GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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5.敬語を使うに値する人

 

 

 さて、ここで問題だ。

 今日、女子校である学校で戦車道の部活動に突如本来居るはずのない男が入部して、いきなり自分達に戦車道を教えると言われた時――女子生徒達の反応はどうなるだろうか?

 

 反応は勿論、困惑だった。

 

 俺が全員に改めて自己紹介をした時から、その“違和感”のようなモノを感じ取っていた。

 

 こればかりは仕方ない。それが俺の素直な感想だった。

 一応、生徒会長から以前に一方的に伝えられていた情報から、俺は戦車道に詳しい人間ということが知られているが……彼女達の反応を見る限り、あまり歓迎されているとは思えなかった。

 

 主な原因は、俺の学内での評判。特に何人かの一年生は、前に俺が睨んでしまった所為で怖がられている。

 こんなことになって、普段の行いがここで影響してくるとは思わなかった。完全に自業自得であるのだから、文句も言えなかった。

 

 この問題を早く解決しないと、後々面倒なことになるのは目に見えている。

 教える側に対して不信や不満を募らせると、ダラけたりサボりをする人間が出てくる。

 そんな人間が出てくると、周りの人間に感染し、グループは崩壊するというのが自然な流れだろう。

 

 俺はその問題を“俺自身の課題”として解決しなくてはならなかった。

 よって、俺が教える前に必要なことは何か?

 今俺に出来ることは、ひとつだろう。

 

 

「百式先輩! なんで眼帯してるんですか⁉︎」

 

 

 目的の場所へ歩くなか、俺の前を歩く小さな女がそんなことを俺に訊いてきた。

 先程、歩きながら互いに自己紹介した時に名前を聞いていた。

 確かこのちっちゃい女は……坂口桂利奈だったか?

 ショートカットの元気がありそうな、何も考えてなさそうな直感タイプの印象を受ける。この女は操縦手専攻だろう。絶対に車長向きではない。

 

 

「ちょっと桂利奈! そんな失礼な質問したら……⁉︎」

 

 

 そんな坂口を注意する女が、慌てて俺に「すいません!」と謝っていた。

 セミロング気味の髪型に、真面目そうな印象を受ける。この女は、澤梓だったはずだ。

 間違いなくこの女は車長だろう。見るからに一年生。ならこの二人がペアだろうと予想出来た。

 

 

「澤、気にするな。お前達は俺のこと、何も知らないだろ? 答えれる質問なら幾らでも答える」

 

 

 俺の答えに澤が慌てた様子で「桂利奈が……すいません」とまた謝っていた。

 怖がられてるな、これは……

 ここまで露骨に反応されることがなかったので、少しだけ効いた。

 後ろで角谷杏がにひひと分かっている声が聞こえる。

 俺は顔を引き攣らせるが自業自得と自分を納得させると、坂口の質問に答えることにした。

 

 

「この眼帯な。前にちょっと大怪我して、それでしてるんだ」

「じゃあその目、見えないんですか?」

 

 

 続けて質問してくる坂口。それに澤が顔を強張らせていた。

 まぁ、気になるんだろうな。素直に訊いてくるあたり、何も考えてないで訊いてるに違いない。

 

 

「見えないよ。だから眼帯で隠してるんだ。これ……そんなに怖く見えるか?」

 

 

 興味津々の坂口とおどおどして俺の様子を伺う澤を見ながら、俺は眼帯を指差した。

 澤は相変わらず怖がって顔を強張らせている。

 しかし桂利奈は、妙に違った反応をしていた。

 何か素敵なモノを見つけたような、キラキラした目を俺に向けていた。

 

 

「それ! スゴイカッコいいです! なんかヒーローみたいな感じで!」

 

 

 ……あぁ、こいつ絶対に馬鹿だ。

 予想の斜め上の返事に、俺はそう思った。

 このお馬鹿な感じ、ローズヒップと良い勝負だった。

 聖グロ時代に一緒にいた俺のことを“兄”と呼び出した女。それと同類としか見えなかった。

 

 

「ぷぷっ……百式ちゃんがヒーロー……」

「アンタ、後で覚えておけよ……」

 

 

 後ろで笑った角谷杏に、俺は振り向いて引き攣った笑みを見せる。

 

 

「隻眼と言えば、かの伊達正宗、柳生十兵衛……渋いぜよ」

 

 

 そんな俺に隣に居たメガネを掛けた紋付を羽織った女が、訳のわからないことを言っていた。

 そしてその女の隣に居た軍服の上着と帽子を着た女が頷いて居た。って……あれドイツ軍の軍服か? あの二人もセットで間違いない。そう確信した。

 この二人、名前聞いた時に意味不明なこと言ってたな。

 メガネの方が“おりょう”で、ドイツ軍服が“エルヴィン”って名乗ってたはずだ。

 馬鹿にされてると思って何度か聞き返したが、ソウルネームだとか言い出したから面倒になって諦めたんだった。

 

 

「なるほど、なら第二次世界大戦で活躍したドイツのクラウス・フォン・シュタウフェンベルクも隻眼だった」

「俺を戦国武将やら剣豪にするな。最後のやつなんてヒトラーの暗殺計画の首謀者じゃねぇか……」

 

 

 思わず、俺は突っ込んでしまった。

 まだ日本の戦国武将なら許す。しかしドイツのは勘弁して欲しい。暗殺計画の首謀者みたいなんで言われるのは、正直やめて欲しい。

 俺がそう答えると、二人は何か驚いたような顔をして俺を見て居た。

 

 

「ん? 百式はその手の話が出来る口なのか?」

「別に知ってるだけだ。ある程度しか知らない」

 

 

 エルヴィンが俺に訊いてくる。

 知ってるも何も授業で受けた内容だろうが……まぁ俺の場合は地元の中学と聖グロ時代に受けたから、大洗の方は知らない。

 歴史の方は、戦車道絡みで世界史の方に興味があって割と調べたりして覚えてるのもあるが……

 

 

「おぉ、なら百式にもソウルネームを考えなくてはならないかもしれないな」

「仲間ぜよ」

 

 

 勝手に話が進んでいる。というか、ソウルネームってなんだよ?

 妙なことをされると思って咄嗟に断ろうとしたが、喉まで出かけた言葉を何度か飲み飲んだ。

 今はあまりぞんざいに扱うのは不味いだろう。今より嫌われるのも、今後の訓練の妨げにもなるかもしれない。

 俺は出そうになった言葉を我慢すると、なんとか誤魔化すだけの返事をした。

 

 

「一応……考えおく」

「任された!」

 

 

 エルヴィンが嬉しそうな笑みを見せる

 俺は溜息が出そうになるのを我慢して、二人を放っておくことにした。

 

 

「百式! バレー部には興味ないの⁉︎」

「……なんだって?」

 

 

 今度は運動着を着た小さな女が俺に掴み掛かりそうな勢いで訊いてきた。

 この女……前に俺を捕まえた運動着四人組の一人だったな。磯辺典子とか言ってた気がする。

 

 

「バレー! 百式もやらない⁉︎ 部員募集中!」

「先輩! やりましょう! 是非バレー部へ!」

 

 

 今度はデカイ女が俺に勧誘してくる始末だった。

 サイドテールのこの女にしては身長高いな。俺より少し小さいくらいだ。こいつは、デカイから印象的だった。確か、河西忍って名前だった筈だ。

 と言うか、駄目だ。この二人も色々と濃い。

 今は戦車道の授業中に何を他のスポーツに勧誘してんだ?

 しかもお前達は戦車道やってるんじゃなかったか?

 頭が痛くなってきた……色々な意味で。

 ずっと気づかなかったが戦車道メンバーの殆どキャラ濃すぎだろ……

 

 

「バレー部は……遠慮しとく。今は戦車道の時間だから、な?」

 

 

 自分の顔が引き攣ってるのが、嫌でもわかった。

 色々と不安になるメンバー達に、俺は今後のことが不安で仕方ない。

 やっぱり俺……この件から降りた方が良いのかな?

 そんなことすら思いたくなるくらい、色々と参っていた。

 

 

「プププ……あの百式ちゃんが参ってる参ってる」

「会長、そんな風に言ったら百式君に失礼ですよ」

 

 

 また角谷杏が俺のことを煽っていた。

 まだ角谷杏のことを制している人間がいる限り、あの女のストッパーが居てくれて助かったと思いたくなる。

 生徒会長メンバーの二人。生徒会長の角谷杏に、副会長の小山柚子。色々と俺に“嫌がらせ”をしていた二人だ。

 どうせ首謀者は角谷杏で間違いないだろう。おそらく副会長の方は見る限り“マトモ”と思いたい。

 

 

「だってあの百式ちゃんがバレーって……ぷぷっ」

「会長、良い加減にしてくださいって」

 

 

 口を押さえて笑う角谷杏を小山柚子が窘めている。

 そしてちょうど振り向いた俺と目が合うと、小山柚子は俺の方に近づいて来た。

 ちょうど俺の周りにいたキャラの濃い人間達がそれぞれ話しているところだったので、彼女は俺の隣に来ると申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「百式君、会長が色々とごめんなさい。かなり迷惑掛けたってこと分かってるから……」

 

 

 そして頭を上げて、小山柚子がそう俺に言った。

 俺はそんな態度に、目を大きくしていた。

 生徒会と言えば、人を小馬鹿にした生徒会長と人に高圧的な態度を取るメガネの女が居るのだから、全員何かしら問題があると思っていたのに……

 いや、演技かもしれない。あんな二人がいる生徒会にマトモな人間がいるわけがない。

 天然そうな抜けた印象しか受けないこの女は、きっと何かヤバイ一面があるに違いない。俺はそう思っていた。

 

 

「会長も桃ちゃんも“色々”あったの。だから百式君に、色々と迷惑掛けちゃったよね。私から謝らせて……ごめんなさい。百式君が戦車道やってくれるって聞いて本当良かったって思ってるから」

 

 

 申し訳なさそうに謝る小山柚子に、俺は更に顔を強張らせた。

 これ、演技か? いやいや、そうに決まってる。あの会長と一緒にいる女だぞ? きっとこの後すぐに人を馬鹿にしたことを言うに決まってる。

 

 頼むぞ? ある意味期待通りでいて欲しい。会長と副会長揃って俺を煽ってくるんだろ?

 

 そう思うなか、小山柚子が近くに人がいないことを確認する。

 ちょうど先程まで話していたメンバー達は、俺達より先を歩いているのが見えた。

 それを見て、彼女はそっと俺に耳打ちをしていた。

 

 

「――会長から聞いたんだ。百式君がなんで私達の学校が戦車道をするかって理由を話したって」

 

 

 小山柚子が耳打ちをやめる。そして隣で彼女が小さく笑みを見せた。

 

 

「ありがとう。百式君、どんな形でも私達に協力してくれて」

 

 

 そう言って、小山柚子は頭をまた下げていた。

 俺はそんな姿を見て、額に皺を寄せていた。

 

 

「いや、別に……俺は自分で出来ることしかする気はない」

 

 

 思わず、俺は素っ気ない返事をしていた。

 しかし小山柚子は、そんな反応をされても嫌な顔をひとつしていなかった。

 

 

「ううん、百式君にしか出来ないことを私達はお願いしたかったんだよ。これから大変かもしれないけど、色々と教えてくれると助かるから……これからよろしくお願いします」

 

 

 そしてそう言って、また俺に頭を下げていた。

 歳下の俺に頭を下げる小山柚子の姿に、俺は素直に感心していた。

 話には聞いていた。生徒会は全員三年生で構成されていると。

 だから三年生が俺に頭を下げている姿に、思わず感心していた。歳下に頭を下げることが出来る人なのだと。

 そしてあの二人とは違って、この人はしっかりと自分達が悪いと認めている。

 そう言ったのを含めて、この人は俺に頭を下げることができる歳上の女だと、理解してしまった。

 そういうことが出来る歳上の人間に、向ける言葉は決まっていた。

 

 

「小山先輩。何度も頭を下げないで大丈夫です。俺は自分のやりたいことをしているだけです。だから気にしないでください」

 

 

 自然と言葉が出ていた。敬語を使うに値する人間だと、俺は無意識に理解したのだろう。

 俺が敬語を使ったことに、小山先輩が少し驚いた表情を見せていた。

 

 

「百式君……? 今、敬語……?」

「あなたは俺が敬語を使わなくてはいけない人と思っただけです。気にしないでください……これからもよろしくお願いします」

 

 

 俺が足を止めて、小山先輩に握手を求める。

 小山先輩はそんな俺に驚いていたが、すぐに俺の手を握っていた。

 

 

「うん。よろしくお願いします。百式君」

「百式ちゃーん? うちの小山に手を出さないでほしいなぁ〜?」

 

 

 そんな俺達に、角谷杏が小馬鹿にした表情で干し芋を食べていた。

 

 

「別にそんなことしてない。握手してただけだ。何か不満でもあるのか?」

「あれれ〜? 百式ちゃんは私に敬語は使ってくれないの?」

「誰が使うか! その態度を改めてからにしろ!」

 

 

 思わず、角谷杏に反論してしまう。

 小山先輩に敬語使い、自分に敬語を使わないことに不満そうな角谷杏が何か考える素振りを見せる。

 そして意地の悪そうな表情を作ると、角谷杏は小山先輩を指差して言った。

 

 

「小山が欲しいなら私を通してからだよ〜? 百式ちゃん。いくら小山の胸が大きいからって、そういうことは禁止だよ〜?」

 

 

 俺と小山先輩の空気が凍った。

 いや、比喩ではなく。本当に空気が凍った気がした。

 小山先輩が恥ずかしそうに俺から離れて胸を隠す素振りを見せる。

 確かに“ある部分”が大きい人だっだが、そんな風に言われたら勘違いされてもおかしくないのは当然だった。

 俺は引き攣った顔で、角谷杏を見つめていた。

 

 

「アンタ……言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないのか?」

「べっつに〜? 私はそうなのかな〜って思っただけだしぃ?」

 

 

 関係ないと言いたげに角谷杏が口笛を吹く。

 俺は腹の立つチビ女を無視すると、小山先輩の方を見た。

 

 

「百式君? 私は気にしてないから大丈夫だよ?」

 

 

 いや、俺から離れてる時点で気にしてるでしょ?

 別に小山先輩とどうこうなるつもりもないし、なる気もない。

 俺は角谷杏の行動に、今日一番で腹が立った瞬間だった。

 文句のひとつでも言おうと、目を据わらせて角谷杏の居た方を向く。

 しかし、そこに角谷杏の姿が居なかった。

 

 

「は? あの女、どこ行った?」

 

 

 俺が居たはずの女が居なくなったことに顔を顰める。

 しかしすぐに、角谷杏の居場所がわかった。

 

 

 

 

 

 

「みんなぁ〜! 百式ちゃんが副会長を口説いてるよぉ〜!」

 

 

 

 

 

 ……人はある一定以上怒ると冷静になるらしい。

 俺は前にいた戦車道メンバーに嘘を教えてる角谷杏に、殺意を覚えた。

 

 

「あの女……絶対に泣かす!」

「百式君、暴力はダメだからね⁉︎」

「小山先輩、人は限度を超えたことをするとバチが当たるってことを理解しないといけない日が来るんです」

 

 

 小山先輩が俺を制しようとする。しかし俺はそれを一蹴した。

 目の前から先程まで先を歩いていた戦車道メンバー達が面白いものを見つけたと言わんばかりに走って来る。

 俺はその奥にいる角谷杏を睨みつけると――走り出した。

 その足掴んでぶん回してやる。そして泣きながらごめんなさいと言わせてやると意気込んで、俺は叫んでいた。

 

 

「ぶん回してやるからそこ動くなよッ! チビ女ッ!」

「捕まえられるもんなら捕まえてみな〜! ひゃ・く・し・き・ちゃん〜!」

「絶対泣かすッ!」

 

 

 角谷杏が走り出す。目の前には戦車道メンバー達が迫る。

 俺はその集団の先にいる角谷杏に向かって、走り出した。

 小山先輩が「暴力はダメだよー!」と叫んでいたが、俺は聞く耳を持たなかった。

 走り去った後の俺を見ながら、小山先輩が呆れた表情をしていることにも気付かず、

 

 

「あぁ……まぁ良いか。なんか百式君、みんなと馴染んでくれてるみたいだし」

 

 

 そうつぶやいていた小山先輩の言葉も、もう俺には聞こえていなかった。




まだ戦車道の練習出来てない件について。
和麻が全員とと馴染むまで、時間が掛かると思うのですがそれは今後に期待します
とりあえず言えるのは、登場キャラが多すぎて制御が難しいです(迫真

キャラが多過ぎると、動かしきれないのがネックです。
精進する次第です。よろしくお願いします。


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頂けると、頑張れます(*´ω`*)

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