はこちん!   作:輪音

85 / 347



ごきげんよう
薔薇乙女の集う函館鎮守府へようこそ
今日のお茶は八女茶を元にした紅茶よ
スコーンは如何?
フロレンティーンの器に盛り合わせ
おいしくおいしくいただきましょう
気高く咲いて
美しく散る
そんな薔薇乙女の集う
函館鎮守府へようこそ

Not even justice,I hope to get to rose.
真実の薔薇は見えるかしら





LⅩⅩⅩⅤ:艦娘たちのクリスマス

 

 

 

普段から賑やかな鎮守府が、今日は更に騒がしくなっています。

紅茶派の高速戦艦がごきげんような軽巡洋艦三姉妹と共にお茶会を開いています。

呉からは大和さん、佐世保からは武蔵さんが訪れていて、当鎮守府の長門さんと仲よく話をしていました。

朝から飾り付けや料理で騒々しい限りですが、楽しめる時は楽しんだ方がいいのでしょう。

私たち艦娘は何時沈むかわからないのですし。

 

「センパーイ! こんなところにいたんですね! 試食をお願いします!」

 

後輩で今は大本営にて教官をしている筈の瑞鶴が、私に小皿に盛りつけられた肉料理を渡しました。

 

「これはおいしい焼き鳥ですね。……貴女、仕事は?」

「へっへーん! 愛しの先輩と一緒にいるために、有休を使いました!」

 

胸を張る後輩。

何故彼女は私のような者を慕うのでしょうか?

他所の私の同姿艦で瑞鶴の同姿艦と仲が悪い様子は時折風の便りで聞きますが、いさかいを起こす暇があったら自分自身を高めた方が建設的に思えます。

以前、そうした内容の話を同姿艦に話したら驚かれました。

しかし、この子は少し心配を感じさせる雰囲気があります。

 

「そういうことは好きな人のために行いなさい。」

「加賀先輩が私の生きる糧です!」

「私は提督の妻ですから、貴女の期待には応えられないわよ。」

「あれ? 先輩、提督とケッコンしていましたっけ?」

「近々行うから問題ないわ。ちなみに第二〇夫人までは確定済みよ。」

「えっ? えっ? ええーっ!?」

「冗談よ。」

「またまたーっ! もう、先輩ったら!」

 

困りました。

なついている彼女を全然振り切れません。

 

「ところで先輩、戦艦棲姫さんと翔鶴姉の傍にいる巨乳の人は誰ですか?」

「え? ……ええと、彼女はロシア艦娘のキエフよ。」

「そっかー、てっきり港湾棲姫かと思っちゃった。」

 

私は内心焦りそうになりました。

何故なら、あの娘は艦娘ではないからです。

隣のなんちゃって翔鶴も同様です。

投降希望者が複数存在するとは大淀から聞きましたが、幹部級の元敵対者が味方になるなんてまるで特撮番組みたいにも感じられます。

しかし、瑞鶴は気づかないのでしょうか?

五航戦で呑気な子ですから、仕方ないのかもしれません。

逃亡した深海棲艦と同棲している人間もいるそうですが、彼女と似たような人物かもしれませんね。

 

瑞鶴と共に食堂へ行くと、其処はまさしく戦場でした。

 

オリーブドラブな国防色のエプロンを着た提督が、フライパンで炒めものを作っています。

香辛料の匂いもしました。

今夜は提督カレーですね。

気分が高揚してきました。

複数名の鳳翔さんと間宮さんがてきぱきと厨房で料理を作っています。

大型作戦の中継基地に位置付けられたお陰で厨房の大型化が出来たため、このような贅沢を実際に行えるのでしょう。

どうやら他所の鎮守府の分も作っているらしく、出来た料理をお重に詰めて食堂を出て行く駆逐艦が何名もいました。

トラピストクッキーや三石羊羮などの詰め合わせがその手に渡され、彼女たちは勇んで抜錨してゆきます。

何度も手を振りながら。

嬉しそうに。

悲しそうに。

 

窓から外を見ると、明石が作ったのでしょうか、天龍や龍田などの軽巡洋艦が駆逐艦たちをジェットスキーみたいな乗り物に乗せて颯爽と鎮守府を離れてゆきます。

かなりの速度が出るみたいで、あれはいいですね。

 

他に目を転じると、駆逐艦の清霜が巨大なライフルを試射してひっくり返り、霞や曙になにやら注意されていました。

大淀や足柄がニコニコしながら、それを見つめています。

 

「加賀さん、食べてみてもらえるかい?」

 

帰り支度をした軽空母からケーキの試食を頼まれました。

紫の髪の彼女は少し震えています。

それを口にするとふわふわな食感。

やさしい甘味と口どけが美味です。

作り手の思いが込められています。

 

「上々ね。」

「ありがとう、加賀さん! よーし、これで提督の胃袋は貰ったよ!」

 

喜び勇んで彼女は食堂を出て行きました。

微笑みながら見ていたら、後輩が私の背中をつつきます。

 

「先輩……あの……。」

 

振り向くと、何名もの艦娘が小皿を持って私を見つめていました。

 

「ふっ、鎧袖一蝕よ。試食王の名は伊達ではないわ。」

 

やりました。

 

 

 

食堂の自販機で飲み物を買いましょうか。

飲み物以外の注文禁止と書かれています。

 

「先輩、どうしてこの自販機は五〇セント硬貨を入れないといけないの?」

「メリケン製だからよ。」

「先輩、どうしてこの自販機はキーボード形式の入力装置で注文するの?」

「メリケン製だからよ。」

「そっかー。よーっし!」

 

チョロいですね。

これだから五航戦は。

変な男に騙されなければいいのですが。

彼女にまといつく男がいたら、全力で潰すことにしましょう。

自販機傍に山のように積まれている硬貨から一枚掴んで投入し、彼女は青森県黒石市産のサンふじを使ったストレート果汁の林檎ジュースを注文しました。

 

「へへへ、どうです、加賀先輩。」

「提督も似たような注文をするわよ。」

「えっ? ええと、そうですか。」

「私はエチオピア産の珈琲を頼むわ。」

 

香り豊かな珈琲を楽しみながら、じゃれつく後輩と会話をしました。

カレーを作り終えたらしい提督が妙高と会話をしていましたが、おそらくはカレーに関することでしょう。

そうです。

そうに決まっています。

決して恋愛関係ではない筈です。

彼女が協定違反をする筈がありません。

鉄の掟を破る筈がありません。

頬が赤く見えますが、緊張しているからでしょう。

思わず愛する夫の元へ突撃しそうになりましたが、許容寛容は大切です。

それに、彼女も大切な妻の一人なのですから、許さなくてはなりません。

許すこと愛することはとても大切です。

 

「あ、あの……先輩? 大丈夫ですか?」

「私はいつも通りよ。」

「そ、それならいいんですけど。」

 

五航戦が何故かおどおどしていますが、気のせいでしょう。

 

 

ワタシハイツモイツドキモレイセイデス。

ワタシハホコリタカキセイキクウボデス。

フカイウミノソコカラアイヲササヤクワ。

 

 

容赦ない駆逐艦群の猛攻を受けて提督が簡単に陥落していましたが、よき妻はこれくらいで動揺してはなりません。

そう思っていたら、ミニスカサンタの恰好をした似非関西弁の軽空母が駆逐艦に混ざって夫に抱きついていましたので、致し方なく私はその群れを薙ぎ払うことにしました。

怒ってなどいません。

そう、これは躾です。

下着がたやすく見える服で提督を落とそうだなんて、恥を知りなさい!

天魔降伏!

今こそ、第三の目を開く時!

 

「せ、先輩! 落ち着いてください!」

「大丈夫。餓鬼道に堕とすだけだから。」

「ダメーッ! 仲間を轟沈させたらダメーッ!」

「一航戦の誇りをこんなところで失う訳にはいかないわ。さあ、覚悟は出来ている? 私は出来ているわ。さあ、喰らいなさい! 天舞宝輪!」

「ダメーッ! 台詞と行動が噛み合っていません! このままでは鎮守府が崩壊するわ! 誰か止めて!」

 

今の私は阿修羅をも凌駕します!

 

「あの、教官。」

「なにかしら?」

 

提督が話しかけてきたので、動きを止めました。

他所の戦艦が私に抱きついて目を回しているようですが、知らない子ですね。

 

「パイ食べませんか、パイ。」

 

いつの間にか、大量のパイがテーブルに並んでいました。

流石に気分が高揚します。

提督が艦娘たちを抱き起こしていましたので、手伝いました。

赤い瞳の戦艦や高速戦艦三女や重巡洋艦四女がどさくさに紛れて提督の首筋を舐めていたので、手刀を喰らわせます。

いい気になるんじゃありません。

外見を最大限活用する彼女たちに感心はしますが、だからといって防御は緩めません。

女の戦いは熾烈極まりないのですから。

提督の防御力は低いので、我々がアイギスの楯にならなくてはなりません。

某鎮守府の航空戦艦二女がいると大変なことになりますが、あちらの提督に書状を送っておいたのが効を奏したようです。

今頃はデートですね、きっと。

私も提督に抱きついてテイトクニウムを補給しました。

これくらいはかまわないでしょう。

提督の匂いは落ち着きます。

手打ち料として、後程彼女たちには提督の爪でも渡しておきましょう。

生かさず殺さず。

これが大切です。

 

 

 

札幌や小樽や道東などは積雪が多いようですけれども、函館は僅かな残雪が残るばかりでホワイトクリスマスには程遠い雰囲気です。

 

夕方五時頃ともなると、辺りは真っ暗になります。

六時頃だと夜です。

ドンドン。

花火の音がします。

函館の人々は花火好きなので、なにか催しがあると花火を打ち上げます。

名残惜しそうに瑞鶴が帰ってゆきました。

間宮羊羮やパイなど土産をしこたま携え。

また来ます、と言って。

 

そうね、待っているわ。

小樽の提督から頂いたシャンパンとグラス片手に、そう答えました。

 

 

 

夜の砂浜。

一人、海と花火を眺めます。

これが本来の私の立ち位置。

さみしくなんてありません。

激しくも短き、轟音と輝き。

冬の夜空に閃光が煌めいて。

五〇発ほどで終わりました。

意外と呆気ないものですね。

私たちの生き方みたいです。

…………。

帰って入浴して寝ましょう。

酔いを覚ましつつ帰るべし。

振り返ると提督がいました。

シャンパンの酔いが、急速に体内でぐるぐる回っているようです。

提督が肩を抱きしめてくれました。

酔ったふりをして、そっと頭を彼の肩に載せます。

 

愛している人と共にいられる幸せ。

だけど私たちは戦争のための道具。

何時轟沈するかは、わかりません。

それ故に、この幸せを堪能します。

やがて、沈む時が来てしまっても。

深い海の底から愛を囁くわ。

ずっと。

ずっと。

 

 

 






食堂の自販機の元ネタ:SCP-294(ユークリッド級)

パイの元ネタ:SCP-1234(ケテル級)



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。