『ヴェルサイユの艦これ』ってどうだろうとも思いついたのですが、ダメだこれ全員死亡エンドだとなって没。
その日は朝から不穏な雰囲気だった。
生ぬるい風の吹く朝っぱらから、続々とよその鎮守府泊地警備府から艦娘が集結してくる。
大変淀んだ空気が海沿いに撒き散らされてゆく。
よその艦娘たちは、みな怒り心頭に達していた。
どうも、彼女たちの提督が下手を打ったらしい。
殺気だっている彼女たちに、鳳翔と間宮が素早くアイスキャンディーを配っていた。
比較的冷静な子たちに、直接事情を聞いてみる。
よその提督たちは、こんなことを言ったそうだ。
「なんで殴るか、だと? なにを言っているんだ、お前は! 殴られて当然だろうがよ!」
「提督である俺を立てなくてどうする! なにを考えているんだ! お前ら全員、今夜は飯抜きだ!」
「出しゃばるな! 女子供の癖に!」
「女が理屈を言うなっ! 俺に意見するのかっ!」
「なんですぐにメシを作らん!? 俺はずっと待っているんだぞ!」
「女に教養なぞいらん! せからしか!」
「なにもなくても、女が男に殴られるのは当たり前のことだ!」
おいおい、冗談だろう?
この二一世紀のご時世に、戦前のような男性が何人もいる訳ないだろう。
しかし、彼女たちは全員憤激していた。
どうやら生きた化石は実在するようだ。
『耐える美学』って、なんじゃらほい。
女性は男性の横暴に耐えてナンボかよ。
女性を虐げるのが立派な男性とやらか?
くだらん。
まっこと、くだらん。
未だにそんな価値観が生きているのか?
勿論、そんな輩は極々一部に違いない。
そう、信じたい。
うちの艦娘では特に大淀がカンカンになっており、雰囲気が伝播して他の艦娘も怒り心頭に達している。
危ういなあ。
即座即時に大淀を大本営に派遣した。
頸を折ったらダメだよと釘を刺して。
半殺し程度に済ませてねとも言った。
程なく彼女たちの所属する基地の提督たちから猛抗議がきたので、提案してみようとする。
提案する前に罵倒された。
なんだかなあ。
初めて言葉を交わす相手に怒鳴り付けるって、よほど高等な教育を受けたようだ。
やだねえ、ガリア人は。
艦娘たちに彼らが殺されないように、取り図らねばならない。
あまり殉職者が増えるのも好ましくない状況であろうからだ。
葬式が終わると、代理提督の派遣やら新しい提督の選定やらでこちらにも負担のかかる時がある。
世の中、面倒なことだらけだ。
よし、提案するぞ提案するぞ。
「お互い、少し冷却期間を置いてみては如何でしょうか?」
「そんな必要はない! 女は黙って男に従えばいいんだ!」
「このまま帰したら……殺されますよ。」
「……お、脅かす気か? 略式提督如きの指図は受けん!」
「取り敢えず、今晩だけでも函館で過ごさせてみては如何でしょうか? 勿論、お土産も持たせます。」
「土産?」
「うちの間宮が拵(こしら)える羊羹は、同姿艦の中でも絶品です。」
「……間宮羊羹か。」
「鳳翔の作るお菓子も好評です。大きな詰め合わせを持たせますが、如何でしょうか? ええ、勿論お代はいただきません。我々のほんの気持ちです。それに、函館滞在は彼女たちの有給の消化にも最適じゃないでしょうか? トラピストクッキーも土産に持たせましょう。女子供に余裕を見せるのも、男の度量ではないでしょうか?」
「む、むう。」
「函館で食事をさせてちょっとした名所巡りをさせて、彼女たちの気分をほぐすようにしますよ。幸い、最近の戦線は安定しています。今日明日くらいは気分転換に努めるのも悪くないのではないでしょうか?」
「……仕方あるまい。」
「ありがとうございます。」
「それでその、なんだ……。」
「ええ、間宮羊羹は三棹持たせます。」
「わかった。明日一七〇〇までの函館滞在を許可する。」
「ありがとうございます。」
こんな感じの会話をかなりやった。
単に下手に出るだけでいいのだから、たやすいものだ。
出費が痛いけれども、大淀が上手く匙を振るうだろう。
俺様提督、か。
明日帰しても大丈夫かな?
ま、殉職されても仕方ないけどな。
それはそれで彼らの自業自得だな。
執務室で電話したやり取りを聞いていた、各地の艦娘が申し訳なさそうな表情をしていた。
電話機の拡声器から流れる怒声にビクッとなっている子もいる。
こういうことは開けっ広げにやるに限る。
大本営から大湊(おおみなと)に出向していたところを電話の証人として函館に来てもらった、肌の真っ白な艦娘が眉をひそめた。
「不正行為には該当しませんな。虐待も微妙なところであります。」
私は来函した艦娘より提供された各提督の弱点好み特殊性癖の仕様書を読みながら、次々に電話で丁々発止の舌戦を繰り広げる。
戦争についてはからきしだが、こういうやり取りならばなんとかならないでもない。
「流石、私のアドミラルだわ。頼りになるわね。」
「そうだな。今夜、ゆっくりと語り合わないか?」
ティラミス戦艦とたまたま戦艦が、にこやかに私の傍らでくつろいでいた。
「貴女たちは、自分自身の鎮守府へお帰りなさいな。」
「つれないわね。でも、そんなところも悪くないわ。」
「そうだな。この試練を乗り越えることこそ大切だ。」
午後になって、ようやくくだんの提督全員と電話を終えた。
結果として、全員から明日までの函館滞在許可を得られた。
よかった。
本当によかった。
トラピスト修道院のソフトクリームを堪能したであろう一〇〇名ばかりの艦娘が、急遽借りた大型バスに乗って帰ってきた。
人脈って大事だべや。
馴染みの業者さんに話を持ちかけたら、即座に運転手ごと貸してくれた。
彼女たちは五稜郭にも行ったらしい。
そこでお弁当を食べたそうだ。
あれだけ険しい表情をしていた娘たちが、いつの間にやらにこやかになっている。
よかたいよかたい。
「よお。」
背中をポン、と叩かれた。
「お前、やるじゃないか。」
振り向くと、姉御肌っぽい重巡洋艦がそこにいた。
「うちの提督と交換してもらいたいくらいだぜ。」
「いえいえ、戦術戦略がまるでダメ夫ですから。」
「そんなことはねえだろ。相手を自分自身の土俵に誘い込む手口はなかなか見事だった。一見あっちの勝ちだが、見る奴はちゃんと見ている。気に入ったぜ。」
「それは光栄です。」
「お陰で同僚を撃たずに済んだ。改めて礼を言う。」
その場にいた艦娘が全員頭を下げた。
こういうのは苦手だ。
「皆さん、頭を上げてください。私は為すべきことを為しただけです。さあ、晩御飯を食べましょう。明日の夕方までは函館滞在が可能ですから、是非とも堪能していってください。」
さてと、簡単カレーでも作ろうか。
笑顔で食堂へ向かう艦娘たちを眺めながら、私はそう思った。
あれー?
おっかしいなあ?
私は補佐のつもりで厨房に入った筈だが、一心不乱にカレーを作る破目になった。
合挽き肉に玉葱にブナシメジのカレーだとか、ピーマンと茄子と合挽き肉とトマト煮のカレーだとか、お袋さんカレーとか、なんかそんな感じでカレーをどんどん作らされた。
近くにいた比叡を巻き込む。彼女たちはカレー作りの名手だから、容赦なく手伝ってもらう。
何故かみなぎりまくった足柄三名がイカメンチとか豚カツとかメンチカツとかを揚げまくっている。
龍田六名も竜田揚げやら煮物やらを作っていた。
時折鳳翔たちや間宮の作った品を口に入れられながら、中華鍋を振るう。
そろそろ野外炊具1号が欲しいなあ。
作ったカレーは完食されてしまったので、余った材料で自分自身用に簡単カレーを作っていたら何故か艦娘たちがわらわら寄ってきて再度多めに作る事態になった。
『たまたま』、は宮崎県日向市特産の樹上完熟きんかんの中でも糖度一六度以上のものを指します。
とても甘いそうで、一度食べてみたいものです。