はこちん!   作:輪音

84 / 347
LⅩⅩⅩⅣ:副司令とカレー

 

 

 

副司令と司令が我が鎮守府に着任されたのは、昨年の冬の寒い日でした。

副司令はお土産として『芋長(いもちょう)』の芋羊羮をお持ちで、皆で喜んでいただきました。

司令は大和ラムネを皆に配られ、好評を博しました。

芋羊羮を食べても、誰も巨大化はなかったのでよかったと思います。

 

お二人は一通りこの鎮守府をご覧になった後、対照的な反応を示しました。

副司令はずいぶんお怒りになられて、あちらこちらに電話されだしました。

司令は駆逐艦の子たちと遊び始めます。

私たち艦娘(かんむす)は人型妖精兵器であり、無体なものでない限りは提督である司令の命令に従います。

私たち駆逐艦も、軽巡洋艦も、重巡洋艦も、軽空母も、正規空母も、潜水艦も、航空戦艦も、戦艦も、どんな艦種も。

基本的に提督に好意を抱き、姉妹愛、博愛に生きる私たち。

そういう意味では、私たちは愛の戦士なのかもしれません。

 

副司令と司令のどちらも、私たちにむごい命令をされることはありませんでした。

今まで着任された司令はいずれも私たちに厳しく命令され、それを私たちは当然だと思っていました。

戦って怒鳴られて殴打される日々。

私は夜伽を拒否しましたが、自己の存在を確立させるためか元々好きなのか判明しませんけれども、進んで、というよりも積極的に行う子もいました。

そういう子たちの中には、以前着任されていた司令と共に行方不明な子もいます。

無事を祈りたいものです。

通話を終えた副司令は怒りを残しながら言いました。

 

「取り敢えず、地元商店街とリュネスで買い物をしてくる。不知火さん、車は何処にあります?」

 

それを見た司令は笑いながら言いました。

 

「そういうの、お前に任せるわ。不知火ちゃんも俺と一緒に遊ぶ?」

 

私は副司令の手伝いをすることにしました。

建造されて以来初めてリュネスという複合型大型商業施設に行き、地元商店街で初の買い物をしました。

そして、一澤帆布のエプロンを装備された副司令は厨房で食材相手に格闘を始められます。

数人の子と共に、私も夕食作りを手伝いました。

その夜は、副司令お手製のカレーとサラダが振る舞われました。

あれは今でも忘れられない味です。

副司令はあの夜の食事で、私たちの胃袋を鷲掴みにされたのです。

翌日には談話室にテレビが設置され、図書室には読んだこともない漫画や小説が置かれるようになりました。

そして、副司令は出張に出掛けられました。

司令はぼやかれます。

 

「あいつ、書類を全部オレに押しつけていきやがった。アンニャロメ!」

 

私は司令の書類仕事を手伝いました。

執務室にやってくる同僚を捕まえ、次々に手伝わせた結果、前任の司令が残した書類仕事は夕方までに半分ほど片付きました。

夕食の準備は私たちが交代制で担当していたのですが、昨夜から今朝にかけて食べた副司令のカレーがとてもおいしかったもので、ついつい司令に視線を向ける者も少なくありませんでした。

 

本来私たち艦娘は特に食事をする必要がなく、食事をするのは人の真似事です。

基本的に鋼材とか重油などを直接摂取すればそれで済むのですが、副司令のカレーは私たちの味覚に革命を起こしてしまっていたのです。

司令は正規空母の赤城さんや加賀さんや高速戦艦の金剛さんなどから積極攻勢をかけられ、真っ赤な麻婆豆腐を作られました。

本場仕込みの四川料理だそうです。

愉悦がどうのと言われてはいましたが、よくわかりませんでした。

麻婆豆腐にキャベツとピーマンの炒めものがその夜の食事でした。

 

あの夜は大変でした。

阿鼻叫喚になる食堂。

何故大量のペットボトルの水が用意されていたのか始めはよくわからなかったのですが、食事をしてわかりました。

殆どの艦娘は大量に水を飲みました。

斯く言う私も沢山水分を取りました。

 

 

三日後、副司令が帰ってこられました。

軽空母の鳳翔さんと給糧艦の間宮さんと駆逐艦の叢雲(むらくも)さんと軽空母の龍驤(りゅうじょう)さんの四名とご一緒でした。

副司令が戻られたと知るや、駆逐艦の面々が彼を取り囲みます。

そして、カレーを再び作って欲しいと訴えました。

 

「既にこの子たちの胃袋を掴んでおられるとは、この間宮、感服しました。」

「あれだけ熱心に口説かれては、女として喜びを感じます。」

「間宮さん? 私は料理名人として腕を振るってくださいとお願いしたんですよ。」

「副司令は間宮さんも口説かれたんですか?」

「鳳翔さんまでなにゆーとるですか。貴女も料理名人として説得したじゃないですか。」

「副司令はん、あんた、ようモテとるなあ。」

「いらいなはんな、龍驤さん。」

「あんた、けっこう手が早いのね。」

「叢雲さんまでなにゆーとんの。それは兎も角、夕食を作るぜよ! 間宮さんと鳳翔さんは早速お願いします。私はカレーを作りますので、そちらはお任せします!」

「うちも手伝うわ。」

「あたしも手伝ってあげるわよ。」

「助かります。」

 

 

夕食が楽しみです。

戦って怒鳴られて殴打される日々が、愉悦に満ちた日々へと変わるのは素晴らしいものです。

願わくは、この日々が一日でも長く続きますように。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。