はこちん!   作:輪音

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努力を重ねる貴女は美しい。




LⅥ:雨のちくもりの駐屯地

 

 

 

陸上自衛隊が開催する『函館駐屯地創立66周年記念行事』への協力要請を受けたのは、道南にしては蒸し暑い真夏の午後だった。

深海棲艦との交戦が始まって以来、自衛隊では記念行事をすべて自粛していた。

戦況が安定した今年からは、日本全国各駐屯地で催しものを復活させるそうだ。

自粛ばかりでは気が塞がる一方だしな。

警衛隊の支援をすればいいのだろうか?

基地司令である一等陸佐の代理人の三等陸尉が、穏やかに話を進めてゆく。

若いがよく出来た人物で、尚且つ男前。

さぞやモテることだろう。

うちの艦娘は何故か好意を寄せないが。

彼は普段、鎮守府と自衛隊の駐屯地の連絡役になってくれている好青年だ。

爽やかで快活で気遣いが出来る。

彼の方が私よりもよほど提督に見えた。

うち以外の鎮守府ならば、艦娘から好意を寄せられるのではないだろうか?

 

基本的に我々は警衛路線でいいそうだ。

有志を募って参加することを大本営に打診して許可してもらい、函館駐屯地での行事参加を決定する。

函館鎮守府の広報の一環にもなるしな。

 

そして今、鎮守府の講堂。

何故、こんなに艦娘がいるのだ?

六〇名を超す艦娘がいた。

ちょっと待てい!

なんじゃあ、こりゃあ!?

最近異なる所属の艦娘の往還が多く、休暇先として函館が選ばれることも多い為、本来所属する艦娘よりも多い娘たちが鎮守府内をうろうろするようになっていた。

我が輩が混乱するので程々にして欲しい。

夜中に知らない子と出会うと驚くがやき。

下着姿でうろつかれると心臓に悪いです。

私、大変困ります。

函館駐屯地の催しについての協力事項は決定したが、催しの名前が覚えにくいというので『はこちゅうまつり(仮)』と内向きで呼ぶことを決める。

服装は通常の制服ではなく、私服とした。

制服姿だと、刺激的過ぎる娘が多すぎる。

ヘルメットに『警衛』の腕章装備が基本。

肌色の少ない衣装を心がけてと通達した。

念のため、ミニスカート禁止令も出した。

マイクロミニは特にダメだと注意をする。

生足バーン! はお父さんが許しません。

ところで、何故みんな文句を言うのだね?

細かな打ち合わせと質疑応答を済ませ、解散した。

質問してきたのが他の所属の子ばかりなのが気にはなるのだけれど。

 

 

 

『はこちゅうまつり(仮)』開催当日。

北海道に黒い三連星的台風が接近しており、函館は朝から大雨だった。

なんてこったい!

陸上自衛隊函館駐屯地が街中にあって、交通の便のよいことが救いだ。

雷鳴轟く中、函館市長と駐屯地司令の挨拶が行われる。

雨にもかかわらず、沢山の人出。

親子連れが多い。

 

「今までの一般解放日に比べても、かなり多いですね。」

 

催しものの、本部テント近く。

にこやかに三等陸尉が言った。

なんとイケメンであることよ。

しかし、何故艦娘は彼に反応しないのだ?

女性自衛官たちがなにかとこっちに来ては、彼と二言三言話して去ってゆく。

自衛官でない女性たちも、彼に近づいて話しかけてゆく。

私に話しかける者などいる訳ない。

まあ、そんなもんだ。

 

体育館から、宇宙の彼方に向かう戦艦の主題歌の演奏が聞こえてくる。

そういえば、この間宇宙で戦う戦艦的な艦娘の出てくる夢を見たなあ。

あれはなんだったのだろう?

怪盗の孫が活躍する作品の主題歌が演奏されだした頃、駆逐艦たちが私を迎えに来た。

長門教官や妙高先生や加賀教官から許可を貰い、敷地内巡回名目で離れることにする。

行動力が特に高く足の速い駆逐艦たちに手を引かれ、東へ西へ。

あーれー。

 

 

雨が少し弱くなってきた。

 

 

屋内。

PX。

んっ?

自衛隊だからPXとは言わないのか。

売店で、駆逐艦たちが興奮している。

 

「し、司令官、こ、こんなに沢山エッチな本があるよ!」

「し、司令官も、こ、こういう感じが好みなのですか?」

「パンツ! パンツです!」

「私はいつもいつでも司令官を見つめていますから、安心してください。」

「し、司令官! 後学の為に買っておいたらどうかしら?」

「イ、インスタント司令官は、こ、こういう雑誌を何冊も持っているのかしら?」

「そ、即席提督はこ、こういう雑誌を毎晩読んでいるの?」

 

雑誌棚の三分の一がエッチな雑誌で占められていて、見慣れないモノを見た娘たちがそれに興奮している。

まあ、そうなるな。

小樽の提督が送ってきたアレを見慣れていたのではないのか?

アレとは別物だということか。

おっさんからすると可愛いね。

初々しいなあ。

おっさんはこれくらいでは興奮しません。

 

「なに錯乱しているんですか、皆さん。ほら、そっちは大人の男性用の雑誌ですから、触らないように。」

 

注意したら、ぶうぶう言われた。

君たちが所持すると様々な意味でよろしくないから止めるように、と注意する。

ほら、そこの娘さんや、艦齢で年齢換算するんじゃありません。

売店では、ペットボトル用の入れ物を購入する。

同じものを買った娘たちが結果的に買い占めた。

 

 

雨が止んだ。

 

 

模擬戦が始まった。

バイクに乗った隊員が仮面ライダーのように突っ走り、ジャンプ台を飛び上がってゆく。

おおっ! と歓声が上がった。

装甲車が走る。

迫撃砲が唸る。

狙撃手が敵指揮官を打ち倒す。

機関砲を撃ちながら、装甲車が走り回る。

敵兵役の隊員と激しい格闘戦を行う隊員に、チビッ子たちから声援が飛ぶ。

ちょっとしたヒーローショーのように見えないでもない。

双方、かなり強いようで見応えがある。

二人とも本気になって戦っていたが、やがて我に返ったらしい敵兵役の隊員がとどめを刺された。

敵をすべて排除し、任務完了。

拍手しながら興奮している水雷戦隊な駆逐艦たちと、なにげなくさりげなく別れた。

 

車両群の野外展示を見に行く。

野外炊具1号に料理上手の艦娘たちが群がり、担当をしている人のよさそうな自衛官が質問攻めに遭っていた。

他の自衛官たちがこちらを羨ましそうに見ているが、艦娘たちの追及が厳しい為に、彼には余裕が見られない。

鳳翔、間宮、龍驤、足柄、比叡、磯風、伊勢、扶桑、夕雲、鹿島、雷、瑞鳳、高雄、龍田、陸奥、川内、妙高(先生じゃない子)、夕張、綾波、木曾、叢雲などなど艦種も様々だ。

同じ姿の娘が何名もいるので、彼が混乱するのは当然だな。

 

「この球根剥き器とはなんですか?」

「圧力鍋方式で調理するのですか?」

「運用費は、どれ位かかりますか?」

「何分くらいで何名分の調理が出来るのですか?」

「一台での連続稼働可能時間はどれくらいです?」

「この機械でおいしく作るコツは、なんですか?」

「司令官の胃袋を掴みたいんだけど、なにかいい手はないかしら?」

 

なにか妙なことを言っている子がいる。

買って欲しいって後で言われたりして。

……まさかな。無いよな。

熱中している彼女たちから離れ、レンジャー体験の場所へ移動する。

ミニスカートから白い花や青い花などを咲かせつつ、駆逐艦たちが喜び勇んでちびっ子たちと仲よく飛び降りたりボルタリングしたりしていた。

ミニスカート禁止令は出しておいた筈なんだがなあ。

強面の自衛官たちの鼻の下が伸びている。

まあ、致し方あるまい。

好奇心旺盛な駆逐艦たちは、その健脚を活かして様々な場所へ出没しているようだ。

私服での警衛任務は一時間交代で組んでおいたし、皆で上手く回すように通達しているから大丈夫だろう。

 

戦車や装甲車両の不整地走破的試乗体験を望んだ子も少なからずいたが、一般人優先を貫いた為に不満が噴出していた。

私がなにか夕食で一品作るという代案で手打ちをする。

豚バラと野菜で炒めものでも作ろうか。

艦娘たちは、展示車両で中に入れるものは容赦なく乗り込んでいた。

野外炊具で激論を交わしている面々の近くで、艦娘たちがそこの担当の自衛官を質問攻めにしている。

よかったですね、艦娘たちと会話出来て。

ジーンズとかキュロットスカートとか下着が見えないものにしておきなさいと言っておいたのだが、ここでもミニスカートの子を見かけた。

 

金髪碧眼ツインテール釘宮ボイス実装でマントを羽織ったネヴァダが、なにを勘違いしたのかミニスカートをはいていた。

 

「見てよ、アドミラル。この私の磨き抜かれた脚線美を。」

「帰ったらお説教です、ネヴァダさん。そそのかした子と共に。」

 

ミニスカートをはいていた子は全員お説教でがんす。

ええと、今何時だ?

昼過ぎか。

催しは午後二時半までだから、後二時間はあるなあ。

祭の本部に行って、詰めておくか。

そうしましょう、そうしましょう。

これ以上巻き込まれたくないしな。

 

曇天の中を歩いていると、体にぴったりした黒い長袖のブラウスとジーンズ姿の戦艦棲姫並びにショウカクがくっついてきた。

姫が耳元で囁く。

 

「私の友達でね、函館に投降したい子がいるの。胸がとっても大きい子だから、嬉しいでしょう?」

「あのですね、胸が大きいとかそうでないとかが、女性の決定的評価につながってはいけないと思うのですよ。」

「マスター、その通りです!」

「提督はん、その通りやっ!」

 

白いブラウスに黒いタイトスカートを着用した黒幕のよく似合う軽巡洋艦と、何故か朝潮型駆逐艦の制服に似た服を着ている航空駆逐艦が眼前に立ちはだかる。

 

戦艦棲姫が微笑みながら言った。

 

「あらあら、みんな威勢のよいこと。その子はね、気立てがよくて料理上手なの。それに控え目で貞淑だから、旦那様を立てるわよ。どちらの意味でも。」

「ほう。」

「彼女、ちょっと気が弱くてね。内気で人見知りが激しくて引っ込み思案なのよ。」

「ああ、その辺りは私そっくりですね。」

 

そう言ったら、何故かみんながエッ、という顔をした。

 

 

 


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