降り注ぐ大阪弁。
崩れ落ちる大淀。
こなもんと通天閣と太閤さんの街、大阪が沸騰する。
圧倒的、あまりにも圧倒的商人たちが大本営と提督たちを蹂躙し尽くす。
ささやかな希望。
目まぐるしい展開、根回し、健気な野心。
老いも若きも、男も女も、昨日も今日も飲み込んで、天下の大所大阪はチエちゃんのバクダンに収束する。
音を立てながら会議は回り続け、おっちゃんは旨いもんを食って蘇る。
おいしいってなんだ?
旨いってなんだ?
大阪人たちの意地と誇りとおちょくりが激突し、パチパチパンチが火花を散らす。
次回、『おっちゃん提督の大阪出張』後編。
『はこちん!』最長の話がネタ満載で展開される。
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
※今回は一万字を超えました。過去最長です。
朝目覚めると、何故か鳳翔と間宮が無表情で私を見つめていた。
思わず、ヒッと声が出る。
彼女たちはニヤリと嗤い、私にどんどん近づいて……。
……夢か。
寝ている間に二名が枕元でじっと私を見つめるだなんて、そんなことがある筈ない。
……あれ?
脱いだトランクスや靴下が見当たらない。
片付けた覚えもないんだけどなあ。
……あったあった。
……あれ?
くしゃくしゃだけども、未使用品?
いやいや、そんなことはないだろ。
商標は福助だし、色も形も同じだ。
……あれ?
疲れているのかな?
気の所為だ。
そうに決まっている。
疑っていたらきりがない。
馬鹿なことを考えちゃいけない。
部下を信用せずして、なんの上司か。
顔を洗いに、浴槽と手洗い場の合体した小部屋に入った。
昨夜使った歯ブラシが真新しく見える。
いやいや、気の所為だ。
旅行鞄に入れて持ってきた私物だから。
同じ商標の同じ色合いなのだが、微妙に毛先に違和感がある。
待て待て。
そんな筈はない。
ないんだ。
…………。
疲れているのか?
この件が片付いたら休暇を取って、青森県か秋田県辺りへ小旅行にでも行こうかな?
爽やかな笑顔を振りまきながら、私の艦娘たちが部屋に来た。
後ろめたさなど微塵も感じさせない。
ほらな、やっぱり勘違いに過ぎない。
疑心暗鬼はやめやめやめやめやめだ。
彼女たちは自前の櫛で髪をやさしくすいてくれたり、蒸しタオルを当てた後で手足の爪を切ってくれたりした。
なんと親切なのだろうか。
少しでも疑った自分自身が恥ずかしい。
さりげなく密着してくる両名に緊張が絶えなかったのは、修行不足だな。
「あなたにはクンフーが足りないわ。」って言われそうだ。
切った爪をちり紙で包んで何故かポケットに入れた両名と共に、昇降機でレストランへ向かった。
朝食はホテルのビュッフェ。
色とりどりの料理が豪華に並べられている。
高級ホテルとしての意地があるのだろう。
果物たっぷりのフルーツサンドに焼きたてクロワッサン、ノンホモ製法な低温殺菌で作られた牛乳、伊予の蜜柑がそのまま搾られたジュース、ストレートのトマトジュース、大阪名物ミックスジュース、それに野菜の煮物と濃厚カボチャのポタージュを選ぶ。いずれも旨い。
カツサンドも食べてみた。
足柄の作るものも旨いがこれも旨い。
ソース味って男の子の味わいだよな。
とどめはアップルパイだ。
鎮守府で食べているパイを思い出す。
まるで同じ料理人が作ったみたいだ。
食後のほうじ茶でホッと一息ついた。
鳳翔と間宮も満足そうだ。
無駄に沢山積み上げられていることもない料理は、いずれも美味であった。
何故か、鳳翔と間宮の記憶領域がカチカチ音を立てていたような気がする。
彼女たちの料理は、この出張を通じてどれだけの高みに昇るのであろうか。
アーンされたのには少し驚いたが。
雛鳥に餌を与える親鳥の気持ちだ。
八時半から始まった会議は初っぱなから難航した。
丁字不利である。
府知事に役所の人、商工会議所の重鎮に地元大手企業の代表や代理人があれこれ騒いでいる。
静岡や神戸があれだけこじれたのだ。
ましてや相手は大阪人。
一筋縄でいく訳もない。
これ、まとまんないんじゃねーのか?
今回は大本営の大淀と文官と舞鶴の提督たちが来ているけれども、彼らも大阪人の勢いに萎縮気味だ。
本音をぶつけ合う戦に慣れていない。
初っぱなから、主導権はあちら側だ。
彼らの視線が来ているように思える。
知らぬ顔の半兵衛ですましておこう。
この状況では下手に喋れんからなあ。
共倒れなんてノーサンキューである。
こっち見んな、と言ってやりますわ。
自力でなんとかするべきではないか?
これじゃ、助けるどころの話でない。
丹波栗が使われた栗きんとんをおいしくいただきつつ、周りを眺めた。
嗚呼、お茶がおいしい。
大阪警備府が戦時中にあったことを引き合いに出し、地元のおっちゃんたちが若い提督たちや大本営の面々を追い詰めている。
なんで先に神戸に鎮守府作っとんとガミガミ言われ、こんだけあちこちに鎮守府作っとんのになんで大阪を後回しにしとんかといちびられていた。
神戸は最初舞鶴とやり取りしてその後呉に手を伸ばしたのだから、舞鶴にとってはとばっちりもいいところだ。
なんだけれども、上手く切り返せていない。
海千山千百戦錬磨の商人に翻弄されている。
ガミラス艦隊と地球艦隊の火星戦役の如し。
さして進展もないまま、一一時半になった。
もう帰りたい。
帰っていいかな?
……そういう訳にもいかないか。
「飯や、飯や。」
「どこで食べる?」
「ハルカス行こか。」
「お好み焼きでも食べて仕切り直ししよか。」
「いつものとこでええわな。」
「今日はあっこの店に行ってみるわ。」
「おっ、チャレンジャーやんか。」
「ほな、次は一時からやな。」
「あの……皆さん……お待ちくだ……。」
大淀が引き止めようとするも聞く者なし。
ぞろぞろと会議室を出て行く大阪人たち。
呆気に取られたまま見送る鎮守府の面々。
顔が真っ青である。
アカン。ダメやん。
まるで役者が違う。
これは負け戦だな。
「函館さん、食べに行きましょか。」
商工会議所のおっちゃんに話しかけられた。なんとなく藤本義一に似ている。
ぞろぞろとおっちゃんたちが集まり、周囲の中年成分が高まってゆく。
ミドルエイジシンクロ率八〇パーセントってとこかな。
「他の提督たちはどうしましょう?」
「あないなん、ほっとけばよろし。」
「函館さんは昨日どこで食べましてん?」
「護衛たちと共に、十三(じゅうそう)で食べ歩きました。」
「ほほう、ようわかっとるやないか。あの人たちで十三知っとるもんがどれだけおるか。大阪のことをなーんも知らんもんばっかりでは、話にもならんわ。」
「護衛は二名いるのですが、一緒でもよろしいでしょうか?」
「ええで、ええで。大阪のもんはな、普段ケチケチしよってもいざという時はパアッと金を使うんや。」
「せやで、函館さん。」
「飯食って気分転換や。」
「ここにおると辛気くさくなるしな。」
「ほな行こか。」
ポカンとしている提督たちに目配せし、商工会議所の面々や鳳翔間宮両名と共に昼食へ出掛けた。
会議のあったビルディングから少し離れた上海家庭料理の店に全員入ると、大きな円卓のある部屋に案内された。
既に織り込み済みか。
会食みたいになった。
予定調和って奴だな。
私の役割は何役かな?
おっちゃんが斬り込んできた。
「で、大本営はんは大阪鎮守府のことをどない思うとります?」
「前向きに検討はしているみたいです。」
「つまりは、本気やないゆうことやな。」
「厳しいでしょう。提督を確保した方が現実的じゃないですかね。艦娘は提督に引き寄せられる傾向がありますから、取り敢えず小さな箱物を作るのもアリかもしれません。なんやかんやと理由を付けて大きく出来ますし。」
「函館さん、大阪に来んか? あんたさんならわしらのことをある程度わかっとるし、こちらも安心出来るんやけどな。」
「大阪鎮守府が設立されたら、出来る範囲内で助力しますよ。」
「それは函館さんの個人的な好意か?」
「そうです。」
「ところで、誰ぞええ人はおらんかのう?」
「着任待ちの提督もいますから、彼らに打診してみては如何でしょうか?」
「そないなとこかなあ。府知事はアホやけど、これからの大阪のために鎮守府は欲しいとこや。」
「どちらかというと、くだけた感じの提督がよさそうですね。」
「せやせや。偉そうなんはちっとも欲しゅうないしな。」
「こないだの横須賀の若いもんはホンマ腹が立ったわ。何様のつもりやねん。」
「では、午後からはそういう流れで。」
「函館さんもワルよのう。」
「いえいえ、お代官様程では御座りませぬ。」
そういうことになった。
携帯端末を取り出したおっちゃんたちが、それぞれ電話をかけ出した。
こういうしたかかさが提督側にも欲しい。
戦争が終われば、別の戦いが始まるのだから。
だがしかしばってん、そこまで考えている者がどれくらい存在するのだろう?
人間の敵は、人間か。
先ずはおつまみセットが来た。
七品がみっしり詰まっている。
新緑ザーサイにピータンにアンチョビカレーポテトサラダに菜の花のおひたしに揚げ南京豆、お麩と木耳(キクラゲ)の醤油煮に地鶏の老酒蒸しときた。
小皿の満漢全席、ここに降臨。
いずれも小技が効いて旨いぞ。
ジャスミン茶で喉を潤し、蒸し鶏のパクチー添えをニンニク醤油でいただく。
青菜の水餃子、トマトと卵の炒めもの、レバニラ炒めと次々に来て、わしわしといただいた。
鳳翔も間宮もおいしそうに食べている。
どこか懐かしい味わいのトマトと卵の炒めものをご飯にかけて、中華流卵かけご飯にした。
白飯をお代わりする人もいる。
「ところで函館さん、今日の夕食はどないします?」
藤本義一になんとなく似た、隣席のおっちゃんが話しかけてくる。
「ホテルの近くでなにか食べようかな、と思っています。」
「そしたら、わしと食べに行かんか? 女房が旅行に行っとって独り飯はさみしいんよ。」
「ご好意に甘えさせていただきます。ありがとうございます。」
「気にせんでええよ。大阪人はよそから来た人に、旨いもんを食べてもろうてなんぼですからな。」
とどめはあたたかいお茶に胡麻団子。
白湯(さゆ)の中に白玉みたいな団子が浮いていて、もちもちしたその中に胡麻餡が入っている。
一三時、会議再開。
真面目に討議しただろう鎮守府の面々が、理路整然とした商工会議所の面々の理論に各個撃破されている。
あんなにおたおたしては、いいカモだろうに。
合い鴨肉の燻製もいいな。
七面鳥撃ちになっていた。
大淀が涙目でこちらを見ている。
大破撤退を阻止しなくてはならない。
致し方なし。
挙手した。
着任待ちの提督の話をし、先ずは小型鎮守府を作ってみてはどうかと提案した。
露骨に賛成に回る商工会議所のおっちゃんたち。
狸親爺だなあ。
地元大手企業の面々もまあええかといった顔で賛成に回った。
府知事と役所の面々は渋い顔をしていたが、商工会議所のおっちゃんの目配せで苦々しい顔をしながら賛成した。
大本営も舞鶴も腹芸が出来ないのは大問題だ。
戦後に差し支えるじゃないか。
大湊(おおみなと)の提督の演説を思い出す。
ドイツ人ぽく見えるが、度量の大きな指揮官。
根回しも本音のぶつけ合いも腹の探りあいも議論も出来ない提督たちは、戦後をどうやりくりするつもりなのだろう?
議論が出来ない日本人は多いし、上意下達(じょういかたつ)が当たり前とする老人も少なくない。
国際社会が復活したら、そんなんじゃ生き残れないのに。
戦ってさえいたらいい時代がいきなり終了したら、よくて閑職、悪くて……。
いかんいかん、職分を逸脱してはいかん。
兎も角これで役目を果たしたことになる。
やれやれ。
鉄仮面のあいつ辺りでも推挙しておこうか。
妙な奴だが、面倒見はいいし、料理上手だ。
変な野心もないし、意外と努力家で面白い。
黒潮は確定だ。
建造されて間もないか経験の殆どない大淀も確定だ。函館の大淀に教育させよう。
駆逐艦数名に給糧艦か補給艦一名、軽空母もしくは軽巡洋艦が一名。
そんなとこかな。
疲れきった大淀に近づき、試案的思案を素早く耳打ちする。
何故か顔が赤い。
頑張ってくれよ。
近畿の面々と、丁々発止のやり取りが当たり前に出来るようにならないといけないのだから。
慢心は命取りだ。
退役艦娘会にも動いてもらって、元艦娘で働けそうな子を鎮守府に入れるか。
大阪の街に艦娘を浸透させ、信頼関係を築き、戦後の受け入れ体勢を強化だ。
忙しくなるぞ。
言葉の戦いが終わって日が暮れる。
商工会議所のおっちゃんと共に、四名でステーキハウスへ向かった。
西部開拓時代風の店内。
おっちゃんは上機嫌だ。
「いやいや、思うたよりもええ展開になりましたな。府知事がセンブリ飲んだような顔をしとって、溜飲が下がったわ。函館さんにお連れさんも好きなもん頼んでください。ここはわしの奢りや。通天閣から飛び降りる気持ちですわ。」
「ありがとうございます。私も話がなんとかまとまってよかったと思います。」
「大阪人が小田原評定でぐだぐだしてもうたるなんて、いっこも洒落にもなりませんからなあ。」
「やはり大阪の人としては、バシーッといきませんと。」
「バシーッといってドンガラガッシャンてやってもうてもアカンけどな。」
「そこら辺は、大阪名物パチパチパンチでなんとかしていただかないと。」
「見る? 見る? わしのパチパチパンチを?」
「風邪を引きますよ。」
「なに、改源飲んだら大丈夫や。」
「わし風邪引いてまんねん、ですか?」
「せやせや。」
「「うはは。」」
鳳翔間宮が呆然としているように見えるがほっとこか。
「アカンアカン。別嬪さんたちを放りっぱなしじゃ、大阪人の名折れや。なに食べます?」
私は三〇〇グラムのウェルダンなリブステーキと、同じく三〇〇グラムのショットガンハンバーグを頼む。
おっちゃんも同じものを頼み、鳳翔と間宮は一〇〇グラムずつを頼んでいた。
ご飯はガーリックライス。
スープも付いてくるとか。
「おや、淡路島の牛乳もあるんですね。」
「西部劇ゆうたら、牛乳でっさかいに。」
「主人公が牛乳を頼んだら、むさいおっちゃんたちに絡まれる訳ですね。」
「せやせや。バーボンのチェイサーで牛乳を飲んだりするのに、からかう訳や。」
ステーキとハンバーグが来た。
大迫力。
ステーキにはバターがドンと載せられている。
付け合わせのフレンチフライに玉葱の炒めものもドカンと皿で存在感を誇示していた。
肉肉肉。
「ここの玉葱も牛乳同様、淡路島産や。」
まごうかたなき牛肉だ。
ウオーッ、私はアウトローだ!
腕っぷしひとつで西部を回る、危険な香りの男だ!
肉肉肉、って男の子だよな。
旨い旨い旨いぞーっ!
おっちゃんと真っ黒けっけな会話をして、情報交換する。
生きた情報は大切だ。
観光誘致もしておく。
はるばる来てね函館。
おっちゃんと別れ、ホテルへ戻る途中の果物屋でおばちゃんに捕まった。
「そこの別嬪さんたち連れとる兄ちゃん、ミックスジュース飲んでかんか!」
勢いに押されて、皆で頼んで飲む。
目の前で手早くジュースを作るおばちゃん。
なかなか手際がいい。
旨い。
フルーツ王国を観光している気分だ。
「フルーツサンドも買うてき。旨いで。」
「あの……さっき食べてきたばかりで……。」
「若いもんがなにゆうとんの。これからハッスルするんやろ。よっ、このスケコマシ。」
「いやいや、彼女たちは職場の同僚ですから。」
「ええなあ、そんな別嬪さんと一緒に仕事が出来て。仕方ないなあ、もうすぐ閉店やし、半額にまけとくわ。買うて買うて。」
「じゃ、じゃあ買います。」
「よし、オマケつけたる。」
果物を含め、けっこう買った。
なんだか大変なことになっちゃったぞ。
まあ、食べられないこともないか。
ホテルに戻る。
フルーツサンドはおばちゃんが自慢するだけあって、とてもおいしかった。
紅茶と一緒にじっくりと味わう。
鳳翔と間宮もおいしいと言った。
よかった。
密着してくるのはよくないがな。
両名ともさりげなく一緒に風呂に入ろうとするので、少し困った。
翌朝。
四時に目覚める。
ちょっくら未明の大阪を楽しむべか。
着替えてそっと部屋を出たら、何故か鳳翔間宮両名と廊下で遭遇する。
何故だ?
ホテルを出て真っ暗な街をぷらぷら歩く。
流石にこの時間帯に出歩く者は少なめだ。
寒いですねと、二名は私に腕を絡ませる。
ぽつん、と灯りが見えた。
あれこそ文明の光だ。
うどん専門店とある。
入るとなんとなくどことなく若本規夫に似た店主が、暇そうに新聞を読んでいた。
「いらっしゃい。」
渋い重低音が響く。
私は素うどんとちくわの天麩羅を頼んだ。
鳳翔と間宮も同じものにした。
ちくわを揚げる匂いが店内に満ちてゆく。
「お待たせしやした。」
再び響く重低音。
素うどんはそれなりにコシがあって、おつゆもわるくなかった。
ちくわの天麩羅は揚げたてなので、食べごたえがある。
半分はそのまま、残りはおつゆに入れて食した。
「毎度あり。」
三度の重低音。
不思議な感じ。
ホテルに戻って入浴し、さっぱりとした。
大淀から送られていたメールに返信する。
ホテルの朝食は和食にした。
炊き込みご飯のかやくご飯。
素麺を使った温かい汁物で、野菜沢山の掻き玉にゅうめん。
ミニお好み焼きうどん入り。
大根と人参の紅白なます。
本物の奈良漬け。
炭火でしっとりやわらかく焼いた若鶏に、甘辛いタレをかけた新子やき。
サヨリとオコゼとマダコの刺し身。
旨し!
ロビーに来ていた商工会議所の人たちに挨拶する。
大阪自慢の和菓子洋菓子を大量にいただき、「ほなまたな。」と別れを告げられた。
フロントでシロネコムサシの箱を購入し、詰め込んで函館へ配送した。
ホテルからシャトルバスで大阪駅。
山陽本線で大阪駅から新大阪駅へ。
五分の移動。
新大阪で蓬莱の豚まんの冷凍版を購入し、クール便で配送してもらった。
鳳翔と間宮から誘導され、ついつい京都の出町柳駅周辺もおいしい店が多いと話したら、両名が真顔で京都に寄ろうと言い出す。
失言だった。
京都駅まで新快速で二五分の旅となる。
奈良線の東福寺で乗り換え、叡山電鉄で北上した。
出町柳商店街で惣菜やミンチカツや赤飯やわらび餅を購入。近くの鴨川で食す。
旨し。
……一体私はなにをやっているのだろう。
……まっ、いっか。
出町柳駅前のケーキ屋で、懐かしい味わいのサヴァランとババロアに紅茶を添えて食べる。
オマケの焼菓子付きである。
お店のお姉さんと少し会話。
鳳翔と間宮にとっては刺激的なようだ。
今回の出張が彼女たちの糧になると嬉しいぴょん。
なんてな。
京都駅の地下で湯葉と阿闍梨餅を箱買いして函館への配送の手続きを行い、切符を購入して新幹線に乗った。
やれやれ。
米原(まいばら)を過ぎた辺りで両名が私に誘導尋問を仕掛けるが、のらりくらりぬらりひょんでかわす。
弥次喜多道中記ではないのである。
名古屋飯まで加えたら滅茶苦茶だ。
説得力がどんどん欠けてはいるが。
小田原もパンや蒲鉾や外郎(ういろう)などが旨いのだが、すっとぼけた。
鳳翔と間宮の追及力は高い。
冷や汗を少しかいた。
東京に到着。
駅舎そばの百貨店で鎌倉の鳩サブレを大量購入して、函館に配送してもらった。
東北新幹線の発車時刻まで、まだ少しは余裕がある。
さて、どこかで適当に昼飯でも……。
「浅草に行きましょう、あなた。」
「それがいいですわね、あなた。」
ガーンだな。
謀られた。
適当にお茶を濁そうと思っていたのに、山手線の神田から銀座線に乗り換え、浅草に行くことになった。
浅草。
銀座線の終着駅で浅草線の駅でもあり、東武スカイツリーラインとやらにも接続している。
さあどっちですかどっちですかと、普段は温厚な彼女たちが餓狼の視線を突き刺してきた。
致し方なし。
いつもの洋食屋に行くか。
しばし歩いて裏通りの店。
こじんまりとした隠れ家。
中に入る。
店内はなんだか少女趣味的な感じになっていた。
あれ?
これなんて既視感?
「よう。」
無愛想な店主が出迎えてくれた。
女の子たちの声が聞こえてくる。
あれ?
「新しい子を雇ったのか?」
「まあな。なにを食べる?」
「今日のお勧めはなんだ?」
「うちはなんでも旨いぞ。」
「それは昔から知っているよ。煮込み雑炊は出来るか?」
「済まんな。あれは今やっていない。」
「ガーンだな。出鼻をくじかれたよ。」
「じゃあ、カニクリームコロッケ定食と各種付け合わせにしておけ。味は保証付きだ。ビーフシチューとカニグラタンと牡蠣フライも食べてゆけ。時間は大丈夫か?」
「大丈夫だ。任せるよ。」
「よし、決まりだ。お連れさんたちも同じでいいか?」
「はい、お任せします。」
「はい、お願いします。」
「これ、土産の陸奥八仙と豊盃(ほうはい)だ。」
「おう、どちらも青森の酒だな。お前にしては気が効いている。」
「ぬかせ。」
「では待っていろ。すぐに支度にかかる。」
「おうさ。」
店主が厨房に去ってから、鳳翔が口を開いた。
「あの……。」
「はい。」
「いつもあんな感じなんですか?」
「いつもあんな感じなんですよ。」
「とても仲がよろしいんですね。」
間宮がそう言って微笑んだ。
「はーい、こちらは自家製漬け物と玉子焼きと味噌クリームチーズと鰤(ぶり)大根と明太子の粕漬けです。こちらは唐黍茶(とうきびちゃ)です。」
頬に絆創膏を貼った、活発そうな少女が前菜を持ってきた。
どこかで見たような気がする女の子。
彼女は私に向かって、ウインクした。
さあ、おいでなすったぞ。
いきなりの変化球が来た。
和風の中にさりげなく洋風を混ぜる。
日本人お得意の和洋折衷な和魂洋才。
明治の先人たちも驚くような品揃え。
小鉢にみっしり入った漬け物はさっぱりしていて、ご飯の到着が早く待たれる。
玉子焼きもふんわりしていておいしい。
味噌クリームチーズは酒の肴にもよさそうだ。
鰤大根は出汁が染みていて旨いぞ。
明太子の粕漬けもやわらかく深い。
これはたまらぬ。
ヱビスの生ビールも呑んじゃおう。
追加注文して麦スカッシュを呑む。
本日は業務終了閉店時間であるぞ。
ワードナの事務所より閉店が早い。
鳳翔と間宮が目を白黒させている。
両名も岐阜の井戸水を頼んでいた。
若葉のしぼりたて生酒の冷酒仕様。
若葉の仕込み水もテーブルに届く。
これらは呑まずにはいられまいて。
「「あの、ここは洋食屋ですよね?」」
「変化球があって、面白いでしょう。」
唐黍茶は玉蜀黍(トウモロコシ)の香りがガツンと来て、残り香が強い。
「あ、あの、味噌汁とご飯です。」
おどおどした巨乳娘がラーメンの丼鉢と茶碗を置いてゆく。
間宮があら? という顔をした。
飲み物を頼もう。
私は彼女に声をかけた。
「あの、すみません。」
「は、は、はいっ!」
「烏龍茶ください。」
「わ、わかりました!」
ラーメンの丼鉢に入った味噌汁。
鳳翔間宮両名が唖然としている。
「カニクリームコロッケとホッケフライと牡蠣フライの盛り合わせよ。シチューとグラタンはもう少し待ってね。これで三人分だって、て……店主が言っていたわ。」
気の強そうな感じの娘が大皿を置いた。
コロッケとフライの盛り合わせである。
サクサクの金色の衣は正に黄金聖闘士。
これぞまさにアナザーディメンション。
別世界に誘われる異世界転生転移戦士。
ギャラクシアンエクスプロージョンが体の中で炸裂している。
タルタルソース万歳!
む、これはたまらぬ。
おいおい、滅茶苦茶旨いジャマイカン・ダニンガン。
「ホイサッサー、お待たせしました、こちらはカニグラタンとビーフシチューです。」
「すみません、ご飯のお代わりください。」
「はい、ご主……じゃない、お客様。」
メイド服を着た悪戯っ子っぽい娘が、グツグツ音を立てている器を持ってきた。
このシチューは味のグレートホーンだ。
居合いの光速拳が私を撃ち抜いてゆく。
グラタンも旨い。
積尸気冥界波が体を直撃だ。
箸が進む、箸が進む、止まらない、止まらない。
味の暴走機関車がミステリートレインになって、銀河鉄道のトレーダー分岐点だ。
「最後は静岡の緑茶と豆かんだ。」
とどめは店主自らが持ってきた。
近くの老舗に対抗するような品。
思いっきりの変化球に苦笑する。
甘味あっさり深みのある味わい。
豆と寒天の盛り合わせに意表を突かれる。
簡素簡潔な甘みが五臓六腑に染み渡った。
苦すぎないお茶が豆かんの旨みを強める。
「どうだった?」
「実に旨かった。」
「それだけか?」
「どの子が嫁さんだ?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。そっくりそのまま返してやる。」
「今度函館に来てくれ。ご馳走するよ。」
「それは楽しみだな。うちの娘たちも連れてゆくから、覚悟しておけ。」
「当方に迎撃の用意ありだ。」
「よかろう。ならば精算だ。」
旧交をあたため、旨い店に立ち寄れた。
課せられたノルマもなんとか達成した。
よがんすよがんす。
さ、けえるべ。
東京駅近くの百貨店に入っている崎陽軒で、シウマイ弁当と冬季限定の金目鯛シウマイ六個仕様と釜炒り茶ブレンドを購入。
新幹線が走る。
大宮を過ぎた辺りで包装を剥がした。
弁当のおかずはシウマイ五個に鶏の唐揚げ、焼き魚、玉子焼き、蒲鉾、筍の煮付け、昆布の佃煮に紅生姜だ。
うん、旨い。
最後に干しアンズ。これがいいんだな。
鳳翔と間宮は読書をしている。
様になっていて絵になる姿だ。
前者は『夜食テロから開始する異世界レストラン生活』、後者は『くまクマ熊ヌヌース!』を読んでいた。
どちらも小説投稿サイトの『小説家になっちゃったりして』で好評連載されている作品だ。
『辺境伯の悪妻』や『魔王様のリストラクチャー』、『働くことを求めない迷宮のマスターは眠りを強く求める』や『異世界小料理屋』、『夜に微笑む月明かりの姫』、『異世界から帰還したら享保年間』、『引き籠っていたニートは家と一緒に異世界転移しちゃっていた』なども面白い。
東北新幹線が北上する。
やがて、新青森が見えてきた。
駅の売店で土産を買って、奥羽本線に乗り換えて青函連絡船に乗れば函館だ。
思えば遠くへ行ったもんだ。
現在、鎮守府の厨房は三人の腕利き料理人に任せているが、アクの強い二人と気の弱い一人というなんとも奇妙な構成だ。
パリのオテル・リッツで修行した有沢さんは気難しい人で、確かに料理は名品揃いなのだがあちこちの店を流浪している。
何故かじっと観察されていることが多い。
呑みに誘うと喜んでついてきてくれるので可愛い一面もあるが、割と強引なところもある。
葡萄酒にうるさく、その内欧州へ行くつもりらしい。
渡航費用を稼いでもらう名目で、しばらくはうちの艦娘たちに料理を教えて貰おう。
『カレー戦争』の生き残りである鹿ノ谷さんは、元日本料理界で名を馳せた一級料理人。
権威に楯突いたため、流転の料理人になってしまった。勿体ない。実に勿体ない。
眼帯と口にくわえた葉巻型プラグを特徴とし、『無法板の練吉』と自称している。
複数の刺身包丁と地雷を使う『地雷包丁』や肉をバラバラにする『白糸ばらし』、それに火炎放射器で魚介類を炙る手法など、そのケレン味溢れる料理法は血の気の多い艦娘たちの心を捉えて離さない。
本人も子供好きなので、長くいてくれると嬉しい。
彼が手早く作る、炒飯と焼き飯の中間みたいな阿仁平ライスも旨かった。
正月に作ってくれた鳥取県西部の名物『小豆雑煮』は、やさしい味わいで彼の人柄がしのばれる。
小豆の煮汁にやわらかい丸餅の逸品で、駆逐艦たちが絶賛していた。
『暗黒カレー』も旨かった。
カレーにうるさい艦娘たちも納得の、絶妙な辛さだった。
すべての比叡が彼の教えを請うために押し寄せた時は驚いたが、彼女たちもまた求道者なのだろう。
このアクの強い二人に対し、李さんはとても気が弱い。
料理は間違いなく上手い。
どこかの店の料理長でもおかしくないくらいの腕なのに、自己評価が低すぎる。
何故だ?
下拵えは丁寧だし、気遣いも素晴らしい。
艦娘からの支持も絶大だ。
最初に作ってもらった広東粥は今も忘れられない味で、現状では彼の定番になりつつある。
もちもち中華パスタの猫耳朶(マアアルトゥオ)は猫の耳たぶ型の麺に筍や海老や海鼠(ナマコ)や鶏肉が使われていて、艦娘たちは感激していた。
彼も長くいてくれると嬉しいなあ。
明日はなにを食おうかな?
最近開店したトラットリアに行って、娼婦風タリアテッレもいいなあ。
あそこはトマトとモッツァレッラの料理も肉料理も大変おいしかった。
ンまあーい! っていうのもアリかな。
新青森に着いた。
鳳翔と間宮はなにやら紙片を持っている。
買い物リスト?
にっこり笑う両名に急かされた。
やれやれ。