは砲撃手に指示を出した。

 

 

「クランベリー、任せたわ」

「了解です!」

 

 

 クランベリーと呼ばれた少女が照準器を覗き、引き金に指を添える。

 

 実のところ、このクルセイダー巡航戦車には本来の聖グロリアーナの編成ではあり得ないメンバーが乗っていた。

 ローズヒップとクランベリー、そしてアッサムの三人はそれぞれが本来は車長としてクルセイダーに乗るはず人間だった。

 現在の聖グロリアーナではローズヒップとクランベリーは車長として戦車に乗っている。そしてアッサムは過去に操縦手として戦車に乗っていたが、現在は砲撃手としてチャーチル歩兵戦車に乗る。

 しかし今回、ローズヒップが車長として乗り、クランベリーは入学当時は砲撃手として、そしてアッサムは操縦手としてクルセイダー巡航戦車に乗っていた。

 

 過去に自分が一番自信のある担当であった場所に各人が座る。この試合だけの為に組まれた特別な編成だった。

 

 この時点で聖グロリアーナ女学院――ダージリンが選抜したメンバーを乗せた意味。この時点で聖グロリアーナでこの試合に出した一両のクルセイダー巡航戦車の扱いが特別だと言える。

 故にダージリンが誇る最強の布陣で投入したクルセイダー巡航戦車――聖グロリアーナが誇る最強と言える攻撃力。それと大洗は対峙していた。

 

 クルセイダー巡航戦車の全員が、互いに何を望んでいるか熟知している。そして三名全員が百式流を熟知している。

 みほは知る由もない。相手の操縦手だけが百式流を知っているではなく、クルセイダー巡航戦車に乗る三名の全員が和麻の手で一度育てられたメンバーしか乗ってないということを。

 

 

「撃てっ‼︎」

 

 

 みほの声で、Ⅳ号戦車の砲撃が放たれる。

 アッサムの視界内で撃たれた砲撃。それを彼女が回避するのも造作もない。

 クルセイダー巡航戦車が回避して、すぐに再度Ⅳ号戦車が砲撃を放つ。

 連続で二度、続けて放たれる砲撃だったがアッサムは撃たれる砲撃の射線を潜り抜けるように走る。

 

 

「初心者にしては速いわね。砲撃の間隔は十五秒ってところかしら?」

 

 

 その時、アッサムはⅣ号戦車の砲撃間隔を把握した。

 目安としてその時間を把握すれば、その時間を管理すれば相手がいつ砲撃するか手に取るように分かる。

 アッサムが把握した時間よりも更に速い間隔で砲撃をしない限り、彼女の意表を突くことはできない。

 Ⅳ号戦車が出せる最大速度の砲撃。これでアッサムが操るクルセイダー巡航戦車に、決して正面からⅣ号戦車は砲撃を当てることはできなくなった。

 

 

「やっぱり回避される。でも……!」

 

 

 しかしみほもそれを予想していた。

 だからこそ、相手が百式流ならばこそ通じるとみほは信じた。

 こちらが撃てる最大速度の間隔で砲撃を放った。

 これでクルセイダー巡航戦車は、Ⅳ号戦車と正面では負けることはないと判断してくれると。

 

 

「麻子さん! 行きます!」

「了解」

 

 

 みほの合図と共に麻子がギアを上げ、アクセルを全開にした。

 Ⅳ号戦車が一直線にクルセイダー巡航戦車に向かった。

 

 

「なっ⁉︎ まさか正面に⁉︎」

「こっちにまっすぐ来るでございますですわ」

 

 

 流石のアッサムも、Ⅳ号戦車の行動に驚いた。

 正面からの砲撃を回避されると分かっていても気にせず突っ込んで来るとは思っていなかった。

 驚くアッサムだったが気持ちを切り替える。向かって来るというのなら、向かい打つと。

 

 

「撃てっ!」

「撃てですわ!」

 

 

 みほとローズヒップが互いに声を上げる。

 そして声と共に、互いの戦車から砲撃が飛翔した。

 麻子とアッサム。二人の操縦手が互いにハンドルレバー動かし、ペダルを踏み締める。

 百メートルしか離れていない至近距離の撃ち合った砲撃を互いに回避していた。

 一見同じような動きに見えたが、僅かに麻子の操るⅣ号戦車の方がクルセイダー巡航戦車より動きが荒い。

 

 

「上手い……」

 

 

 操縦手としての技術の力量が出た瞬間、思わず麻子は少し顔を顰めた。

 しかしアッサムも、この距離で砲撃を回避したⅣ号戦車に眉を寄せた。

 

 

「僅か一ヶ月も経たないで……ここまで」

 

 

 目視で互いの距離は百メートル。この距離で撃たれる砲撃は一瞬の内に自車両に向かって来る。

 アッサムはこの至近距離で砲撃を回避したⅣ号戦車の操縦手――麻子に驚くしかなかった。

 中距離ならともかく、至近距離で砲撃を正面から撃たれるのを怖がらずに見るなんて初心者には無理な筈だと。

 それをダージリンの話が本当なら戦車道を始めて僅か一ヶ月も経たない操縦手がした。そしてその中で繊細な車体操作を行った麻子の胆力。アッサムはそれを心から評価した。

 間違いなく、目の前にいるⅣ号戦車の操縦手――冷泉麻子は成長する。自分と同等、もしくはそれを超える存在になると。

 

 

「でも今のあなたなら負けないわ!」

 

 

 その一端を垣間見たとしても、アッサムは負けないと確信した。

 まだ発展途中、そんな操縦手に自分が負ける訳がない。

 

 

「揺れるぞ。しっかり掴まってろ」

 

 

 対して、麻子も同じだった。

 相手の動きを今一度見てわかった。まだ自分の持つ技術では、到底足りてないと。

 クイック。それは百式流の入門と言える動き。そして最も百式流の名を有名にした技術。それを何度も見てきた和麻と大差ない動きをした。確実に自分よりも上だと分からされた。

 さっきの砲撃も、たまたま先程の咄嗟の回避でコツを掴んだクイックで回避しただけ。まだ自分のモノにできていない。

 

 

「今は“まだ”だが、必ずお前も抜く。あの男を倒すなら、お前も私の踏み台にしてやる」

 

 

 だからこそ、麻子の心に火がついた。

 みほの指示をやりきる。麻子は更にアクセルを踏んだ。

 

 

「まさかぶつかって来るつもり……!」

 

 

 次第に狭まる二両の距離。五十メートルを切った瞬間に、アッサムは走る車線を変えないⅣ号戦車の意図を感じた。

 

 

「アッサム様! Ⅲ突が三時の方向から向かってきますわ!」

「ローズヒップ! Ⅲ突の砲塔が少しでも動いたら教えなさい!」

 

 

 目の前にⅣ号戦車、三時の方向からⅢ号突撃砲F型が向かって来る。

 アッサムは目の前で向かって来るⅣ号戦車に側面から砲撃を放つか、すれ違うように距離を離すかの二択が迫られた。

 しかし三時の方角にⅢ号突撃砲F型がいる時点で停止して砲撃するなど不可。つまり撃破するにはⅣ号戦車の側面に砲塔を合わせながら移動するしかない。

 アッサムはその操作は簡単にできた。しかしそれをすると車体が持たないかもしれないと理解もしてしまった。

 不整地。地面が凹凸で歪んだ場所で大きな動きをすると履帯が外れる可能性がある。

 しかしここでⅣ号戦車を倒せば、間違いなく試合で勝てると確信に近いモノがアッサムにはあった。間違いなく、あのⅣ号戦車は隊長車両だと察していた。

 

 だが初心者のチームの一両と相打ち覚悟で撃破される。そんな姿を百式和麻に見せて良いのかとアッサムが思ってしまった。

 

 見せれる訳がない。そんなお粗末な自分の操縦を和麻に見せることをアッサムは到底許せない。そんな自分をあの方に見られること自体を自分自身が許せなかった。

 

 

「くっ……!」

 

 

 その判断で、アッサムは目の前にいるⅣ号戦車から左に逸れるように車線を動かした。

 右側にいるⅢ号突撃砲F型の砲撃の射線から逃れつつ、Ⅳ号戦車から距離を離すために。

 ほぼすれ違う寸前、車長同士の顔がはっきりと視認できる至近距離。アッサムが取った二択のひとつ。撃破狙いではなく、ひとまず場を仕切り直す為の選択を選んだ。

 

 

「それを待ってた」

 

 

 麻子がギアを上げて、アクセルを踏んだ。

 Ⅳ号戦車の車線がクルセイダー巡航戦車から見て“左”に動いた。

 クルセイダー巡航戦車の側面に向かって、Ⅳ号戦車が勢いよく向かっていた。

 

 

「マジですのっ‼︎」

 

 

 ローズヒップが大きな声を上げた。

 

 

「全員! 衝撃に備えてください‼︎」

 

 

 みほの言葉に、Ⅳ号戦車の全員が身構える。

 そしてクルセイダー巡航戦車に乗る三人が気づいた時、Ⅳ号戦車はクルセイダー巡航戦車に衝突していた。

 不整地でⅣ号戦車が出せる速度は二十キロ程度。ぶつかる衝撃は大した大きさではない。

 

 しかしアッサムはこれをされることの意図を察していた。

 

 一瞬でも速度が強みのクルセイダー巡航戦車の足が止まる。それが一番不味いと。

 アッサムが衝撃で身体が左右に揺れる中で、車両を操作していた。

 

 

「撃てっ!」

「させません!」

 

 

 みほの指示で砲撃が放たれる。

 しかしアッサムはクルセイダー巡航戦車を咄嗟に前へ動かしていた。

 紙一重というタイミングでⅣ号戦車の砲撃がクルセイダー巡航戦車の背後を掠め、そのままクルセイダー巡航戦車は前へ飛び出した。

 間一髪だったと安堵するアッサムだったがその時、彼女は思い出したようにローズヒップへ声を掛けた。

 

 

「ローズヒップ! Ⅲ突は⁉︎」

「えっ‼︎ あっ! どこですの⁉︎」

 

 

 アッサムの声にローズヒップがハッと周りと見る。

 そしてⅢ号突撃砲F型を見つけた瞬間、ローズヒップは声を大きくした。

 

 

「横ですわ! 横! 三時の方向からまっすぐこっちに向かってきてますわ!」

 

 

 アッサムがすぐに車体を動かす。アクセルを更に踏み込み、前に進む。

 Ⅲ号突撃砲F型から撃たれた砲撃をなんとか回避したクルセイダー巡航戦車だったが、それだけでは終わらなかった。

 

 

「Ⅲ突がこっちにまっすぐ向かってきてますわ!」

 

 

 気がつけば、クルセイダー巡航戦車の側面に向かってⅢ号突撃砲F型が迫っていた。

 クルセイダー巡航戦車の砲塔は構造上で前方しか動かない。よってローズヒップ達は攻撃ができない。

 クルセイダー巡航戦車とⅢ号突撃砲F型の距離は既に至近距離まで迫っていた。

 Ⅲ号突撃砲F型の砲撃間隔では、先程の砲撃から次弾の砲撃までかなり時間がある。

 それなのにまっすぐにクルセイダー巡航戦車に向かってくることに、アッサムはすぐにその意図を察していた。

 この時、アッサムは不覚にも焦ってしまった。まさかこんな手でクルセイダー巡航戦車を止めてくるとはと。

 

 

「こんな手を……!」

 

 

 アッサムがアクセルペダルを踏み締める。

 しかし加速する前のクルセイダー巡航戦車よりも早くⅢ号突撃砲F型が接近した。

 

 

「冷泉! 良い仕事したっ!」

 

 

 エルヴィンの声と一緒に、Ⅲ号突撃砲F型がクルセイダー巡航戦車の側面に衝突した。

 再度、衝撃が二つの車両に走る。Ⅲ号突撃砲F型の衝撃でクルセイダー巡航戦車が少し横に弾き出された。

 

 

「ローズヒップ! Ⅳ号の位置は!」

 

 

 衝撃で横に移動するクルセイダー巡航戦車の中でアッサムがローズヒップに指示を出す。

 その中でアッサムが横に移動していくクルセイダー巡航戦車の車体を無理矢理操作していた。

 ハンドルレバー、ペダル、ギア。全てを操作して前に進ませようと身体を動かす。

 しかし二度に渡る横からの衝撃で最大速度を出していたはずのクルセイダー巡航戦車は既にその速度を大きく落とし、僅かな速度しか出ていなかった。

 

 

「Ⅳ号は五時の方角! 砲塔合わせてるでございますわ!」

 

 

 ローズヒップの目に、Ⅳ号戦車の砲塔が動いてクルセイダー巡航戦車に合わせたのが見える。

 

 

「華さん! 撃ってください!」

 

 

 そして次の瞬間、Ⅳ号戦車の砲撃が放たれていた。

 至近距離からの砲撃、外すわけがない。間違いなく砲弾の軌道はクルセイダー巡航戦車の側面を捉えていた。

 

 

「アッサム様!」

 

 

 ローズヒップが声を大きくする。

 その声の意味をアッサムは分かっていた。だからこそ、彼女はアクセルを全開にしていた。

 クルセイダー巡航戦車が動くのと、Ⅳ号戦車の砲撃。僅かに速く動いていたのは……クルセイダー巡航戦車だった。

 

 その差だった。

 

 その僅かな差で、側面に当たるはずだった砲撃がクルセイダー巡航戦車の後方――右後ろの履帯に当たっていた。

 駒のようにクルセイダー巡航戦車が一回転する。その光景を見て、大洗側は声を大きくして喜んだ。

 

 

「クルセイダーの履帯破壊! このまま撃破を――!」

『今すぐ離脱します! おりょうさん! 麻子さん! すぐ場から離脱してください!」

 

 

 そしてエルヴィンがこのままクルセイダー巡航戦車を撃破しようとするのを、みほが止めていた。

 

 

「隊長! このまま撃破した方が!」

『後方からチャーチル、マチルダが来ました! 今すぐ逃げないと私達が撃破されます!』

 

 

 みほからの通信が聞こえた後、エルヴィンの耳に砲撃の炸裂音が響いた。

 音が聞こえたと同時に、Ⅲ号突撃砲F型の付近に砲弾が着弾する。

 その衝撃にキューポラから身体を出していたエルヴィンが慌てて車内に戻った。

 

 

「これは……隊長の指示に従った方が良さそうだ」

 

 

 エルヴィンが堪らず苦笑いする。

 目の前にあるクルセイダー巡航戦車を叩くことより、勝利を選ぶしかない。

 履帯が壊れたクルセイダー巡航戦車の横を、大洗の二両の戦車が慌てて横切って逃げていく。

 その二両を追いかけるように、チャーチル歩兵戦車とマチルダⅡ歩兵戦車が砲撃を放っていた。

 

 

 

『アッサム、珍しいわね。あなたがそこまでやられるなんて』

 

 

 アッサムの耳に、ダージリンの声が聞こえる。

 アッサムは頭を抱えたくなる思いで、通信機に応じた。

 

 

「……油断しました。それと申し訳ありません」

『別に問題なくってよ。あなたを失わなかっただけで運が良いわ。それと……直りそう?』

 

 

 離れていく大洗の二両。それを見届けて、アッサムが車両から身を出した。

 そしてクルセイダー巡航戦車の砲撃を受けた箇所を確認して、アッサムは通信機を手に取った。

 

 

「履帯が外れてます。車体は装甲が少し剥がれてるだけで問題ありません……直します」

『それならこっちから人手を貸すわ。一時大洗を追うのをやめて仕切り直した方が良さそうね』

 

 

 ダージリンがそう言って、通信を終える。

 その後、アッサムは壊れた履帯を見た後に大洗が走って行った方を見つめていた。

 

 まさかクルセイダー巡航戦車をあんな手段で止めに来るとはと。

 

 あんな作戦を思いついた人間に、アッサムは呆れるばかりだった。

 それとそれを実行したあのⅣ号戦車の操縦手に、アッサムは末恐ろしいと心の中で呆れてしまった。




読了、ありがとうございます。
自分の力量が足りてないと痛感した話でした……
戦車の戦闘描写が相変わらず難しくて手こずってました(汗

今回の話、みほの作戦で攻める大洗。それと頑張るアッサムとローズヒップ、空気なクランベリー。

戦車の戦闘に必死になりすぎて、キャラが崩壊してないか心配で仕方ないです。
作中にもありますけど、本当はアッサムの操縦してるクルセイダーって強いはずなんです。ただ今回は意表突かれただけで。

さて、ようやく次から住宅街編になりそうです。
とりあえず、試合が続くのをお許しください。

それとアンケートにお答え頂いた方々には感謝を。
本編を投稿しながら、サイドストーリー的な感じで出せる機会があったら色んな話を出して行こうと思います。
リクエストを募る機会があれば、それも良いかもしれないと思ったり思わなかったり。
みなさんは少年戦車道のどんな話が読んでみたいですかね?


感想、評価、批評はお気軽に。
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