観察対象は現在、日本の最高機密のひとつである『艦娘』に擬態しているため、それが発覚するまでは継続調査が大変困難でした。
六群一組の群体である彼女たちが戦前まで山奥にて巧妙に生息していたことは、かすかな痕跡と奇妙な噂を躍動的に繋ぎあわせて妄想的推測を行った結果判明した事実です。
戦中及び戦後しばらくの間、観察対象は岡山のとある資産家の庇護の元で暮らしていたようです。
しかし、安泰は長く続きませんでした。
連続殺人事件にて当主である彼を含めて何人もの人間が惨殺されたり行方不明になったため、観察対象は転居する必要が生じました。
その後は、銀座で水商売の店を渡り歩きながら暮らしていた模様です。
観察対象が艦娘の擬態を選んだことと、銀座界隈で行方不明者が増えて警察関係者が多く捜査していたこととの関連性は今のところはっきりしていません。
彼女たちの特徴の一点が類稀なる美貌であり、もう三点が怪力と不老と認識齟齬能力です。
人魚の肉を食べたからだというのが上述の推測を行った研究員の持論ですが、あまりにも事例がないために憶測に留まっています。
観察対象は軽空母一名、軽巡洋艦一名、駆逐艦四名の構成で、(削除済)鎮守府に在籍しています。
当公社の潜入調査員二人が(削除済)鎮守府の事務職員として勤務し、観察対象を監視しています。
観察対象は常に六群一組で行動を共にしており、同室で暮らしています。
現時点で、その行為自体を疑われている様子は見られません。
また、彼女たちの艦娘としての擬態はかなり高度で、上官にあたる提督は騙られた悲しい経歴に対して同情的です。
そして、姉妹艦と呼ばれる間柄の艦娘に対してはそつなく振る舞っています。
但し、姉妹艦が観察対象の一名もしくは数名と同室で暮らそうとす試みは行う度に失敗しています。
その代償行為として、観察対象は姉妹艦や同じ鎮守府の艦娘に対して親切を装ったり菓子やちょっとした贈り物を与えたりしています。
少なくとも、表面的には姉妹艦を気遣う素振りを見せています。
知識はあっても実際経験が数年足らずの艦娘では、数百年を生きてきた観察対象からすると赤子の手をひねるようなもののようです。
彼女たちの本能や本質や情動は、深海棲艦相手に発揮されているようです。
本来の性格や性癖に基づく残虐且つ嗜虐的な行為はすべて敵対勢力に向けられ、それは今のところ問題ない状態に収まっています。
問題は、深海棲艦を絶滅させるか、或いはかの者たちとの講和によって平和な世界になった後のことでしょう。
鎮守府が内部から食い荒らされる事態さえ、可能性として考えられます。
もし観察対象のような異形が多数艦娘に擬態していた場合、戦後に我が特殊収容典礼公社の全戦力を用いても鎮圧しきれないかもしれません。
先月初旬の出撃時に、観察対象は六名共血まみれで帰還しました。
彼女たちを見かけた提督は大いに驚き、即時の入渠を命じました。
観察対象は全員が致命的損傷を受けておらず、艦隊旗艦の群体指揮者は返り血だと鎮守府の提督や艦娘に説明しました。
高確率で、深海棲艦を経口摂取したものと考えられます。
鎮守府内で観察対象は、勇猛な存在として高く評価される結果となりました。
観察対象は時折、提督を情熱的に誘惑していますが、その試みはことごとく失敗しています。
提督が観察対象に関心を持っていない訳ではなく、冷静な性質の持ち主だからと思われます。
観察対象は、極めて危険な実験を繰り返す帝国生類総研の実験体或いは実験観察対象かとも思われたのですが、現在のところは連絡を取っている様子が見られません。
(削除済)鎮守府でのあらゆる通信記録を傍受していますが、不正が行われている様子も見られません。
観察対象への監視は当分厳しく行う予定です。
最後に、公社に勤務するすべての元艦娘に対し、再度精密検査の実施を提案します。