はこちん!   作:輪音

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LⅩⅩⅣ:胡蝶の園(中編Ⅱ)

 

冷たい旋律

暗闇の戦慄

瀬戸の光の

きらめく島

白壁の家が

点々として

島の周囲を

覆っている

島へ

島へ

島へ行った

提督たちは

嗚呼

嗚呼

還らざる者

黄泉行く者

 

 

むざんやな

お城の中の

きりぎりす

 

 

 

もうひとつの村上水軍の砦跡が獄門島にある。

摺鉢山のてっぺんにあるのがそれで、源平合戦の頃に建てられたそうだ。

中世建築物の遺構として全国的に貴重な存在であり、あちこち崩れた石垣が昔の光今いずこと感じさせる。

鳳翔手製の弁当を食べながら、私は調査書を読み漁った。

地元産の焼き海苔を巻いた握り飯。

みっしりとして味のよい玉子焼き。

しっかりと漬け込まれたお漬け物。

旨い。

鞆の浦サイダーを飲んで、辺りを見回す。

瀬戸の海は穏やかで、何人もの提督が失われた場所として違和感を覚えさせること限りない。

本職の捜査員たちもこの調査書は相当読み込んだらしい。

犯人の存在は最初、疑われていなかった。

艦娘たちによる愁嘆場は島民たちの共感を呼び起こし、同情的だったそうだ。

私も現場にいたら、そう思うだろう。

苛烈極まる戦だった鉄底海峡解放戦。

最初の提督はその犠牲者ともいえる。

問題は二人目と彼以降の提督たちだ。

持病の重い者は提督になどなれない。

死亡した提督全員に持病はなかった。

ならば。

何故。

何故、彼らは死んだ?

 

 

ガサリ、と物音がした。

油断なく見つめていると、眼鏡をかけた軽薄且つ狡猾そうな男がにやつきながら近づいてくる。

マスコミの人間か。

直感的にそう思った。

 

「おや、面白そうなことをされていますね。仲間に入れてくださいよ。」

 

長谷山と名乗った男はフリーの記者だという。

尾行されたか。

情報交換しませんか、と狡そうな表情で話しかけてくる。

交換出来るような情報をお持ちのようには見えませんね。

そう、返した。

特ダネとかスクープとかを狙っているのだろうが、こんな奴に情報提供したらどんな話を捏造するかわかったものではない。

極論を述べそうな雰囲気さえある。

彼は私の手元をぎらつく眼差しで見つめていた。

と、そこへ古鷹がやってきた。

 

「さあ、帰りましょう、提督。みんなが心配しています。」

 

長谷山を無視し、彼女は私の腕を取る。

あ、あの、ちょっと待ってください、損はさせませんよ! と男が喚いた。

我々は下山する。

 

「提督、鎮守府から外出する際には艦娘と一緒にいてください。」

 

しがみつくように腕を絡めてくる古鷹。

 

「守ってみせます。今度こそ。」

 

彼女は決意を秘めた表情でそう言った。

 

 

夕食の時間。

ここ一週間ほどで、彼女たちは私に慣れてきたように思える。

鯛とまながつおの刺身。

スズキの塩焼きに鯛の煮付け。

心遣いが身に沁み込んでゆく。

酒は広島の雨後の月だ。

 

夕食後、四名からなにか話をして欲しいと言われたので、カフカの話をすることにした。

カフカは遺言で、死後原稿を焼却してくれと頼んだ。

親友は遺言を守らず遺稿を出版したために周囲から咎められ、恋人は遺言を守って遺稿を焼いたために周囲から咎められた。

 

「司令官はどっちを選ぶの?」

 

夕雲が色気のある目付きでそう言った。

 

「そうだな、私なら守って焼く方かな。」

 

四名が真剣な顔で頷いた。

 

 

鎮守府に鬼頭早苗さんが訪れたので、応接室で話をした。

彼女は私のことを心配しているようで、しきりに気を付けてくださいねと念押しされた。

 

「なんでもお手伝いしますから、お気軽に仰ってくださいね。」

 

目のパッチリした理知的美人からそう言われて、ドギマギする。

 

綺麗な人だったなあ、と彼女を見送って振り返ると艦娘たちが貼り付けたような笑顔で私を見つめていた。

どうしたのだろう?

どうかしたのかい?

そう尋ねたら、別に、という感じで返された。

その後、彼女たちがツンケンしていたのでほとほと困った。

何故だ?

 

春代や典子に綺麗な人に会えたよとメールを送ったら、何故か返信が来なかった。

あれ?

学校や勉強で忙しいのかな?

 

 

調査書を読むが、提督たちが怪しげな人物と接触した事実は無いようだ。

仕掛け付きの小包も受け取っていないし、妙な手紙も配達されていない。

外部からの刺客は除外していいだろう。

たぶん。

人間程度なら、艦娘に簡単に無力化されるしな。

もし艦娘か彼女たち以上の連中が来たのなら痕跡がなにかしらあるだろうが、そういうものも無い。

ロンドンの名探偵を気取って彼のように調べてみたが、なにも見つからない。

自殺したようには見えないし、然りとて他殺には見えがたい。

自然死としては不自然な感じもあるし、密室になっているし。

わからん。

私にはちっともわからん。

うんうん唸っていたら、雷がやって来て膝の上に座った。

甘えん坊だな。

 

翌々日に驚くべき報道がなされることを知っていたら、私はこのように暢気なことなど考えなかっただろう。

人生、なにが起こるかわからないものだ。

 

 

 

 

 

 


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