はこちん!   作:輪音

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元ネタはSCP-712-JP 『ヒアシンス侯爵夫人のお茶会』(ユークリッド級)ですが、かなり弄っています。
予めご了承ください。




LⅩⅩⅩⅡ:お茶会

 

 

煩雑な書類作業をようやく終えたのは、夕方というには遅い時間になってのことだった。

先程まで吹雪いていたが、ようやく止んだようだ。

不用意に走った吹雪が凍った路面で滑って誰かとぶつかったらしく、入渠がどうとか修復剤がどうとか聞こえてきた。

おっちょこちょいだなあ。

やれやれ。

それにしても腹が減った。

間宮が待ちくたびれていることだろう。

手伝いをしてくれていた大淀と妙高先生と共に食堂へ行こうとしたら、机の上に妙な封書を見つけた。

蝋封が施されたその封書は、貴族階級からのもののように思える。

大淀が訝(いぶか)しげな表情で、この手紙を見つめていた。

流麗な筆記体の文字は知性を感じさせる。

これは貴婦人からの依頼じゃないかね、ホームズ?

 

夕食後に封書を開くと、お茶会への招待が書かれていた。

身に覚えのない相手からの招待に、私は戸惑いを覚える。

開催される場所は、函館市内のヴィクトリア様式の洋館。

これはなにかの冗談なのだろうか?

或いは国際的な陰謀なのだろうか?

これは由々しき事態ですよ、ポワロさん。

謎だ。

招待客は私と随伴する婦人一名だ。

そのため、ちょっとした騒ぎが発生する。

 

結局、随伴艦は島風になった。

一見あどけない容貌で相手が油断するだろうし、いざとなれば最速の脚で仲間に助けを求められる。

出掛ける時に一悶着あった。

支援艦隊を編成することで妥協してもらう。

外は風が強い。

雪が舞う函館。

 

「くっつき過ぎだ、島風。」

「大丈夫だ、提督。これは偽装だ。」

 

路面電車に乗って、函館市西区の指定された洋館へ向かう。

私に密着しつつ上空を眺めていた島風が、ぽつりと言った。

 

「五機、いや、六機か。皆心配性だな。」

「制空権は確保しているということか。」

「まあ、そうなるな。」

「じゃあ、大丈夫だ。」

 

一四時四五分。

洋館に到着すると、執事らしき人物が待ち受けていた。

待合室で暫し待つ。

調度品は皆立派だ。

 

公爵夫人と名乗る女性とのお茶会が始まった。

気品ある雰囲気と仕草で上流階級の女性と思えたが、今風の感じがしない。

映画の撮影みたいにも思える。

仮にそうだとしても、ここまで手の込んだことをするだろうか?

わからない。

私の困惑を他所に彼女が語り始める。

夫がソロモン諸島方面に行ったきり、連絡が来ないとのことだ。

現在、その辺りは深海棲艦の棲息海域なのでまだまだ連絡は取れないだろう。

そう話すと、夫人は憂い顔になった。

 

「海賊がいますのね。」

「そうですね、それも相当強力な艦隊が存在しています。」

「英連邦の協力を仰ぐことは出来ないのでしょうか?」

「英国近海も海賊がうようよしていますから、それは難しい話です。」

「わたくしの望みはただひとつ。夫に会うことだけですわ。」

「こちらでも調べてみましょう。」

「軍の方にお会い出来て、嬉しく思っております。」

「私は厳密には軍属です。ワトスン博士のような。」

「それでは、こちらの娘さんが名探偵なのかしら?」

「私はただの護衛です。」

「可愛らしい護衛ですこと。」

「公爵夫人、大変申し訳ありませんが、私にも職務を遂行する義務がありまして、そろそろ基地に戻らなくてはなりません。」

「それはさみしいことですわね。」

 

暇(いとま)を告げて、邸宅を後にする。

冬の夕闇に紛れて、屋敷は既に見えない。

凍った路面に足を取られないように気を付けながら、我らの鎮守府へ戻った。

 

 

彼女の語る公爵は外務省へ問い合わせた結果、存在しないことが判明した。

彼女の夫は詐欺師だったか、または何処かの諜報員だったのかもしれない。

 

調査内容を記した手紙を彼女の邸宅へ送ったが、届け先不明で戻ってきた。

 

 


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