あなたがあたしを忘れてしまったとしても
けしてあたしはあなたを忘れたりはしない
あたしにとってあなたはとても大切だから
あなたがあなたの姿で現れる度に
あたしは喜びを持って迎えるから
だから
だから
あなたはあたしを嫌わないでください
あなたはあたしの生き甲斐なのだから
あたしが沈んでも別のあたしが迎える
あなたを迎えるあたしは嬉しいのです
きっと
きっと
魂は何処かで必ず繋がっているのです
あなたとあたしは繋がっているのです
何度も何度もあなたと挨拶を交わして
何度も何度もあなたと深い友情を育み
何度も何度もあなたとお風呂に入って
何度も何度もポッキーゲームをやって
何度も何度もあなたと一緒に添い寝し
何度も何度もあなたの出ない夢を見る
あなたが出撃する度に胸が締め付けられる
あなたが微笑んでくれると心が暖かくなる
あなたはあたしのすべて
あなたがあってのあたし
真っ青な空と海。
白雲ひとつない好天を、軽巡洋艦と二名の駆逐艦が小笠原諸島の父島へ向かう。
父島にあることから『ちちちん』とも呼ばれる、小笠原鎮守府へ三名が向かう。
今日は新たな艦娘たちの着任日。
鎮守府から艦娘へ連絡が入った。
レーダーに、艦影が映ったのだ。
執務室という名の居間兼通信室から、新人提督は無線連絡で相手方に連絡する。
「大井教官、西側より計器侵入してください。」
「了解したわ。」
「教官、またなにがよくてここへ来たんです?」
「ふふ、あなたと仕事をしたいって思ったの。」
「ははは、いいですね。歓迎します。」
鎮守府の発艦口に到着した大井は、如月と邂逅する。
「あら……あなたは呉の……如月ちゃん? よく生きていたわね。」
「あはは、独りっきりの海では生きた心地がしなかったですよ。」
「それはそうね。だけど、硝煙のにおいが体に染み付いちゃうと戦場が恋しくなるわ。」
「落ち着く先はいずれも地獄、ですか?」
「それが艦娘という生き物の辿る道よ。」
「そうですね。」
「提督は執務室?」
「いえ、工廠です。」
駆逐艦二名に解散して休憩するようにと伝え、歴戦の戦闘乙女は緑色のスカートを翻(ひるがえ)し、全力疾走する。
そして、すぐに艦娘を建造することすら出来ない町工場のような建物に辿り着いた。
そこはなんちゃって工廠。
出入り口でぱったりと出くわす女と男。
揺れる胸を凝視しないようにしながら、提督は大井の赤く染まった顔を見る。
不覚にもドキッとする、おっさん提督。
ニヤリとする工廠の棟梁妖精。
だがしかしばってん。
童帝力が解放されて、提督を防御する。
おっさん童貞のみが有するとされる力。
古の夢童帝の偉大な力が提督を覆った。
清らかな乙女のみが崩せると言われる。
おっさん童貞を守る力場が形成された。
「どうされたんですか、教官? 自分で言うのもあれですが、ここはあなたの実力を発揮出来る鎮守府ではありません。教官なら、命を張る場所は選り取り見取りだと思いますよ。」
「酷い言いぐさね。あなたに会いに来たというのに。」
「……北上さんは?」
「あの北上さんは、私の背中を守ってくれようとした北上さんじゃない。」
「……わかりました。今は一名でも艦娘が欲しい時です。歓迎しますよ。」
「ここは誰が一番強いの?」
「間違いなく教官ですね。」
「教官、って言い方を止めてくれない?」
「大井っち、の方がいいですか?」
「普通に大井、でいいわよ。」
「努力しましょう。」
「軽巡洋艦のフェニックスや戦艦のオクラホマはどう?」
「現在錬度を上げるために、地上訓練を基礎として函館や大湊(おおみなと)辺りと演習をたまにしています。」
「そっちじゃないわよ。」
「どっちですか?」
「もう、あなたってホント鈍いわね。」
「函館よりはマシです。」
「どっちもどっちよ。」
「教官、酷いっす!」
「与汰は兎も角、状況はあらかた函館の大淀から聞いているわ。で、私はここの如月や連れてきた大潮や霰(あられ)と一緒に、資財集めをすればいいのかしら?」
「教官にしていただくのは心苦しいですね。」
「函館の龍驤・曙・霞・吹雪・島風などが時折手伝ってくれているみたいだけど、自前でなんとかした方がいいわ。軽空母が一名欲しいところね。」
「函館に打診してみます。誰か送って欲しいと伝えておきましょう。」
そして、ちちちんは新たな局面を迎えるのであった。
黒煙が上がっている。
「やっとイ級一体か……。腕が鈍ったわね。」
父島近海。
単艦による哨戒任務に出掛けた大井。
さっそく一体撃沈し、辺りを見回す。
と。急に右旋回して背後からの魚雷をかわした。
氷上を舞う選手のように華麗に舞いつつ、彼女は必殺の単装砲を撃ち放つ。
その瞬間、炎が上がって黒煙が立ち上る。
「ふう。……至近距離だったから、魚雷を弾道計算する暇がなかったのね。」
脅威は去ったようだ。
大井は自身の手の震えを見た。
「情けないわね。……手の震えがくるだなんて。戦場が久々だと、こんな感じになるのかしら?」
通信が入る。
あの心配性の提督からだ。
情けない顔でそわそわしているのだろう。微笑みながら、彼女はヘッドセットマイクに向かって話しかける。
「あら、私の声が聞きたかったの?」
「からかわないでください、教官。」
「先程、イ級二体を撃沈。哨戒網に穴があるんじゃなくて?」
「哨戒任務を更に密にしましょう。教官、単艦では危険です。すぐに戻ってください。」
「晩御飯までには帰るわ。」
「えっ?」
「あのイ級たちは威力斥候だったようね。もしかして、謀られたのかしら? 敵艦六体確認。これより迎撃任務に移るわ。」
「すぐに艦隊を送ります!」
「急いでね。」
大井の電探は敵艦隊を捕捉していた。
偵察機や艦載機が差し向けられていないということは、航空戦力が存在しないのだろう。
打撃艦隊かしら?
最近は敵影を見かけない日々が続いていると報告に上がっていたが、確認洩れか敵側の都合が変わったのだろう。
和平派の深海棲艦もいるようだが、好戦派や過激派が混在しているのはニンゲンと変わらない。
悪い意味での模倣だ。
今はそんなことを考えている場合じゃないわ。
今日は、魚雷をそんなに持ってきてはいない。
鎮守府の懐具合が寂しいのにバカスカ撃てる訳ないからだ。
あれは……タ級?
戦艦が相手か。
面白い。
殺ってやろうじゃないの。
緊急出撃!
珈琲農園で草を抜いたりカレーを作っていたり海岸で釣りをしたりしていた艦娘たちが集結し、装備を急ぎ調えて海へ出た。
旗艦をフェニックスとし、オクラホマや如月・大潮・霰がそれに続く。
海のにおいが変わった。
鉄と硝煙と血のにおい。
これはまさしく戦場だ。
フェニックスの指示が飛ぶ。
「目標、眼前の深海棲艦四体! 中央のタ級は大井教官並びに私とオクラホマが受け持つ。駆逐艦のあなたたちは右舷のイ級たちに専念しなさい! 散開!」
短くも激しい戦いの末、敵艦隊を撃滅した。
しかし、偵察機の存在が新たに確認される。
それを撃墜したものの、新たな敵が現れた。
今度は敵側に航空母艦が存在する。
航空戦力のない小笠原側にとって、それは厳しい脅威だ。
「増援が来るとはね。これでも喰らえ!」
「対空砲火を密にしなさい!」
「気を抜かずにジグザグに動きなさい!」
「魚雷です、教官!」
「全速で回避! 遅れないで!」
「今から中央突破するわよ! 推して参る!」
「唸れ! 光れ! ダブルトマホークブーメラン!」
「オブツは消毒よ! 火炎放射器を喰らいなさい!」
「被弾した駆逐艦は下がりなさい! フェニックス、オクラホマ、まだイケる?」
「あたしはこう見えて幸運艦よ。火炎放射器はまだまだ充分ぶっぱなせるわ。」
「まだ主砲は生きているものがあるし、近接用のダブルトマホークも健在よ。」
「逝くわよ、いいわね?」
「ええ!」
「うん。」
「二体目のタ級撃沈! これで最後ね!」
「教官! 大丈夫ですか? 私を庇ったせいで……。」
「生き残っているのだから、野暮は言いっこなしよ。しかし、派手に喰らったわね。ブースト・ポンプ発火。冷却機一番停止。自動消火装置を作動させて、と。あなたたちも発火したからといって、慌てないようにね。落ち着いて対処することが必要よ。主機がイカれて動力系が真っ赤だけど、航行に支障はないわ。巡航速度以上は出せないから、足手まといになったら切り捨ててね。」
「教官、止めてください!」
「そうです! 教官がいなくなったら司令官がショックで寝込みます!」
「アドミラルって、オーイと出来ていたのか。」
「ちょっと待って! それなに、あたし聞いていない!」
「そうよ、私も教官と司令官のお話が聞きたいわ。」
「あら、戦闘が終わったらコイバナ? 余裕があるわねえ。」
「だって、教師と生徒の秘められた恋なんて女の子の大好物ですよ!」
「流石に気分が高揚します。」
「あら? 今誰か、私の後ろに……。」
「ちょっと、今は恋の話をしているのよ。こわい話じゃないわ。」
「そ、そうね。」
「そういえば、教官はなにかと提督のことを口にしていました。」
「あれはノロケに聞こえたものです。」
「ちょっとあなたたち!」
「そこのところ詳しく聞きたいわ。だって私は司令官のすべてを知る必要があるんですもの。」
「アドミラルの癖や好きなものを洗いざらい吐いてもらうわよ!」
「これ以上提督と私の話をするつもりなら、帰投後に特別訓練を課すつもりだけどいいかしら?」
そして、海に静寂が戻る。
帰投して入渠後。
大井に近づくメリケン艦。
「ねえ、オーイ。」
「なに?」
「その……どうしてオガサワラに来たの? あなたの実力なら、ヨコスカでやっていけるんじゃない?」
「ふふふ、提督のためだ、って言ったらどうする?」
「ライバルは望むところだわ。不死鳥(フェニックス)の名は伊達じゃないんだから。」
「誰かさんと同じようなことを言うのね。」
「その誰かさんが誰だか知らないけど、アドミラルを想う気持ちでは負けないつもりよ。」
「もう既に夜明けの珈琲を飲む間柄よ、って言ったら信じる?」
「え? えっ? ええっ? だ、だってアドミラルはヴァージンだって……。」
「単に勉強で徹夜明けして、珈琲を飲んだだけよ。」
「なーんだ。」
「ウブね、あなた。」
「からかったのね!」
「からかったわよ。」
「後で勝負を申し込むわ!」
「ええ、受けて立つわよ。」
小笠原の面々は通常運転であった。
我が小笠原鎮守府には畑があり、その近くにはちょんもりとした珈琲農園もある。
ひっそりと緋色の実が栽培される、試験型農園。
小笠原諸島では産業活性化の方針に伴い、全面的に珈琲の栽培に力を注いでいた。
国際社会が壊滅し、海外の産物の入手が高価で難しい現状。
ヴェトナムや台湾やインドネシアの珈琲も入手出来ないではないが、未だにかなり割高だ。
国産珈琲は未だかつてない程注目株。
なにしろ、作ればすぐに売れるのだ。
燃料を集めて温室を作る所さえある。
買い手が全国各地から大挙し訪れる。
沖縄や福岡の能古島や長崎のスコーコーヒーパーク、それに鹿児島の沖永良部島・徳之島などにも貪欲な買い手が押し寄せていた。
欲にまみれた人々が合法すれすれの商いを大っぴらに始める。
金で人の顔をひっぱたく連中は、ほんにおそろしかもんじゃ。
割高な価格で提供したくない生産者の思いは、末期資本主義思想に汚染され尽くした販売者には甘ったるい考えとしか受け止められなかった。
某泡盛や焼酎や日本酒でもこのようなことは当たり前に行われている。
需要があるからよかろうなのだ、がえげつない商人たちの理屈である。
その魔の手か父島にも迫っていた。
小笠原鎮守府附属先行試験型珈琲農園の場合、政治的側面から商社や業者が搦め手を使ってくる。
大量に欲しいと臆面もなくのたまう買い手たち。
そんなに出来ませんと答えたら、増産すればいいじゃないと頭沸いている発言。
こんのバカちんどもがっ!
出来る訳がねーだろーっ!
鹿児島産鰻を水増しして三倍に増やすみたいにはいかないんだよっ!
よそのとブレンドしても消費者はわかりませんよと、平然と言った商社のおっさんは出禁にした。
なに考えとんねん。
淹れたての珈琲を飲みながら、その香りを楽しむ。
稀少な味わいだ。
函館から送ってもらった牛乳や沖縄の知人から入手した黒糖を加えつつ、僅かな平和を満喫する。
函館から何故か沢山送られてきたパイも堪能する。
旨い店を知っているとは流石あいつだ。
このアメリカンチェリーパイは最高だ。
しかし、どうも食べきれそうにないのであちこちにお裾分けした。
大層喜ばれたのでよかった。
北海道。
食料自給率が二〇〇パーセントだとかいう食の王国だ。
函館は旨い店がかなり多いのだとあいつは言っていた。
函館鎮守府は特に優秀な鳳翔と間宮が厨房を取り仕切っていて、ミシュランもびっくりの味わいを提供するそうだ。
一度訪れてみたいものだな。
それと、鎮守府内にある喫茶室では熊が美味な珈琲を提供してくれるらしい。
最初、軽巡洋艦の球磨のことかと思ったが動物の熊で合っていると言われた。
『彼』は人の言葉まで話すのだとか。
それ、熊じゃないんじゃないのかな?
乳製品大国の函館だが、何故かスーパーでは岡山県にあるオハヨー乳業の焼プリンが売られているそうな。
岡山県も乳製品が優れているらしいし、隣の鳥取県でも白バラ牛乳という旨い乳製品が売られているとか。
そうそう、新潟県の良寛牛乳も旨いとあいつは言っていた。
旨い牛乳が飲めるのはありがたいことだ。
そうした環境は、守らなければならない。
物思いにしばし耽った。
だが平穏は突如消える。
唐突に静寂が破られた。
「アドミラル! オーイとただならぬ仲ってどういうことよ!」
「提督! フェニックスと運命の仲ってどういうことかしら?」
平穏は当分訪れそうにない。
執務室兼居間に突撃してきた軽巡洋艦二名を見ながら、俺は内心ため息を吐いた。
そして、俺は彼女たちに言った。
「なあ、パイ食わないか?」
※『エリア88』第四巻を参考にしました。
※函館においしいお店が多いのは事実です。
「いっけえーっ! 二式大艇ちゃん! 史実に基づいて魔改造されたその力、存分に発揮して! 他の二次創作で苦戦する同姿艦に代わって、深海棲艦におしおきかも!」
「明石さんほどじゃないけど、工作艦として多少の修理や整備が可能です。私のクレーンで、シャーマン戦車だって持ち上げられるわ。」
「今夜は鴨料理を作るわよ!」
「おいしいご飯は元気の源吉兆庵! 腕によりをかけて海亀のにぎり寿司を作っちゃうんだから!」
「ドイツのブッサード級飛行艇母艦みたいに、飛行艇三機搭載可能にしてカタパルトでの発艦を可能にしたら面白いかも。」
「日輪の輝きを受けて、今! 必殺の! 秋津洲(あきつしま)流戦場航海術弐式! とくと味わうがいいわ! 今宵のこの錨は血に飢えているの。ふふふ。」
「火力が足りないなら、錨を振り回せばいいじゃない。」