料理
それは戦いに疲れた戦乙女を癒やすもの
料理
それは不毛の平野を並行疾走する夫婦を癒やすもの
料理
それは食した者に救いを与えることもあるもの
とある商人の食事風景
それはストレス過多な末期資本主義社会のオアシス
たまさか誇りと野心となんやかやを賭けて料理対決は行われる
ある者は地位を追われ
ある者は名誉を得る
定食屋の少年に駆逐される者もいるし
見習いに負ける料理長もいる
海を渡って来たは異国の料理人
隠された誇りは食の力
悪党を名乗る男は彼の本質を見抜き
おっさん提督はなにゆえか慕われる
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
李さんは無骨で馬鹿正直で少し愚鈍で、だけれども料理人としてはとても素晴らしい腕前を持っています。
少年時代の彼は学校でも目立たない少年で、大きくなってからはちっちゃな料理店でひっそりと働いていました。
毎日毎日馬鹿丁寧に下拵えする李さんは店の主から毎度毎度怒鳴られながらも、それなりに日々生きていました。
そんな彼の日常が壊れ始めたのは、深海棲艦が国の沿岸で暴れ始めたからです。
黒と白に彩られた異形の魔物は次々に海軍の精鋭を破り、貨物船を拿捕してどこかに持っていってしまいました。
そのため、貧富の差が激しい国内は益々その状態が酷くなり、憤った人たちが裕福な商店や百貨店などを襲うようになりました。
国内資本、海外資本お構い無しです。
やがてそれは内戦につながり、国は荒れ果てるようになりました。
李さんは仕事を失い、海に程近い場所で粥を売ってその日暮らしに勤しむようになります。
ある日のこと、彼は漁船の船長から強引に誘われて海に出ます。
一攫千金を狙った船は深海棲艦の襲撃で呆気なく大破し、李さんは海に投げ出されました。
彼は『嗚呼、これで私はもう死ぬんだ。』と思いましたが、運よく艦娘の部隊に救助され保護されました。
彼女たちは職場へ戻ります。
そう、食の宝庫北海道へと。
函館鎮守府へ突然来た李さんは言葉が通じなくて、大いに嘆き悲しみました。
そこへ、右目に眼帯を付けて葉巻型プラグをくわえたおっさんが近づきます。
「お前、なにが出来る?」
李さんは目を見開きました。
彼の国の言葉だったからです。
彼に声をかけたのは、最近鎮守府の食堂で腕を振るっている鹿ノ谷さんでした。
外見は漫画の悪役みたいですが、料理に真摯で腹ペコ艦娘たちから厚く支持されているおじさんです。
よその鎮守府へ料理指導を行ったり、北海道での各種催しへの参加、教育放送の『今宵の料理』の撮影に出掛けたりと近頃多忙な鳳翔さんと間宮さんを助ける形で、ちょっこし気障ったらしい有沢さんと厨房で活躍しています。
ちなみに有沢さんは、葡萄酒とチーズを求めて道内各地へ出掛けていました。
割とフリーダムな人のようです。
「料理が少し作れます。」
震えながら、稀代の料理人は答えました。
少しどころではなくチート級の腕前を持つ李さんでしたが、彼にはそんな意識が少しもありません。
家族を含む周りから日々怒鳴られてばかりで、自分自身に自信のない性格になっていたからでした。
「ほう、なら粥は作れるな。」
鹿ノ谷さんの左目が鋭くなり、李さんは心底震え上がります。
「は、はい。作れます。」
「よし、ならば今作れ。」
呆然とする李さん。
「どうしたのだ? お前は料理人ではないのか?」
「は、はい、作ります。作らせていただきます。」
「なにか手伝えることはありますか?」
その時、提督がやって来ました。
黄色い三角巾に一澤帆布のエプロンを装備しています。
黄巾賊ではありません。
某ライトノベルに出てくる団体の人でもありません。
夕張市から頼まれて、新型の黄色いハンカチの試験運用中なのでした。
相変わらず、冴えないおじさんです。
李さんは提督を見て、何故か自分自身が仕えるべき人物に会えたのだという天啓に打たれました。
たぶん、それは勘違いです。
だがしかしばってん、意外と思い込みの激しい李さんは提督のためにおいしいお粥を作ろうと決意しました。
挽き肉、葱、生姜(しょうが)。
これらを使った中華粥を、李さんは一生懸命作ります。
「無駄のない動きだ。」
眼帯おじさんが言います。
「包丁捌きが見事ですね。」
おっさん提督が言いました。
「「おいしそうですね。」」
赤青の正規空母が言いました。
おや?
一名はこの鎮守府の艦娘ではないようです。
いつの間にか、艦娘たちが食堂に集まっていました。
提督が粥をおいしく食べる姿を見て、李さんは武者震いしました。
そして。
『ここが自分の居場所なのだ』と、彼は勘違いしてしまいました。
おいしそうな匂いに釣られて、どんどん艦娘たちが食堂に来ます。
鹿ノ谷さんから厳しく指示され、李さんは自慢の腕を振るいます。
この時彼は間違いなく幸せでした。
料理の腕を必要とされたからです。
丁寧に丁寧に作りながら、李さんは次の料理を頭で組み立ててゆきました。
その巧みなる調理法を見てニヤリとする、幾つもの視線に気付かないまま。