結局、森駅で待ち構えていた。
函館本線の海沿いにある駅舎。
汽車の外は強く吹雪いている。
青函連絡船で函館に上陸した際に、どこかで捕捉されていたのかもしれない。
ホームにいる追跡者たちは皆荒い息をしており、致し方ないので駅構内にあるピザ屋で軽く食べようと提案した。
なあ、ピザ食わないか、ピザ。
駅前の液晶表示機器は零下五度を示しており、これでは寒い筈だと改めて思う。
雰囲気は険悪で最悪だ。
泣いている娘さえいる。
傍から見れば、愁嘆場だろう。
私の方が泣きたいくらいだが。
懐柔手段であるべきピザも珈琲も、薬味にしては多すぎるほど涙をこぼされていた。
三名。
私を囲む娘たちの総勢。
つまり、我が鎮守府は一切の業務を放棄していることになる。
私は真っ当に正式に休暇を取ったのだが、何故か鎮守府の艦娘たちから了承を得られなかった。
正直なところ、訳がわからない。
なんちゃって鎮守府の存在意義やら価値やら理由やらを考えても、私の休暇が潰されるのには納得がいかない。
民家改造型の狭い基地もどきで常に艦娘の誰かと共にあって、就寝は艦娘と一緒の部屋だ。
こんな生活が長続きする訳ない。
大本営には以前から改善を訴えているのだが、それはなしのつぶてになってしまっている。
廃墟じみた沿岸の生活に慣れる者もいるのだろうが、私はそんな生活を許容など出来ない。
昔見た英国の番組を思い出す。
とある諜報員が村を出ようとして、ことごとく失敗する話である。
ピザが冷える。
珈琲も冷える。
気温も冷える。
周りの視線も冷たい。
実にたまらん。
逃げた犬を追いかける飼い主でもあるまいに。
或いは、逃げた嫁を追いかける旦那みたいだ。
まさかな。
取り敢えずは、函館へ向かおう。
函館に着いたら、鎮守府へ行く。
鎮守府で夕食を食べて宿泊する。
これらはすべて経費で落とそう。
自己負担させられたらたまらん。
間宮羊羮を各々に一棹ずつやる。
それで今回の逃走劇は手打ちだ。
そうしよう。
それがいい。
冷えきって脂ぎったカチカチのピザへ唐辛子の酢漬けをふんだんにかけて、私は三名の娘にそれらを事務的且つ簡素簡潔に伝えた。
……何故、微妙な顔をする?
札幌にでも行きたかったのか?
小樽の提督はおっかないので極力会いたくないし、借りを作ったらどんな目に遇わされるかわかったものではない。
函館の提督は、よくあんなのと付き合えるな。
ほとほと感心する。
雪の勢いが強くなってきた。
これでは吹雪だ。
そういえば、そんな名前の艦娘もいるな。どんな娘だっけ?
どんどん気温が下がってゆく。
気分が益々落ち込んでしまう。
自由の得難さにため息をつく。
娘たちにがっちりと挟まれながら、虜囚の如く汽車に乗り込んだ。
余市や室蘭方面ではない。
無情にも、上りの汽車だ。
下りの汽車ならいいのに。
気持ちが下り坂を転がる。
また、あそこへ戻るのか。
狭い、大変狭い箱庭へと。
人形たちと家族ごっこをする日々へと。
不意に、頬をふにふにっとつつかれた。
辛気くさい顔は止めて欲しいと言われる。
誰の所為だ、誰の。
でもそんな表情も悪くないわと言われた。
一体どっちなんだ。
雪が舞う。
私の心も知らずに、雪が舞う。
提督でもないのに、何故私がこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
少しは仕事をしろ、あいつめ。
がらがらの汽車が走り出した。